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誰かがわたしを抱えて走っている。その誰かともう1人は何かから逃げるように、追われるように瓦礫が散乱する道を走っている。
走っているとそのもう1人に上から瓦礫が落ちてくる。その人は女性で、どうやら足を挟まれて動けなくなってしまったらしい。
わたしを抱える誰かが駆け寄って瓦礫を押しのけようと必死になるがびくともしない。わたしを抱える誰かは諦めずに手を伸ばして何かを訴える。女性は一度は手を取るものの何かを考えた後、その手を振り払って離し、涙を流しながら笑顔で何かを伝えて、わたしを抱える人と、わたしの頬に交互に手を添える。
ぽたりぽたりとわたしの顔に上から水が降ってくる。見上げるとそこには青いふちの眼鏡をかけた黒髪頭の男が目からボロボロと涙を流していた。
これ、は……だれ…?
わたしは…どうして………泣いているの?
いつしか、わたしも涙を流していた。
◆◆◆
翌日、ツヴァイは頭を撫でられる感覚で目を覚ました。さっきまでのは夢…だったのだろう。
「あら、おはよう?アタイのお姫様?」
まだぼーっとする頭で、昨日のことを思い出す。エーテリアスと戦った時に『視た』ことの反動による熱で眠っていたのだと認識する。
少しして目覚ましのアラームが鳴り、「さて、準備しましょうか」とジェーンがベッドから立ち上がろうとすると、ツヴァイがジェーンの服の裾を掴む。
「あらぁ?甘えん坊さんしたいの?で・も、お仕事に…って…ツ、ツヴァイ…?どうしたの?」
ジェーンの目の前には、涙を流して不安そうな表情を浮かべるツヴァイがそこにいた。普段は表情が出ないツヴァイがこのようになっていて、驚かされる。
「わから、ない…でも…なんだか…『悲しくて』…」
「っ…もしかして、怖い夢でも見ちゃった?」
「ジェーン…わたし、は…」
「大丈夫よ。もうちょっと一緒にゴロゴロしてましょ?」
「ん…」
シャンプーの良い香りのするジェーンに布団を被せられ抱きしめられる。
抱きしめられた温かさは心地よく…どこか、懐かしくて安心する。
「いい子ね……今日の予定だけどね?レンタカーを返しに行ってから十七分街へ行こうと思うの…いけそう?」
「ん…分かっ、た。いける…」
そのまま30分程ジェーンは手を絡めて握り合ったり、頬を優しく撫でたり、耳に指を添わせてその反応を楽しんだりしていた。
「…さぁ、もう大丈夫かしら?」
「…だい、じょぶ…」
「えらいわよ、帰ったらまたこうやって抱きしめてあげるわ」
「…ん」
こくりと頷いたツヴァイの唇に軽く唇を重ね、「おまじないよ」と微笑んだ後、ベッドから起き上がり、着替え始める。
「さて、と…お着替えが終わったらお仕事に行きましょ」
着替えを進めるジェーンを背にして、先ほど触れた唇の感触を確かめるように自分の唇に触れる。ふと、ツヴァイの心の中に言葉に表せない『喜び』が生まれる。今までの自分であれば決して現れなかった『感情』と呼べるもの。知らないはずの『喜び』というモノは始めから知っていたモノのように、思考になじむ。
「…ぁ…」
その『喜び』は今までの記憶を司り、『嬉しい』と感じた物事が次々と頭に中に呼び起される。
ジェーンが自分を鎖から外してくれた時、服を着せてくれた時、初めて唇を重ねた時、デートした時、そしてなによりも今の様にこうして2人で一緒にいるとき。
今まで霧がかかっていて分からなかった思い出が色付き始めて『芽生え』始めたのだった。
◆◆◆
昼前、十七分街。周囲の街並みとは違って荒んで治安の悪そうな一角が最近になって形成されていた。
ゴミ箱はあふれ、所によっては異臭が漂い、壁や道にはスプレーアート。そこかしこに誰が持ってきたのかが分からないソファや机などが地面に直で置かれていた。極めつけは使用済みの割れた注射器などが転がっていることもあり、目も当てられない。
ジェーンとツヴァイはそんな場所に『レベッカ』と『ミレディ』として暗めの服装で足を踏み入れていた。
周囲には直置きの机を囲って何やら口では言えないものを賭けてのポーカーに興じる者や、何やら具合が悪そうにぐわんぐわんと頭を振る者。因縁をつけ合ってけんかする者。そして、つい最近できたライブハウスの前でたむろする者。実に様々だ。
当然周辺の住民や、企業などからは迷惑がられており、治安局も見廻りを強化しているが数が多くイタチごっことなっている。
「はぁ…ちょっと見て回っただけなのにすごいわねぇ…自販機なんかも全部壊されてるし…」
「………」
どこから持ってきたのかが分からない廃車が置かれた公園のベンチに腰掛ける2人。ツヴァイ…『ミレディ』が『レベッカ』の服の裾を掴みながら一緒に資料を眺めていた。
「…いい?『ミレディ』、この赤く塗ってある部分がさっきのライブハウス。『羊飼い』の情報だと、今はここから地下の違法闘技場に行けるらしいの。アタイたちはここに潜入…ま、情報収集して違法取引の証拠を上げるの。後ついでに元締めを逮捕しちゃおうって上は考えてるみたいね」
ページをめくると、周辺の元締めをやっている『パンキィズ』のリーダーの男について描かれた資料が目を引く。
「…で、これが『パンキィズ』のリーダー…はぁ…『ピアスマン』だってさ…安直ね…」
「…ピア、ス」
『ピアスマン』と呼ばれる男は顔のいたるところに大小様々なピアスを付けており、資料の写真でも異様な存在感を放っていた。
「コイツにはいろんな余罪があるらしいの。薬物使用、暴行、強盗、密売、詐欺…数えきれないほどね。でも今までは上手く治安局を躱して逃げて、それを俺はすごいーみたいに自慢して威張っちゃってるって話よ」
「つか、まえる?」
「んー、今のところアタイ達にはその指令は無いわ。あくまで治安局が乗り込んで逮捕って流れにしたいみたいね…」
「…それは、なん、で?」
「ここへの立ち入りは前に失敗したって話したでしょ?そのことで地域住民の人たちの不信感を買っちゃったみたいね。治安局としては大々的に逮捕劇をすることで信頼回復をしたいんじゃないかしら」
「???」
「分からなくっても大丈夫よ。アタイたちはアタイたちの仕事をやっていればいいわ」
「ん…」
その後一通り資料の内容を頭に入れた後、持ってきていた資料を燃やし、隠滅する。
「さ、そのライブハウスに入って見ましょうか…このあたりに戦いで『ミレディ』に敵う人はいないけど、アタイから離れないように注意してね」
「分かっ、た」
その後、道すがらに見ない顔だと金銭を巻き上げようと襲い掛かってくる若者や、女2人だからと邪な考えで話しかけてくる面々を軽くひねりながらライブハウスの前にやってくる。どうやらこのライブハウスは24時間休みなく音楽を垂れ流しているようで、人の出入りも多い。
バンドマンやライブ観客のような者だけでなく、地下の違法闘技場に参加する者も建物の出入り口は同じく、ライブは建物に入って右へ、地下の違法闘技場へ行く者は左のカウンターで料金を払い、その奥にある「関係者以外立ち入り禁止」のドアを抜けた先の階段から地下へ向かっていく。
『レベッカ』達は早速地下の違法闘技場へ向かうため、カウンターで料金を支払おうとしたのだが…。
「……おねーさん達見ない顔だね」
料金の事を聞く前にカウンターの中にいた青年に先に声を掛けられてしまう。
「えぇ、ここへは初めて来たわ。スリリングな戦いが見れるって聞いてさ」
「…へぇ…観客として入りたいなら市民ID出せる?」
「…無いわ。普段はホロウレイダーですもの。あんなの足が付くから捨てちゃった」
「へぇ…ホロウレイダー…でも悪いけど、見ない顔に関しては最初に身分証を見せてもらってる。治安局のスパイに踏み込まれちゃたまったもんじゃないからな」
以前に治安局の踏み込みがあってからどうにも警戒が上がっているらしく、話半分で聞いているふりをしながらコンパクトの手鏡で髪を直すしぐさで周りを確認すれば、そこかしこに真新しい監視カメラが設置されている。
「そ、仕方ないわねじゃあいいわ行きましょ『ミレディ』」
振り返って『ミレディ』の手を繋ぎ、出て行こうとすると、「まぁ待てって」と呼び止められる。
「なにかしら?入れないんなら用が無いんだけど?」
「落ち着けって…市民IDがいるのは『観客として入りたいなら』だ。参加する分には身分は問わねぇよ」
「へぇ、参加ってことは戦えるってこと?」
「そうだ。ちょうど夕方から今月のトーナメントがある…ペア参加も許されてるし、出てみる気はない?」
「優勝賞品は?」
「うちのリーダーの『ピアスマン』さんがかなえられる範囲の物をくれるってさ…先月は500万ディニーとヤク5袋を貰ったやつがいるよ」
『ピアスマン』に近づこうと思っていた『レベッカ』にとっては好都合だった。しかもどうやら薬物の証拠品も手に入りそうであるから、参加しないわけにはいかないのだが…
「………」
「ビビった?まぁなんでもありのデスマッチだからね。どんな事されても恨み言はナシさ」
「ちなみに…勝敗条件は?」
「あー…気絶させるか、殺すか、相手が参ったって言うかだね。でも参ったっていっても相手が了承しないと意味がない」
…実質相手をダウンさせないといけないということだろう。戦力面での心配はしていないのだが、むしろ『レベッカ』は『自分たち』という過剰な戦力をどうしたものかと考えていた。
「…俺としては参加してもらいたいんだよ。何せ参加人数がどんどん減っててさ…『ピアスマン』さんが最近機嫌悪いんだよ」
「へぇ…欲しいものがもらえるんなら皆参加したがるんじゃないの?」
「………連勝者が強すぎるんだよ。何てったっけ?【カリュドーンの子】のライトって奴、聞いたことないかい?」
「たしか…『無敗のチャンピオン』って聞いたことはあるけど?」
【カリュドーンの子】、元は【チーム・カリュドーン】という名称であったが、シーザーという新しい頭目が継いだ際に今の【カリュドーンの子】という名前にしたらしく、郊外ではとても有名な走りや集団だ。石油等の物資輸送を担う運送会社「猪突猛進」としての顔も持ち、都市と郊外を跨いだビジネスも手掛けている。
ライトはその【カリュドーンの子】の黒一点の一員で、『無敗のチャンピオン』と呼ばれており…どこかの闘技場で名をはせた強者である。と『レベッカ』は記憶している。
「その『無敗のチャンピオン』様がでてるの?ここに?」
「いいや、『無敗のチャンピオン』の元仲間だって奴が出てるのさ」
「………へぇ」
虎の威を借るなんとやら。ね、心の中でため息をつく。強いのは…あくまでもこの闘技場の中だけで言えば本当なのだろうが、おそらく『無敗のチャンピオン』の元仲間というのはでまかせだろう。闘技場界隈で有名であるがゆえにこういった本人がいない、又は来ないような場所でデマが飛び交っているのだろう。そう思うと有名になるというのも案外大変なことだともう一度ため息をつく。
「…いいわ。参加する」
「ありがてぇ、ちょうど枠が空いてたんでさ…参加するってんなら控室に案内してやろうか?まぁまだ夕方まで時間はかなりあるけど」
「今は大丈夫よ、夕方までにアタイとこの子の分のステージ衣装を買いに行くから…ね?『ミレディ』?」
「…?…ん」
ステージ衣装と聞いてコテンと首をかしげる『ミレディ』に『レベッカ』が少し意地悪そうな笑顔で微笑んだ。