「さて、俺が一番やりたかったお楽しみは確り実現できたのでケビンお兄ちゃんは大満足です。本気のボケは丁寧に丁寧に積み上げて最後の最後で叩き壊す、物凄く気持ちよかったです」
ヒカリゴケに照らされた薄暗い巨大洞窟の中、この洞窟“ドラゴンの塒”の主であるフィヨルド山脈に棲む伝説のドラゴンの下で、真っ黒な衣装に身を包んだケビンお兄ちゃんが満足気に胸を張っている。
ごめん、やっぱりよく理解出来ないよケビンお兄ちゃん。状況がカオス過ぎるよ、この理不尽を管理し続けているドレイク・ホーンラビット伯爵閣下は偉大な御方だよ。
「ケビンお兄ちゃん、どこからどこまでがボケなの? 後ろのドラゴンは誰がどう見ても本物の厄災だし、さっきのケビンお兄ちゃんの“鑑賞者”? あれも相当に怖かったんだけど」
俺は“もうこのまま帰って寝たい”という願望を必死に堪え、ケビンお兄ちゃんに説明を求める。
「あぁ、ジェイク君とエミリーちゃんは“鑑賞者”のことは見たことがないから知らなかったかな? 三英雄が王都バルセンの王城で停戦交渉をしている時に現れた謎の人物のことは、ロナウド君経由で聞いているもんだとばかり思っていたんだけどね。
ジミーも俺が何か怪しい実力者ごっこをしているのは知ってると思うよ、以前マルセル村の春祭りに魔王四天王の“絶剣のゼノビア”さんが来た時に、この格好で軽く実力を示してジミーの暗黒大陸武者修行の保証人をお願いしたからね。後は魔国の魔王城で三将軍による造反が起きた際に、この格好で魔王城に乗り込んでシルバリアンに身体を乗っ取られたジミーを救出した事があったかな。
ランドール侯爵領での戦いや一年戦争、ブライアント第二王子の造反やバルカン帝国絡みの諸々。決して表に出せないような状況の裏でコソコソ動いて事態の早期終息を図って来た時は、いつもこの格好で暗躍していたんだよね。
ジェイク君は夏祭りの時に不思議に思わなかった? ワイルドウッド男爵家の使用人が強過ぎるって。つまりはそういうこと、王都諜報組織“影”じゃないけど、俺のところは昔からマルセル村の影に隠れて様々な問題を解決に導いてきていたって感じだね。
詳しいことはその内ホーンラビット伯爵閣下に聞いてみるといいよ、大体のことは報告してあるから。流石にヤバすぎて報告できなかったこともあるけど、その辺は裏稼業あるあるだね。影の総帥ベルツシュタイン伯爵閣下とは旨い酒を飲む仲です」(ドヤ顔)
・・・情報量が多いよケビンお兄ちゃん!! そんなマルセル村どころかオーランド王国の超極秘事項を何で俺たちにバラすのさ、聖茶とクッキーをください!!
「ジェイク君とエミリーちゃん、ジミーにフィリーちゃんにディアさんは皆が学園を卒業したら冒険者として世界中を回る旅に出るつもりなんだろう? その辺で適当に冒険者活動をするくらいならここまでのことを知る必要もないけど、皆の実力で世界中を旅するなんて事になったらその力を利用しようっていう輩は絶対に現れる。
相手がどんな主義主張を抱えているのかは関係なく、それは君たちを縛る枷となる。世界は綺麗事だけじゃない、どろどろとした汚れた部分が渦巻いているのも人の社会の一面、こういったことはクルーガルの爺さんが詳しいんだけどね。
この試練を通過した者にはそのことを知っておいて欲しくて準備していたんだけど、案の定ジミーが暴走しちゃうし、クルンは巻き添えで気を失っちゃうし、フィリーちゃんとディアさんは精霊と一つになれば通過できたと思うんだけど、皆と同じ条件で“ドラゴンの塒”に挑みたかったのかな?
その辺の臨機応変さを身に付けないとこの先大きな失敗をするかもしれないから、ジェイク君とエミリーちゃんから、俺からの言葉として伝えておいてくれる? “冒険者は依頼の無事な達成の為なら何でも使う。主義主張は足枷にしかならない”ってね」
ケビンお兄ちゃんの言葉が逐一耳に痛い。俺たちは確かに強くなった、大福ヒドラドラゴンモードに挑む修行では文字通り何度も死を乗り越えて強くなってきた。それは俺たちを支える自信にもなったけど、同時にある種の慢心も育てしまったんじゃないだろうか。
「さて、難しい話はここまで、最初に言ったように最後まで意識を保つ事の出来た二人には報酬を差し上げます。クルンに関しては別途で迷惑報酬を渡しておきますので二人はお気になさらずに」
ケビンお兄ちゃんはそう言うと背後のドラゴンに振り返る。ドラゴンは『うむ、二人共、よく頑張った、受け取るがよい』と言ってグッと身を屈めると、俺とエミリーに顔を近付けてくる。
“ヒッ”
呟くような小さな悲鳴、エミリーは俺の脇にサッと身を寄せると腕を摑み、“ギシギシギシギシ”。
グオーーーーーッ、潰れる潰れる潰れる!!
俺はエミリーに顔を向けると、囁くように「大丈夫、俺が付いてるから」と声を掛け、ニッと少年の様な笑顔を向ける。(必死)
エミリーはそんな俺の表情に励まされたのか、「う、うん。ありがとうジェイク君」と言って俺の腕に掛ける圧力を緩めるのだった。
“ゴトッ、ゴトッ”
何かが地面に置かれる、それはドラゴンの手から離れた二つの塊。
『これは我の牙、加工して武器にできるとのことであるが、詳しくはケビンに聞くといい』
・・・え~~~~~~!? ドラゴンの牙なんて希少なんてもんじゃない国宝級のレア素材じゃないですか、加工なんてどうやったらできるんですか、もてあますこと確実じゃないですか!!
渡す物は渡したとばかりに顔を上げるドラゴン、地面には二つの巨大な牙が残される。一体これを如何しろと。
「あぁ~、ジェイク君、何か難しいことを考えているみたいだけど、そこまで悩むようなことじゃないから。大分前に白雲がラビット格闘術の免許皆伝試験でこの洞窟にワイン樽の配達に来たことがあったんだけど、その時に貰ったドラゴンの牙は寝室の飾りにしているって言ってたよ。
白雲曰く、“厄除けや魔除けの効果がありそうだったから”とかなんとか、縁起物やお守りみたいな扱いだね。父ヘンリーが趣味で集めた刀剣を磨いていたり、俺が呪物コレクションを集めていたりするのと変わらないって、お土産くらいの感覚でいいと思うよ?」
ドラゴンの牙がお土産、そういえばロナウドとフレアリーズ第五王女殿下にはドラゴンの鱗をあげてたんだよな~。やっぱりケビンお兄ちゃんってその辺の感覚がバグってるな、うん。
「それでさっきフィヨルドの御大が言っていた牙を武器にするって話なんだけど、やり方はそこまで難しくないんだよね。牙に両手を合わせて自分が欲しい武器を細部まで正確に想像しながら魔力を流すだけ。
問題はこの細部まで正確に想像するってところでね、大概はこの時点で大失敗をやらかすんだな、これが。
文字通り想像した物が出来上がっちゃうんだけど、普通の人は刀の形状までならまだしも切れ味のある刃先や先端まで正確に想像することなんかできないから。これができるとしたら魔剣作製に成功した鍛冶師くらいなんだけど、そういった鍛冶師はこれだけの牙全体に魔力を注ぎ込むことができない。
ドラゴン素材は魔力の影響を受けにくいからね、牙に関しては例外と言えるけど、加工が一回だけの上に魔力の使用量がとんでもないんだよ」
ケビンお兄ちゃんは収納の腕輪から一本の濃紺色の丸棒を取り出す、それはいつだかの村祭りでヘンリー師匠とボビー師匠を打ちのめしていた丸棒。
「これがドラゴンの牙から作り出した俺のお気に入りの棍棒、この程度の加工なら今のジェイク君たちにもできるだろうけど、折角のドラゴンの牙だよ? ロマンを求めたいよね。
てな訳で武器のことなら武器に聞け、黒鴉先生、お願いします!!」
“パンッ、スーーーーーッ”
ケビンお兄ちゃんが胸の前で両手を合わせる。その手をゆっくりと開いていくと、掌と掌の間に金色に輝く一振りの刀が姿を現す。
「先ずはジェイク君、この刀を握ってから目を瞑って自分の思う一番欲しい武器を想像してみてくれる? 細かい補正はこの刀がしてくれるから」
刀、それは男のロマン。ヘンリー師匠の家でダンジョン産の“魔剣村雨”を見た時からずっと
俺はケビンお兄ちゃんから光輝く刀を受け取ると、前世のゲームで最後まで使い続けていた相棒の姿を思い浮かべる。
“ズシッ”
刀の重さが変わる、さっきまで羽のように軽かった刀がずっしりとした重さを両腕に伝えてくる。
「“龍落とし雪月花”、まさか実物をこの手にすることができるなんて」
“カチャッ、スーーーーーッ”
引き抜かれた刀、まるで月明かりに照らされた雪山のように美しい波紋が刀身を飾る。
“ブンッ、スーーーーーッ、カチャッ、スパンッ、スーーーーーッ”
「うん、重心の狂いもなく手に馴染んでいるみたいだね。それじゃその刀を作っていこうか。右手に鞘に納めた刀を持って、左手をドラゴンの牙に当てて、魔力の腕輪に魔力を注ぎ入れる時の要領で魔力を注いでくれる? 武器作製に関する難しい調整は全部その刀がしてくれるから」
ケビンお兄ちゃんに促され右手に“雪月花”を持ち、目を閉じてから左手で触れたドラゴンの牙へ全魔力を注ぎ込んでいく。魔力を送ること暫し、普段ならとっくに魔力が空になるはずの時間が経っているのにもかかわらず一向に魔力枯渇が起こらない。むしろ回復している? 俺はこの訳の分からない現象に困惑するも、多分ケビンお兄ちゃんがまた何かをしているのだろうと問題を脇に置き、魔力を送り続けていく。
“カチャンッ”
何かが倒れる、左手の掌に感じていたドラゴンの牙の感触が消え、俺の手が虚空を滑る。
「ジェイク君、おめでとう。その刀がジェイク君の欲していた武器、大切に使ってやってね。とは言ってもドラゴンの牙だからね、先ず折れないし魔法も効かない、魔力だって叩き切ることができるはずだよ。
ただ魔力を纏わせる事はできないから、使いどころには気を付けて」
ケビンお兄ちゃんはそう言うと「次はエミリーちゃんの番だよ」と俺から金色に輝く刀を受け取り、さっきと同じ説明をエミリーに語って聞かせる。
「“龍落とし雪月花”、ハハハ、俺の夢が叶っちまったな」
俺は地面に落ちる“雪月花”を大切に拾い上げると、「これからもよろしくな、相棒」と語り掛け、そっと鞘を撫でるのだった。
―――――――――――――
「はい、それじゃ二人共依頼報酬は受け取ったね、フィヨルドの御大にちゃんとお礼を言いましょう」
「「どうもありがとうございました!!」」
俺は“雪月花”右手で持ち、エミリーは以前王都学園の大図書館で読んだ冒険物語に出てきた、聖女様の挿絵が手にしていた飾りの付いた長杖を持って、ドラゴンの塒の主にお礼の言葉を向ける。
『うむ、二人とも良き旅をな。いずれマルセル村に帰った際は土産話でも聞かせて欲しい。おお、丁度迎えが来たようだ』
“バサッ、バサッ、バサッ、グワァッ”
ドラゴンの言葉に背後を振り向けば、洞窟の入り口方向から現れた巨大な何か、これは前にマルセル村の健康広場で見たことがある・・・。
「あ、ガーディンさん、わざわざすみません。通過者が二名だったんで、俺たち三人を乗せてもらってもいいですかね。フィヨルドの御大、本日はありがとうございました、俺たちはここで失礼させていただきます」
『うむ、ではまたの。ガーディン、ケビンたちを頼んだぞ』
“グルワッ、ギュワッ”
それは巨大な空飛ぶ厄災ワイバーン。二年前に王都武術大会会場で見た個体の何倍も大きなワイバーンは、王都バルセンを襲ったドラゴンに匹敵するのではといった巨体を地面につけ、俺たちが背に乗るのを静かに待ち続けている。
俺とエミリーは互いに顔を見合わせると、恐る恐るといった調子で背中に登っていく。
「二人共、魔力の触腕を使って確りガーディンさんの背中に摑まってね。ガーディンさん、お願いします」
“ギュワッ、バサッ、バサッ、バサッ”
翼を広げ、ゆっくりと飛び立つワイバーン。真っ暗な洞窟の中を暫く飛ぶと、急に眩しい光が目に飛び込み、俺は思わず手の甲で目元を覆う。
「凄いよジェイク君、渓谷の洞窟があっという間に小さくなっていくよ」
それは空港から飛び立った航空機がどんどんと高度を上げるように、地面の上の巨大建造物が見る見る間におもちゃのような大きさになってしまうように。
「ジェイク君、エミリーちゃん、見てごらん、あそこがフィヨルド山脈のワイバーンの生息地だね。昨夜はロナウド君があそこのワイバーンの卵を欲しがっていたみたいだけど、ハッキリ言って挑むのは無謀を通り越してただの自殺行為だから止めた方がいいよ? ジミーだったらやり遂げるかもしれないけど、一つの卵を手に入れる為にどれ程無駄に命を散すことか、先々を考えたら効率的とは言えないよね。
まぁロナウド君には相談に乗るって約束したし、どうしてもって言うんならどうとでもできるけど、その前にバルザック伯爵家と交渉してワイバーンの飼育技術を教わった方がいいかな。繁殖までを考えるのならその方が絶対いいと思うんだよね、バルカン帝国が呪術でワイバーンを縛って操っているけど、繁殖に成功したって話は聞かないしね」
ワイバーンの生息地を指差しながら、ロナウドの夢の困難さと可能性を語るケビンお兄ちゃん。それだけの情報を一体どうやってと聞きたくもあるけど、俺の警戒本能がそれ以上はいけないと激しく警鐘を鳴らす。
「ケビンお兄ちゃん、あの山の岩壁に見える建物のような物は何?」
それはエミリーの質問、フィヨルド山脈の遥か上空にまで飛び上がったワイバーンからは、山脈の美しい全景が見えている。
「おっ、見つけちゃいましたねエミリーちゃん。アレこそはこのケビンが勇者病<仮性>重症患者としての全てを注ぎ込み造り続けている夢の城、“魔王城”だね。世界を旅して戻ってきた勇者パーティー一行が挑む事ができるように、しっかり準備しておくから楽しみにしておいてね♪」
俺たちの方へ振り向き最高の笑顔でサムズアップを向けてくるケビンお兄ちゃん。
うわ~~~、やっぱりこの人魔王だよ、“狡猾”なんかじゃないよ、“享楽の魔王”ケビン・ワイルドウッドだよ!!
俺は目の前でワイバーンのガーディンさんに話し掛けながら「マルセル村へ向けて、出発!!」と合図を飛ばすケビンお兄ちゃんの背中に目を向けながら、“今見たことは絶対ジミーには言わないでおこう”と固く心に誓うのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora