夕刻前、ジェーンのアパートにて――
帰宅して、熱を出しながら眠っているツヴァイをベッドに下ろしてから脱衣所にあったタオルにひんやりとした水を含ませてツヴァイの額にそっと置く。
(…さて、と。今のうちにドリンク剤とかのお買い物、に……?)
ふいにジャケットの裾が引っ張られる感覚があって振り返ると、肩で息をするほどの状態のツヴァイがベッドから身を起こして、引き留めるように裾を握っていた。
「あらあら、どうしましたか愛しの眠り姫様?ヤな夢でも見ちゃった?」
ツヴァイの横に腰掛けて熱を帯びて赤くなった頬を撫で、うるんだ瞳にほほえんで見つめると、ぽすり、とジェーンの肩にすべてをゆだねるようにもたれ掛かる。
「甘えんぼさんね?ツヴァイが元気になるように色々とお買い物に行こうと思ったんだけど…」
それを聞いてふるふると首を横に振るツヴァイを見て、ジェーンは困りつつも嬉しそうな顔を浮かべてベッドに寝ころび、「おいで」と腕を広げる。それにツヴァイは腕枕をされるようにそこに収まっていく。
「今日は頑張ったわね…いい子よ…でも、無理はしないでね?アタイとのお約束、覚えてる?」
「ん…」
コクリと頷くツヴァイに「よろしい」と言って額にキスした後、一緒にうとうとと眠りについた。
◆◆◆
翌日、朝日が差し込んだ眩しさでツヴァイが目覚めると、すっかり体から熱が引いており、心なしか少し体が軽く感じた。
横を向いて眠っていたようで、顔を上げるとすぅすぅと優しい寝息を立てるジェーンが目の前にいる。
「…ジェー…ン」
そっとその名を呼んでも「うぅん…」とまどろみの中にいるらしく、もぞもぞと動いても目覚める様子はない。
「……………」
もぞもぞとジェーンが動いた際に、抱きかかえられるようになったツヴァイの目線の前にはジェーンの唇が真正面に見えていた。
「…っ……」
熱が下がったはずの体がほんのりと温かくなり、ドキドキと胸が高鳴り、顔が熱くなる。
「……ん…」
目を伏せた後、自分の唇を近づけようとしたが、途中で顔が更に熱くなって、「してはいけない」という感覚に襲われ、唇を遠ざけようとし―――
ガシッ
「ふぇ?」
頭をがっちりと掴まれた感覚がして目を開けると、にっこりと悪い笑顔のジェーンがそこにはいた。
「おはよう?ツヴァイ?」
「あ、えあぁ…あ……お、おは、よ…う?」
がっちりと拘束された頭に続いて、ツヴァイの足にジェーンの尻尾がくるくると巻き付き始める。
「うふふっ…あのまま唇を近づけてぇ…どうするつもりだったのかしら?」
「そ、れは…ひぅ!」
次第に尻尾は太ももにまで巻き付いて、内股を優しく撫でられる。
「あぁ、危なかったわぁ…アタイの無防備な寝込みをツヴァイに襲われちゃうところだったわねぇ?」
ワザとらしく、じりじりと、じっくりと、逃げ場を無くすように言の葉で獲物を『狩り』の様に追い詰めていく。
しかし、そんなジェーンの『狩り』に反して獲物は予想外の一手を見せた。
「んっ!?」
頭の拘束を振り切って、ジェーンの両頬に手を添えたツヴァイはそのままジェーンの唇に自分の唇を重ねた。
「……………こう、した、かった…」
窮鼠猫を噛むとはこのことで、キスを受けたジェーンは本当に虚を突かれて、キスされた後の自分の唇を触ってぽかんとする。
「…イヤ、だった…?」
潤んだ眼をするツヴァイの一言で我に返ったジェーンはツヴァイがやったのと同じように両頬に手を添え、ツヴァイの唇に自分の唇を重ねた。
「…どう?ツヴァイはアタイにこうされて、イヤ?」
「……イヤじゃ、ない…あったかく、て……」
「そう…ふふっ、アタイもツヴァイと同じよ?」
その後互いをぎゅっと抱きしめあっているとツヴァイのお腹から「きゅるるる」と可愛らしい音が鳴る。
「あら、そういえばご飯まだだったわね…うん、お熱も下がってるし体調もよさそうだし…夕方治安局にも行かなきゃならないし………」
ジェーンはツヴァイの頭を撫でながら今日一日の行動予定を組み上げる。そういえば服も買わないといけないし、装備も新調や補充したいものがあったのだ。
「そうねぇ…ね、ツヴァイ」
「?」
「今日はアタイとデートに行きましょうか」
「…でーと?」
「ん~デートはね?アタイとツヴァイみたいに中の良い二人でお出かけすることよ。ショッピングやカフェとか遊びに行ったりもするわね」
それを聞いたツヴァイの目は、表情こそ変わらないが、どこか輝いていた。
「ん……行く…」
「決まりね、じゃあ先に…一緒にシャワーを浴びましょ?さっきのお返しを含めて…じっっっくり洗ってあげるわね?」
「…へ…?」
その後、引きずるように連れていかれたシャワールームからは小さな嬌声が聞こえ、それを新エリー都の空の下で波動として感じ取った1匹のボンプが「…ンナァナ…」と百合の花を片手に、腕を組んで頷いていた。
◆◆◆
昼前、ルミナスクエアにて――
ジェーンは『レディ・ノワール』の姿で、ツヴァイは黒い革ジャケットに、中はスリット入りな膝丈の白のレースワンピースの姿で腕を組みながら街を歩いていた。
「まずは早めのお昼ご飯ね…ん~どうしようかしらね?」
「…ん……」
あたりをぐるっと見渡して、どこに入るか決めようとしたが、さすがルミナスクエアということだけあって店に事足りないことは無くむしろ選択に困ってしまう。
「ん~…お昼から火鍋ってわけにもいかないわね…夕方によらなきゃいけないところがあるし…」
「…ん」
その後一周回ってみたものの、どうにも決めかねていると、ハンバーガーをほおばりながら歩く、ヘッドホンをして胸部と両腕に黄緑色のプロテクターを付けた少女が立ち止まる。
「…貴女達、何を食べたらいいか困っているの?」
「あら貴女は…」
「?私を知っているの?」
…ハンバーガーから顔を上げた少女の口の端にはソースが付いていた。
「…ええ、有名ですもの。邪兎屋のアンビーさん?」
「…同業者?隙が無いし、戦い慣れてそうね」
「そんなところかしらね?まぁ今はマイハニーとデート中だからあなたがどこの誰でも構わないわよ?…それで、どうしたの?」
アンビーと呼ばれた少女は自分のポケットからハンバーガー屋のクーポンを取り出してジェーンとツヴァイの前に出す。
「そこのハンバーガー屋のクーポンよ、良ければ使ってあげて。ただ、期限が今日までなの。資金の関係上私はこのクーポンを使い切ることが出来なかったから貴女達にあげるわ」
「あら、それはありがとう」
「その店のオススメはクォーターラージバーガーよ。タンパク質・炭水化物・野菜を1ミリの狂いもなく均等にバランスよく摂取ができるわ」
「そう、ね、ツヴァイ。お昼はハンバーガーにしてみても大丈夫?」
「…はん、ばーがー?」
「……!もしかして、彼女…ハンバーガーを食べるのは初めて?」
そんな人間がいるのか?と驚いた顔をするアンビーに「えっと」とジェーンが割って入る。
「ハニーは最近街に来たのよ。そう、それこそハンバーガーが無い土地からね」
「…そんな場所があるなんて…かわいそうに…そういうことなら絶対に食べるべきよ。これから先、貴女のハンバーガーの道に栄光があることを祈るわ」
アンビーからがっしりと硬い握手をされた後、熱いまなざしでハンバーガー屋へと送り出される2人であった…。
「………なんか、すごい子だったわね」
「ん……」
「…口の端にソースがついてるの言ってあげればよかったわね」
「…うん」
◆◆◆
アンビーから紹介されたハンバーガー屋は人気店らしく、クーポンのおかげで15%オフで注文することが出来た。
「以外に味は悪くないわね」
「ん」
ツヴァイは頷きながら黙々とハンバーガーを食べ進める。その口の端には先ほどのアンビーと同じくソースが付いていた。
「ぷっ…あらあら…ツヴァイ、こっち向いて」
「ん…」
ジェーンは顔を向けたツヴァイの口の端にキスするようにソースを舐め取った。
「ん、女の子だもの…お口周りも綺麗に、ね?」
「あ、あり、がと…」
「うふふっ、どういたしまして」
こうしてハンバーガーを味わった後、2人でショッピングに回り、レパートリーの少ないツヴァイの服を買いそろえたり、これからツヴァイが使う生活用品や雑貨を買いに店から店へと巡っていった。
「んー…ねぇツヴァイ、戦闘の時はやっぱりスパッツを履いておいたら?」
「わかった」
「ね、ツヴァイ…お家のお布団あれで寒かったりしない?」
「…ん、ジェーンが、いる…から…」
「ふふっ、そうね…今日もぎゅーってして寝ましょうね」
「ん…」
「ツヴァイはお化粧はまだちょっと早いかもね…あ、でもアタイと同じ香りの香水とか付けてみる?」
「…ん、うん」
気づけば荷物が沢山になっており、2人で両手に抱えながらカフェに入り一休みする。
「ふぅ!まさかこんなになっちゃうとはねぇ…一回タクシーに乗って荷物を置きに帰りましょうか…」
「ん…」
時刻は15時半の少し手前。今から一度家へ戻るとなると装備品の買い物には次の用事が終わってからにすべきだろう。なにせ次に行かなければならないのは、治安局ルミナ分局。ツヴァイを連れて行くのかどうか迷ったが、セスへのいいネタバラシになるだろうと考えた結果、連れて行くことにした。
◆◆◆
タクシーに乗って家に一度帰宅して沢山のショッパーを……とりあえず玄関に置いてもう一度ルミナスクエアの、今度はルミナ分局の前に2人で立っていた。
「いい?アタイは今『レディ・ノワール』ってことになってるの…ネタバラシするまではね?」
「ん…」
コクリと頷いてジェーン…『レディ・ノワール』の後に続いて治安局へと入っていく。
「さぁて、楽しくなるわよ?」
ノワールは、ツヴァイに振り返ってニヤリと笑った。