「皆様、お顔をお上げください」
メルビン司祭長様の厳かな声が大聖堂に響く。大きな女神様像の前に膝を突き祈りを捧げていた俺たちは、静かに瞼を開くとゆっくりと顔を上げ“スパーーーーーン”・・・。
大聖堂に響き渡る軽快な打撃音、驚いて目を向ければ黒い布を頭から被せられ悶絶するジミーと「成敗!!」と言いながらハリセンを振り抜いた格好でポーズを決めるケビンお兄ちゃん。
「・・・ケビン君、一体何をやってるんだい!! 今は大切な旅立ちの儀の最中だよ? いくらなんでもこの瞬間のおふざけは人としてどうかと思うよ!!」
突然の事態に呆然とする俺たちとは違い透かさずツッコミを入れるホーンラビット伯爵閣下、やはり潜り抜けてきた修羅場の数が違います。そこに痺れる憧れる、流石は辺境のリーダーです。
「これは失礼いたしました、ホーンラビット伯爵閣下。メルビン司祭長様及び教会関係者の皆様方、本日ご参列くださいました若者たちのご家族の皆様に心からの謝罪を。
我が愚弟が旅立ちの儀を迎えたことで気を抜いたのか、このような晴れの場で眼鏡と髪留めと手首の組紐を外すという暴挙に出たことは兄として不徳のいたすところ、弟ジミーもそろそろ落ち着いたところでしょうから若者の失態として笑ってお許しいただきたく、何卒お願い申し上げます」
胸の前に縦にしたハリセンを持ち深々と頭を下げるケビンお兄ちゃん。座禅会のお坊さんかな? 肩を木板でバシバシ叩いてくるのかな? 煩悩退散なのかな?
っていうかケビンお兄ちゃんなんでジミーが地味装備外している事に気が付いたの? ジミーの奴お祈りが始まる前までは完全防備だったよね?
原因は神様方の所に御呼ばれしたときに邪魔になって外したんだろうけど、ケビンお兄ちゃんがそんな事に気が付くはずもないし。
俺が堅守盾神様や筋肉神様たちとの食事会を終えこっちの世界に戻ってきて暫く、目茶苦茶満足そうな顔をしながらドカリと祈りの姿勢に就いたジミーは山籠もりから帰ってきた武術の達人みたいな状態になってたもんな~。体格は変わらないはずなのに存在感が倍に膨れ上がっていたっていうか、自分では抑えているつもりでまったく抑えきれてないっていうか。
まぁ神様たちの間にいたんじゃ基準がおかしくなっても仕方がないけど、アイツ、体感でどれだけ修行してたんだか。
その後すぐ戻ってきたエミリーは周りをキョロキョロ見回した後いそいそと祈りの姿勢に就いていたけど、今も私は何も知りませんよといった風にケビンお兄ちゃんの奇行に驚き顔を浮かべている辺り女優だよね。男は女には絶対に勝てないってことが証明されちゃったね、「えっ、一体何がどうなってるの? ジェイク君、何か知らない?」なんて言われちゃったら、「イヤイヤ、エミリーが知らない訳ないじゃん」なんて言えないじゃん、あんなの判別できないっての。女性ってコエ~~~~。
「$%&#@#%&、痛いよケビンお兄ちゃん、いきなり何するのさ」
「ジミー、気が抜けてるぞ。何故かは知らんが気配が駄々洩れだったぞ、しっかりしろ。ほら、眼鏡と組紐。今度は地味装備なしでも地味になれるように訓練したほうがいいか? 魔力隠しと気配隠しの応用でどうにかできそうだけど、ブー太郎の奥さんに相談してみるか」
ケビンお兄ちゃんがジミーに眼鏡と組紐を渡しながら何やらブツブツ言っています。確かに眼鏡と組紐をなくして魅了が溢れまくったら被害甚大ですからね、その辺を修行で抑えることが可能ならやらない手はないけど、何か聞き捨てならないことを言ってなかった?
「ケビンお兄ちゃん、ちょっと関係ないとは思うけど、今ブー太郎の奥さんがどうのって言ってなかった? ブー太郎って結婚してたの?」
「あれ、言わなかったっけ? ブー太郎のところの押しかけ女房のカトリーヌさんとシェラーザさん。カトリーヌさんってのは暗黒大陸からブー太郎を追い掛けてきた元サキュバスクイーンだね、魅了使いの最上位種だからジミーの天然魅了についても何か助言してくれるんじゃないかな? シェラーザさんは大岩砦から嫁いできた進化したオーガ、中々名前が決まらないみたいだったから俺が“阿修羅姫なんかどう?”って言ったらあっさりシェラーザっていう神秘的な名前に決まっちゃった。因みにお付きの女性はセレーヌさんね、ブー太郎の奴、俺よりネーミングセンスがいいでやんの、凄い悔しいんだけど」
ケビンお兄ちゃんに言われてあぁと気が付く。ブー太郎の周りにいた二人の女性、遂にグランゾートの障害を突破したんだと。
「でもグランゾートはどうしたの? 前に山芋掘りに行ったときも凄く嫉妬してたよね?」
「グランゾートの奴ね~。アイツ、やっぱとんでもないわ。シルビア師匠のところに弟子入りして幻影魔法で肉体作ってブー太郎の第一夫人宣言してんの。今度御神木様のダンジョンに行ったときにでも森のお店屋さんに顔を出したら分かるよ、シャロンの姉みたいな顔をしている女性がグランゾートだから」
ブホッ、全然気が付かなかった、まさかブー太郎がそんなことになってたなんて。そんな面白そうなもの、ぜひ見に行かないといけないじゃないですか。俺は隣のエミリーに目配せすると、マルセル村に帰ったらすぐにブー太郎を揶揄いに行く決心をするのだった。
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「では順番にお呼びいたしますので、こちらの長椅子に座ってお待ちください」
大聖堂でのメルビン司祭長様による旅立ちの儀が終了した俺たちは、シスター様に案内され別室に準備されている鑑定の儀の会場へ向かうこととなった。
「ジミー、大丈夫だったか? さっきは目茶苦茶痛がっていたみたいだったけど」
「そうだね、ジミー君が頭を抱えるほどの痛みってどれだけとか思ってびっくりしちゃった」
俺とエミリーの言葉に苦笑いを浮かべるジミー。その顔には黒縁の地味メガネが掛けられ、髪は組紐の髪留めで縛られている。
「あぁ、なんていうか肉体的な痛さじゃなくて魂に直接衝撃を与えられたっていうかさ、どうにも回避できない痛みだったんだよ。アレって前に月影さんたちが対ケビンお兄ちゃん用に開発したハリセンなんだけど、呪術や魔法や魔術や魔導機構や魔方陣や魔法陣や符術の技術を組み合わせて作られてるらしくて、ケビンお兄ちゃんもどうにもできないんだと。
大福にも効く最終兵器とか言ってたかな? っていうかそんな物で叩かないで欲しい、マジで痛かった」
珍しく子供のようにふてくされるジミーに思わず吹き出す俺たち、何かこんな会話も酷く懐かしい。
「でもやっぱりケビンお兄ちゃんて凄いね。いくら不意打ちとはいえジミー君に一撃入れるなんて、私だとちょっと難しいかな」
「そうだな、俺もジミーがまともに叩かれる姿なんかこの一年見たことがなかったし、やっぱりケビンお兄ちゃんが凄いってことなんじゃないかな」
「・・・この五年は神々ですら真面に叩かれることはなかったのに、俺の五十年に及ぶ修行はまだまだ足りなかったというのか。やはり遥かなる頂は遠いということなのか」
何かジミーが不穏なことを呟いています。っていうかジミーの奴神々の世界の時間の流れが地上世界とは異なるからって五十年も修行してきたのかよ、一体どれだけだよ、俺なんか絶対に勝てないじゃん。
何故か世界に旅立つ前に世界の終わりを終了してしまった男ジミー、彼は一体何を目指しているのか、正直迷走しているとしか思えない。
「それではエミリー・ホーンラビット伯爵令嬢様、お部屋の中へお願いいたします」
「はい、それじゃ行ってくるね」
俺たちに手を振って鑑定に向かうエミリー、授けの儀の時は<聖女>の職業を授かったことで大騒ぎになったんだよな~。まぁその後俺の職業が<勇者>ってことが分かってお祭り騒ぎになっちゃったんだけど。
静まり返った廊下、鑑定の儀式が行われる部屋は防音が施されているのか一切の音が漏れてこない。
「なぁフィリー、旅立ちの儀って授けの儀と違って女神様からスキルや職業を授かったりすることはないんだよな? 素朴な疑問なんだけどこの儀式って何か意味があったりするものなのか?」
それはふと頭に浮かんだ疑問、以前の俺であったらただそういうものだと思って考えもしなかったものが、不意に気になって口を衝く。
「あぁ、まぁ気になりますよね。身も蓋もない言い方をすれば国が国民を管理する為に考え出された政策です。職業やスキルが時と場合によっては国を揺るがす大事件を引き起こしかねないということは<勇者>の職業を授かったジェイクなら体感的に理解できるでしょう。強力な力は授かった者の意思に関係なく周囲を巻き込み騒ぎを起こす、国としてはそうした者たちを適切に管理し場合によっては処分しなければならない。
授けの儀とはある意味最初の選別と言えるでしょう。
旅立ちの儀はそうして行われた選別の再確認ですね。成人と認められ社会に旅立ってしまえば付けることのできる枷は少なくなる。国や領地持ちの貴族が有用な人材を取り込み警戒すべき者たちを管理下に置く為にはこうした政策が必須と言えるでしょう。
教会と国や行政機関の繋がりは強力です。互いに支え合い社会の安定を図る、旅立ちの儀はそうした多くの者たちの思惑の上に成り立っているんです」
・・・うん、本当に身も蓋もない。確かに各ギルドに所属しようとすれば旅立ちの儀の際に発行される教会の鑑定書の提出が必須だし、それは誰でも就くことのできる冒険者という職業でも同じこと。最低限真面な人物であるという公的な証明が教会での鑑定書である以上、誰も旅立ちの儀を拒否する事ができない。
ホーンラビット伯爵家独立領は教会組織管理の教会を設置していない以上授けの儀や旅立ちの儀をグロリア辺境伯領の領都教会に依存せざるを得ず、オーランド王国王家はグロリア辺境伯家や王都教会を通じホーンラビット伯爵家独立領の子供たちのステータスを知る事ができる。
これまで単なる成人の儀式と思っていたものが、複雑な政治の駆け引きになってしまっている現実。なんでこんなことになっちゃったんだかと、ちょっと複雑な気持ちになる。
“カチャッ”
部屋の扉が開き、エミリーが鑑定用紙のしまわれた封筒を手に笑顔で退出してくる。
「では次にジミー・ドラゴンロード男爵令息様、お部屋の中へお願いいたします」
シスター様の声に立ち上がったジミーは、眼鏡のブリッジの部分をクイッと押し上げると、レンズをキランと光らせ「行ってくる」と一言残し鑑定部屋に進んでいく。メガネ芸~~~、フィリーまでやや顔を伏せブリッジを押し上げてレンズを光らせてるし、コンビ芸なの、お約束なの。
クッ、羨ましくなんかないんだからね!!
ごめん、見栄を張りました、目茶苦茶羨ましいです。学園生活での三年間、お決まりのボケ一つ身に付けられなかった俺。俺って才能ないんだな~。
エミリーは大聖堂で待つホーンラビット伯爵閣下たちの下へは行かず、皆の鑑定が終わるのを一緒に待ってくれるようです。なんてお優しくお育ちになられたことか。
その後ジミー、フィリーと鑑定が終わり、俺の順番が呼ばれたので皆に声を掛けてから扉の方へと向かっていく。
「失礼します、ホーンラビット伯爵家騎士ジェイク・クローです。本日はよろしくお願いします」
鑑定の部屋の中には長テーブルが置かれ、授けの儀の時と同じような水晶と石板を組み合わせたような装置が並べられている。
「勇者ジェイク・クロー君、お久し振りです。私は教会で<鑑定>を専門に行っています神官のナビブ・メカブ、授けの儀の際にジェイク・クロー君の鑑定を行わせてもらった者だよ。隣は書士のジフターナ、まぁこうしたものはあまり変わり映えのするものではないからね、よろしく頼む」
そこには物凄く疲れた顔をした鑑定士のナビブ神官と書士のジフターナ氏の姿が。
<聖女>に<剣天>に<賢者>の再鑑定、更に言えばエミリーとジミーは天上界に御呼ばれしちゃってるし、称号辺りがとんでもない事になってたんだろうな~。因みに俺も呼ばれちゃってるからごめんなさいとしか言いようがないんだけど。
「鑑定前にこんなことを聞くのは失礼な話かもしれないが、もしかして<勇者>ジェイクは王都のドラゴン襲撃撃退の関係者なのかな? いや、先に鑑定した<賢者>フィリー・ソード男爵令嬢が<王都をドラゴンより守りし者>の称号を与えられていたものでね、他にも<魔王討伐軍を撃退せし者>という他所では言えないような称号も付与されていたけど、この件はあまりに有名だから何故ほかの二人に付与されていなかったのか疑問に思ったくらいではあったんだけどね」
・・・あっ、そう言えば称号にはそういったことも書かれるんだった。まずいな、俺ばっちり称号に出てるわ。っていうか何でジミーとエミリーの称号には表示されないの? アイツら天上界で何かやったとか? その辺教えておいてよ、ずるいわ~。
俺はナビブ神官の言葉に「まぁ色々ありまして」と曖昧に答えると、改めて鑑定の席に臨むのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora