どこかの研究室―――
薄暗い研究室の中には円柱状のガラスに溶液が満たされており、エーテリアスになりかけの白衣姿の人間が浮かべられていて、首からぶら下がっている名札には『第31研究部 ヘンリー・ワイトマン』と書かれている。
「…マリオネットツインズのサンプルは手に入らなかったか…まぁいい…」
青いふちの眼鏡をかけた白髪頭の男が手元の端末をいじると、浮かべられた人間の姿が、ギュルギュルと形を変えてエーテリアスのコアに50センチほどのエーテル結晶が付いたまさしく『素体』とも言える姿となる。
「…さて、次は君だヘンリー…君はちゃんと適合しておくれよ…?精々あの子の活性を促してくれ……そうだ、とっておきの内の1つである貴重なサンプルを君にあげよう」
そう言って『デッドエンドブッチャー』と書かれた液体の入った試験管を、円柱状のガラスの根元にある機械の穴に差し込むと、試験管から液体が減っていき、円柱状のガラスの溶液がゴボリゴボリと泡を立てる。
「…………しくじったと聞いたが?」
男がそう言うと、部屋の影から黒い長髪のスーツ姿の女性が「申し訳ありません」と現れる。
「マリオネットツインズをホロウ内に呼び出し、廃棄予定のエーテリアス:キリナと戦わせ、サンプルを回収する手筈でしたが…どうにも音楽を再生させるために雇ったホロウレイダーが中々に強かったらしく」
「困るな…こんなことならば『あちら』にぶつけて少しでも活性を促せばよかったかな…」
「いいえ、その点に関してはご心配なく。今回エーテリアス:キリナを消滅させたのはザイン先生がお創りになられたHE-Pですわ…別件で捜査中にたまたま私たちが出した依頼を仲介して受けたとのことで」
「ほう、世界とは狭いものだ…それとも私の運がよかったのかな?」
ザインという男は青いふちの眼鏡の位置を戻すように整え、机にあった資料を手に取り、眺めるそこにはある少女の写真と様々な数値が書かれている。
「では、次で4体目をぶつけるということか…そろそろ反応があってもいいのだが」
「HE-Pを保護している者への接触はいかがします?」
「…そうだな、4体目をぶつけて活性が見られない場合、そいつを餌にして活性を促そう。5体目はその時にでも使う」
「かしこまりました」
部屋の影へと消えようとする女性にザインは「なぁ」と声を掛ける。
「君なら久しぶりに会う自分の娘になんて声を掛ける?」
「…さぁ?子供がいたことが無いのでなんとも」
「…そうか」
「では、失礼いたしますわ」
そう言って女性が消えた後、ザインはポケットからタバコを取り出し、ライター…ではなく、黒く変色した手の人差し指からバーナーのような勢いで青白い光を出して火を着け、タバコを口にくわえる。
「この手、この足、この体………もうすぐ、私は、もうすぐだ…!」
男の笑い声は、薄暗い研究室に響き渡った。
◆◆◆
バレエツインズのホロウから『ミレディ』……ツヴァイを抱えて脱出したジェーンは、一番近くのレンタカー屋を検索し、そこでコンパクトな自動車を一台借り受けた。
その次は『羊飼い』に依頼についての一通りの報告と抗議メッセージを入れる。するとメッセージは慌てたようにすぐ返信があり、『どこかで話が出来ないか?』と書かれていたので、ルミナススクエアの路地裏の入り口を指定し、熱が出て動けなくなったツヴァイを後部座席に寝かせて車を走らせた。
◆◆◆
20分後、ジェーンが指定したルミナススクエアの路地裏の入り口にて―――
こちらが到着するよりも先に現地で待っていた『羊飼い』は車の中のジェーンを見つけると、緊張した顔をして近づいてくる。
「や、やぁ『レベッカ』…その…なんだ…えーとだな…」
「御託はいいわ。乗って」
「えっ」
「助手席。早く」
「は、はい!」
ギロリと鋭い目で睨まれた『羊飼い』は急いで助手席のドアを開けて座る。それを確認した後、ジェーンは車を走らせ始めた。
「………」
「………」
妙な沈黙に『羊飼い』は唾を飲む。もしかしたら自分は消されるのか?なんてこった…乗らずに逃げればよかったか?と考え、脂汗をかく。
車が高速道路に乗って、少ししてやっとジェーンは口を開いた。
「ねぇ、アタイ達に何か言うことがあるんじゃないの?」
「あ、あぁ…その、そう、だな…す、すまなかった!!」
「静かに。アタイのマイハニーが起きちゃうでしょ?」
「す、すまん……その…重ねて、すまん…」
『羊飼い』はルームミラー越しに後部座席で顔が真っ赤になった少女が寝ている姿を見てますます申し訳なくなったが、今回の件の説明…および弁解をすることにした。いや、しなければ確実に真横のネズミのシリオンは何らかの制裁を加えてくるだろう。と長年のカンがそう告げていた。
「その、バレエツインズの依頼の件…本当に申し訳なかった…こちらも依頼者側に抗議しようとしたんだが…やられた。完全に連絡が取れない」
「それで?」
「…すまなかった、このとおりだ…欲しがってた情報は渡す!それに補償としてディニーも」
「あのねぇ?」
頭を下げる『羊飼い』に運転しながら「はぁ…」とため息をつく。
「ディニーとかそういう話じゃないのよ。情報をくれるのは当たり前。アタイが聞きたいのはその消えた依頼者よ」
「え…あ、あぁ…本来は守秘義務なんだが…状況が状況だ、話すよ…」
そう言って『羊飼い』はカバンから手書きのメモを数枚取り出す。
「依頼主は…多分偽名だが、『キリナ・メイセン』」
「『キリナ・メイセン』!?」
思わず声を上げたジェーンに『羊飼い』はびっくりし、持っていたカバンを盾にするように抱えている。
「び、びっくりした…な、なんだ?知り合いか?」
「…いいえ。エーテリアスを倒した時に同じ名前の名札が出てきたのよ」
「な……どういうことだ…?まさか依頼人はエーテリアス?」
「ちょっと違うわね。正確には『キリナ・メイセン』がエーテリアスになったことを知っている奴ね」
「な、なんでそんなことを…あ…もしかして、報告してくれたところに書いてあったバレエダンサーのエーテリアスに『キリナ・メイセン』を倒させて成仏させよう…とか…?」
ジェーンは今までの状況を考え、あることを閃いた。
「そんなお話じゃないと思うわ………ねぇ?」
「なっ!?なんだ!?」
しゅるりと尻尾の先の刃を『羊飼い』に向けると、『羊飼い』は両手を上げて降参のポーズをする。
「アンタ口って硬い方?」
「かかか、硬いともさ!そ、それに今回迷惑をかけたんだ、何を言われても絶対黙ってる!!」
「そ、じゃあ信用してあげる」
今度は尻尾を引っ込ませ、腰のポーチから『キリナ・メイセン』の名札を取り出す。
「これが…その名札か?ん?『第31研究部』?なんだこりゃ」
「アタイたちはこの『第31研究部』って書かれた名札をあと2つ持ってる。どちらもエーテリアスから手に入れたものよ」
「な、なんだって…?いったいどういう…」
「後ろで寝てるマイハニーが行く先で出てくるもんだから、何か関係してるっぽいんだけど彼女も記憶が曖昧で何も覚えてないし、戦いのとき以外はあんまりお話しできないみたいでね」
「そ、そう、なのか…それは何て言うか…気の毒に…」
「それで、アンタに今回の罪滅ぼしを兼ねてこの『第31研究部』っていうのを調べて欲しいの。やってくれる?やってくれるなら今回の件は無かったことにしてあげる」
「えっ、い、いいのか?」
その提案は『羊飼い』にとってはありがたかった。
『羊飼い』の顔に笑顔が戻り、即答する。
「やるとも!十七分街の情報も渡すし、その『第31研究部』?とかいうのも俺が調べるよ」
何せ情報は裏社会を探せば手に入る。『第31研究部』というのがどれほどの物かは知らないが、製薬会社か何かの部署だろうと思っていたからだ。が、その考えは打ち砕かれる。
「そ、乗り気で嬉しいわ。じゃ、防衛軍絡みらしいから頑張ってね?」
「えっ、ぼ、防衛軍!?」
「あらぁ、今更ナシなんて言わないわよね?」
「し、しかしそれは!」
「あっそうだぁ」
戸惑う『羊飼い』にジェーンは『あるモノ』を突き出してやると、『羊飼い』の顔は一気に青ざめた。
「改めまして『羊飼い』さん?アタイは治安局特務捜査班犯罪行動外部顧問『ジェーン・ドゥ』よ…あ、ちなみに後ろで寝ている子はアタイの助手。よろしくね?」
「ち、ちちちちち治安官んんん!?ほ、ほほほ本物の…!!」
突き出したのは写真入りの治安官の手帳。それが偽物でないことが分かる『羊飼い』はやはり出来る情報屋なのだろう。
「わ、悪かった!なんでもする…します!だから!」
「何か勘違いしてるわね?アタイたちは治安官の中でもちょっと特殊な人間なの。治安局でもアタイたちの存在を知るものはごく僅か…そんな中正体を明かしたのはなんでだと思う?」
「なんでだ…?い、いえ…何ででしょうか…?」
かしこまった『羊飼い』の疑問にニィッと笑ってジェーンは答える。
「アンタがアタイにとっていい手札になるからよ?」
その笑っている表情とは反対に、目は少したりとも笑っていなかった。
◆◆◆
続いて十七分街の情報を聞き出すために『ドライブ』をした後、『羊飼い』を元の路地裏の入り口に降ろし、「じゃ、よろしくね~」と車を走り去るその後ろをげっそりと、一回り老けた顔になった『羊飼い』が見送った。
レンタカーをアパート近くのコインパーキングに止めて後部座席のツヴァイを抱えてアパートの自室へと戻る。時刻は21時を回っていた。
「…よい、しょっと…」
ベッドにツヴァイを寝かせてその額に手を当てる。熱はまだまだ下がる様子はないようで、ジェーンは冷凍庫から氷をかき集めて氷のうを作り、タオルでくるんで額に置いてやる。
「…ゆっくりおやすみなさい…今日もありがとうね…」
ツヴァイの頭を撫でながら、『羊飼い』から入手した『本業』に関わる情報が書かれた資料に目を通す。どうやら十七分街の違法闘技場はマフィアに成り上がろうとしているチンピラの集団『パンキィズ』が元締めらしく、違法闘技場で得た利益で自分たちの根城となるライブハウスを建設したらしい。ライブハウスではチンピラたちが日夜お祭り騒ぎで、類は友を呼び、騒ぐのが好きなチンピラや不良たちがどこからか集まってきているらしい。
さらに集まった若者をターゲットに違法薬物などを売って金を搾取したり、使えそうな人材は引き入れたりと金銭や人員共に拡大を続けている。
「ん~…大体想像通りってところねぇ…あとは現場をおさえて証拠品の2つ3つでもあればいけそうね」
『羊飼い』から得た資料の中には、違法闘技場やライブハウスなどの地図や正確な図面が入っており、それによると以前は運営していたバーから地下の違法闘技場へと入れていたようだが、今は根城であるライブハウスのみから入れるようになっている。このせいで治安局は踏み込みに失敗したのだろう。
その他、主な構成員などの資料に目を通し終わるころには時刻は22時から23時へと変わるちょうどその時になっており、一日の疲れに眠気を感じる。
「ふぅ…シャワーだけして寝ちゃいましょ……ん、ツヴァイのお熱は…ちょっとだけ下がったわね」
ツヴァイの額と喉に優しく触れて体温を感じ取った後、シャワーを浴びに行き、眠りを妨げないように軽くだけドライヤーで髪を乾かした後、ツヴァイの眠るベッドにもぞもぞと潜んで抱き寄せた後、共に眠りについた。