深い森に日が昇る。枯れ枝の巨樹は朝日に照らされ、枝の合間に張られた蜘蛛の巣を映し出す。
「ジェイク君、朝だよ。早く起きないと大蜘蛛さんに食べられちゃうよ?」
蚕の蛹のようにジャイアントスパイダーの繭に包まれ心地よい眠りに就いていた俺は、エミリーの物騒な一言に急激に意識を覚醒させる。
ジャイアントスパイダーの寝袋、寝心地最高でした。まず寒くない、かといって蒸れない。この寝袋があったら雪山でも快適な眠りが保証されるんじゃないかってくらいの寝心地の良さ、ケビンお兄ちゃんがよく言う“キャタピラーになりたい”という言葉の意味がよく分かる、人を駄目にする寝袋オブ・ザ・イヤーでぶっちぎりの優勝といわれても不思議じゃない素晴らしさでした。
でも反面恐ろしい事実に気が付いてしまう、ジャイアントスパイダーに囚われた冒険者ってこのあまりの心地よさに自ら助かろうという気力が起こらないんじゃないかって。
最高の寝心地は獲物を最高の状態で保存する為のジャイアントスパイダーの生存戦略? 俺たちって餌にされる寸前だったんじゃ・・・。
エミリーの言葉が一気に真実味を帯び、背筋にゾクゾクとした震えが走る。
「お、おはようエミリー昨夜はよく眠れた? 俺は蜘蛛の巣の寝袋があまりに心地いいからつい寝過ごすところだったよ。
この寝袋、冒険の旅の装備として欲しいところだけど気持ち良すぎるのは欠点だよね。野営中に全員起きれなくて全滅なんてことになったらシャレにならないし」
そう言いハハハと笑って寝袋から這い出た俺は、差し込む朝日に目を細める。
大森林で野営して朝日を浴びる? 状況が分からずふと視線を下げると、自分たちが巨樹の高い位置にいることに気付かされる。
「ジェイク君、寝ぼけてると危ないよ? 昨夜魔物除けの為に大きな木の高い所に大蜘蛛さんが蜘蛛の巣を張って、私たち一人一人に寝袋を用意してくれたんじゃない。なんか小さなお部屋みたいで面白かったけど、寝ぼけて蜘蛛の巣から落ちちゃうんじゃないかって、ちょっとドキドキしちゃった。
寝袋はそれぞれ持ち帰っていいってケビンお兄ちゃんが言ってたから、収納の腕輪にしまったら下に降りてきてね」
エミリーはそう言うと「先に行ってるね」と蜘蛛の巣から飛び降りていく。
「昔は木の枝に引っ掛かったハンカチも取れなかったのに、随分と逞しくなったよな」
俺は前世の記憶を取り戻してからの十年の変化に感慨深さを感じながら、快適な寝袋(ほとんど蚕の繭)を手に入れたことに頬を緩ませるのだった。
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「おはようございます、皆様昨夜はよくお休みになれましたでしょうか? 朝食は野営風料理を出させていただきましたが、お味はいかがだったでしょうか」
巨樹に張られた蜘蛛の巣はケビンお兄ちゃんに回収されフレアリーズ第五王女殿下へのお土産となりました。ジャイアントスパイダーの糸は魔法職の人間からしたら喉から手が出るほどの超高級素材、魔力の通りがよく防御力も高い為、マントやコートに加工され魔方陣を付与した最高級品として売りに出されるんだとか。
無論肌触りや通気性、保温効果から衣類の素材としても大人気で、女性への贈り物としてはこれ以上ない品と言っても過言じゃないでしょう。
因みに昨夜食べたレッサードラゴンの皮はロナウドに進呈、白雲さんが「後で加工してもらってマジックバッグでも作ってもらえ、レッサードラゴンの皮なら大容量マジックバッグだって作れるだろう。夢があるのはいいが焦るなよ、何事も一歩一歩だ」と言ってロナウドを激励していました。
白雲さん男前、目茶苦茶格好いいです。
巨樹の前には野営に参加した俺たちとロナウド、精霊の庭で夜を明かしたフレアリーズ第五王女殿下一行とラビアナお嬢様チームが揃い、ケビンお兄ちゃんの言葉に耳を傾けています。
「さて、昨日もお話しいたしましたが、ここから先は武力が優れているとか強い信念があるとかそういった人の事情は一切関係ありません。その場の魔力に耐えられるか否か、将来がどうのではなく今現在の自身の状態が全てです。
ですのでここから先の環境に耐えられなかったとして、ご自分のことを不甲斐ないなどと考え卑下なさいませんように。これは鳥が空を飛び魚が水を泳ぐといったことと同列の話なのですから。白と勇者パーティーは周辺の警戒、お前たちはこの程度の魔力でどうこうなるような鍛え方をしてないから安心しろ」
そう言い俺たちに先に大森林深層へ向かうように促すケビンお兄ちゃん。ケビンお兄ちゃん、俺たちを勇気づけようとしたんだろうけど、最後の一言で良い話がすべて台無しです。それじゃ結局鍛え方が足りないってことになっちゃうじゃないですか。
まぁマルセル村の常識は世間の非常識、世間の地獄はマルセル村じゃ入り口にも届いていないってことですもんね。
“まずはエミリーちゃんチャレンジを突破しろ、話はそれからだ”はちょっと厳し過ぎな気がするのは俺だけじゃないと思います。
俺たちは互いに顔を見合わせてから、白雲さんの指示に従い大森林深層に入っていく。いまさらレッサードラゴンって言われても、大福ヒドラドラゴンモード程じゃないだろうし、本物のドラゴンは洒落にならなかったからな~。
「経験は自信を付け人を強くする、だが同時に慢心も生む。ジェイクは俺みたいな失敗はするなよ?」
家の食卓でエールを飲みながら自身の失敗談を語ってくれたトーマスお父さん。俺は家族のやさしさに感謝しながら、緑豊かな森の中へ足を踏み入れるのだった。
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「ではまずはラビアナ嬢とカーベル様、アリス嬢でまいりましょう」
ワイルドウッド男爵に促され大森林深層に足を踏み入れる。怖くないと言えば嘘になる、だがこの程度のことで遅れを取るようでは戦闘馬鹿ジミーの隣を歩くことなどできやしない。
“あの馬鹿、「この程度の事ができないようじゃ一緒に旅をすることなど出来ない。すまないがラビアナとは一緒にいられないんだ、すまなかった」とか平気で言いだしそうだし、気持ちうんぬんよりも実績で見るし、本当にムカつく!!”
マルセル村に着いてからもどこに行っているのかほとんど姿を見せないし、偶に顔を合わせると「ほう、結構頑張ってるみたいじゃないか。うっすらとだが覇気の片鱗が見える。ラビアナは才能があるんだな」とか言ってくるし!!
妙に嬉しくなって「当然でしょう、私を誰だと思ってるの、バルーセン公爵家のラビアナ・バルーセンでしてよ?」ってついつい悪役令嬢ムーブをかましちゃうし!! その“なんかこの女面白い”的な口元のニヤケは止めろ~、こっ恥ずかしいわ~~~!!
「ラビアナ様、私たち大丈夫なんでしょうか? 大森林深層なんて言ったら金級冒険者でもめったに立ち入らない危険地帯、私、昨夜から緊張してしまって」
後ろから自信なさげな声音で問い掛けるアリス、この娘もこの三年間で色んなことがあったけど、すっかり逞しくなっちゃって。自信なさげにしながらもその手はしっかりとカーベル様を摑んでいるし。昨夜もこの機会にカーベル様をどう攻略したらいいのか相談しに来たから、前世の乙女ゲームで培った知識を伝授したらしっかり実践してくるし。カーベル様も妙に凛々しい顔つきになってすっかりその気になってるじゃない、アリス・ブレイク、恐ろしい娘。
私は恋の介添え人、初々しい二人の姿を見守りながら、第一の試練である大森林深層に足を踏み入れるのでした。
“ゾワッ”
あからさまに変わる空気、魔の森から大森林浅層に入る時、浅層から中層に変わる時も魔力の流れの違いは感じたけど、ここまではっきりと空間そのものが変わるといった感覚はなかった。
アリスとカーベル様もこの変化には気が付いたようで一気に緊張を高めている。でも怯えた様子は見せないし、学圏での訓練の成果が確りと現れているみたい。これならアリスたちは大丈夫でしょう、折角の怯えの演技は台無しになっちゃったけど、ここはおふざけなんかしていられるような甘い場所ではありませんしね。
「カーベル、アリス、無事に大森林深層の試しを突破したみたいですね、おめでとう。ここから先はレッサードラゴンや巨大なブラックウルフといった少しの油断が命取りになるような魔獣が蔓延る危険地帯、気を引き締めなさい」
「「はい、フィリー師匠!!」」
一瞬にして気を引き締める二人、既に魂のレベルにまで染み付いたフィリーとの上下関係、乙女ゲームの要素は一体どこへ。
メガネのブリッジに手を添えクイッと押し上げてレンズをキランと光らせるフィリー、あなたは一体どこのスポコン漫画の師匠なの? 必殺技とか持ってたりするの?
「ラビアナ、やるじゃないか。覇気も身に付けたし、オーランド王国国内でも上位の武力を身に付けたんじゃないのか?」
「何よジミー、久しぶりにまともに話し掛けてきたと思ったらそれ? まぁジミーらしいと言えばジミーらしいんだけど。
でもあなたたちは平気どころか私たちを守る立場、私たちは守られる立場、既に立っている場所が違うってことぐらいは理解しているわよ」
こんなことを言いたい訳じゃない、でも口から零れるのは憎まれ口、素直になれない自分が首をもたげる。
「ラビアナにはまだ俺たちの戦いを見せていなかったな、マルセル村での戦闘はどこまで行っても訓練でしかないからな。
とは言えこれから行うのが戦闘と言えるのかと聞かれれば甚だ疑問ではあるが、これからの冒険の一面だと思って楽しんでくれ」
そう言い口元を緩めるジミー、この男は本当に。絶対ワザとスルーしてるでしょと言いたいんだけど、これで天然だって言うんだから始末が悪い。
「ぐっ、これはキツイな。体中が圧迫されているというか、単独で国と国との交渉に臨むくらいの緊張感というか」
背後からの声に振り向けば、そこには顔を顰め身体を曲げるアルジミール様、ライオネス様は辛さを必死に誤魔化しながらヘレン先輩を庇っている。
ジミー、アレよアレ、アレこそが全女性が男性に求めるOTOKOGIってやつよ、少しは見習いなさい!!
そして彼らの後ろから「寒くない訳じゃないのに緑に溢れてる森というのはなんだかとっても不思議ですね。これが土地の魔力の影響なのですね」と言いながらマルセル村観光を楽しむフレアリーズ第五王女殿下。・・・アルジミール様、強く生きなさい、この御方を制御ゴホンッ、支える事ができるのはアルジミール様だけなのですから。
「皆様、無事にお揃いになられましたね。では向かいましょう、マルセル村観光地巡り二日目です。ここから先はマルセル村のもう一つの姿、村人の多くが知らないマルセル村の深淵をお楽しみください」
そう言い深々と礼をするワイルドウッド男爵。
こうして私たちは、大森林深層を進んでいくことになったのでした。
“ドコッ、バゴッ、ズシャリ”
私はどこで判断を間違えてしまったのでしょう。
「ジェイク、エミリー、ジミー、右斜め前からレッサードラゴンが来ます。数は二体」
「了解、俺とエミリーは左の奴をやる。右の奴はジミーに任せた、行くぞ!!」
「「了解!!」」
“““シュタン、シュタン、シュタン、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ”””
““ドシャンッ、ズシャンッ””
「周辺確認、敵影なし、引き続き警戒に当たる。フィリーとディアとクルンは、そのまま要人警護と周辺警戒を続けてくれ。エミリー、ジミー、獲物を収納の腕輪に回収してくれ」
的確な指示と素早い戦闘、ジミーたちは確実に魔獣を仕留めていく。
「なぁ、ラビアナ嬢、一つ聞いてもいいか? ジミーたちはいつもこんな戦闘を行っているのか? レッサードラゴンを拳で殴り殺すって、こんなことどこの誰に言っても信じないと思うんだが」
「そうですね、実際目の前で見せられている私も、よく意味が分かっていませんから。レッサードラゴンって人が殴り殺せる魔物だったのですね」
私がジミーの隣に並び立つなど思い違いも甚だしい、目の前の戦いは私とジミーの圧倒的な実力の開きを如実に物語るもの。それどころかパーティーメンバーの一人として彼らと共に歩むなど夢のまた夢。
“ポンッ”
「ラビアナ様、一体どうなさったのですか?」
「フレアリーズ第五王女殿下・・・」
不意に私の肩に手を載せてこられたのはフレアリーズ第五王女殿下。
「う~ん、もしかしてですけれど、ラビアナ様はジェイク君やエミリーちゃんたちとの実力の差に委縮してしまっているのですか?」
その言葉は私の心に強く突き刺さる。この御方は何故私にそのようなことを。
「間違っていたらごめんなさい、でもそうであるのなら、それは大きな思い違いですよ。ジェイク君やエミリーちゃん、ジミー君にフィリーちゃん、ロナウド君にアリスちゃんだってそう、彼らはラビアナ様が公爵令嬢だからお付き合いしている訳ではない。ラビアナ様といて楽しいと思えるから一緒にいる。
冒険者パーティーだってそう、確かに実力があるに越したことはないのでしょうけど、ジェイク君やエミリーちゃんは世界を救う為に旅に出る訳じゃない。
前にジェイク君が言っていましたよ、世界の様々な場所を自分の目で見たいから旅に出るのだと。パーティーメンバーはその仲間なんだと。
強さは絶対なんじゃない、必要なのは共に旅をしたいという強い思いなんだと私は思いますよ。
何をそれ程不安に思っているのかは分かりませんが、ラビアナ様にその思いがあるのならそこまで心配する必要はないと思いますよ」
そう言いニコリと微笑まれるフレアリーズ第五王女殿下。この御方はどこまで私のことを。
私は自然と頭を垂れ、フレアリーズ第五王女殿下に感謝の言葉を伝えると、真っ直ぐな気持ちでジミーたちの戦いを観察し続けるのでした。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora