翌日。ポートエルビス付近、ホロウ内部の【黒鳶会】倉庫前。
「ここに来るのは初めてね…」
いくつかの港用の倉庫が建ち並ぶ中に、【黒鳶会】が所有するひと際大きな倉庫があった。周りにはコンテナを改造して作られた倉庫番の構成員たちのための簡素な休憩所や生活に必要なちょっとした施設が並んでいる。
見張りにボスからの紹介状を見せて倉庫の中に案内される。そこには天井にまで積みあがろうかというほどの大量の物資が置かれていた。
「圧巻ね…これは確かに数日じゃ別の場所に運び出せないわね」
「へい。一応ボスの手紙にもありました通り少しは根城に運びますが、全体から見ればほんのちょっとに過ぎません…あ、俺はここの統括のナードと言います」
「そ、よろしくナード。で?もう1人の用心棒はどこかしら?」
「えっ…!あ、あぁいや、その…」
明らかに動揺するナードの腹に尻尾の先でツンツンと突く、実のところもう1人のことについてはゼンダーからは「お前と違って戦闘以外は役に立たん欠陥品」とだけ言われており、仮にも用心棒をそこまでコキ下した言い方にするのはいまいちピンとこなかった。
「なぁに?ボスの手紙にも案内してやれって書いてあるでしょ?どんな子か見とかないと乱戦になった時に間違って斬っちゃうわよ?」
「…わ、分かりました…た、ただ先に言っておきますけど、俺たちのせいじゃないですからね!ボスがそうしておけって言ったんですから…」
「…?いいわよ、ボスの意向には沿わなきゃいけないからね」
そうして案内されたのは倉庫の地下室だった。
上の階の物資がすし詰めされた倉庫とは違って殺風景な打ちっぱなしのコンクリートの空間ががらんと広がっている。だが、その中に異様なスペースがあった。
「これは…」
一言で表すなら牢屋。もう一言付け足すとしたら拘束。
緑髪のロングへアの少女が牢屋の中の椅子に座らされ、体を壁から伸びた鎖で直接ぐるぐる巻きにされて拘束されていた。
黄緑色の目に光はなく焦点は定まっておらず、ただ茫然と虚空を眺めていた。
「…この子の名前は?」
「…それが…無いんです」
「無い?この子は雇われの用心棒じゃないの?」
「こいつはある日ボスが連れてきたんですよ…『最終兵器だから』…って名目上は用心棒ってことにしろと…」
「ふぅん…ねぇ、貴女お名前は?」
「…………………」
ジェーンが問いかけても何も返さずただずっと同じように虚空を眺めていた。
「…ねぇ、あの子死んでないわよね?」
「一応生きてはいます…だけど反応がまるでないんですよ…」
「……まぁいいわ。で?『最終兵器』って言うくらいだから戦えるの?あの子」
「はい…ボスからはそう聞いてます…」
「そ、分かったわ。あ、そうそうこれを渡しておくわ。ボスが新しいキャロットのデータを手に入れたからって出かける直前にくれたのよ。ここの皆にもこのチップのデータをすぐにでも共有しておいてね」
そういって青衣から受け取ったデータチップを手渡す。確かに最新の情報が書かれたキャロットデータには違いないのだが、実はウィルス入りで作戦決行日には根城へと向かうホロウ内の道が全く違う方向へと導かれるようになっている。
「分かりました、ありがとうございます!」
「じゃ、アタイはこの子とお話があるから」
「へ…?あ、あぁ…はい…ご、ごゆっくり…?」
倉庫統括のナードが去った後ジェーンは去り際にスッておいた鍵束を尻尾の先から回収する。そのうちのカギの1つで牢屋を開けて少女の前に座り、まじまじと観察する。
相変わらず目は焦点が合っておらず、虚空を見つめているが呼吸と瞬きはしているようでまずは一安心。続いて鎖の隙間に尻尾を潜り込ませ、服の上から胸のあたりに当てて心臓の鼓動を確認する。心音は乱れておらず、規則正しくドクンドクンと音が聞こえた。
「…健康体そのものね?…でも、お芝居でぼーっとしてる感じでもないわね…」
正直ジェーンはこの少女に対しての【黒鳶会】からの待遇は不審に思うし、どうにも好きに用心棒をやるように見えないのだ。
「お肌は薄汚れてボロボロ、髪はガサガサ…はぁ、もう…しょうがないわね…」
ため息を1つ付いて地下から出てその辺にいたナードに牢屋の鍵だけを抜いて鍵束を渡す。「い、いつの間に!?」と驚かれたがスルーしてホロウの外に出る。
近くの雑貨屋141にて普段ジェーンが使っているシャンプーやトリートメント、ボディソープ、化粧水、美容液、乳液、パックにクリーム、その他もろもろをカゴに入れて会計する。
「ンナー、ナナー!(またどうぞー!)」
袋を抱えたまま再びホロウに戻ってナードに「ねぇ、あの鎖って外したらどうなるの?」と質問する。
「へ?あー…えっと特に暴れたりとかそういうのはないですよ…ただボスがそうしておけと…」
「ふぅん、分かったわ。」
その後ミネラルウォーターをカセットコンロでちょうどいい湯加減にし、買ってきたあれやそれやを持って地下に行く。
「さてと、邪魔な鎖は外して、と…」
鋭利な尻尾で鎖の根元の接合部を切り裂くと鎖と共に少女は地面にドサリと倒れこむ。
それを起こして椅子に座らせ、服…だと思っていたつぎはぎの布切れを脱がせると体のあちこちに傷跡が見られ、ジェーンは眉をひそめた。
「…暴行の痕…?いやちょっと違うわね…なによこれ、こっちには手術痕…?アンタどういう人生を歩んできたのよ…」
「……………」
「……ねぇ」
相変わらず虚空を見つめる少女の頬を尻尾で撫でた後、ぐいっと顔をこちらに向かせる。これでジェーンと少女の目は合っているのだが瞳孔の開き具合も、目の動きも見受けられない。
「今からアンタをキレイキレイしちゃうけど…触れられたくないとことか…ある?た・と・え・ばぁ…」
スッと両手を少女の腰に回してから妖しく背中をそしてやや膨らんだ胸を撫でる。が、少女はピクリとも体を震わせず、変わらない表情のままジェーンを見つめていた。
「……OK、中々に難攻不落の子猫ちゃんってワケね…ふぅ…じゃ、洗っちゃうからじっとしてて…目、閉じときなさい」
湯をかけてシャンプーで緑の髪を洗って、湯ですすぐ度に床に黒い水となって落ちていく。足りなくなるたびに湯を作り、洗い流しの繰り返しでさすがのジェーンも手が疲れ始めていた。
「結構大変ね…介護ってこんな感じなのかしら?」
髪から黒い水で無く透明の水が落ちるようになってトリートメントで仕上げをし、ボディソープで身体を洗っていく。
「ふぅ…!終わり!………結構綺麗ねアンタ…アタイ好みかもよ?気に入っちゃった」
実に2時間の作業を終えて少女の体はピカピカになっていた。しかしながら生傷や古傷、手術痕とみられる痕は身体が薄汚れていない分、洗う前よりもはっきりと見えるようになっていた。
「アタイが勝手にしたことだけど…ありがとうぐらい言ってくれてもいいんじゃない?…まぁいいわ、お礼は勝手に貰っていくわね?」
そう言って綺麗になった少女の頬にキスをしてつぎはぎの布を着せた後、片付けをし、地下から出ようとした時だった。
「…り、が…と」
ジェーンが振り返ると少女は虚空を見つめずまっすぐにジェーンを見つめていて、その目もどこか光が入っているようにも見えた。
「かわいい声じゃない、お姉さんますます貴女の事気に入っちゃったわ」
ジェーンはそのまま少女にニコッと笑みを見せてから地下室を出ようと扉を開けると、ナードやその他大勢がドシャッと雪崩れ込んできたのでサッと回避する。
「あらやだ。盗み聞き?イイ趣味ね」
「ちちちち違うんですぜ!いやぁその…扉!扉の立て付けが最近悪くて…!な、なぁ!?」
「そうですそうです!み、皆で直してたんですよ…へへへ…」
「だからその…決して羨ましがったりなんてしてなくて…」
見え見えの嘘を聞いて肩をすくめて、趣味のイイ数人を追い払った。
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その後、地下室で。
鎖から解放され、ただ椅子に座っているだけの少女は綺麗に整えられた自身の髪や汚れの無くなった肌を触ったりしていた。
「…………」
髪からはふんわりとしたいい香りがし、先ほどの女性を思い起こさせる。
「…あり、がと…う」
自分の髪を撫でながら、少女はゆっくりと目を閉じた。