ジェーン・ドゥは2人笑う。   作:ネムスギボンプ

4 / 22
第四話 オーバーヒート

 タナトスの変異種は4本の腕からそれぞれエーテルの弾を乱れ撃つ。

 

「援護する。ナイフ、取りに行って」

 

 それを少女が蛇腹剣のワイヤーを伸ばし、エーテルの弾に上手く刃を当てて叩き落としていく。その動作には無駄がなく、先ほどまでの無表情で動きのない彼女からは想像できなかった。

 

「ありがと、その後の策は?」

「……弱点は今正面から見て右側の上半身…コアの10センチ下」

 

 そう言ったその時の少女の目は誰にも見えていなかったが、いつもの黄緑の目が光を帯びていた。

 

「…オッケー、そこを狙うってことね。じゃ、行動開始ね」

 

(…一瞬の瞬きの後にアタイの前に現れて…しかもこのエーテリアスの弱点を…この子に対する認識を改めなくちゃね)

 

「ふっ!」

 

 蛇腹剣のワイヤーを伸ばし、タナトスの左半身の腕2本をからめとり、その動きをギリギリと拘束する。当然タナトスは拘束から逃れようと暴れたり、その身をよじって引き寄せようとしてくるが、少女は表情こそ睨んで硬いものの、体は微動だにしない。

 

(…あんな140センチくらいの小さな体で…大した筋肉はなさそうだったのに、エーテリアスに引っ張られて微動だにしないなんてね…なるほど『最終兵器』、ね…まだまだ力は隠してそうだけど…っと)

 

 ジェーンは残った右半身から放たれるエーテル弾を搔い潜りながら落としたナイフをアクロバティックに拾い、足のグリップを効かせて飛び上がった後、縦に回転しながら右半身のタナトスの腕の一本を切り裂いた。

 

「ふぅ…!調子出てきたわ、子猫ちゃん、そろそろ仕上げにしましょ!」

 

 少女はコクリと頷き、力いっぱい剣でワイヤーを引っ張った後、一気にワイヤーの拘束を解いてワイヤーと刃を巻き上げる。力を込めて抵抗しようとしていたタナトスは急に拘束を解かれてバランスを崩される。

 更に足払いをかけるようにブーツに仕込まれたナイフでジェーンがタナトスの足を斬りつけ、地面に倒す。

 

「さ、フィナーレよ!」

 

 そのまま追い打ちをかけるように飛び回ってナイフやブーツの刃物でタナトスを斬りつける。が、最後の意地と言わんばかりに一本の腕で抵抗をして見せようとした。

 

「…ざぁんねん!引っかかった?本命はこ・っ・ち!」

 

 ジェーンは攻撃を中断し、その最後の腕を思い切りムーンサルトで蹴とばした後、空中で無防備とも見れる姿を晒すが、すかさずその後ろから交代するように飛び出した少女が蛇腹剣を伸ばし、右半身のコアのちょうど10センチ下部分を貫いた。

 それが決定打となり、変異したタナトスは自壊して塵へと消えていった。

 

「終わりね、ありがと。ナイスコンビネーションだったわよ子猫ちゃん?」

「……………」

「…?ねぇ、どうしたの?」

 

 立ち尽くす少女の前に回ってその顔を確認すると、その顔は戦闘中と変わってボーっとした顔に戻っていた。ただ唯一違ったのは…

 

「!?ねぇ、お顔すっごい真っ赤よ?…っ!熱があるじゃない!」

 

 そっと額を触った手は熱く、高熱が出ていることが分かる。見ると肩で息をするように体を上下させ、髪が湿っているのが分かるほどの汗を掻いていた。

 息の荒い少女はジェーンの顔を見るとどこか安心したように、もたれるようにして意識を手放した。

 

「っと!しょうがないわね…!ナード!もうエーテリアスはいないわ!出てきなさい」

「へい!先生!」

「アタイは今からこの子を病院に運ぶわ、後のことは頼んだわよ」

「え、で、でもボスに何て説明したら…その、『最終兵器』は外に出すなって言われてて…」

「その大事な『最終兵器』を死なせる気?後でアタイが説明に行くから先にボスに運び出したって言っといて」

「わ、分かりました…」

 

 そのままジェーンは少女を抱きかかえ、ホロウの外へと向かっていった。

 

 

◆◆◆

 

 

夕刻、ルミナスクエアから離れた路地裏奥にある闇医者の診療所にて―

 

 ここはホロウレイダーたち御用達の闇医者の1つで、値は張るが素性やIDなどを提示しなくても診察、手術、短期間の入院が可能なため、ジェーンも『仕事』の際にごくまれに世話になっている場所である。

 

 2時間前に運び込まれた少女は今個室のベッドに寝かされ、精密検査の結果をジェーンがそのベッドの横で待っていた。

 少しして、扉がノックされ、グレーの髪の壮年の院長が入ってくる。

 

「お待ちどうさん。『恋人』さんの検査の結果だが…ストレスと疲労の数値が半端じゃないくらいに高いな…ま、一種のオーバーヒートみたいなもんだ。あんま無理させんようにな」

「そう…エーテル侵蝕についてはどうなの?」

「…それなんだが、数値がまだ出てないんだ。ただ、侵蝕の兆候は見られないから今日のところは連れて帰っても大丈夫だ。だが、1日くらいホロウの中には入れない方がいい…明日また来てくれ」

「分かったわ…ありがと」

 

 「あー…」と院長が頭を掻き、少し困った顔でカルテの名前の部分を指さす。

 

「…名前、どうする?」

「ん~~…そうねぇ~…」

 

 わざとらしく考えたふりをしていると、院長の男は「はぁ…」とため息をついた。

 

「…『ジェーン・ドゥ』でいいか?」

「あら、そうね。『恋人』の名前はそんな名前だったわ」

「…『恋人』ならちゃんと把握しておくんだな」

「彼女、ミステリアスなのよ」

 

 「やれやれ、今回のジェーン・ドゥは身長が低いな」とぶつぶつ言いながら院長はカルテの氏名欄に『ジェーン・ドゥ その9』と書いた。

 

「じゃ、お会計も済んでるし、失礼するわね」

「あぁ、気をつけて」

 

◆◆◆

 

 深夜、ルミナスクエア近くのアパートの一室―

 

「久々の帰宅ね…」

 

 少女を背負ったままドアのカギを開けて部屋の中へ入る。部屋の中はある程度のものは置いてあるが、普通に生活する人と比べると少ない方だろう。だが、部屋のいたるところには年単位で保存の効く栄養バーやレトルト食品などが箱で置かれている。

 

「よい、しょ………うん、熱も少しだけ下がってるわね」

 

 少女をベッドに横たわらせ、首筋や額を確認する。完全に熱が下がったわけではないが急を要することはなさそうだ。

 無事を確認した後、ジェーンは尻尾で少女の頬を撫でながら一人、考え事をする。

 

「…戦い慣れてる動きだったわね…」

 

 改めて少女の戦い方を思い起こす、伸縮性の蛇腹剣を自在に使い、タナトスのエーテル弾すら飛ばした刃の1つ1つで迎撃できる命中精度を誇っている。偶然できるようなものでないし、何より放たれたエーテル弾すべてに命中していた。更に力も強く、どこにその力が秘められているのか人体的にも気になってくる。

 

 次に現れ方。ほんの少し、1秒にも満たない瞬きの後に目の前に現れた。戦闘中であったとしても辺りに気を配っていたジェーンにとっては全く気配がなかった状態からの出現であったので本当に驚いた。

 

 そして最後に、弱点ついて教えてくれたが、なぜ分かったのか。コアが左右に分離した変異種のエーテリアスの考察は一度この議論から外して、なぜ左右に分かれたうちの片方、そして弱点の箇所を正確に言えたのか。一度戦ったことがあるのか、はたまた何らかの事象で『視えている』のか。

 

 いずれにせよこの子のことを知らなさすぎる、と思うジェーンはふと闇医者に言った『ジェーン・ドゥ』と『恋人』のワードを思い起こす。

 ちょうどその時、部屋の時計が日付の変更を告げる電子音を短く鳴らした。

 

「…もうこんな時間ね…作戦前日になっちゃった」

 

 あと1日で【黒鳶会】は崩壊する。その後この少女はどうなるのだろう。

 身元は?誰が引き受ける?生活していける?それならいっそ……

 

「いっそ……本当にアタイの…」

 

 …その先の言葉は口に出さず、まだ熱を放つ額に軽く口づけし、少女に布団をかけた。

 

「…ん?」

 

 遠くでサイレンが鳴っているのに気づき、窓の外を見る。

 

「…平和な世の中、とはいかないものね…」

 

 金髪のウィッグを脱ぎ捨て、いつもの黒とアクセントに赤が入った色の髪に戻った後、1人シャワーを浴びに行った。

 

 

 

…そのサイレンが、自分たちに関係があるとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分前、闇医者の研究室。

 

「…おかしい。何度やっても侵蝕値が算定されない…」

 

 闇医者は『ジェーン・ドゥ その9』から採取した血液から侵蝕値が危険域にないか、また追加の有料オプションで許容範囲がどのくらいかを検査していたのだが…

 

「許容範囲の数値も出ない…そしてこの反応は何だ…?」

 

 血液を一滴垂らした三角フラスコ内の専用の溶液は闇医者が見たことのない黄緑の蛍光色に淡く光っていた。

 

「……やり直しだ、今度は別の手順で…」

 

 長丁場になるなと踏んでコーヒーを淹れて飲もうかと立ち上がった時、診療所の入り口から「ちわーす!お届け物でーす!」と声が聞こえる。

 闇医者ゆえ、非合法なルートで非合法な連中を使って治療の道具や、果ては言えないものを仕入れているのでこんな時間に配達が来るのは珍しくない。

 

「あぁ、悪い今行くよ」

 

 今回はどこにでもいるような配達員の姿をした運び屋から何も書かれていない箱を受け取る。配達料として5万ディニーを掴ませ、配達員を帰した後、インスタントのコーヒーを淹れて一口飲んだ後、箱を開けた。

 

次の瞬間――――――

 

 視界が光に包まれ、耳をつんざくようなキーンという音がこの男が最後に聞いた音となった。

 外には爆発音が響いたが、場所が離れているジェーンのアパートまでその音が届くことはなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。