ジェーン・ドゥは2人笑う。   作:ネムスギボンプ

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第十三話 わたしは『誰』?

 その日最後の目的地にである路地裏奥の何の変哲もない扉を開けると、地下へと続く階段があった。

 

「この下でちょっと買い物だけしていくわね」

「真っ暗…」

「そうねぇ…怖い?」

 

 ツヴァイはふるふると首を横に振る。

 

「そう?でも危ないからお手手をぎゅっと握っててちょうだい?」

「ん……」

「ありがと、さ、行きましょ」

 

 コツリコツリとロクに灯りの無い階段下った先にはこれまた古めかしい木製のヴィンテージ調の扉があり、中に入るとヴィンテージ調の扉にマッチした古めかしいバーがそこにはあった。

 

「……あ…?…おぉ…!うえっほん…『お客さん、見ない顔だね。お上りさんかい?』」

 

 腰の曲がってモノクルを付けている老人のバーテンダーがしわがれた声で話しかける。

 

「はぁ…『そりゃあこの街は広いからな。木のジョッキでウィスキーを貰おうか?』…これでいい?」

 

 半ば呆れたように答えるジェーンを見て老人は「へっへっへ」と入れ歯を浮かして笑って見せた。

 

「一瞬誰かと思うたよ、『ジェーン・ドゥ』。いやぁ久しぶりだなぁ…1年ぶりか?」

「ボケが進んでるんじゃないの?10日前にも来たわよ」

「…そうだったかいね?」

「そうよ…ところでもう『合言葉』なんてやめたら?古臭いわよ?」

「ふえっへへ…!昔のスパイ映画みたいでカッコいいじゃろ?」

 

 けらけらと子供の様に笑う老人を前に、ジェーンはカウンターの上に補充したいものと新しく替えたい物品の書かれたメモを差し出す。

 

「マスター、悪いんだけどこのリストの物を用立ててちょうだい?」

「ふぅむ…?うんうん……これなら…そうじゃのう1週間かかるな…こっちのブーツ用の替えの刃は倉庫にあるよ…これだけでもすぐ持っていくかい?」

「そうね、お願い」

 

 ゆっくりとカウンターの後ろにあるドアへと老人が消えていき、5分程経ってから箱の入った替え刃を持ってきて手渡した。

 

「…ところで、『ジェーン・ドゥ』は子守りでも始めたのかい?」

 

 ぎょろりと目を向けられたツヴァイはサッとジェーンの後ろに隠れるが、ジェーンから「大丈夫よ」と頭を撫でられる。

 

「この子はアタイのハニーよ。そして第二のアタイってわけ」

「ほぉほぉ………それはそれ、は……?うむ?」

 

 老人はモノクルを外して目を見開きツヴァイを凝視する。

 

「なぁに?アタイのハニーに惚れちゃった?あげないわよ?」

「…この子をどこで?」

 

 老人は先ほどまでの柔らかな声色とは打って変わって、真剣で重々しい声色に変化し、「まぁ、座りなさいな」と、カウンターへ誘導する。

 

「仕事先で拾ったの、いいでしょ?」

 

 ジェーンはあくまで笑って見せながらツヴァイの額にキスして見せると、老人は「うぅむ…」と唸った後、カウンターの引き出し中から鍵を取り出し、床にある小さな亀裂にそのカギを差し込んで回す。するとカウンター横のウィスキーのボトル棚が反転し、複数のファイルの背表紙が並ぶ。

 

「まぁお前さんの事だ、いつかは当たるだろうと思っとったが…こうも早いかのぅ…」

「なぁに?この子はアタイよりかは善良な市民のはずよ?」

「…それは間違いないさ…そこの青いファイルだ、ワシでは届かんから取ってくれ」

 

 ジェーンが手に取ったその青いファイルには『要注意人物』と書かれており、受け取った老人はパラパラとページをめくり「これじゃこれじゃ」とジェーンとツヴァイに見せる。

 そこには、あのボロボロの布を纏ったツヴァイがエーテリアスを切り伏せている様子の写真と、ツヴァイに関する報告が書かれた紙がファイリングされていた。

 

 

〈この少女は昨今、組織の兵力を補うための戦力として一部の組織に売られて使役されている姿が目撃されている。販売元は防衛軍の関係者か元関係者ではないかと言われている。ただ、この少女を買って使役しても、変異したエーテリアスによってことごとくその組織は破滅。そして販売元が回収して再度売りに出される〉

 

 ほぼ知っているような内容にジェーンはため息をつく。そんなジェーンを見て老人は笑う。

 

「…ひっひ…お前さん、いわくつきの女を拾ったな」

 

 引き笑いして「いわくつき」という言葉を放った老人にツヴァイはジェーンへの申し訳なさを感じて俯いてしまうが、すぐさまジェーンが「大丈夫よ」と抱擁する。

 

「…マスター?ここを治安局に摘発してもいいんだけど?」

 

 直後の冷たく鋭い視線は、老人へと突き刺さるが、その殺気をするりと躱すように再度引き笑いを始めた。

 

「…お前さんがここまでお熱とはな、ひっひ…失言じゃったわい…すまなかったな」

「えぇ。二度としないでちょうだい?」

「ひっひひ…気を付けよう…そうだお詫びに、 いい事を教えてあげよう… 」

「いい事?」

「あぁ、どうせお前さんの事だ…第31研究部という名前は聞き及んでいるじゃろうが…」

「そうね」

 

 老人は再びファイルをめくって1枚の写真を取り出す。そこには昼間にハンバーガーを進めてきた少女が映っていた。

 

「あら、邪兎屋のアンビーじゃない。お昼に会ったわよ?」

「ふむ、そうかい…実はな、この子はあのシルバー小隊の元隊長との話が上がっておってな…」

「へぇ…でも『元』でしょ?」

「…シルバー小隊は防衛軍の派閥争い上で生まれた存在じゃ…そしてワシはこの話を聞いた時に第31研究部の話を思い出した…そこもシルバー小隊を作り出した派閥の内の1つでな………あとは、言わんとすることが分かるかな?」

「………えぇ」

 

 シルバー小隊。ジェーンは噂で聞いた程度で、クローンを使って最強の兵士を作り出すという研究をしていた……くらいの認識しか持ち合わせていない。

 防衛軍の内部の派閥争いなんて、市民を守ってくれるならカケラも興味はないが、その派閥の内の1つがクローンで兵士を作っていた。そして第31研究部もその派閥の内の1つ。となると、同じような研究をしていたのであろう。

 そして、ツヴァイの話の流れでこの話をした。ということは……。

 

「…マスター、アンタはどこまで知ってるの?」

「さぁてなぁ…?ただこの子の顔などの見た目が全く別の要件で第31研究部に潜入しておった奴が報告資料のために撮った写真に写っておった子に…似てた、というだけじゃなぁ…」

「そ、ありがと………」

 

 あくまでツヴァイがどんな様子で映っていたかは話さず、自らの店のワインの空けてグラスに注ぎ飲み始める老人を前に、ジェーンは静かに横にいるツヴァイの頭を優しく撫でた。

 

「……さ、今日はもう店じまいにしようかね…長時間の労働は身体にクるわい…」

「お大事に。それじゃ一週間後にまた来るわ」

 

 と、ヴィンテージ調の扉を開けて出て行こうとすると「待ちな」と呼び止められる。

 

「…………グッドラック、じゃ」

「…それも古い映画の影響?」

「ひっひっひ…まぁのぅ…!」

 

 軽く肩をすくめて笑った後、2人はバーから出て行った。

 残った老人はワイングラスを傾けながら、青いファイルを一人眺める。しばらくした後、先ほど話した少女の情報が書かれたページを全て取り外し、くしゃくしゃと丸めた後、マッチで火をつける。

 

「…さぁて、あの子たちに老人のワシがしてやれることは少ないが…ひっひっひっ…ちょっと動いてみるかの…」

 

 燃えカスとなって消えていく資料を見ながら、老人は再びワインをあおった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 夜、ルミナスクエアはずれの公園にて―――

 

 ジェーンは家に帰る前に誰もいない公園のベンチでツヴァイを膝枕していた。色々と今日あったこと考えながらつい先日とはうって変わって綺麗になったツヴァイの柔らかな髪を毛の流れに沿って撫でていた。

 

 周囲に殺気や伏兵、偵察など、更には見られているという気配は全くない。先にも考えたことだが、この状況を『誰か』も良しとしているのだろう。ある意味あえて誰もいないような公園を選んだのだが、空振りに終わった。

 

「ふぅ…わからないわねぇ…」

「…?」

「ん、今の状況よ。ツヴァイもさっきのおじいさんの話していることを聞いてたわよね?」

「………」

 

 沈黙。ツヴァイはシルバー小隊の事もシルバー小隊がクローンを使用して…ということも全く知らないが、それでも、自身の出自が『良くないこと』ということだけは感じ取っていた。

 同時に、何とか自分が目覚めた時の状況や誰がいたのか、それは『誰』なのかを思い出そうとしていた。だが、どうにも顔が浮かばず、霧がかかったように思い出が見えなくなる。

 

「…ジェーン」

「ん?なぁに?」

「わた、し……『だれ』…?」

「………」

 

 その問いに『ジェーン・ドゥ』はすぐに答えることが出来なかった。

 少し間が開いて、言葉を選んで、ゆっくりと口を開く。

 

「そう、ね…………ツヴァイはツヴァイよ。アタイの大事な大事な…マイハニーよ」

 

 『ジェーン・ドゥ』は『2人目のジェーン・ドゥ』にそう答えた。

 

「ん……わかっ、た」

 

 困ったような、それでいて身を案じるようなそんな顔に、ツヴァイの胸に締め付けられるような、そんな痛みが走った。

 

 その後2人は無言だったが、示し合わせたように立ち上がって手を繋ぎ、共に家路についた。

 

 ツヴァイはその日、ベッドで眠るときに優しく抱きしめられたが、日付が変わるぐらいまで眠ることが出来なかった。

 

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