照明の魔道具の明りが落ちる。暗闇の洞窟の中で何かが光り、周囲を淡く照らす。俺はその明りをぼんやりと眺めながら、“こんな超級魔力異常地帯でもヒカリゴケは生えるのか”と、植物の生命力の強さに驚きを感じる。
俺は今、布団の中にいる。洞窟内に展開された魔力障壁によりフラットになった床面に敷かれた敷布団と掛け布団、枕はやや硬めの首が痛くならないもの。俺の布団の隣には同じくエミリー用の布団が敷かれ、当のエミリーがスヤスヤと寝息を立てている。
ここはフィヨルド山脈の岩壁に穿たれた超級魔力異常地帯“ドラゴンの塒”。何でそんな特級危険地帯で布団を敷いて横になっているのかと聞かれても、俺にもさっぱり理由が分からない。理由は分からないが、ただひたすらに疲れた。
俺は全ての思考を放棄すると、この柔らかく温かなぬくもりに包まれながら、意識の幕を下ろすのだった。
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「どうやら二人とも寝たようですね」
『うむ、そのようだな。しかしいくらケビンに勧められたとはいえ、脱皮場で横になって寝息を立てるとは、この者たちも大概度胸があるというかイカレているというか。流石はケビンの弟たちといったところか』
ここは魔境フィヨルド山脈の渓谷沿いの岩壁に開いた巨大洞窟“ドラゴンの塒”。洞窟内に入って暫く進んだ所に広がる大空間、地面からは剣山のように太く鋭い槍状の岩が伸び、この場所の異様さを際立たせる。
簡単に言えばドラゴンの垢すり場なんですけどね、尖った岩に身体を擦り付けて剥がれた抜け殻(皮・鱗)が岩と岩の隙間にゴロゴロとですね。
冬期休暇観光特別企画、マルセル村観光地巡りの最終観光地点“ドラゴンの塒”、最終通過者二名、まずまずの結果だったのではないでしょうか。
それで現在生き残ることの出来たジェイク君とエミリーちゃんには最強生物と対面の叶った方全員に報酬としてお配りしている“ダンジョン産安眠セット”をお使いいただいているところでございます。
ここは聖茶とクッキーの出番じゃないのか? まぁそれでもいいんですが、アレって多用すると気が付かないうちに心に滓と言うか歪みが溜まるみたいなんですよね~。
まず気が付くことのないそれも、積もり積もれば毒となる。(被験者:ドレイク・ホーンラビット伯爵)
それに比べ睡眠による心の安定化は人間が本来持ち合わせている精神浄化作用、より自然に、より負担なく心をリセットしてくれます。要するに涙は心の汗ってやつと一緒、思いっきり泣くことで心の澱が洗い流されるように、確り熟睡することで身も心もリフレッシュするってことです。(被験者:ドレイク・ホーンラビット伯爵。ホーンラビット伯爵邸に安眠セット(二セット)は贈呈済み)
この場はどこでも扉の精霊の庭に待機してもらっている残月により浄化済み、<エリアクリーン>と<エアクリーン>のコンボですっかり臭いは消え去っております。
「ところで兄弟子、あの二人はどうするんだ?」
白雲が指差したのはドラゴンの脱皮場の端で白目を剥いてひっくり返る出歯亀一号と二号。この二人、ジミーとラビアナお嬢様の恋模様を見逃すまいと影の護衛を志願いたしまして。まぁ目的は明らかでしたんで俺がいいと言うまで手出ししないことを条件に同行を許したんですが、無茶しやがって、ラビアナお嬢様が脱落した時に精霊の庭に戻っていればよかったものを。
「まぁ二人は経験豊富過ぎる裏社会出身の大人だし、回収するだけでいいんじゃね? 白は復帰までにどれくらい掛かったんだっけ?」
「大体一週間くらい寝込んだな、その後何度か不安に襲われることがあったが、今じゃ全く気にならなくなった。こうしてフィヨルドの御大のお姿を前にすると、身が震えてしまうのはどうしようもないんだがな」
「ハハハハ、この場で平気って奴がいたら見てみたいわ。俺どころか上の方々ですらビビるんだ、矮小な地上人がどうこうできる存在じゃないって。
フィヨルドの御方様、今月分の“光属性魔力マシマシマシマシ蜂蜜カクテル”でございます、どうかお納めください。それと飲み終わった酒樽の回収を行いたいので出してもらってもよろしいでしょうか?」
ドラゴンの塒への配達業務、居酒屋ケビンを開くことで向こう経由で直接寝所へお運びすることもできるんですけどね、どうせ近いですし、余程の用事がない限りこうして足を運ぶことにしています。
上級天使に全てのスキルを奪われちゃった時みたいにいつまた何も出来ないケビン君になるか分かりませんからね、複数のルート確保は重要です。
『うむ、いつもすまんの。空樽にはケビンに頼まれていた洞窟のヒカリゴケを詰めてある。これまで気にした事もなかったが、ヒカリゴケ栽培も始めてみると中々に趣があって楽しいものだの。今度は前にケビンに教わった吊るす苔玉というものを作ってみようと思ってな、色々と試行錯誤しておるところよ』
悠久の時を生きるドラゴンと変化の見えにくいコケ栽培、意外に相性はいいのかも知れません。俺は『今すぐ持ってくる故待っておれ』と言い、三つの酒樽を持ち上機嫌で洞窟の奥へ戻っていく最強生物を見送りながら、さしたトラブルもなく若者軍団とフィヨルド山脈のドラゴンとの対面が終わったことにホッと胸を撫で下ろす。
残月とトライデントにより回収され精霊の庭に運ばれていく十六夜とコリアンダ、先に回収されたジミーたちとフレアリーズ第五王女殿下とロナウド君は精霊の庭の屋敷のベッドでお布団様に癒してもらっていることだろう。俺は「こっちの二人は俺が見ておくから、白は精霊の庭で休んでいてくれ、お疲れさん」と白に休憩するように声を掛けると、一人その場に残り最強生物の帰りを待つのだった。
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「ジェイク君、おはよう。そろそろ起きて?」
優しい声音のささやきが、耳の奥で木霊する。俺はゆっくりと覚醒する意識の中で、いつまでもこの温かなぬくもりに包まれていたいという欲求と今すぐ起きなければならないという使命感の間で揺れ続ける。
「ジェイク君はまだおねむなのかな? フフッ、ジェイク君の寝顔ってかわいい♪ それじゃ私も一緒にお布団の中で“ガバッ”「おはよう、エミリー、いい朝だね。起こしてくれてありがとうってまだ暗い? えっ、ここってどこ?」・・・意気地なし」(ボソリ)
エミリーの呟きが胸に刺さる。いや、うん、確かにその通りですけれども、そういったことはちゃんと手順を踏んでからですねって違う違う。
えっと、今ってどういう状況?
意識が覚醒するも未だ寝ぼけているのか全く状況が摑めない。
布団に潜って眠っていた俺⇒エミリーに起こされ目が覚める⇒周囲は薄暗く、岩肌の地面と尖った岩の林が目に映る⇐今ココ
っていうかベッドじゃなくて敷布団? 地面に直接敷布団って、布団が痛むんじゃ・・・魔力障壁が張ってあるのね、なら安心ってそうじゃないそうじゃない。
「ジェイク君、落ち着いて。ゆっくり考えればすぐに思い出せるから。今日、私たちは何をしていたんでしょうか?」
「何をしていたって、大森林深層前で野営の朝を迎えて、深層の森でレッサードラゴンやブラックウルフの群れを仕留めて、魔境フィヨルド山脈に足を踏み入れて、渓谷沿いの岩壁に口を開けた巨大洞窟に足を踏み入れて、洞窟の奥の岩場でケビンお兄ちゃんから“ここはドラゴンの塒だ”って聞かされて」
“ブルブルブルブルブルブル”
瞬間背筋に震えが走る。洞窟の奥で何があったのか、倒れる仲間、やらかすジミー、彼らは一体どうなってしまったのか。そして・・・。
「エミリー、ジミーたちは、フレアリーズ第五王女殿下やロナウドがその後どうなったのか分かるか? それとケビンお兄ちゃんと洞窟の主は・・・」
“スーーーーッ”
エミリーが黙って洞窟の暗闇を指差す。そこには岩壁の前で一人佇むケビンお兄ちゃんの姿。
『ふむ、目が覚めたようだの』
「おはよう、ジェイク君。とは言っても一時間も寝てなかったんだけどね。お早いお目覚めと復活、心よりお喜び申し上げます、勇者ジェイク様、聖女エミリー様」
そう言い慇懃に礼をする俺たちをこの地獄に叩き落した張本人。
なっ、この理不尽め、どの口が言いやがる!! 俺はギリリと固く拳を握りしめるも、ゆっくり大きく深呼吸をすると、“ケビンお兄ちゃんだから仕方がない、ケビンお兄ちゃんだから仕方がない”とマルセル村に伝わる精神安定の呪文を口にする。
「フゥ~~~~~、俺は大丈夫、俺は大丈夫、ヨシッ。ケビンお兄ちゃん、状況を整理するね。
ここはフィヨルド山脈にあるドラゴンの塒、そしてそちらの巨大なドラゴンはこのドラゴンの塒の主、フィヨルド山脈に棲まうドラゴンってことでいいかな? いつの頃からかは分からないけど、ケビンお兄ちゃんはこのドラゴンに樽に詰めたキラービー蜂蜜と光属性魔力マシマシマシマシ魔力水で割ったお酒を届けるようになっていた。
これは王都バルセンでドラゴン襲来が起きた際に仲裁に入った人型のドラゴンが告げていた盟約、ケビンお兄ちゃんがマルセル村を離れない理由。
マルセル村は、オーランド王国は、人知れずケビンお兄ちゃんに守られていた、そういうことなんだよね」
“パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”
その拍手は俺の後ろから、誰もいない筈の暗闇の中から聞こえるもの。
「素晴らしい、素晴らしい洞察力だよ。少ない情報を繋ぎ合わせ、真実に迫るその姿勢、だから人間を観察することは止められない」
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
洞窟の中にソレの足音が響く。それは深淵、何処までも暗く、どこまでも深い、底知れぬ恐怖を纏った漆黒の闇。
「人は時に弱く、時に愚かだ。恐怖も、喜びも、悲しみも、己の内から湧き出る感情すら操ることもできず、欲望のままに、衝動的に、感情のまま暴れ出す。
だがそれは人々の紡ぎだす物語の一面、愚かさも、賢さも、醜さも、美しさも、そのどれもが愛おしい。
僕はね、そんな人々の営みを見続けることが大好きなんだ」
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
それはゆっくりと、だが確実に俺たちの方へと近付いてくる。
“ギュッ”
エミリーが震える手で俺の腕を摑む。俺はその手を上からそっと包み込むと、小さく息を吐いてから口を開く。
「お前は一体何者なんだ、俺たちに何の用だ」
背筋を冷たい汗が流れる。ドラゴンと対峙した時とは全く別の種類の恐怖が、全身を震わせる。
「おや? 君はもう僕のことは気付いていたんじゃなかったのかな? 黒衣の者、オーランド王国の王都諜報組織“影”の人たちは僕のことを“鑑賞者”って呼んでくれるかな?
君たちのことはずっと見ていたよ、この二日間、随分と楽しませてもらっていたよ、どうもありがとう。
因みにジミー君の暴走を止めたのは僕だね、全然気が付かなかっただろう?」
「こうやって誰にも気が付かれずに相手の側に近付くのは得意なんだ」
“ポンッ”
そのナニカはいつの間にか俺たちの背後に迫ると、俺たちの肩に手を乗せ「初々しい若者の姿はいつ見ても美しいね~」と耳元で囁いてから離れていく。
“ゾクッ”
全身が氷の池に落とされたように冷たく感じる。ガタガタと奥歯のなる音は、俺自身のものなのか、それともエミリーのものなのか。
「ハッハッハッハッ、驚かせてしまってごめんね。でも大森林深層でケビンが話していただろう? 世の中には自身の強さを決してひけらかさない恐ろしい魔獣が存在するって。そうした魔獣は何も森の中だけにいるとは限らない、むしろ人々の暮らしの中、人の心の中にこそ潜んでいる。
それは欲であったり、恐怖であったり、愛であったり。
これから世界に旅立つ君たちはドラゴンのような世界の脅威などよりも、もっと身近な人の悪意や狂気を目にすることになるはずだからね」
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
ナニカはそのまま歩き続け、ドラゴンとケビンお兄ちゃんの前で足を止めると、こちらに向きを変え両手を広げる。
「一年戦争終結の調印式やドラゴン大侵攻の後のオーランド王国王城、グロリア辺境伯家がランドール侯爵家居城に攻め入った際の終戦交渉の場。思惑と思惑が交錯し、取り繕い隠し続けた思いが現れる、人間は本当に面白い。
僕は見続ける、愛すべき人々を。僕は“鑑賞者”、人々を観察する者。
マルセル村の戦闘狂共は僕の姿を見るとすぐに襲ってくるんだけどね、あれって本当に厄介だからやめるように言っておいてくれる?」
ナニカはそう言うとお道化たように首を横に曲げる。漆黒のコートのフードを被り、全身を黒で固めたソレは、まさしく黒衣の者、ドラゴンの盟友。
「それじゃ、あの人型のドラゴンが言っていた黒衣の者とは、ドラゴンと盟約を結んだ者は」
「フフフフ、僕は最初に言ったよね、素晴らしい洞察力だと。ジェイク君、君はもっと自信を持っていい、君はまさに勇者に相応しい人物なんだから」
そう言いコートのフードに手を掛けるナニカ、そしてフードを外すと影によって隠れていたナニカの顔が露になり。
「ジャジャ~~~ン、ジェイク君、大正解~~~♪ 正解したジェイク君にはワイルドウッド家の総力を挙げて作り上げた最新型の“ハリセンメガマックス”を予備を含め二本進呈、コイツは相手の魂に直接響く優れ物だからね、殺傷能力はないけどドラゴンだって怯ませる事ができるよ」
そう言い足下の影から二本のハリセンを取り出し俺に渡してくるケビンお兄ちゃん。
「「えっ、はぁ? ケビンお兄ちゃんが二人?」」
驚きに声を上げる俺とエミリー、黒衣のケビンお兄ちゃんは「あぁ、これ?」と言ってもう一人のケビンお兄ちゃんを指差すと、パチンと指を鳴らす。
「「えっ、消えた!?」」
「フッフッフッフッ、よくできてたでしょう。大賢者シルビア・ソードと賢者イザベル・ソード直伝の幻影魔法分身。ちゃんと触れば感触があるし、切られれば血も出る優れ物。ここまでくるのが大変で、幻影魔法って極めようとすると頭おかしくなりそうになるよね。
まぁ人体を丸々一つ作ろうって言うんだから当然なんだけど、ジミーですら全く気が付いてなかったんだから中々なもんじゃね?
それとこの衣装は路傍の石計画によって作り出した最強装備だね、こちらフィヨルドの御大からも“全く分からん”とのお墨付きを頂いた隠蔽性能、敵の陣地だろうが王城だろうがどこだって入り込めますとも、ワッハッハッハッハッハッ」
腰に手を当て、高らかに笑い声を上げるケビンお兄ちゃん。これがマルセル村の深淵、ケビンお兄ちゃん。
「エミリー、ケビンお兄ちゃんがケビンお兄ちゃんでケビンお兄ちゃんするよ」
「仕方がないよジェイク君。ケビンお兄ちゃんはケビンお兄ちゃんでケビンお兄ちゃんなんだもん」
ケビンお兄ちゃんのケビンお兄ちゃんが世界をケビンお兄ちゃんしてケビンお兄ちゃんに染められて・・・。
崩壊する思考、その場にはただケビンお兄ちゃんの笑い声だけが響く。
俺たちは地面に両手を突くと、ガックリと項垂れることしかできないのであった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora