“ガタガタガタガタ”
音を立てて街道を進む荷馬車、目の前に見えて来た村落の建物にほっとした表情になる馭者の男性。
「門番の方、少しいいかな?この村には宿屋はあるだろうか、一晩の宿を取りたいんだが」
村門を見張る門番の男性は馭者から掛けられた意外な言葉に首を傾げながら、村中を指差して言葉を返した。
「あぁ、この先を行った所に一件だけ食堂兼宿屋があるが、この時間からなら日が暮れる前までにエルセルの街まで行けるんじゃないか?普通はそうするんだが」
「御親切にありがとうございます。実は昨夜魔物の襲撃に会いまして、取る物も取り敢えず命からがら逃げだしたんですよ。ほとんど寝ずに移動していたのでこの村の一つ前の村で宿を取りたかったのですが、あの村の人たちから何か嫌な感じがしたものですから。
私の様な力のない村人はこの勘だけが頼りですので、無理してでも安全の為にここまで。宿屋を教えていただきありがとうございます、本当に助かりました」
馭者の男性からの言葉に得心の行った門番は、眉根を寄せて言葉を掛けた。
「なるほどそう言う事か、そいつは災難だったな。
あの村が怪しいって言うのはこの辺じゃ有名な話しなんだが、
そう言い手を振る門番に頭を下げて進む事暫し、目的の宿屋の前に到着した一行は、
「すみません、門番のガイルさんの紹介で来た者なんですが、一晩部屋をお願いしたいのですが?」
扉を開け宿屋の主人に声を掛ける馭者の男性、彼の後ろには荷台に乗っていた老人と子供たちが続いている。
「いやいや本当ですって、このボアの煮込みの深い味わい、最高ですよ~。これでも僕ミルガルの街の帰りですから、味にはちょっとうるさいんですよ?その僕が敢えて言わせていただきます、ここのご飯、最高です!」
「全くこの子はお世辞が上手なんだから~、そんなに誉めても堅パンのお代わりくらいしかでないよ~♪」
宿屋の食堂から聞こえる聞き覚えのある少年の声と宿の女将との会話。
「本当ですか!ありがとうございます。このスープと堅パンの組み合わせ、無敵ですって、やめられない止まらないって奴ですから。あ、ボイルさんお疲れ様、今到着したんですね。女将さ~ん、さっき話した村の皆が到着しました、部屋へ案内して貰っても良いですか?僕はスープと堅パンが離してくれそうにないんで」
「アハハハ、それじゃ仕方がないね。お客さん方がマルセル村の一行さんだね、話しはケビンの坊やに聞いてるよ。一晩中荷馬車を走らせた上に隣村の馬鹿たちに酷い目にあったんだって?大変だったね。部屋の準備は出来てるから先ずはゆっくり身体を休ませておくれ。
食事は夕方からだからね、それとこれはケビンの坊やから頼まれていた包み焼きだよ、腹がへったら食べておくれ」
“お代はケビンの坊やから貰ってるよ”と言って包み焼きの入ったバケットと大部屋の鍵を渡す宿の女将に、状況について行けず呆然とするマルセル村の一行。
そんな彼らに“取り敢えずゆっくりして~、後で説明するから~”と言いながらも、食事の手を止めない少年ケビン。
“ケビンお兄ちゃんだから仕方がない。”
一行は一旦考える事を放棄し、大部屋のベッドに向かい気絶する様に眠りに付くのでした。
「お客さんたち、夕食の準備が出来たけどどうする?部屋で食べるんなら持って来るけど?」
宿屋の女将に声を掛けられ目を覚ましたマルセル村一行は、ぼんやりする頭を揺すり、眠い目を擦りながら身体を起こす。時刻は夕刻、西日が赤く辺りを照らす時間帯であった。
「あ、女将さん、すみません。すっかり寝てしまって。夕食は部屋に持って来て貰ってもよろしいでしょうか?皆まだ頭がぼやっとしているものですから、食堂に行ってご迷惑をお掛けしても申し訳ありませんので」
馭者の男性、マルセル村のボイルは漸く緊張から解放されるもその反動からいまだはっきりしない頭を働かせ、何とか返答を行った。
「そうかい、それは構わないよ。それとケビンの坊やは先に食堂で村の連中と一緒に食事をしているから、気にせず夕食を摂って欲しいと言っていたよ。それじゃ今から持って来るから、テーブルを空けておいとくれ」
ケビン?言われてみればベッドが一つ空いており、そこにいるはずの少年の姿が無い事に今さらながら気が付くボイル。そして廊下の向こうからは、村の者たちと笑い合う少年ケビンの声が聞こえて来るのであった。
「いや~皆さんお疲れ様でございます。村の皆さんに捕まってしまいまして、少し長話になってしまいました、遅くなって申し訳ない。
その様子を見ると良くお休みになられた様ですね、良かった良かった」
「いやいや、良かった良かったでは無いであろう、聞きたい事は多いがまずこれだけは聞かせい、何故お主の方が先に宿におったんじゃ!」
お~、ボビー師匠、元気元気。ま~、今回は色々立て込みましたからね~。ゆっくり休んで心身共に回復したって事なんでしょう。俺なんかドーピングによる強制回復だからな~、あんまり良い事じゃないよな~。
「えっと何で
俺の説明に頭を抱えるボビー師匠とボイルさん、今の説明にどこかおかしな点でもあったんだろうか?
「それにしても早過ぎであろうが、儂らは昨夜ほどではないもののそれなりの速さでこの村に辿り着いたのだぞ。それを一切整備されておらん森を通って来たお主が先に到着し、あまつさえ宿の手配を済ませ食事まで、有り得んじゃろうが!どんな足をしとるんじゃお主は」
「う~ん、その辺は慣れ?森の無音移動は得意分野でございます。当然魔力による身体強化はしてますしね、面倒な魔物に絡まれなければ人の多い村を目指すのはそれほど難しくありませんよ?始めから大体の位置は分かってましたし、迷っても人の魔力が多く集まった方向を目指すだけですから。ボイルさんやチビッ子にはミルガルの街で話したよね、魔力を感じるって奴ですよ」
俺頑張ったんですよと言った素振りのケビンに呆れ顔になるボビー師匠。
「はっ?お主そんな事も出来たのか。まったく油断も隙も無いわい。して、その後の事はどうしたのじゃ?あの後儂等はお主に言われた様に街道まで戻り何食わぬ顔で村を通過したんじゃが」
「あぁ、その事ですか。ってその前にボビー師匠、昨夜からの一連の出来事についてチビッ子軍団にお話しなりなんなりをしました?もしかして今の今まで放置とかじゃないですよね?今回は子供たちの訓練が目的なんですから、初めての事だらけで怯えている子供たちを優しく導く師匠の役割はちゃんと果たしているんですよね?あの村からここに辿り着くまでしっかり時間はあった訳ですし?」
俺の言葉にヤベッと言った顔になるボビー師匠。
おい爺さん、何故そこで顔を逸らす。ちゃんと目を見て話せやコラ!
「いや、その、儂も今回は色々あった訳じゃしの。ええい、そんな事は後でええんじゃ、今はお主の事じゃ、昨夜からの事で子供らも気になっておるんじゃからちゃんと話をせんか」
「う~わ、このボケ老人誤魔化しに入りやがった。しかも子供らの好奇心を味方に付けるっていう悪辣ぶり。君たちもそんなに目をキラキラさせるんじゃありません、さっきまで碌でもない目に遭って来たって事を自覚しなさい。
はぁ~、仕方がないですね。それじゃ、分かり易く昨夜のおさらいから。
昨夜野営を行っていた僕たちを襲ってきた連中“宵鴉”、ボビー師匠の話しでは最近ミルガルの街周辺を荒らし回っていた手配中の盗賊団らしいですね。統率も取れていたし連携もきっちりしていた。
ジェイク君やエミリーちゃん、ジミーが彼らと対峙したとして、僕の見立てでは強さ的な事で言えば三人の方が圧倒的に上でしょう。でも実際の戦闘では間違いなく負けます。理由は単純、経験と覚悟の差です。
彼らはその辺の盗賊とは違い仕事に勤勉でした、訓練された兵士や闇組織と言ってもいい。恐らくは上の人間が元闇組織の者だったんでしょう。黒塗りの矢や全身黒装束の装備がその証拠ですね。彼らは殺す事も殺される事にも躊躇がない、そう言った類でしょう。そうしたものは強い、個よりも集団として無類の強さを発揮する。その点君たちは人殺しの経験もなければ傷付き死ぬと言った事に対する畏れを無くすことも出来てはいない。
勘違いしない様に言うけど、それは決して悪い事ではないんだよ?その辺は少しずつ学んで行けばいい事だから、ただ今回に関しては相手が悪かったと言うだけ。だから代わりに僕やボビー師匠が相手をしようとしたんだけどね。
僕は戦闘の訓練なんかしてないけど、あんな周りを取り囲んでじっとしている相手を捕まえる事なんて訳無いからね。触腕で掴むだけだし。ただの捕縛です、盛り上がりなんかいらないのですよ。いつかのボビー師匠の様に丸洗いしちゃえばいいんです、臭そうだし。
えっとなんでそこで皆さんジト目を向けるのかな?盗賊、駄目、絶対、それで良いじゃん。
で、次はあの突然現れたおっかない化け物だよね、あれは駄目だね、逃走一択だから。盗賊団だけなら君たちの経験にもなるかとも思ったんだけど、あんな化け物が来たら即逃げなさい。全力で逃げなさい、他に構ってる余裕なんてないから。それは君たちも肌で感じたと思うけど、今こうして生きて話しが出来るのも幸運以外の何物でもないからね、女神様に感謝ですよ全く。
それで僕があの場に残ってあいつの足止めをした理由だね、あの化け物は君たち三人が狙いでした。あぁ、そんな顔しなくても大丈夫だから、あれは旅の賢者イザベル様が封じ込めちゃったからもうこの世にはいません。あの化け物によると、君たちの魔力制御とその量は大変素晴らしいそうです。なんでも新しい身体に持ってこいだったんだってさ、いや~、危なかったね~。
それとあの化け物が使っていたあの黒い霧、あれって超濃密な闇属性魔力でした。よく僕が闇属性魔力の腕とか言って遊んでるあれを十数倍の密度にした感じ?それだけでもヤバいって言うのにあの霧、マジックドレインって魔法が付与されてるって言うね。簡単に言えば強制的に魔力枯渇を起こします、化け物によれば防ぎ様のない究極の魔法だそうです」
「ちょっと待てケビン、お主そこまで詳しいと言う事はあの化け物と意思の疎通を取ったと言う事かの?」
慌てて言葉を遮るボビー師匠、そんなご老人に俺は疲れた顔で言葉を返す。
「そうですね、時間稼ぎが目的ですし、少しでも引き延ばすのなら下手に抵抗するよりも会話する事が一番ですから。これは後から賢者様に聞いたんですが、あの化け物、自身をリッチエンペラーと名乗っていたらしいです。賢者様は鑑定のスキルがない様で真偽は分からないと言ってましたが、リッチキングなどとは比べ物にならない強さだったと言ってました。本当、僕よく生き残れましたよ、教会に行ってお祈りしたご利益でしょうか。
えっと皆さん固まってどうなさいました?何度も言いますがあの化け物は賢者様が封印しちゃいましたからもういませんよ?安心してください?」
「そ、そうであったわい。ほんにありがたい事じゃ。
本来であれば冒険者ギルドなり領兵なりに報告せねばならんところではあるが、その辺は賢者様のご意思にお任せする事としようかの。旅の賢者イザベル様、聞いた事はないがおそらく隠者の様な方なのであろう、なれば騒ぎ立てるのはご迷惑になろう。っとあまりに衝撃的な話しで流されるところであったわい。儂が聞きたかったのは先程のマジックドレインの話しじゃ、あの化け物が自慢するくらいじゃ、とんでもない魔法だったのであろう?そんな話を身近で聞いておったはずのケビンはなぜ無事であったのじゃ?」
なんかボビー師匠の食いつきが凄いんですが、まぁそれだけの相手だったって事は逃走中の師匠たちからも分かったからなんだろうけど。あの馬鹿派手に空中に龍なんか作りだしてたからな~。
「それでどうやって防いだかですよね。ジェイク君、エミリーちゃん、ジミーには話した事があったよね、“属性を纏った魔力ボールは同じ属性を纏った手じゃないと受け止める事は出来ない”って。だから闇属性魔力の霧だったら同じ闇属性魔力を纏っていれば掴んだり弾いたり出来るんだよ。ただそれでも相手は濃厚な視覚出来るほどの闇属性魔力、ただ纏ってるだけじゃどうにも出来ないけどこちらも同じように濃厚な闇属性魔力を纏えばどうとでもなるかな、こんな感じだね」
そう言い自身の身体を濃厚な闇属性魔力で覆うケビンに後ずさるマルセル村の一同。
そんな一同の事は気にも留めず、自身を覆った濃厚な闇属性魔力を消し去り話を続けるケビン少年。
「でも何も知らずにそんな状況に陥ったらどうしようもないんだけどね、こんな事はあらかじめ知らないと対処できないし、まさに初見殺しだよね、マジックドレインって」
「フ~ッ、行き成りやめんかばかもん!なんじゃその濃厚な魔力は!まさに昨夜の化け物そのものではないか、少しは自重せい!
でもよう分かったわい、お主はあ奴がそのマジックドレインとか言う魔法を使っておる事に気が付いて対処しておったのじゃな。どうして気が付いたのかは分からんが流石は勇者病<仮性>のケビンと言った所かの、大したもんじゃわいて」
「ヘっ?気が付く訳無いじゃないですか、そんな魔法なんて勇者物語に出て来ませんし、僕も初めて聞きましたよ。発想は僕が使う魔力過多症治療薬の粉末攻撃と同じですけど、その規模と威力が違う。世の中おっかない魔法があったものですね」
「はっ?イヤイヤイヤ、それならどうしてお主は平気だったんじゃ。相手はあの化け物、対策も無しにマジックドレインを防ぐことは叶わんのじゃろう?」
「だから防いでませんよ?と言うか防げませんて、行き成り魔力が吸われ切っちゃうんですから。起こしましたよ?魔力枯渇。普通はそのまま倒れちゃうんですけどね、でもそんなあからさまな弱点があるのに対策を取らない訳無いじゃないですか。自分が使った魔力過多症治療薬の粉末攻撃で自身が倒れる訳にも行きませんしね、当然訓練しましたとも。
今じゃ完全に魔力枯渇した状態で畑仕事から走り込みまで出来る様になりましたとも、何でもやっておくもんですね、お陰で命拾いしましたよ」
“ワハハハ”と高笑いする俺にドン引きのマルセル村御一行様。約一名“まさかあれを使ってるんですか!?”と言った驚愕の顔をしておられますが、その件についてはご内密に。
本日一話目です。