“ガサッ、ガサッ、ガサッ、ガサッ”
枯れ木も山の賑わいと言うが、大森林の木々も季節によりその装いを変える。ここは大森林中層、土地の魔力が豊富であり、植物はその影響で巨大なものへと成長する。周囲の木々はどれも見上げるほどの高さを誇り、枯れ落ちた葉で埋め尽くされた地面は、踏めばカサカサと冬の森ならではのメロディーを奏でる。
「ジェイク君、魔の森の木々は冬になると皆葉っぱが落ちるものだと思っていたんだけど、中にはそうじゃないのもあったよね?」
「あぁ、あれは多分常緑樹と呼ばれる種類なんじゃないかな? 季節によって葉を落とす種類の樹木を落葉樹、通年緑の葉を付けている樹木を常緑樹って言うんだけど、葉がまったく落ちないんじゃなくて、新しい葉が生える時期に少しずつ入れ替わってるんだよ。
マルセル村の茶畑は冬場も葉が茂っているだろう? 常緑樹にはそうした性質があるんだよ」
俺からの説明に感心しながら頷くエミリー。
「それじゃ聖茶の木が一年中新芽を出すのもそういうことなんだね、流石ジェイク君、勉強になったよ」
「あっ、ごめん。あれはちょっと違うかな? 何か動くし、どちらかといえば神代様と同類? ケビンお兄ちゃんが持ち込んだ種から大きくなったって言うし、多分人には言えないようなアレな樹木なんじゃないかと」
聖茶、それは奇跡のお茶。どんな状況でも心の安寧を齎し、精神を
「はい皆さん、お疲れ様でした。本日の移動はここまでとなります」
ケビンお兄ちゃんがそう言い足を止めた場所、それは緑豊かな森の前。森の中には巨大に育った癒し草や様々な植物が生え、太く大きな樹木は天高く聳え立っている。
「ねぇジェイク君、この森の樹木は全部常緑樹なのかな? あんなに葉が大きくて濃い緑色をしてるし」
「えっ、いや、どうなんだろう。癒し草って常緑じゃないよね? 冬になると枯れてるよね?」
学園の大図書館で手に入れた知識が早くも撃沈、エミリーからの尊敬を受けた時間は短かったな~。俺にはうんちく系男子は敷居が高かったようです。
そんな中我らが英雄アルジミール様が復活の狼煙(右手)を挙げられるのでした。
「すまない、質問してもいいだろうか。何故ここの植物はこの冬の寒さの中でもこれほど生き生きと緑を湛えているのだろうか。それにここは」
「はい、いい質問です。皆さんはこの大森林に入る際、そして秘密の花園のある中層に入る際に何か違和感に気が付かれなかったでしょうか?
これは魔力の変化に鋭い方や魔力の乏しい方などでしたらすぐに気が付かれる変化なのですが」
ケビンお兄ちゃんの言葉に互いの顔を見合わせる俺たち、ここに辿り着くまでの変化と言えば。
「あの、それはフワッとしてブワッとした何かだったりいたしますか?」
発言をしたのはフレアリーズ第五王女殿下、その言葉に反応したアリスが隣のラビアナ様の袖を引っ張り「やっぱり私が感じていたものは勘違いじゃなかったんですよ」と目を輝かせています。
「はい、気が付かれている方もおられたようですね。それがここ大森林が大森林と呼ばれるようになった所以、土地の魔力濃度の変化です。大森林が浅層・中層・深層の三層に分類されていることは皆さんもご存じだと思います。これは出現する魔獣の強さによって区分されるようになったと言われていますが、実はこの三層は明確な魔力濃度の違いがあるのです。
魔物は魔力が大好きです、魔力の豊富な植物や魔力を多く貯えている獲物を狙い土地を移動します。植物は土地から移動することが難しいですから移動に時間が掛かりますが、その分布はやはり魔力に大きく影響されます。魔力の濃い土地には有用な素材が多く存在する。ここに辿り着く途中で見学したブラックウッドの林などがそのいい例ですね、ブラックウッドは大森林中層の代表的な高級素材ですから。
明確に区分された魔力濃度の違い、冬場であるにも関わらずその濃厚な魔力により緑豊かな森を形成する場所。 目の前に見える森こそが大森林深層、金級冒険者が裸足で逃げだすこの世の地獄になります。
ここから先の見学は度胸云々といった精神論は通用しません、純粋に濃厚な魔力に耐えられるか否か、一般生活を送る王都市民であればまずこの土地に足を踏み入れることはできません。
冒険者であってもその上澄み、金級冒険者や一部の銀級冒険者上位と呼ばれる者たちがやっとでしょう。それは戦闘力がどうのといった話ではなく、単に濃厚な魔力に耐えられないからです。
では本日の移動はここまでとなります。皆様方は精霊の庭の屋敷にお泊りいただき、明日に備え体力の回復に努めてください。
業務連絡です、勇者パーティーはここで野営です、直ぐに準備に取り掛かって下さい。白、今晩のおかずを獲ってきてくれる?」
大森林の真実、実際に現場で説明を受けると説得力が違う。目の前の緑豊かな巨樹が途端立ちはだかる巨大な壁に見えてくる。
「ケビン師匠、俺もジミーたちの野営に参加させてもらってもいいだろうか? より現場の空気を感じていたいんだが」
「あ、ロナウド君ならいいですよ? クソ爺をぶっ飛ばした実力を俺は高く評価してますんで。それにクソ爺は時々深層に来ては宿代稼ぎをしてますから」
大剣聖クルーガル・ウォーレン卿、普段から大福に挑んだり緑や黄色に挑んだりしていて宿泊代金はどうしているんだろうと思っていたら、大森林の素材で補填していたようです。尤も今は夏祭りの時に貰った賞金があるから当面働く必要はないんでしょうが。
他所の領地であれば下にも置かぬ接待を受ける大剣聖も、マルセル村じゃただの客。うん、やっぱりマルセル村っておかしいよね。
ケビンお兄ちゃんは「私も野営体験がしたいんですが」と仰るフレアリーズ第五王女殿下をアルジミールたちの協力の下精霊の庭に押し込めると、「すぐに帰ってくるから」と言い残し一人森の中に消えていくのでした。
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“パチンッ、パチンッ、パチンッ”
焚火の薪が音を立てて爆ぜる。日が沈み夕闇が辺りを暗く染める中、炎に焼かれたレッサードラゴン肉が旨そうな香りを周囲に漂わせる。
ケビンお兄ちゃんに「今晩のおかず獲ってきて」と言われた白雲さん、レッサードラゴンを殴り倒して帰ってまいりました。
「いいかお前たち、深層に入ったらどんな獲物にあっても打撃で仕留めろ。仕留めたらすぐに収納の腕輪にしまうこと、出血は厳禁だ、絶対に血を流させるんじゃないぞ? 深層の魔獣は血に飢えている、ちょっとでも血の匂いをさせたらあっという間に魔獣に取り囲まれて地獄を見るぞ。
逆に言えば少しでも相手に傷を付けて血を流させればこっちの勝ちだ、後はどさくさに紛れて逃げ出せばいい、尤もそれができるくらいなら最初から戦いにはならないんだがな」
白雲さんの話、物凄くためになります。危険はなるべく回避する、仕留める時は仕留める、狩りの鉄則ですね。
「白雲さんに一つ聞いてもいいだろうか、フィヨルド山脈にはワイバーンが生息しているという話は本当だろうか?」
そんな中声を発したのはロナウド、ロナウドは何か思いつめたような真剣な眼差しを白雲さんに向けます。
「あぁ、確かにフィヨルド山脈の山の奥にはワイバーンの生息地があるが、それがどうかしたか? まさかワイバーンを倒して箔付けをしたいとか言うんじゃないだろうな、別に止めはしないがそんなことなら隣国ミゲール王国の山岳部に生息するワイバーンを狙った方が身の為だぞ? フィヨルド山脈のワイバーンはとにかくデカイ、前に王都でワイバーン部隊が騒がれた時があったが、あれの倍はあると思っていい。当然すべての個体が強力だ」
白雲さんは何かを思い出すかの様に遠い目をしながら言葉を紡ぎます。もしかして白雲さんはケビンお兄ちゃんに付き合わされて・・・。
俺は無茶振りに慣れ過ぎて諦めの境地に達してしまった白雲さんの表情に、同情せずにはいられないのでした。
「うむ、確かにそうした思いがない訳ではないが、俺が注目しているのはワイバーンの機動力だ。白雲さんはワイバーン部隊の飛竜隊を覚えておられるだろうか? 情報収集や輸送を主な任務とした彼らは、ブライアント第二王子の造反の後も王家直属の戦力として運用され続けている。空を飛び物流を担う、大容量マジックバッグさえあればどこの地域とでも交流が可能となる。
俺はこれからのダイソン公国にとって、ワイバーンを使った航空輸送が最も重要な政策の一つになると考えている。その為にはワイバーンを飼育し乗りこなす技術が必要となる。そして最も必要となるのが子供の頃から人に飼われ、人を襲わない従魔としてのワイバーンだ。
昔からワイバーンの卵の寓話に言われる程にその入手は困難だが、フィヨルド山脈にその可能性があるのならと、そう考えている」
ロナウドの言葉、それはこれから婿入りする先であるダイソン公国の国家運営に関する壮大な構想。ダイソン公国はオーランド王国、スロバニア王国、バルカン帝国、ドラゴン領域、ヨークシャー森林国と複数の国と地域に囲まれている小国、すべての国や地域との接点であるそこは非常に危うい場所であると言わざるを得ない。情報と物流の戦略はダイソン公国が生き残る為の最重要課題であり、ロナウドの考えはそれらの条件を満たすに十分なものであった。
「ふむ、言わんとしていることは分かった。そうしたことは兄弟子の領分だな、そしてこのお使い任務はロナウドの希望を叶える為の切っ掛けになるかもしれん。まぁこれ以上詳しくは言わんが、最後まで頑張ってみろ。
それとそうした大きな計画はホーンラビット伯爵閣下にお知恵をお借りした方がいい、あの御方はただ運がいいだけで現在の地位を手に入れた訳じゃない。兄弟子が尊敬してやまない指導者としての実力は、お前たちが想像するよりも遥かに大きく偉大だからな」
白雲さんはそう締めくくると「そろそろ焼けたぞ、軽く岩塩を掛けてから食べると格別だからな」と言って俺たちにレッサードラゴンの串肉を配り始めるのだった。
旨!? 何これ。滴る肉汁、口いっぱいに広がる肉のうま味、鼻孔を擽る香りの暴力、控えめに言って最高です!!
俺の隣にはピョンピョン飛び跳ねながら喜びを全身で表現する黒蜜の姿。
「そう言えば黒蜜、さっき白雲さんに呼ばれてレッサードラゴンの側で何かやってたけどあれって何だったの? 全身の血抜きと内臓処理って黒蜜そんなことまでできるの? なんか凄くね?」
<テイム>の繋がりで聞かされる黒蜜の新たな一面、黒蜜先生、野営のお供に欠かせない存在じゃないですか。ケビンお兄ちゃんってば実はこういう便利な従魔の使い方を教えたかったとか?
体験することで身に付く発見。自分で気が付くことでより身近に感じることができるということはどんな物事にも言えること。
「なぁジミー、俺たちってまだまだなんだな」
「それはそうだろう、俺たちはまだ旅立ってもいないんだからな。失敗して躓いて、それでも何とか前に進んで、時には全力で逃げだして。そうやって少しずつ冒険者として成長していく。ケビンお兄ちゃんは俺たちからしたら初めから何でも斜め上に熟す理不尽に見えるけど、ああ見えて結構失敗したりやらかしてたりするんだよ。
焦ったって仕方がない、俺たちは俺たちの足で前に進むことしかできないんだからな」
“パチンッ、パチンッ、パチンッ”
薪が爆ぜる、炎が揺れる。「俺たちは俺たちの足で前に進むことしかできない」、ジミーの言葉が何度も頭に蘇る。
炎に照らされる仲間たちの顔。幼馴染のジミーとエミリー、友人でありジミーの婚約者のフィリーとディア、頼りがいのある年上の女性であり同じくジミーの婚約者のクルン、親友であり困難な世界に挑もうとしているロナウド。
「この冬期休暇が終わったら学園も卒業か。早いもんだな、何か色々あり過ぎて時間が経つのがあっという間に感じるんだが」
「そうですね、特にジェイクは勇者ということで何かと注目されていましたから」
「そうだな、寮の使用人の間でも何かと話題に上っていたぞ? “平時の勇者”とか“怒らせると何をするのか分からない危険人物”とか“トイレの勇者”とか色々な」
俺の呟きに答えるフィリーとディア、そして皆の口から笑い声が広がる。大森林深層前とは思えない程の穏やかな時間が流れる。
「おっ、皆楽しんでるね、青春しちゃってるって感じ? お兄ちゃんにはない思い出ですな、羨ましくないと言えば嘘になるけど、それよりも学園とお貴族様の柵が怖ろしくて仕方なかったんだから仕方がない。
この青春の一時は立派に学園生活を務め切った君たちに対するささやかなご褒美ってことで。パトリシアが言ってたんだけど、学園時代の友情は幻想のように思えるかもしれないけどその時の記憶と触れ合ってきた人々との関係は決して嘘じゃないそうだよ。残り少ない学園生活だけど、いい思い出を作って下さい」
いきなり現れて何かいいことを言い始めるケビンお兄ちゃん。多分場の空気を読んだんだろうね、こうやって色んな人たちを手玉に取ってるんだよ、絶対。
「ケビンお兄ちゃん、一体何処に行ってたのさ」
「ちょっと皆に楽しい一夜を提供しようと思ってね、ジャイアントスパイダーの糸紬さんにお越し願いました」
そう言いケビンお兄ちゃんが背後を振り返るとそこには焚火の炎に照らされた巨大な蜘蛛が。って何を連れてきているのケビンお兄ちゃん、女性陣が目茶苦茶ビビってるんですけど!!
「それじゃ糸紬先生、お願いします」
ケビンお兄ちゃんの言葉にクイッと足を上げた巨大蜘蛛は、スルスルッと枯れ枝の巨樹に登るや方々に糸を渡し始める。
「ジャジャ~ン、蜘蛛の巣の寝袋~。ジャイアントスパイダーが獲物を捕まえて保存する時に作るあれだね。前に気になって中に入れてもらったんだけど、意外や意外、目茶苦茶快適なの。冬の野営もこれでバッチリ、高いところだから魔獣に襲われる危険も激減ってね。なお今夜は糸紬さんと俺が夜番につくからゆっくり休んで明日に備えてね」
「・・・なぁジミー、やっぱり俺たちってまだまだなんだって」
「すまんジェイク、あれでも俺たちのことを思って・・・本当にすまん」
想像の斜め上をぶっちぎりで飛んでいくケビンお兄ちゃん。俺たちは巨樹の枝で“出来たよ~♪”とばかりに足を振るジャイアントスパイダーに呆然と視線を送りながら、世界の広さを実感するのだった。
「蜘蛛の巣の寝袋って、ケビンお兄ちゃんやり過ぎだから~~~!!」
俺が夜の暗闇に向け叫び声を上げたのは、致し方のないことなのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora