そこは暖かな春の風が流れる場所、美しい花々が咲き誇り、その花の蜜を求め大森林の様々な場所から虫たちが集まる昆虫の楽園。
「皆さん、ここまでよく頑張りましたね。いくら冬場で魔獣が冬眠しているからといって、大森林の中の移動は緊張なさったのではないでしょうか。現在地は大森林中層、大賢者シルビア・マリーゴールドの弟子賢者イザベルが、亡き師匠を偲び造り上げた墓所、“秘密の花園”です。
あちらに見える美しい花々に囲まれた石碑が大賢者シルビア・マリーゴールドのお墓になります。
では一旦休憩に入ります、お手洗い等はこちらの扉を使い、精霊の箱庭の屋敷のものをご利用ください」
ケビンお兄ちゃんはそう言い収納の腕輪から取り出した木製扉を設置すると、<オープン>と呟いてから大きく扉を開き、ドアストッパーを設置します。
「すまない、ワイルドウッド男爵、一つ質問してもいいだろうか?」
「はい、何でしょうか? 私にお答えできることだとよいのですが」
そんな中真っ先に声を上げたのはアルジミール。偉いぞアルジミール、皆の困惑を真っ先に指摘するその姿勢、君には立派なツッコミ師になれる素質があると見た。是非フレアリーズ第五王女殿下と夫婦漫才を繰り広げていただきたい!!
フレアリーズ殿下の天然ボケは強力だぞ、負けるなアルジミール!!
「先程から私たちの周りを飛び回っている巨大な蜂はキラービーで間違いないと思うのだが、何故私たちは襲われないのだろうか。それとあのキラービーが群がっている二つの小屋のような物は一体何であろうか?」
それは尤もな疑問、空飛ぶ悪魔が飛び交う大森林中層の秘密の花園、そんな中にこれほど多くの人間がいて何故襲われる事もなく平然としていられるのか、それにあの小屋の正体は。
「あぁ、そういうことですか。えっと、実は私、養蜂業も行っていまして。アルジミール様もお会いしたことのある「スライム使いの手記」の著者ジニー・フォレストビー師匠は他にも養蜂業の指南書も書かれていまして、私の養蜂の師匠でもあるんです。
あの小屋は巣箱ですね、ここは通年花の絶えることのない大結界ですから、養蜂を行うにはぴったりなんですよ」
ケビンお兄ちゃんの言葉に顔を引き攣らせこめかみを揉むアルジミールとライオネス。ヘレン先輩とラビアナお嬢様とカーベルとアリスは信じられないものを見る様な目をケビンお兄ちゃんに向けています。
ロナウド、「流石ケビン師匠、是非コツを教えていただきたい」とか言わない。コッコの次はキラービーって、新たな産業を狙うにしても危険過ぎるから。
フレアリーズ第五王女殿下、「なるほど、養蜂とはああして蜂を育てるのですね」とか言っていますが、キラービーで養蜂業を営むのはケビンお兄ちゃんだけですから、世間一般の養蜂農家に同じ事を期待されても皆さん困惑されてしまいますから!!
「ささ、皆さんお手洗いは宜しいのですか? 精霊の庭の屋敷にはクッキーと蜂蜜茶をご用意させていただいております、どうぞご賞味ください」
ケビンお兄ちゃんが大きく開いた木製扉に手を向けると、そこには美しいお辞儀を見せる執事姿の残月さん。どうやら精霊の庭にワイルドウッド男爵家の使用人たちが待機していて、何かあった場合はすぐに対処できるように準備しているみたいです。
ケビンお兄ちゃんが無茶な行動を起こすのはいつものことと思っていたけど、ちゃんと後先考えてくれていたんですね、ホッと一安心です。
「ふぅ~、なんか凄く落ち着くね、ジェイク君。クッキーも美味しいし、身体の奥からポカポカしてくるような感じがするの」
精霊の庭の屋敷でゆったりと椅子に座りながら蜂蜜茶をいただく。
“俺たちさっきまで大森林中層にいたんだよね、これってありなの?”
心の中にある冒険者の旅はこういうものというイメージとのギャップに首を捻るも、安心安全を第一と考えるのならこれ以上安全なことはないと思い直す。
“冒険者は使えるものは何でも使う”、これは元白金級冒険者であったボビー師匠の教え、“目的を違えてはならない、冒険者が守るべきは依頼者の命であって、盗賊の塒を荒らすことじゃない”、これは元銀級冒険者のトーマスお父さんの言葉だったか。
マルセル村の健康広場を出発するとき、ケビンお兄ちゃんは何と言ったか、“勇者パーティーに依頼します、依頼内容は要人警護と荷物の配達です”と言わなかっただろうか。であるのなら最も優先すべきは要人であるフレアリーズ第五王女殿下及び来村された貴族令息令嬢の皆様をお守りすること。これ程ありがたい安全地帯は他に存在しない。
「本当にケビンお兄ちゃんは何でもありだよね、このクッキーや蜂蜜茶だってここまでの疲れを考えて体力と魔力の回復を狙って用意されたものなんだろうし」
子供の頃魔力枯渇訓練を受けた時に貰った魔力回復の為の蜂蜜飴。エミリーがお腹の中からポカポカしてきたと言っていたのはそういうことなんだろう。
「なぁジェイク、気が付いてるか? さっきまであれ程取り乱していたアルジミールやラビアナが、今じゃすっかり落ち着いているってことに」
「そうだな、言われるまで気が付かなかったけど、これって・・・」
「あっ、このクッキーお父さんの愛用品だ。そっか~、それはそうだよね。下手に怖い思いをさせたら大問題だもんね」
そういえばケビンお兄ちゃん、出発前に「ではこれから頑張られている皆さんをマルセル村ならではの観光名所にご案内いたします」って言ってたよな。魔力と体力を回復するキラービーの蜂蜜茶に冷静さを取り戻すホーンラビット伯爵閣下愛用の聖茶入りクッキー、トイレ休憩の為の精霊の庭と至れり尽くせり。
「よし、俺たちは自分たちの仕事をしよう。依頼内容は要人警護と荷物の配達、ケビンお兄ちゃんの目的地がこの秘密の花園だったらよかったんだけど、荷物の配達って言葉からしてそれはないだろうし、そうなると・・・」
「更に奥に進むってことか。この依頼、気を引き締めていかないとな」
俺とジミーは互いの顔を見合わせ頷き合うと、残りの蜂蜜茶をクイッと飲み干すのだった。
「皆さん、休憩して疲れはすっかり取れたようですね。マルセル村の観光地巡りはまだまだ続きますので、体調が崩れたりしたらすぐに仰ってくださいね。
それではここでこの秘密の花園に関するちょっとした小話を。この通年花の咲き乱れる大結界、“秘密の花園”と命名したのは発見者の私なんですが、実はここ、別の人たちも“秘密の花園”と呼んでいたんです。しかもその人たちは一度もこの場所に訪れたことがないにもかかわらず、“秘密の花園を探している”と言っていた。
その人たちによれば秘密の花園には大賢者シルビア・マリーゴールドの墓があり、その墓の前で聖女が祈りを捧げることで大賢者の英霊が姿を現すのだとか」
ケビンお兄ちゃんの小話、それは前世の記憶にある冒険RPG<ソードオブファンタジー>の中でエリクサー作製の為に訪れる秘密の花園の物語。
「皆さんはこの世に転生者と呼ばれる人々がいることをご存じでしょうか。その人たちは前世の記憶を持ち、生まれながらに特別なスキルに目覚めているんだとか。
時代時代に現れた転生者はこの世界に多くの変革を齎した。オーランド王国に様々な技術を伝えた東方の賢者然り、学園に制服という文化を広め、正座という反省の仕方を広めた剣の勇者、彼らは身近に知られた転生者ではないかと言われている人物です。
隣国であるバルカン帝国では転生者に対する優遇措置を国として認めており、様々な技術や制度を取り入れていると聞いています」
マジかよ、転生者って国によっては確り認知されていたのかよ。しかも優遇措置って、俺がバルカン帝国に生まれていたらすぐに国に確保されていたってことじゃん、超怖いんだけど。
ケビンお兄ちゃんの話に“何を言っているの?”ではなく“そういうことになっていたのか”といった驚きの顔になる高位貴族の皆様。つまり転生者は上の階級の世界じゃそれなりに知られた事実だったんですね。
「そんな自らを転生者と名乗る人物がマルセル村を訪れた時、面白いことを教えてくれたんです。それが先ほどお話しした聖女の祈りで英霊が現れるというものでした。
皆さん、興味はございませんか? 私は物凄く興味があります。果たしてこの墓所で聖女が祈りを捧げたら何が起こるのか。エミリーお嬢様、お願いできますでしょうか?」
あっ、これ駄目な奴だ、ケビンお兄ちゃんの好奇心が暴走しちゃってるし。でも多分だけど、エミリーが祈りを捧げても何も起きないんじゃないかな。だって大賢者シルビア・マリーゴールド様は、マルセル村でボビー師匠と賢者イザベルに囲まれて幸せに暮らしておられるし。そこにお墓があっても、誰も眠ってなんかいないし。
エミリーが俺に顔を向けて“どうしよう、ジェイク君”と訴え掛けてきます。どうしようもこうしようも、好奇心いっぱいでキラッキラした目を向けてくるケビンお兄ちゃんを止められる者なんてどこにもいないじゃないですか。
俺はコクリと頷き“ごめん、ケビンお兄ちゃんの遊びに付き合ってあげて”とお願いします。
「“この墓所に眠る大賢者シルビア・マリーゴールドの英霊よ、我が祈りに応えお姿をお見せ下さることを願いたてまつらん。我が名はエミリー・ホーンラビット、女神様の子にして聖女の職を賜りし者なり”」
エミリーが即興でそれっぽい祈りを捧げます。身体が淡く光っているのは<祈願>のスキルを使っているからなんでしょうか。聖女エミリー、こんなお遊びに真面目に取り組んでくださるんですね、何とありがたい。
祈りを捧げること暫し、当然のように何も起こらずケビンお兄ちゃんが一人がっかりするのかと思った時でした。淡く光を発する墓石、何かがスッと宙に浮かんだと思うと、そこには半透明の美しい女性の姿が。女性はゆっくりと閉じた瞳を開くと、その場にしゃがみ祈りを捧げるエミリーに視線を向けます。
『私を呼んでいたのはあなたですか?』
「はい、私の祈りにお応えいただきありがとうございます。あなた様は大賢者シルビア・マリーゴールド様でお間違いないでしょうか?」
静まり返るその場の者たち、今、伝説の大賢者シルビア・マリーゴールド様の英霊が目の前に・・・。
『ここは私の思い出の場所、私の為に祈りを捧げてくれる者が現れるとは。この地に訪れることはさぞ多くの困難を有したことでしょう、あなたの勇気と努力に敬意を、そして忘れ去られた存在である私に光を与えてくれたことに感謝を。私は嘗て大賢者と呼ばれた者、シルビア・マリーゴールドの魂の記憶。今はただのシルビアです。
私に何か用があるのではないですか? でなければ大森林中層にあるこの大結界まで訪れることなどしないでしょう』
そう言い優し気な眼差しを向ける大賢者シルビア・マリーゴールド様の英霊。・・・すみません、まったく用はないです。エリクサーの作製は既にケビンお兄ちゃんが身に付けちゃったし、大賢者様の出番ないっす!!
俺に“これどうしたらいいの、助けてジェイク君!!”と目で訴え掛けてくるエミリー。俺は透かさずお祭り状態のケビンお兄ちゃんに、“これどうするんだ、何とかしろ~~!!”という思いを込めて覇気をぶつけます。
「横からお声掛けする無礼、平にご容赦ください。私の名はケビン・ワイルドウッド、聖女エミリー・ホーンラビット様にお頼みし、英霊大賢者シルビア・マリーゴールド様にお呼び掛けさせていただいた者でございます。
この度大賢者シルビア・マリーゴールド様の御霊に祈らせていただいたのは伝承の検証、グロリア辺境伯家に残る大賢者シルビア・マリーゴールド様の伝聞の真偽を確かめる為。確かにこの地に英霊は眠られていた。今後この隠された花園が荒らされることのないよう、子や孫に語り伝えることを誓いましょう」
何かもっともらしいことを言って深々と頭を下げるケビンお兄ちゃん。大賢者シルビア・マリーゴールド様の英霊はそんなケビンお兄ちゃんへにこやかな笑みを向けると、何処からともなくハリセンを取り出して。
“スパーーーーーーン”
『あまり馬鹿なことに若者たちを巻き込んではいけませんよ? それと蜂蜜の貯えが少なくなってきているので取ってきてください。フィリー、ディア、この馬鹿が馬鹿したら遠慮なく引っ叩いていいんですからね。あとケビンからちゃんと蜂蜜を回収すること、この馬鹿は時々忘れるから。
それと女王蜂のクイーンとマテリアによろしく伝えておいてね、いつも美味しい蜂蜜をありがとうって。
馬鹿の付き合いは大変とは思うけど気を付けて行くんですよ』
振り抜いたハリセンもそのままに、言いたい事を伝えると静かに姿を消していくシルビア師匠。ってシルビア師匠も大概ノリがいいな、おい。
「なぁジェイク、今のは一体」
「あぁ、シルビア師匠はフィリーとディアの義理の母親なんだよ。ボビー師匠の奥さんだな、マルセル村に帰ったら会えるよ。普段はあんな半透明じゃなくてしっかり人の姿だから分からなかったかもしれないけどな」
俺からの言葉に「訳が分からない」と言って頭を抱えるアルジミール。
頑張れアルジミール、ご婚約者のフレアリーズ第五王女殿下は非常にお喜びだったぞ。
俺はとんだ茶番に巻き込まれて混乱する親友の肩に手を乗せると、「頑張れ親友、マルセル村の観光地巡りはまだまだ続くぞ~」と声を掛け、ニヤリと笑みを向けるのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora