“ドゴンッ、バゴンッ、ズシャリ”
大森林深層、そこは冒険者の上澄みと呼ばれる金級冒険者や白金級冒険者でも侵入を躊躇する危険地帯。レッサードラゴンや巨大ブラックウルフ、ジャイアントスネークといった一体で街を半壊させかねない強大な魔物が跋扈し、血の匂いに誘われた魔獣の襲撃により終わることのない戦闘を強いられる地獄。
多くの金級冒険者パーティーが這う這うの体で逃げ出す異界として恐れられてきた。
“ドガンッ、ドンッ、ズシャッ”
「ジェイク君、こっちは終わったよ」
「エミリー、お疲れ様。こっちも終了した。フィリー、周囲の魔物の動きに変化はないか?」
「問題ありません、先ほどの戦闘音により動きを見せた魔物はありません。獲物の回収をお願いします」
大森林深層での戦闘は無駄なく素早く。出血は厳禁、衝撃により脳を破壊し、心臓打ちにより獲物の動きを完全に止めることが重要。
俺とエミリーは仕留めた獲物を収納の腕輪にしまうと、周辺警戒を行っているジミーに先に進むよう合図を送る。
「ってジェイク、なに平然とした顔でレッサードラゴンを仕留めちゃってるんだよ、しかもエミリーまで。百歩譲ってジェイクはいいさ、なんやかんや言って今代の勇者様だし。だけどエミリーは聖女様だから、癒しの象徴、民衆の救いだから。拳を握ってレッサードラゴンを殴り殺す聖女様なんて見たことも聞いたこともないから!!」
大森林深層に入って大分経ったころ、漸く濃厚な周辺魔力に身体が慣れてきたのか、アルジミールが俺たちの戦いにツッコミを入れ始める。
アルジミール、君なら絶対にスルーせずにツッコミを入れてくれると信じていたよ。人は自身の考えの及ばぬ事態に遭遇すると無視してなかったことにするか、ヒステリックに拒絶するか。そんな者が多い中、冷静に物事を見つめ疑問を呈するアルジミールの姿勢は、流石は高位貴族令息と尊敬の目を向けずにはいられない。
でもそんなアルジミールの渾身のツッコミを笑顔で吹き飛ばす大ボケの権化が一人。
「はい、皆さん大森林深層散策はお楽しみいただけているでしょうか? 勇者パーティーの皆はちゃんと任務を果たしているようで結構結構。でもそんなジェイク君たちに警告を一つ、世の中には自身の強さを決してひけらかさない恐ろしい魔獣が存在するということを忘れないでください。
例えばそうですね、才蔵、姿を見せてくれる?」
“シュルシュルシュル、グワッ”
ソレはソコにいた。誰にも気が付かれず、気配も魔力も感じさせず、魔力が存在しない空間の空白すら感知させずに、フレアリーズ第五王女殿下の傍で直立に立ち上がり慇懃に礼をする人よりも大きなオオトカゲ。
「なっ、貴様、フレアリーズ第五王女殿下のお傍に近付くなど無礼極まりない!! 殿下、お下がりを」
傍に控えていたライオネスが瞬時に間に入りロングソードを引き抜こうとするも、オオトカゲの尻尾が柄元を押さえその動きを阻害する。
「はい、ご覧のように要人の近距離に接近されてしまった場合、護衛は武器を抜くことすら叶わないといったことは往々に起こり得ます。そうした場合の対処としては目くらましにもなる臭い玉やカラミナ草の粉末をどこかに忍ばせておくのも一つの手ですね。要人警護はいつ何があるのか分からない、下手に敵を固定化せず、いついかなる場合でも対処できるよう様々な状況を想定し、訓練や備えを行うことが重要です。
まぁライオネス様はとっさに動けたところを見るとそうした訓練は十分されている様子、後は様々な場面の想定と備えといったところでしょうか」
ライオネスの動きを評価するケビンお兄ちゃんとポンポンとライオネスの肩を前足で叩き健闘を称えるオオトカゲ。っていつからそこにいたのさ、全く気が付かなかったんですけど!?
「ん? 皆さんどうかなさいましたか? あぁ、才蔵は皆さんが大森林に入った時からずっと傍にいましたよ? 神代様の幹に隠れて待機してもらっていました。
勇者パーティーの実力を信じていない訳じゃないんですけどね、何かあってからじゃ遅いんで、要人の中でも特に身分の高いフレアリーズ殿下の護衛に就いてもらっていました。
このように魔物の中にはその存在を全く感知させないような種族も存在します。才蔵の種族はアサシンリザードですね、この大森林の中でも存在を隠すことにかけては上澄みの魔物たちです。
他にはシャドーウルフやウッドバードなどでしょうか、シャドーウルフはマルセル村にいますので、興味のある方は後程仰ってください」
ケビンお兄ちゃんの魔物関係者の引き出しの多さよ。シャドーウルフはブラッキーですね、前はケイトさんと一緒にいたけど最近見ないような。太郎はケーナちゃんを背中に乗せてお散歩しているところを見たけど、あれって絶対ブラックウルフじゃないよね? さっきぶん殴って倒した個体と全然違うもん。特殊進化しちゃった? 前世のテレビ番組でやってたアニメみたいに、鍛え上げちゃったとか?
よし、気にしないことにしよう。やたらに<鑑定>すると、子供の頃緑と黄色を<鑑定>してしまった時みたいに後で後悔することになりかねないしな。
「さて、なぜ今才蔵のことを紹介したのかといいますと、ここから先は才蔵が護衛に就くことができないからです。
昨日もお話ししましたが、大森林には明確な魔力による仕切りがあります。浅層・中層・深層、ではその先のフィヨルド山脈付近はどうなっているのか。
皆さんの中には既にご存じの方もおられるかもしれません。フィヨルド山脈周辺が何と呼ばれているのか、それは“魔境”、大森林の続きではなく全く異なる区分として扱われる地域。
では参りましょう、マルセル村観光地巡りの目玉、“魔境フィヨルド山脈”。この森を抜けた先がどうなっているのか、ご自身の目でご確認ください。
才蔵、お疲れ様。報酬の米酒は後で届けるから、気を付けて帰ってね」
“シュルシュルシュル、グワッグワッグワ”
才蔵の存在が消える。まるで初めから何もそこにはいなかったかのように、幻が覚めたかのように。
フレアリーズ第五王女殿下が瞳を輝かせ、才蔵がいたあたりで手を横に振り、本当に何もいないのか確かめておられます。
“タッタッタッタッ、ガシッ”
“グワッ!?”
「才蔵様、捕まえました♪」
「「「「「えっ、才蔵ってそこにいたの!? というかどうやって見つけたの!?」」」」」
一同驚愕、俺たちですら見つけられなかった才蔵の居場所をどうやって。
「う~ん、空気の流れと周囲の変化? 存在を感じられなくても存在していない訳ではありませんし、移動すれば必ず変化は生じますので。スライムちゃんたちの表情を観察するよりも難しくて最後は勘に頼ってしまいましたけど、見つけることができてよかったです。
才蔵様、引き留めてしまって申し訳ありませんでした。それとここまでの護衛、大変ありがとうございました。気を付けてお帰りくださいませ、お元気で」
“グワッグワッグワ~、シュルルル”
才蔵に向かい深々と礼をするフレアリーズ第五王女殿下と嬉しげに尻尾を振り、右前足を上げながら森に消えていく才蔵。
・・・ケビンお兄ちゃんじゃん。
ヤバい、オーランド王国王家に女性版ケビンお兄ちゃんがいる。アルジミール様、フレアリーズ第五王女殿下をどうにかして、ホーンラビット伯爵閣下に進言して聖茶とクッキーをアルジミール用に用意していただけるよう交渉するから!!
恐るべきは王族の血に流れる直観力とポテンシャル。俺たちは改めてフレアリーズ第五王女殿下の規格外さに戦慄しつつ、白雲さんに促されて大森林深層のその先に向かい足を進めるのだった。
――――――――――
そこは大地がむき出しになった荒野、まるで魔術か何かの結界によって仕切られているかのように森が切れ、これほど旺盛に葉を茂らせる大森林深層の大樹がフィヨルド山脈側には一切枝葉を伸ばしていない。低層の草木に至っては、線を引いたかのようにきれいに一定の領域から姿を消している。
「ご覧いただけましたでしょうか、目の前に聳える山々こそが、かの有名なフィヨルド山脈、そしてフィヨルド山脈を中心に広がるむき出しの大地を含んだ一帯こそが魔境と呼ばれる地域となります。
フィヨルド山脈は広大です。ヨークシャー森林国、オーランド王国、リフテリア魔法王国の三国を隔てる天然の防壁、フィヨルド山脈とその周辺に広がる大森林こそが三国間の紛争を未然に防いでいると言ってもいいほど、常に緊張を伴った無視することのできない危険地帯となります。
ではまずは勇者パーティーから行ってみましょう。白、問題ないとは思うが念の為一緒についていてやってくれ」
ケビンお兄ちゃんの言葉に「兄弟子は本当に弟たちに対して過保護だな。俺の時は白玉師匠を先導にして送り出したくせに」と言いながら魔境に進んでいく白雲さん。“さっさと来い”とばかりに手招きする白雲さんに、俺たちは互いに目配せしてからむき出しの大地に足を踏み入れる。
“ブワッ”
空気が変わる、周囲に漂うのははっきりと分かるほどの濃厚な魔力。これが魔境、そこに行って帰ってくるだけで命がいくつあっても足りないと言われる超危険地帯。
「ウッ、これは中々。何も知らずに飛び込めば相当動揺しますね」
フィリーが驚きに声を上げる。ディアとクルンもかなり驚いている様子、これってマルセル村での修業の日々がなかったら絶対に耐えられなかったよね? 王都バルセンでドラゴンと対峙した時も思ったけど、ケビンお兄ちゃんは一体どれほどの事態を想定していたのさ。
今思い返しても意味が分からないようなマルセル村での修業の日々、本物のドラゴン相手に戦っても互角以上に渡り合えるようになってしまった大福ヒドラドラゴンモードとの過酷な訓練。死亡前提の訓練が果たして訓練と呼んでもいいんだろうかと思わなくもないが、お陰であの大厄災相手に生き残れたんだから文句のつけようもない。
でもケビンお兄ちゃんの言う“魔物怖い”の最低基準がこの魔境の魔物を指すものだとしたら。ドラゴンを退ける力を必要とするほどの魔物蔓延る大地フィヨルド山脈、まさに魔境、ヤバ過ぎるだろうが!!
「うん、大丈夫みたいだね。フィリーちゃんとディアさんとクルンはちょっと驚いたみたいだけど、すぐに慣れると思うから心配しないでいいよ。
それじゃ次はロナウド君、逝ってみよう」
ケビンお兄ちゃん、ノリノリ、完全に楽しんでるじゃないですか。そんなケビンお兄ちゃんに促されたロナウドは、大きく息を吐くと覚悟を決めた顔つきで一歩前に足を踏み出す。
「グッ、これは・・・。これが魔境、これがフィヨルド山脈。やはり何事も体感してみないと分からないものだ。白雲さんの言う通り、自分のやりたいことは何なのか、その為にできることは何であるのか。自分に一体何ができるのかの見極めが重要ということか」
ロナウドがきつそうな表情ながらもこっちに向かい歩いてくる。スゲーなロナウド、これが高位貴族家令息の底力。優秀な人材同士を掛け合わせ続けた血筋って、ほとんど超人じゃん、意味分からん。俺たちはロナウドのポテンシャルの高さに驚愕しつつ、「凄いなロナウド」と称賛の声を上げるのだった。
「流石はクソ爺を打ち倒した英雄、やってくれると信じていましたとも。ではどんどん参りたいと思います。
ラビアナ嬢、カーベル様、アリス嬢、三人揃ってどうぞ」
ロナウドの頑張りにテンションアゲアゲのケビンお兄ちゃんに促され、緊張した表情のラビアナお嬢様が同じく緊張しているカーベルたちと共に前に歩み出る。
「そうそう、ラビアナ嬢に少し助言を。魔力は逆らうものではない、受け入れ受け流し、場に染まるもの。ラビアナ嬢がよくやる闇属性魔力の<隠形>と一緒です。カーベル様とアリス嬢はフィリーちゃんとの修行を思い出してください。あなたたちは既にコツを身に付けているはずですよ?」
あれ? ロナウドの時にはなかった助言、その言葉を聞いたロナウドが、“それってズルくね? 俺にも一言くれていれば”といった顔をケビンお兄ちゃんに向けている。ケビンお兄ちゃん、“ロナウドよ、お主ならやれるはずじゃ、儂の期待に応えて見せよ!!”とか謎の師匠ムーブをかましていたんだろうな~、だって目茶苦茶ニヤケてたもん。
“獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすのじゃ~”とか言いながら無茶振りしてきそうで怖い、本気で怖い。
「グフッ、魔力は逆らうものではなく、受け入れ受け流し、場に染まるもの。闇属性魔力の<隠形>と一緒ですわ。
“
「ウゴッ、これは・・・」
「カーベル様、逆らわず流れに身を任せる、魔力感知の基礎です。先ほどワイルドウッド男爵様が仰っていた通りです。“魔力は逆らうものではない、受け入れ受け流し、場に染まるもの”、この場と一体になることこそが、すべての始まりなんです」
何これ、ラビアナお嬢様がジミーの使う“真言”みたいなことをやり始めてるんですけど。カーベルもアリスに促されてどんどんこの場に馴染み始めているし。
高位貴族って何なの? 俺たちの修行の日々って一体。っていうかカーベルの奴、すっかりアリスの掌で踊らされてね? ヤバいなアリス、聖女ってみんなこんなに逞しいの? 女性って怖い。
時間は掛かったものの何とか俺たちの下にやってきたラビアナお嬢様たち、素直に凄いと思う。ラビアナお嬢様のジミーを思う気持ちは本物、頑張れラビアナお嬢様!! 主に俺の胃痛回避の為に。
「それでは最後にフレアリーズ殿下とアルジミール様、ライオネス様、ヘレン嬢、どうぞこちらへ」
ケビンお兄ちゃんに促され、おっかなびっくり前に歩み出るアルジミールたち。フレアリーズ第五王女殿下は「“魔力は逆らうものではない、受け入れ受け流し、場に染まるもの”、う~ん、よく分かりません。ここは魔力をスライムに変えて、“スライムは逆らうものではない、受け入れ受け流し、大福様に染まるもの”。・・・なんという真理、これは大福様名言集の別欄に載せてもよいほどの言葉ではないでしょうか!?」と一人謎理論を展開しておられます。
「なぁジミー、フレアリーズ第五王女殿下の言っていたこと、聞こえてただろう? あれって何?」
「すまんジェイク、俺は頭が悪いから理解が及ばないが、多分ケビンお兄ちゃんなら分かるはずだ。後で聞いてみてくれ」
類は友を呼ぶ、混ぜるな危険ですね、分かります。
“バタバタバタ”
決心を固めて魔境に一歩足を踏み入れた瞬間、白目をむいてその場に倒れ伏すアルジミールとライオネスとヘレン先輩。うん、知ってた。
これが普通の反応、というか魔境に辿り着いただけでも十分に立派だと思う。そしてフレアリーズ殿下は。
「うわ~、スライムちゃんがいっぱい、世界はスライムちゃんに満たされ大福様に至る、これが真理であり世界の真実。
そうなのですね、大福様!!」
「・・・アルジミール、起きろ~~!! フレアリーズ第五王女殿下がなんかヤバいことになってるぞ~~~!!」
俺の叫びも空しく一向に目を覚ますことのないアルジミールたち。俺はケビンお兄ちゃんの取り出した精霊の庭に続く扉の向こうへ運ばれていく戦士たちの姿を見送りながら、“これ、一体どうするんだよ!!”と頭を抱えざるを得ないのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora