「ヘンリーお父さん、ちょっといい?」
それは息子のジミーがマルセル村に訪れた若者たちと共に向かった理不尽主催の“マルセル村観光地巡り”から帰ってきて、四日が過ぎた頃であった。
「どうしたジミー、ずいぶんと難しそうな顔をして。何かあったのか?」
「・・・うん、ケビンお兄ちゃんに連れられて向かった“マルセル村観光地巡り”でちょっとね」
今では俺と変わらないほどに大きくなったジミー、体格こそ俺ほどでもないが、しっかりとした肉付きの立派な体躯、どこに行っても一目置かれるだろう男に成長した我が子。そんな男が自信なさげに眉をしかめる。
「・・・場所を変えるか。二人きりで話してもいいが、どうやらそういった感じの話でもなさそうだ。
すまんが俺は息子の相談にこれだと答えを示せるほど大層な人生を送っちゃいない。ジミーも旅立ちの儀を終えた立派な大人だ、この際酒の味を覚えるのもいいだろう」
剣の相手であればまだいい、ジミーには疾うの昔に追い抜かれているだろうが、剣を合わせることで分かりあえることもある。
だが父親として、息子が悩みを相談してきたときにどう立ち回るべきなのかがまったく分からない。メアリーであれば上手く話を聞いてやれるのかもしれないが、俺は子を持つ親としてはゴブリンにも及ばないのかもしれない。
俺は席を立つと台所のメアリーに声を掛ける。メアリーは俺の後ろをついてきたジミーの姿に、「あまり遅くならないでね」と言葉を返し送り出してくれた。
玄関を開けると外は朱色に染まり、長い影が伸びている。俺は白い息を吐きながら「ちゃんと魔力を纏っておけよ、夕方からは一段と寒くなるからな」と背後のジミーに声を掛けると、自身の影を追い掛けるように健康広場脇の食堂に向かい歩を進めるのだった。
―――――――――――
“カランカランカラン”
「いらっしゃいませ」
ドアベルの音が店内に響く、見渡せばそこにはいつもの顔ぶれ。俺はジミーを連れて適当なテーブル席に腰を下ろすと、給仕の女性に声を掛ける。
「エールをジョッキで二杯、あと身体が温まるものを適当に頼む。ところで見ない顔だが、リンダさんはどうしたんだ?」
「はい、リンダさんは暫く産休に入るそうでして、私は臨時雇いです。月影先生に現場で学ぶことも多いからとガーネット先生のところを手伝うように言われまして。すみません、店長でした。
店長、五番テーブル、エールをジョッキで二杯、身体の温まる料理を適当にとの注文が入りました」
臨時雇いと言った女性は俺からの注文を厨房にいるだろうガーネットさんに伝えると、「失礼します」と言って下がっていく。
マルセル村も随分と人が増えてきた、ドレイク村長やケビンによって連れてこられた移住者、村を出ていった若者たちが家族を連れて帰っても来た。複雑な理由で村に住み着いた者や、そんな相手と家族となった者、そしてまた新たに知らない者がやってくる。
「ジミー、俺はお前が子供の頃、ジェイク君とエミリーちゃんとの三人で世界を股に掛ける冒険者になると言った時、嬉しい反面寂しくも思ったものだった。あの頃のマルセル村は子供と言えばお前たち三人とケビンだけ、この村は俺たちの代で終わる、そう思っていた。
あれから十年、色々とあった、あり過ぎたな。だがマルセル村はこうして潰れずに残っている。人も増え、子供の笑い声すら聞こえるようになった」
“コトンッ、コトンッ、ドン、ドン”
「エールジョッキ二杯、それとレッサードラゴンの煮込みです。ジェイクさんが“マルセル村観光地巡り”に行ったお土産と言って、村の皆で食べてほしいと提供してくださいまして。レッサードラゴンのステーキも格安で提供していますのでどうぞ」
匂い立つ食欲を誘う香り、俺はジョッキを手に持つと、ジミーに向け声を掛ける。
「とりあえず乾杯だ、腹が減っては碌な考えが浮かばん。話は食ってから聞こう」
ジミーと打ち合うジョッキ、息子が真剣な話を向けてきているというのに思わず口元が緩む。それと同時に親不孝者だった自身が恨めしくも。
俺は温かな料理を堪能しつつ、この一時に酔いしれるのだった。
「それで、話ってのは何だ?」
楽しい時間はすぐに過ぎる。エールのお代わりを二度行い、レッサードラゴンのステーキを完食した俺は、テーブルの向かいに座るジミーに目を向ける。
「あぁ、なんて言ったらいいのか、俺はこの年まで剣の道一筋に生きてきた。子供の頃はジェイクやエミリーと剣を振るい、日々泥まみれになりながら大福に挑み。あの頃は毎日が楽しくて仕方がなかった、大福には勝てなかったけど、自分が強くなっていってる実感はいつも感じていたからね。
でもいつしかこのままじゃ駄目だと思った、ボビー師匠やヘンリーお父さんは俺の目標だったけど、近い内に追い越してしまう。そんな予感と不安が俺の中で渦巻くようになっていたんだ。
魔王軍四天王のゼノビアさんがマルセル村に現れたのは丁度その頃だった。暗黒大陸と言えば当時の俺でも知っていたくらい有名な未開の地、強力な魔物が跋扈するこの世の地獄って聞いていたから、そんなところに国があって軍隊まであるって聞かされた時は本当に驚いたよ。それと同時にこれだって思ったんだ、今を逃したら俺は一生後悔するって」
“ゴクッ、ゴクッ”
初めてのエール、悪酔いしてもおかしくないと思うんだが、ジミーは平然とジョッキを傾ける。どうやらガタイの大きさだけじゃなく、酒の強さも俺に似たらしい。酒の強さに関しては兄のケビンも大したものだが。
「暗黒大陸での武者修行はよかったよ。俺はこれまで培ってきた修行のすべてをぶつけ、暗黒大陸を駆け抜けた。まぁそれもケビンお兄ちゃんの手厚い支援があればこそと言われればそれまでなんだけど、とにかく思いの丈をさらけ出し、魔都総合武術大会で優勝することもできた。決勝戦での戦い、龍人族のバンドリアとの接戦は今でも脳裏に浮かぶほど思い出深いものとなったよ。
暗黒大陸から帰ってきてからの日々は正直物足りないものになると思っていた。アレほど刺激的で血沸き肉躍る生活は二度とできないだろうってね。
それでいい、俺は日常に帰るんだ。そう思う反面、落胆する自分がいるのも本当のことだった。
でもそれはいい意味で裏切られた。大福ヒドラドラゴンモード、意味分からないよ。暗黒大陸でもあんなに強い魔物はいなかったよ、完全回復した霊亀よりも強いスライムって何なんだよ、俺たち子供の頃からずっと負けまくってるよ。“ゴクッゴクッゴクッゴクッ”すみません、エールのお代わりをください、ジョッキで」
前言撤回、しっかりジミーは酔っていたようだ。酒の力もあり、心の中に溜まっていた思いが吹き出してきたのだろう。冒険者にとって酒は命の水だ、恐怖や狂気、心の中にこびりついた滓を吐き出し、明日からの冒険に立ち向かう為に。
「王都学園での生活は正直退屈だった、ジェイクやエミリーがいなかったらとっくに逃げ出していたと思う。学びはあった、マルセル村では知りえないこと、知識だけじゃなく貴族社会や王都の生活、実際に体験しなければ分からない世の中のことを王都学園の生徒として学ぶことができた三年間は、無駄なんかじゃなかったと断言できる。
でも俺はどこまで行ってもただの剣士なんだということも分からせられた。俺の中で積もり積もった欲求、強いものと戦いたい、強敵を打ち負かしたい、そしていつの日にかあの理不尽の頂に。
そんな俺の中の獣が今回の“マルセル村観光地巡り”で顔を出してしまった」
“ドン”
テーブルに置かれたエールのジョッキ、ジミーはそれを摑みゴクリとのどを潤すと、俺の目を見て話を続ける。
「ヘンリーお父さん、お父さんは若いころ“笑うオーガ”の二つ名を持つ金級冒険者だったんでしょう? 依頼の中で大切な荷物を運んでいたとして、到着した場所で待っていたのが大福ヒドラドラゴンモード十本首のような相手だったらどうする? その化け物が荷物の受取人だとしたら」
ジミーから向けられた問、それは思わず一笑に付してしまうような稚拙なたとえ話。だが答えを探すような真剣な目が、俺に一つの可能性を提示する。
“ニチャ~”
ジミーは一体どこに行ってきたのか、それは“マルセル村観光地巡り”と称した理不尽の
「おい、そこの鬼神、身体から漏れてはいかんものが漏れとるぞ。いくら武人の極意が“思いは常に戦場のごとく”とはいえ村の食堂では大人しくせんか!!」
「どうしたヘンリー、長男に遊んでもらえずに欲求不満か? だったらそこのジミーに遊んでもらえ、はっきり言って武の才能でいえばお前の長男はジミーの足元にも及ばんからな。この前ようやくラビット格闘術の免許皆伝を認めてもらえたと言ってはしゃいでおったくらいだからな?
まぁそれでもマルセル村最強であることには変わらんのだから、意味が分からんがな」
声を掛けてきたのは夜の食堂の常連客、ボビー師匠と大剣聖クルーガル。
「すまん、ジミーが面白い話を聞かせてくれたもんでな、少し興奮してしまったようだ。先にジミーに話すが、結論を言えば相手に荷物を渡し、確認のサインを貰ってからその場を下がる。ありきたりなつまらない答えで申し訳ないが、冒険者とはそうしたつまらない職業だ。
交わした契約を守り、契約の範囲内で己の命を懸ける。名誉や誇り、称賛や歓喜、実際の冒険者にはそんなものはない。あるのは依頼人の裏切りと貴族の横やり、事後報告や情報隠しなんかはほとんど日常だ。たとえ依頼を達成したとしても、罵声を浴びせられ違約金を請求されるなんてこともある。そんな場合に冒険者を守ってくれるはずの冒険者ギルドが、依頼人と結託して不条理を強いるなんてことも普通にあった。今思い返してもよくあんな生活に耐えられたものだと自身を褒めてやりたいくらいだ」
高位冒険者の英雄譚、そんなものはほんの一握りの冒険者が瞬きに体験した幻想にすぎない。実際の冒険者生活というものは泥臭く、人間臭い欲望にまみれたものがほとんどだった。それは高位冒険者と呼ばれるようになっても変わることはない。変わったのは不条理を強いる相手がより厄介な貴族や大商人になったことぐらいか。
「ジミー、考えてみろ。ここにいるメンツは誰だ? 元金級冒険者“笑うオーガ”ヘンリー、元白金級冒険者“下町の剣聖”ボビー、誰もが認める英雄大剣聖クルーガル・ウォーレン。冒険者がもし皆が思うほど夢のある職業だというのなら、俺たちが辺境のド田舎にいること自体説明がつかないだろう?
だがお前たちが夢見るような世界中の景色を見て歩くのに、これほど適した職業は他にないということも事実だ。冒険者は自由の民、この言葉が噓だったら俺たちは今ここでのんびりエールのジョッキを傾けることなんかできていないからな」
若者は皆、夢や希望を抱き冒険者ギルドの受付カウンターに立つ。だがそこに転がっている現実は、彼らの幻想を打ち砕く酷く冷たいもの。夢破れ他の道に進めるのならまだいい、多くの若者は冒険者の現実に飲み込まれ、身を持ち崩し命を落とす。
「だが契約は嘘をつかない。契約に記されたことは絶対だ。契約をしっかりと読み、理解し、自らの名を記したのなら、それは罠にも盾にも武器にすらなる。契約は冒険者ギルドという巨大組織を動かすことのできる、冒険者にとっての命綱だからだ。
だからこそ冒険者は契約を順守する。たとえ目の前で自分の身内が命の危険に晒されていようと、契約の範囲内でしか動けないし動いてはいけない。それは自身だけでなく冒険者という存在そのものを否定することになるからだ。
実際には契約を守らない冒険者まがいが大きな顔をしていることもある。だがジミー、お前はそんな恥知らずにはなるな。
気持ちは分かる、今だってジミーのたとえ話を聞いて、抑えられぬ興奮が外に漏れだしてしまったくらいだからな。だがそれとこれとは別だ。
どうせケビンのことだ、反論できないような正論でも語ったんだろうし、ジミーも頭では分かっているはずだ。ただ心が、内なる何かが言う事を聞かない。理屈じゃないんだよ、こればっかりはな。だからこそ契約を結ぶんだ、口約束でも何でもいい、依頼人との間に明確な約束事を結ぶ、その時点でお前はジミーじゃない、冒険者だ」
俺は駄目な父親だ。息子の真剣な悩みにこんな言葉しか送ってやることができない。
「お~い、ベロニカちゃ~ん。こっちのテーブルにエール四つ、ジョッキで。何だジミー、青春の悩みか? そういうことは人生経験豊富な私に聞け、この戦闘狂筋肉だるまよりかは役に立つぞ?」
「阿呆なことを言うでないわ、種馬大剣聖。とはいえ悩みは剣士としての生き方についてであろう、であれば儂らでも役に立つ話ができようて。儂やヘンリーなどは失敗や挫折が日常であったし、偉そうにしているこの大剣聖とて思い悩むことはあった「いや、私は生まれてこのかた悩みを抱えたことなどないぞ? 即断即決が人生を後悔なく生きるコツだ、それで命を落とそうが、そうなったのならそのときよ」・・・すまん、この馬鹿のことは忘れよ。この種馬大剣聖、お前はいい加減王都へ帰らんか!!」
年の離れた悪友が、ジミーの為に言葉を掛けてくれる。俺は本当に人に恵まれている。
息子と共にジョッキを傾ける、俺たちは共に飲み騒ぎ、夜が更けるまで語り合うのだった。
「ところで向こうのテーブルにいるトーマスは、ジェイクと一体何の話をしているんだ?」
「うむ、何でも娘のチェリーちゃんがマリアさんとばかり話をしていてトーマスの相手をしてくれないだの、ロバート君の話ばかりでなかなか口を聞いてくれないだの、父親離れが早過ぎるだのと言った愚痴をな。あ奴は本当にいい息子を持ったものよ」
ボビー師匠の言葉に思わず胸が締め付けられる。ミッシェルちゃんもいつかそんな風になってしまうんだろうか、そうしたらお父さんは。
「おいヘンリー、顔色が悪いぞ? ミッシェルのお嬢ちゃんはそんな玉じゃないから安心しろ。それにお前には理不尽のところに孫がいるだろうが、寂しくなったら孫でも可愛がれ」
起きる笑い、暗かったジミーの顔に笑顔が戻る。俺たちは運ばれてきたエールのジョッキを手にすると「「「「乾杯」」」」と声を掛け打ち付け合うのだった。
おはようございます。
いってらっしゃい。
by@aozora