魔力、それはこの世界を構成する力。この世界の全てのものは大なり小なり魔力の恩恵を受けている。それは日々の健康を支える力であったり、気力や体力を補う力であったり。
魔力枯渇を起こした際に多くの生き物がその場で倒れ伏すように、魔力とは生きる上で必要不可欠な力なのだ。
だが何事にも限度がある。生き物にとって重要な要素である魔力であっても必要以上に与えられれば毒となる。魔力過多症と呼ばれる病があるように、過ぎたる魔力は毒となり生命を蝕むのだ。
俺たちは今、そんな魔力異常地帯である魔境フィヨルド山脈の渓谷にぽっかりと口を開けた地獄へと続く道を、奥へと向かい進んでいる。
“フゥ~~~~~、ス~~~~~ッ、フゥ~~~~~、ス~~~~~ッ”
「皆、待たせてすまなかった。何とか身体が慣れてきたようだ、先へ進もうか」
ロナウドが長い深呼吸を終え、俺たちに声を掛ける。ここは渓谷の岩壁に開いた巨大洞窟、周囲の魔力を何十倍にも煮詰めたような濃厚な魔力が溢れる特級魔力異常地帯。通常こうした場所のことを“魔力溜まり”と呼ぶそうなのだが、暗黒大陸出身の獣人クルンによればフィヨルド山脈全体がすでに“魔力溜まり”に匹敵する魔力異常地帯であり、この場所をどう表現してよいのか分からないとのこと。
つまりここは暗黒大陸の戦士ですら理解不能の超級魔力異常地帯、地獄へと続く道に他ならないのだ。
「ロナウド、無理はするなよ。俺たちは<魔力支配>のスキルを持っているから何とか自分を保つことができているが、それでも相当にきついんだ。俺たちと同じ条件にないロナウドが平静を保てている事自体奇跡みたいなものであり、既に偉業なんだからな」
「ジェイク、俺たち為政者は理想を語ってはいけないんだ。理想を語り、民衆を扇動し、その結果どうなったか。一年戦争の時、デギン・ダイソン大公は配下のギラン・ザビエールに謀殺された。その後民衆を煽り続けたギランもアイリスの手により討たれた。
造反を企てたブライアント第二王子は彼を持ち上げ続けた軍閥貴族共々処罰され、ゾルバ国王陛下の国家方針に背き軍の装備品を持ち出し鉱山の罪人を解放したクロッカス第三王子は、共闘し国に逆らった中央貴族たちと共に粛清された。
問題は彼らが没落し命を落とした事じゃない、彼らの語る理想や幻想に多くの民衆や兵士や貴族が踊らされ、その命を儚くしてしまったことだ。
夢を持つことはいい、理想を掲げその理想に向かい努力することもいいだろう。だが為政者が口にしていいのは現実だ、実現可能な計画であり道程だ。
努力が称賛されるのは個人だ、為政者は結果が全てなんだよジェイク。
迷惑を掛けていることは分かっている、すまないがもう少し俺の我が儘に付き合ってくれ」
そう言い一歩ずつ踏みしめるように洞窟の奥へと進んでいくロナウド。
・・・もうコイツが勇者でよくないか? って言うか既に救国の英雄じゃん、三英雄の一人ロナウド・テレンザ侯爵令息様じゃん。
ロナウド、カッケー。マジでこんなの男が惚れる男だろう、こんな男を宰相候補の婿に迎えるダイソン公国って、それだけで大勝利だろう。
マジでどうなるダイソン公国、現宰相のマケドニアル・グロリア宰相閣下、大喜びするんじゃね、本当に。
俺は子供の頃避暑地シリアル湖の湖畔で喧嘩を売ってきた貴族のボンボンの余りの成長ぶりに口元を緩めつつ、「分かったよ、付き合ってやるから焦るなよ」と声を掛け肩にポンと手を乗せるのだった。
「黒蜜様、大きな洞窟ですね。明りを上に向けても真っ暗で天井が分かりません。この洞窟はいったいどこまで続いているのでしょうか?」
そのすぐ傍ではドレスアーマーモードの黒蜜に身を包んだフレアリーズ第五王女殿下が、ワクワクといった表情で洞窟探索を楽しまれておられます。黒蜜先生、ヘルムはないんですか? 視界が悪くなるので却下と、了解です。
出番がなくて暇を持て余していた黒蜜先生、ここぞとばかりにケビンお兄ちゃんの提案に乗ったみたいです。周囲の魔力を吸収し、使用者であるフレアリーズ第五王女殿下に一切魔力過多症状を起こさせない黒蜜先生、マジで優秀。
俺たちはこの何とも対照的な二人と共に、地獄へ続く洞窟の暗闇の中へと進んでいくのだった。
――――――――――――
「ジェイク君、ここって一体」
そこは異様な場所であった。地面から特大の槍が突き出たような、そんな岩が一面に飛び出た広い空間。
「皆さん、長い長い洞窟の旅、お疲れ様でした。ここが本日のマルセル村観光地巡りの最終地点、ドラゴンの脱皮場となります。
皆さんはドラゴンの塒という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 有名なものはドラゴン信仰が行われているエルドラ王国のドラゴンの塒ですね。エルドラ王国でのドラゴン信仰の歴史は古く、ドラゴンの塒のあるマロニエ連山の麓にはドラゴン神殿という建物があり、国民から深い信仰を集めていると言われています。
この事は書店で取り扱われているエルドラ王国の観光案内にも記載されていますので、興味のある方は後程お調べになって下さい」
ブホッ、やっぱりか~!! ケビンお兄ちゃんが散々ドラゴンのことを話の中で臭わせていたからもしかしたらとか思ったけど、ここがそのドラゴンの塒って、そりゃホーンラビット伯爵閣下にも秘密にするよね、そんなヤバすぎる情報を聞かされたら、聖茶を飲んでも平静でいられないと思うしね!!
ケビンお兄ちゃんが何故マルセル村を離れようとしないのか、点と点でばらばらだった情報が、このドラゴンの塒という特大のピースにより徐々に一つに結ばれて行く。
マルセル村の深淵とは何であるのか、地獄の窯が今開かれる。
「では折角ですのでドラゴンの塒に関する話を一つ。ドラゴンは一度塒を造ると滅多なことではその場所を離れません。それは何故か、その最大の理由がこの“ドラゴンの脱皮場”にあります。
ドラゴンは定期的に脱皮を繰り返す生物です。ですがその強靭な肉体故、やたらな場所に身体を擦り付けても周囲が破壊されるだけで脱皮の助けにはなりません。ですがこの岩場は異常と呼んでもいい程の硬さを誇り、ドラゴンが勢いよく身体を擦り付けても欠けることがないという特性があるんです。
こうした場所はそうそう見つかる訳ではありません。ドラゴンはこの脱皮に耐えうる岩場を求め世界中を彷徨い、そこに巣を造る。ドラゴンの塒はドラゴンたちにとっては他に代えようのない聖地であり、守るべき場所なのです」
ケビンお兄ちゃんはそう言うと魔力の触腕を伸ばし、ドラゴンの脱皮場から何かを拾い上げます。
「これはドラゴンの鱗、ドラゴンがこの脱皮場を使用したという動かしようのない証拠です。この一枚はフレアリーズ第五王女殿下へ、もう一枚は自力でこの場所に辿り着いたロナウド・テレンザ侯爵令息様へ。
ロナウドがどんな夢を持ち何を成すのかは分からないが、ロナウドの決意が本物であることは見せてもらった。何か相談があるようならいつでも言ってこい、俺にできることであれば力になろう。これはその約束の証と思ってくれ」
フレアリーズ第五王女殿下は感慨深げにドラゴンの鱗を受け取り、ロナウドは渡された鱗をジッと見つめ、ケビンお兄ちゃんに向かい静かに頭を下げる。
ケビンお兄ちゃんは本気で戦う者に弱い。口だけじゃなく、行動で自身の思いを示す者に対し、その思いが深ければ深い程激アマになる。
ロナウドはケビンお兄ちゃんの、マルセル村の理不尽の協力を取り付けることに成功した。昨夜白雲さんが言っていた言葉はこういうことだったのだろう。“ロナウドの本気を見せてみろ”、夢を現実に変えること、その実現に一歩近づいたロナウドに、俺は心の中で称賛の拍手を贈るのだった。
「さて、マルセル村観光地巡りはここまでです。勇者パーティーの皆さんは俺が出発の時に話した依頼内容について覚えていますか?」
急にこちらへ振られた話に、俺は一瞬戸惑いを覚える。
「えっと、依頼内容は要人警護と荷物の配達、配達先は先導の白雲さんが知っていて、荷物は白雲さんの収納の腕輪に入っていると聞いています」
「はい、その通りです。ジミーは途中で魔境の魔物に興味が移り馬鹿をやらかそうとしていましたが、ああいう行為は絶対にしてはいけません。
これから冒険者として世界を旅する以上、護衛の依頼などを受けることもあると思います。そのとき何を最優先とすべきなのか、そのことを誤る冒険者がいかに多いことか。
冒険者になるような人間は大なり小なり勇者の英雄譚や高位冒険者の冒険譚に憧れています。その為依頼の最中であろうと依頼人そっちのけで己の正義を振り翳そうとする。あるいは利益の為に依頼人を蔑ろにする。
冒険者とは依頼人があって初めて成り立つ仕事です。冒険者である以上最優先とすべきは請け負った依頼であり、護衛依頼であれば依頼人の命と安全です。
皆さんは確かに強い、このドラゴンの塒においても全く問題がなかったほどに。でも忘れないでください、強いことと優れた冒険者であることは全く別であるということを。そのことを反省点の一つとして心に刻んでくれることを強く望みます」
その叱責は静かで淡々とした口調で語られるも、俺たちの心に重く伸し掛かる。俺たちはこの二日間の自分たちの行動を振り返り、果たして正しかったのかと思いを巡らせる。
“ドンッ、ドンッ、ドンッ”
それは白雲さんの収納の腕輪から取り出された三つの大樽。俺たちはそれが何を意味するのかが分からず、小さく首を捻る。
「えっと、俺、言いましたよね? 「依頼報酬は届け先で受け取る手はずになっていますので楽しみにしていてください」って。配達の荷物がある、依頼報酬は届け先で受け取る手はずになっている、であれば当然荷物の受取人がいるとは思いませんか?
今回勇者パーティーに頼んだ本当の依頼は、この三つの樽の配達です。大樽の中身は“光属性魔力マシマシマシマシ蜂蜜カクテル”、秘密の花園のキラービーの巣で収穫した蜂蜜をお酒と光属性魔力マシマシマシマシ魔力水で割った特製カクテルになります。
俺がマルセル村から離れられない本当の理由はこのお酒を定期的にこの場所に配達しなければならないからなんですよ」
ケビンお兄ちゃんの言葉に思考が止まる。ケビンお兄ちゃんは高級品のキラービー蜂蜜を大量に手に入れているはずなのに、それを全く売ろうとはしない。マルセル村の中で消費する分はホーンラビット伯爵家を通じて販売しているけど、ブー太郎の森のお店屋さんや秘密の花園の巣箱から手に入る蜂蜜の量から考えれば全体のごく一部。では残りは一体どこに消えてしまっているのか。
ケビンお兄ちゃんは言った、「俺がマルセル村から離れられない本当の理由はこのお酒を定期的にこの場所に配達しなければならないから」と。
一年半前、王都グルセリアがドラゴンの襲撃を受けた際、人型をしたドラゴンは言った、『我はフィヨルドの御大に従いし者。盟主たる御大の支配域で暴れるこのドラゴンを諫めにきたまでの事。だが御大は黒衣の者との盟約を忘れてはいない、人の事は黒衣の者に任せるものとする』と。
点と点、線と線が繋がる。ドラゴンの塒という大きなピースによって一枚の絵が浮かび上がる。
『ケビン、配達ご苦労だった。それでこの者たちがケビンの話していた弟たちか?』
その心に響く声は、俺たちの背後から聞こえるものだった。そこは俺たちがこの洞窟に入り、今まで歩いてきた場所。恐る恐る振り返ればそこにあったはずの出口へと続く道は岩壁になり。
「ジ、ジェイク君、う、上・・・」
エミリーのかすれたようなのどに詰まる呟き。
“ドザッ、ドサッ”
横から聞こえた音は、ロナウドとフレアリーズ第五王女殿下が倒れた時のものか。
「う、うそ、だろう」
それは王都で戦ったドラゴンよりも遥かに大きく、王者の風格に満ちた存在、自身が矮小な小虫に過ぎないことを否が応にも分からせる威厳に満ちた絶対者。
「あっ、気を使って魔力と存在を抑えてくれているようですが、普通にしてくれて結構ですよ? この子たち、相当に鍛えてますんで」
『そうであるか、ならば遠慮はいるまい』
“ズゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ”
それは魔力と気配の濁流、混ざり合い勢いのまま溢れ出したそれらは、質量を持って俺たちを呑み込んでいく。白雲さんの言っていた「水中に潜っている時の圧迫感がどんどん強くなっていくって感じ」という例えが嘘ではないことが実感として分かる、息をするのも辛くて堪らない。
“ドサッ、ドサッ”
誰かが倒れる、だがそれを確認できるほどの余裕がない。今はただ、この場で堪え続けることが精一杯、他にできることなど何もない。
「クックックックッ、アッハッハッハッ、ズルいな~、ケビンお兄ちゃんはこんなにも面白そうな相手を独り占めにしていたなんて。
でもいいんだ、俺は怒ってなんかいないよ? だってこんなにも素晴らしい機会を用意してくれたんだから」(ニチャ~)
“!? ジミー? お前一体何を、止めろこのアホンダラ~~~~!!”
俺は苦しさと重圧を必死に堪え、ジミーのいる方へ顔を向ける。
頬を赤らめまるで初恋の相手に出会ったかのような浮かれた表情を浮かべるジミー。この馬鹿、トリップしていやがる。
馬鹿を正気に戻そうと声を上げたくても、あまりの重圧にのどから声が出てこない。
「待て待て待て待て、まずはその木刀を地面に置け、この戦闘狂!! 相手は今回の依頼品の届け先、お前はさっき俺が話した言葉を聞いてなかったのか、この馬鹿垂れが!!」
そんなジミーとドラゴンの間にケビンお兄ちゃんが割って入る。これでジミーも正気に、って余計口元が獰猛に歪んでるんですけど!!
「ボビー流剣術、ジミー・ドラゴンロード。これまで培ってきたすべてを賭して、いざ、勝負!!」
「ラビット格闘術皆伝、ケビン・ワイルドウッド、全身全霊を以って退けてくれようぞ!! “ビタンッ”な~んてね。あっ、すみませんけどやっぱり気配と魔力を落としてもらってもいいですか? この子達にはちょっときついみたいなんで~」
“ドサッ”
ケビンお兄ちゃんがドラゴンに向かい声を掛ける。するとさっきまでの重圧が嘘のように引き、呼吸が楽になる。目の前では顔に布のようなものを張り付けたジミーが一人で悶え苦しみ、“ドサッ”ついに力尽き地面に倒れ伏す。
・・・それじゃさっき倒れたのは一体。音がした方に顔を向ければクルンが白目を剥き泡を吹いて倒れている。これってって臭!!
「あぁ、ごめんごめん、すぐにしまうわ」
『“すぐにしまうわ”ではないわ、ケビン!! “ハイパー腰巻DXアルファー”なんぞ使いおって、この塒に臭いが染みついたらどうするつもりだ、すぐにどうにかせい!!』
恐らく鼻があるであろう辺りに手を当て、ケビンお兄ちゃんに文句を言うドラゴン。これって何てカオス?
俺は理解を越えたすべての事象を取り敢えず脇に置き、何とか意識を保っていたエミリーに「なんかこれで終わりみたい、帰ったらホーンラビット伯爵閣下に頼んで聖茶とクッキーを分けて貰おうか」と言い、親指を上げ無理やりに作った笑みを向けるのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora