“バサッ、バサッ、バサッ、バサッ”
傾き始めた日差しが横顔を照らす。大空を舞うワイバーンは力強く翼をはためかせ、俺たちを乗せてどこまでも飛んでいく。
「本日はマルセル村観光地巡りをお楽しみいただきありがとうございます。まもなく旅の終着地点、マルセル村村門前へと到着いたします」
観光案内係の設定がまだ続いているのだろうケビンお兄ちゃんが、地上に顔を向けながら声を掛ける。上空五千メート近い空から眺めるマルセル村はすべてが豆粒のように小さく、自分たちがいかに狭く小さな世界で暮らしているのか、自分たちがこの大自然の中ではいかに矮小な存在であるのかを教えてくれる。
そんなとんでもない場所を飛行していながら周囲の風も寒さもまったく気にならないのは、ケビンお兄ちゃんが特殊な結界を張ってくれているお陰。
「いや~、ガーディンさんの背中に乗って初めて高高度の空を体験した時は、あまりの寒さに震えが止まらなかったんだよね。魔力纏いをしてヒートをかけまくっても全然効かないの、周囲を結界で覆って癒しの覇気を出しまくってようやく震えが収まったって感じ。あの時は空を舐めてたって反省しまくりよ。
王都で売ってる小説なんかを読むと勇者がドラゴンに跨って魔王との決戦に挑むなんて場面が書かれてるじゃん? “黄金色に輝く勇者の髪が風に靡く。向かうは魔王の城、ドラゴンは咆哮を上げ背中に乗る勇者パーティーを鼓舞すると、暗黒の森の遥か上空から強襲を仕掛けるのだった”とかね。
もうね、ロマンと現実の乖離が甚だしいの、ジェイク君やエミリーちゃんも気を付けた方がいいよ? 重要なのは高度だから、事前準備無しに高高度を飛ぶと普通に死ねるからね」
流石勇者病<仮性>重症患者、ロマンの為には身体を張って挑むその姿勢、尊敬に値します。(情報だけください、真似はしませんので)
マルセル村上空をゆっくりと旋回し徐々に高度を下げていくワイバーン。大きく翼を振り降り立った先は、展望塔と闘技場の側、枯草の草原。
「勇者ジェイク、聖女エミリー、世界は広い、君たちはこの旅でそのことを学んだはずだよ。それじゃまたね、若き英雄の卵たち。いずれこの広い世界のどこかで再び出会う日を楽しみにしているね、バイバイ」
いつの間にか目深にフードを被り“鑑賞者”ムーブを始めたケビンお兄ちゃんは、周囲に恐怖の気配をばら撒きながら、ワイバーンと共に飛び立っていく。
「ケビンお兄ちゃん、行っちゃったね」
「あぁ、色々言いたい事はあるけど、取り敢えずホーンラビット伯爵閣下に帰村の報告に向かおうか。流石にドラゴンのことは伏せておいた方がいいと思うけど、何があったのかは説明する必要があると思うし、あのワイバーンは村中で目撃されちゃっているだろうしね」
そう言い背後の村門に目を向けると、腰を抜かしてへたり込む門番のカシムさんの姿。俺はエミリーにカシムさんの気付けを頼むと、この先のことを考え大きなため息を吐くのだった。
「あっ、二人ともお帰り~、並んで並んで~。
はい、これで全員揃いましたね。それでは改めまして、皆様、マルセル村観光地巡り、お疲れ様でございました」
「「・・・・・・」」
ホーンラビット伯爵邸の前、そこには精霊の庭に続く扉が置かれ、今回の観光地巡りに参加した面々が非常に疲れた表情で整列している。
俺とエミリーはいつの間にか幻影魔法のケビンお兄ちゃんと同じ服装に着替え、観光案内係の続きをしているケビンお兄ちゃんの姿にガックリと項垂れると、ホーンラビット伯爵閣下への報告は後にして今日は家でゆっくり休むと心に誓うのだった。
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マルセル村観光地巡りから帰ってきてから四日、マルセル村は平和そのものだった。観光に向かったフレアリーズ第五王女殿下をはじめとした高位貴族の令嬢令息の方々は疲れからか部屋でゆっくりとした時間を過ごされ、俺たちも基本ぐったりとした毎日を送っていた。
ホーンラビット伯爵閣下への報告は、帰村の翌日にエミリーと一緒に行った。流石にドラゴンのことは話せないのでフレアリーズ第五王女殿下たちは魔力異常地帯の洞窟内で気を失ったこととし、ジミーたちとロナウドにはその方向で口裏を合わせてもらったのだった。
ジミーは「うちにはエッガードもいるし、時々エッガードの親も遊びに来ているんだからそのうちバレるんじゃないのか?」と言っていたが、アレは駄目なやつだから。
アレを相手に狂喜乱舞するのはジミーとヘンリー師匠とボビー師匠くらいだから。大剣聖クルーガルは、う~ん立場上引いてくれると助かるけど怪しいから内緒で。とにかく知らない方が幸せなことがあると言って説き伏せ、協力を取り付けた。
“鑑賞者”に関してはホーンラビット伯爵閣下にすべて報告しているとケビンお兄ちゃんが言っていたので尋ねてみると、「ケビン君、遂にバラしちゃったんだ、そっか~、知っちゃったのか~」と言ってこれまでのケビンお兄ちゃんの暗躍振りを話せる範囲で教えてくれるのだった。
ケビンお兄ちゃん、十歳の頃から夜な夜なマルセル村を襲いに来た盗賊を一人で始末していたって、どこの殺し屋? 俺たちが村中で協力して倒した盗賊の数なんかほんの一握りだったなんて、どれだけ凄いの? そういえば昔ドレイク村長代理がケビンお兄ちゃんにペンダントを渡して感謝の言葉を向けていたことがあったけど、あの時に俺が想像していたケビンお兄ちゃんの活躍の何倍も凄まじいんですけど。
ランドール侯爵家との紛争時の暗躍、一年戦争の時はバルカン帝国がダイソン公国の城に仕掛けた大量の爆薬を密かに取り除き、王都バルセンでは民衆を扇動し終戦ムードを作り上げ、ブライアント第二王子の造反の時は反乱軍鎮圧に大きく貢献し、ドラゴンと交渉しバルカン帝国に大打撃を与え。
「あの、ホーンラビット伯爵閣下、それって俺たちが聞いちゃってもいい内容なんでしょうか?」
「そうだね~、知らない方がいいんだろうけど“鑑賞者”の正体を知っちゃったのならいずれ分かることだからね。バルカン帝国のドラゴン災害の現場ではドラゴンとの交渉の窓口として出没したって言ってたから、ジェイク君たちが冒険者として名を挙げていったら耳に入ることだと思うしね」
ホーンラビット伯爵閣下、ケビンお兄ちゃんとドラゴンの関係を知っていたんですね。何と御心の強い。
「それじゃお義父さんはドラゴンがどこに棲んでいるのかも知ってるの?」
「そうだね~、フィヨルド山脈には古くからドラゴン伝説が残っていたからそのどこかにいるだろうって事ぐらいかな。フィヨルド山脈っていっても広大だからね、どこかまでははっきり分からないよ」
ホーンラビット伯爵閣下の余裕は考えても仕方がないという割り切りからだったんですね、勉強になります。俺はエミリーに目配せし、“ドラゴンの塒のことは秘密にしよう”と再度確認し合うのだった。
「ジェイク、いよいよ行くのか。手土産は持ったか?」
家の食卓ではトーマスお父さんが席に着き、俺の服装をチェクしてから「頑張ってこいよ」と励ましの言葉を向けてくれる。
「ジェイク、確り男を見せてくるのよ。大切なのは男気、エミリーちゃんを絶対に守り抜くっていう決意なんだからね」
「ジェイクお兄ちゃん、確り決めてきてね。ジェイクお兄ちゃんが成功するかどうかでチェリーとロバート君の今後が決定するかもしれないんだから」
マリアお母さんの心強い激励、チェリーちゃんの・・・なんか圧が強い。
でもチェリーちゃん、ロバート君は立場的に難しくないか? なんやかんや言って伯爵家のご長男様だし身分の壁が・・・勇者と聖女の妹ならごり押しでいける? ごり押しちゃうんだ~、ホーンラビット伯爵家独立領ならやってやれないことはないんだ、そうなんだ。
盛り上がるマリアお母さんとチェリーちゃん。トーマスお父さん、今夜食堂に飲みに行こうか、俺、朝まで付き合うからさ。
父親は寂しい、特に娘の父親は悲しい。俺はそんな当たり前の現実を教えてくれたトーマスお父さんに、「いつもありがとう」と感謝の言葉を贈ることしかできないのだった。
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「ジェイク君、緊張しなくても大丈夫だからね。ドレイクお義父さんだってジェイク君のことはよく知ってるし、反対なんて絶対にしないから」
そう言い俺のことを励ましてくれるエミリー。俺とエミリーの仲はマルセル村じゃ知らない人はいないくらいに長いし、ミランダおばさんも昔から「エミリーのことをよろしくね」と言ってくれていたから特に反対されるとは思ってないけど、それと緊張するということは別問題。家を出た瞬間から心臓がドキドキし始めるし、今だってのどが渇いて仕方がない。
「エミリー、俺、上手く話ができるかな。何かとんでもない失敗をしそうで怖いんだよ、さっきから手の震えが止まらなくってさ」
そう言い挙げた右手は小刻みに震え、じっとりとした緊張からくる汗で掌がべとべとになっている。
「ジェイク君、目を瞑って」
俺の目の前に顔を寄せたエミリーが小声で囁く。俺はドキリとした気持ちを隠しつつ、エミリーの言葉に従う。
「ジェイク君、エミリーの言葉をよく聞いて」
鼓膜を擽る優しい声音、エミリーから漂う甘い香りに、胸の鼓動が緊張とは違う意味で激しく脈打つ。
「ジェイク君、ここは暗い洞窟、洞窟中にいるのはエミリーとジェイク君だけ」
目を瞑ることでエミリーの声だけが心に響く。エミリーと二人、暗い洞窟の中にいる光景が目に浮かぶ。
「何か聞こえない? 洞窟の中、闇に潜む存在。強大で、絶対的な支配者、暗がりに浮かぶ目の前の岩壁は本当に岩壁なの? ゆっくりと見上げたその先には・・・」
「うわぁぁぁぁ、ってエミリー、これマジで止めて、緊張どころの話じゃないから、一瞬心臓が止まるかと思ったから。
あ~~~、びっくりした。本当に勘弁して」
怖~~~~~、エミリーさん、これは駄目でしょう。緊張? そんなもん一瞬にして吹き飛びましたとも、アレは駄目なやつだから、本当、あ~~~怖かった。
エミリーさんの男性心理を突いた見事な心理誘導で緊張の解けた俺だけれども、上げて落としての落差がジェットコースターだから、その悪戯が成功したって笑顔は可愛いけれども、可愛いけれども、マジで勘弁してください。
それと小声で「ドレイクお義父さんが変なことを言ってきたら、説得はエミリーにお任せだよ♪」って言うの止めてください、小さく揺れる拳がドラゴン並みに怖いです。
俺はエミリーに励まされ気合を入れると、収納の腕輪から取り出した王都で購入した手土産のお酒を手に(モルガン商会王都支店で購入。ロイドの兄貴の一押し!!)、ホーンラビット伯爵邸の玄関へと足を向けるのだった。
「いらっしゃい、ジェイク君、よく来てくれたわね」
執事長のザルバさんに案内されたのはいつもの執務室ではなく、ホーンラビット伯爵家の家族がくつろぐ広間。そこにはホーンラビット伯爵閣下をはじめとした家族全員が揃っている。
「ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下並びにミランダ夫人、デイマリア夫人、ご家族の皆様方、本日はお忙しい中、お時間をお取りいただき深く感謝いたします」
「うん、騎士ジェイク・クロー君、エミリー、よく来たね。二人から話があるということは、ミランダから聞いているよ。先ずは席に腰掛けてくれるかな? 話はそれから聞こうか」
それは普段の優しい父親という顔ではなく、ホーンラビット伯爵家独立領を背負う貴族としての顔。俺は小さく息を吐くと、ホーンラビット伯爵閣下の目を真っ直ぐに見つめ、口を開く。
「ホーンラビット伯爵閣下、私は農家の生まれゆえ礼節や人の心の機微には疎いと自覚しています。幸い王都学園というオーランド王国が誇る学び舎で様々な知識を学び、多くの友人と交流することができた為人並みの挨拶はできるようになりましたが、貴族であらせられるホーンラビット伯爵閣下からすれば未熟もいいところでしょう。
そんな私がこのようなことを口にするのは不敬を通り越し無礼に思われるかもしれませんが、どうかその広い御心で受け止めていただけると幸いに存じます。
ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下、ミランダ・ホーンラビット伯爵夫人、デイマリア・ホーンラビット伯爵夫人に申し上げます。
私、ジェイク・クローはお嬢様であるエミリー・ホーンラビット伯爵令嬢を愛しております。どうか私たちの結婚をお許しいただきたく、お願い申し上げます」
それは決意、言外に生涯をエミリーと共に添い遂げるという俺の精一杯の意思表明。
「・・・ジェイク君、頭を上げなさい。君の気持ちは分かった。王都学園で高位貴族の様々な政治舞台をつぶさに見聞きしてきたジェイク君なら、ホーンラビット伯爵家が置かれた複雑な立場というものも知った上でエミリーに求婚してくれているものとの理解の上で聞きたい。
本当にエミリーでいいんだね? 今更エミリーのことについてとやかく言うつもりはないけど、もう後戻りは利かないよ?」
それは嘗てマルセル村の村長の娘であるシンディー・マルセルに一服盛られ、半ばあきらめの境地で婿入りし村の立て直しに奔走するも肝心のシンディーは好き勝手に村を離れ、残された息子はまったく言う事を聞かず、苦しみの末やっと手に入れたミランダ夫人とのささやかな幸せも、様々な政治的事情により邪魔され続けてきた男の言葉。
義娘の父親として、一人の男として、誰よりも家族の幸せを願い続けた者のたった一つの問い掛け。
「フゥ~~~~~、ドレイク村長、俺の決意は変わりません。六歳の時、木の枝に引っ掛かったエミリーのハンカチを取ろうとして木から落ち頭を打った。あの時から俺の運命は動き出したんです。
正直怖いですよ? でもそれは俺がエミリーの思いに応えられるのかといった不安です。あの時から、もしかしたらそれ以前からも、エミリーは一途に俺のことを思ってくれていた。
こんな女性が一緒にいたいと言ってくれている、男として、これ以上に幸せなことってそうそうないんじゃないですか?」
俺はそう答えると、ドレイク村長に笑みを向ける。あのでっぷり腹の村長が、今や領主貴族の伯爵閣下、人生の先なんて誰にも分からない。だから無暗にエミリーを幸せにするなどとは言えないし、言ってはいけない。
俺に言えるのは、エミリーと共にあることが俺にとっての幸せだということ。
「分かったよ、ジェイク君。私、ドレイク・ホーンラビット伯爵は騎士ジェイク・クローとエミリー・ホーンラビットの婚姻を全面的に応援しよう。ジェイク君、エミリーのこと、どうかよろしくお願いします」
深く深く下げられたホーンラビット伯爵の頭、それは娘の幸せを思う父親の姿。俺は「はい、この命に懸けて」と言葉を返すと、深く頭を下げるドレイク・ホーンラビット伯爵の思いに応えるのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora