「マリアお母さん、あの小物屋に寄っていい? ロバート君、一緒に行こう?」
「フフフフ、チェリーったらあんなにはしゃいじゃって。ロバート様、すみませんがチェリーのことをお願いできますか?」
領都グルセリアの商店街、多くの家族連れや観光客で賑わう中、その一団は楽しげな笑顔を浮かべながら買い物を楽しんでいた。
「えぇ、構いませんよ。私もバーミリオンとマリアンヌに何か手ごろな土産はないか探していましたので。チェリーちゃん、周りに気を付けてね。領都はマルセル村と違って人が多いし、スリやひったくりといった子供の犯罪も横行しているって聞くから」
「えへへ、ごめんなさい。それじゃその、はぐれないように手を握ってくれる? ロバート君が一緒なら凄く安心するの」
小さな女の子は隣の男の子に恥ずかしそうに手を差し出すと、チラリと上目使いで様子を窺う。
「もちろんだよチェリーちゃん。それじゃ一緒に行こうか」
男の子は差し出された手をギュッと摑み女の子に笑顔を向けると、その手を引きながら小物の売られている店の中に入っていくのだった。
「流石ロバート君、チェリーも頑張っていたけど軽くいなされちゃってたわね」
「フフフフ、どう、うちの子中々やるでしょう? あれでまだ六歳だっていうんだから将来どうなっちゃうんだか。最近じゃドレイクにくっ付いて「領主の仕事を学ぶんだ」って言ってるらしいし、ドレイクったら鼻の下を伸ばしながら私に報告するのよ? 「うちの子は天才だ~」って言いながら親バカ丸出しで。
でもそんな時に「そういえばケビン君も子供の頃ドレイクの仕事にくっ付いていなかった?」って言うと急に心配した顔になるのよね、それが面白くって」
楽しげに談笑する子供たちの母親、家族の光景を二人の白い甲冑を着た騎士が見守っている。
「こんにちは、ミランダ奥様にマリアさん。領都の買い物は楽しまれていますか? 白騎士たちも護衛ご苦労、ここはいいからロバート様とチェリーちゃんを見守っていてくれ」
「「ハッ、畏まりました、御主人様」」
白騎士たちは胸に手を当て俺に敬礼を向けると、静かにその場を下がっていく。
あの二人、ああ見えてダンジョンモンスターなんだよな~。ダンジョンコアが複製した生活支援機構の核である魔力結晶をヒュンゲル先生が作り出した人型に埋め込むことで造り上げた新たなダンジョン生命体、一人一人がダンジョン深層のボスクラスの強さを持つとんでもモンスターっていうんだからもう白騎士だけでホーンラビット伯爵領の戦力は十分なんじゃね? って感じなんですけどね。
だってこいつら老けないし、寿命なんかないし。マルセル村の前の巨大なフィールド型ダンジョンにいればほぼ不滅だし。仮に殺されたとしてもあの場所なら復活可能だし? 問題は魔力供給なんだけど、暇なときにダンジョンコアにガッツリ注ぎ込んでるから千年単位で無問題っていうね。
いや~我ながらとんでもないダンジョンを造ったもんです。
「あら、ケビン君、お城の方はもういいの? てっきり今夜はドレイクのお付きで晩餐会に参加すると思っていたんだけど」
「いや~、それが俺ってば元‟狡猾の魔王”じゃないですか、今夜の晩餐会はグロリア辺境伯家に関係する多くの貴族も集まるってことで遠慮させていただくことになりまして。
まぁ一度世界中に広まった悪評は消しようがないですからね、直接何かをされない限り放置するしかないんですよ。それよりも悪評のお陰で手出ししようって馬鹿が減ってくれる方がありがたいですから、それなりに役に立ってるんですが。
ホーンラビット伯爵閣下からはミランダ奥様たちは“小鳥の巣箱亭”に泊まるのが初めてだから、ちゃんと面倒を見るようにと申し付かっています。
俺も初めてあの宿に宿泊した時は驚きましたからね、王城の離宮か何かかと思いましたよ。こればかりは実際に行ってみてもらえれば分かりますからね、楽しみにしておいてください。
それよりもメアリー母さんとミッシェルちゃん、シルビア師匠とイザベル師匠とディアさんがどこに行ったのか聞いてませんか?」
母メアリーたちはミランダ師匠たちとは別行動、白騎士たちの気配を追えば大体どの辺にいるのかは分かるけど、ここは話を聞いた方が早いでしょう。でもこんな時には<魔物の雇用主>の<業務連絡>が如何に便利だったのかを思い知らされます。アレってば中央大陸の東の外れの島国扶桑国からでも連絡が取れちゃう優れ物だったもんな~。
まさに情報革命、でもそれがなくなった今、御神木様と世界樹のアマネ様は音信不通になっております。聖霊樹のメイプリー様とは御神木様の結界内に植えた甘木の甘太郎経由で連絡を取っているようです。
眷属経由の会話だと伝言ゲームみたいになっちゃうのかな? リアルタイム通信を実現するにはまだまだクリアしなくちゃいけない課題が多そうです。
「メアリーとミッシェルちゃんは従魔の小物専門店に行くって言ってたわよ。何でもエッガードちゃんとグラスウルフ隊たちのブラシを買うんですって、ミッシェルちゃんってそういうところに気が向くから偉いわよね。ケビンと一緒で勇者病なところがあるけど」
「そうね、子供とは思えないような遊びを色々と考えつくし、マルセル村航空隊なんかまさに勇者病そのものなんだもの、流石はケビン君の妹とか思ったわよ。最近は諜報組織ごっこに嵌っているとかで、ガーネットや月影さんから色々と教わってるらしいわよ? この前ガーネットが「ロバート様方はとんでもない才能をお持ちです」とか言ってたもの」
マリアおばさんからミッシェルちゃんのほっこり話を聞けたと思ったら、ミランダ師匠からちびっ子たちのトンデモ話をですね。そうか~、異端審問官心得の条を始めちゃったのか~。俺が同年代だったら絶対に参加したな、凄い楽しそう。
やっぱり村に同年代の子供がいっぱいいるのっていいことですね、幼少期の情操教育には友達が重要ってことです。俺の友達って大福と緑と黄色と団子と紬だもんな~。初めてできた同年代の友達のケイトはヤバい状態だったし。
情操教育、知らない単語だな、うん。
「シルビアさんたちは折角だから魔道具の店を見て回るって言ってたわ。今の市販の魔道具がどういったものなのか興味があるんですって、世の中を知らないとついついやり過ぎちゃうとか言ってたわね」
シルビア師匠、流石です。そのバランス感覚、是非見習いたいと思います。
「ミランダお母様、どうですかこのペンダント、マリアンヌにぴったりだと思うのですが。それとバーミリオンには聖剣バルボアを模したペーパーナイフを。折角光の勇者グロリアスがホーンラビット伯爵領まで来たというのに、記念品の一つもありませんでしたからね。
チェリーちゃんにはこちらの髪留めを選ばせていただきました。可憐なチェリーちゃんには花飾りの髪留めがよく似合うと思うんです」
小物屋から帰ってきたロバート君がミランダ師匠とマリアおばさんに楽しげに報告を入れています。ロバート君の横ではチェリーちゃんが髪留めを自慢しながらご満悦です。
でもロバート君、聖剣バルボアのペーパーナイフですか。魔王討伐軍撃退の記念品は俺があなた様にお返ししちゃったからな~。
聖剣バルボアって実は天上界からの借り物だったんですよ、聖教会が借りパクしてたってだけなんです。だから申し訳ないけど記念品は模造品で我慢してください、今度王都で買ってきますんで。
王都で流行った勇者パーティーの武器シリーズ、実はお土産でまだ売っています。頑張って精巧な設計図を作りましたからね、商業ギルドの俺の口座にはいまだにマージンが振り込まれているって感じです。
「白騎士たち、それじゃ後のことを頼む。俺はドラゴンロード男爵夫人とソード男爵夫人のご様子を窺ってくる。“小鳥の巣箱亭”までの案内は大丈夫か?」
「「ハッ、お任せください、御主人様」」
白騎士たち、本当に頼りになります。俺はミランダ師匠とマリアおばさんに礼をすると、母メアリーとシルビア師匠たちの所へと向かうのでした。
―――――――――――
“カチャッ”
夜の帳が下り、歓楽街では魔道具の明りが灯りだす。景気の陰りが見えない領都グルセリアでは、厚い毛皮を羽織った男達が誘蛾灯に誘われるように次々と目当ての店へと吸い込まれていく。
そんな街の喧騒が響く歓楽街の外れ、人通りのない路地の行き止まりにある一軒の酒場では、薄暗い照明の照らすテーブルへ疎らに座る常連客たちが、思い思いの時を過ごす。
「マスター、何か身体が温まるものをお願い。それとエールをジョッキで」
カウンターテーブルの前でグラスを拭いていたマスターは不意に掛けられた声に顔を上げると、壁際の棚にグラスを戻し、客の注文に応えるように動き出す。
“コトッ、コトッ、コトッ”
「ダンジョン産ボア肉の角煮だ、それとマッシュ・キャロル・オニールとダンジョン産オーク肉の煮込みだな、根菜によく味が染みていて身体が温まる」
マスターは深皿の料理とエールのジョッキをカウンターテーブルに置くと、カウンターの下から酒瓶とグラスを二つ取り出しトクトクと音を立てながら注ぎ始める。
「そろそろ来る頃とは思っていたよ。欲しいのは周辺各国の情報と王家と貴族たちの動き、王都教会の動きに関する情報だろう?」
「流石マスター、よく分かっていらっしゃる。うちも色々なところから目を付けられているからさ、早々動き回る訳にもいかないんだよ。
表向き敵対の意思はありませんよって顔をしているけど、ホーンラビット伯爵家独立領が潜在的な脅威ってことには変わらないからね。
特に俺、元“狡猾の魔王”はボルグ教国聖教会すら屈服させ魔王認定を撤回させた世界の脅威、グルセリアにも各国からの諜報員が潜り込んでいるんでしょう?
ボルグ教国だけじゃなくて、ナミビア王国でも派手にやらかしたからね、そりゃ脅威に思われても仕方がないしね。
うん、やっぱりマスターの煮物は最高、ボア肉のうま味がマッシュに染みていい味出してるわ~」
黒いフードで顔を隠した客は、器用に二本の棒で煮物を摑むと口へ運び、咀嚼音を立てながら口元を緩める。
「それは創国の食器で箸ってやつだろう? 本当にあんたの行動範囲は広いな。それと暗黒大陸産のシュガール、あれはいいな。俺も黒糖は口にしたことがあるが、あれは味が濃過ぎて甘味としては使い勝手が悪かったんだ。その点シュガールはさっぱりとしていてどんな料理にもよく馴染む。
暗黒大陸との交易路が確立したら是非うちにも流してくれ」
「うん、その辺は期待してくれていいよ。時期はまだ言えないけどドラゴン領域と暗黒大陸の魔国との交易の仲立ちをしようと思っていてね、そこにヨークシャー森林国も絡ませることができれば魔国とドラゴン領域とヨークシャー森林国とグロリア辺境伯領でかなり大きな経済圏を確立できると思うんだよね。ホーンラビット伯爵家独立領としては殆どうま味はないんだけど、巨大経済圏に顔が利くっていうのが重要でね、うちのような弱小独立領は周辺国が経済的に潤っていてくれた方が何かと都合がいいんだよ」
それは川で釣りをする為に森を育てるような深謀遠慮な計画、自国の安寧は周辺国の安定的な経済発展に掛かっているという考えは分からなくもないが、その為にともすれば反目しあっているような国々を巻き込んで巨大経済圏を造り上げるという発想がとんでもない。
そして目の前の存在はそれをなし得るだけの力と人脈を既に築き上げている。その証拠がシュガールであり、甘木汁であり、ドラゴン領域。
「それであんたはドラゴン領域を支配しようっていうのか? フィヨルド山脈の龍王との交渉窓口を持つあんたなら可能だとは思うが」
「おぉ~、流石マスター、その情報って王城がドラゴンに破壊された時のやつだね、確かあの時は国王と軍閥貴族たちとブライアント第二王子と近衛兵たちがいたんだっけ。ってことは近衛兵に伝手がある? 暗殺者ギルドって怖過ぎなんですけど。
でもそこはちょっと違うかな、前にホーネット・ソルティア卿のことを調べてもらっていたでしょう? 直接会いに行って関係を結んできました。
あそこって資金がいくらあっても足りないって状態だったから物資や資金の援助をね、やっぱり人間話し合いだよ、支配は支配することに長けた専門家に任せるべきだって、僕が上手く立ち回れる自信ないもん。
ヨークシャー森林国ではマケドニア・グロリア閣下経由でプラウド侯爵家と関係が築けたし、ホーンラビット伯爵閣下のデイマリア第二夫人はラナーニャ・プラウド第一夫人の妹だしね。
話しの持って行き方次第では北西部貴族連合と南西部貴族連合、ダイソン公国を含んだ大経済圏の確立も夢じゃないってね。そうなったらマスターには忙しく動いてもらわないといけないかもだし、その時はよろしく」
フードの客はエールのジョッキをグイッと飲み干すと、「早速だけど話を聞かせてくれるかな?」と言ってカウンターテーブルにドンと置く。
“何が元狡猾の魔王だ、ケビン・ワイルドウッドはそんなものより遥かに恐ろしいナニカじゃねえか”
マスターは目の前の存在から語られる話の全容に顔を引き攣らせつつ、“自分の領分は決して超えまい”と心に固く言い聞かせるのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora