◆◆◆
いつもの夢を見た。
薄暗いどこか分からない場所で少女は全身に激しい痛みを伴って目覚める。
苦しみもだえる少女を見て、周りにはボロボロの白衣姿の5人の大人たちが「やった!」「ついに完成だ!」と歓喜の声を上げる…奥にいたもう1人の男を除いて。
――いたい、どうしてみんなわらうの?ここはどこ?わたしは……『なに』?
「早速軍に連絡だ…!我々が返り咲く時が来たのだ!!」
――たすけて、いたい、くるしい
「いや、軍に連絡はしない」
青いふちの眼鏡をかけた男の一声が歓喜の声をかき消した。
「え…な、なぜですかザイン先生!HE-Pは完成したんですよ!これさえあれば軍だって我々を見直して――」
次は1つの銃声がボロボロの白衣の研究員の声をかき消した。
「な、な…ぜ」
先ほどまでの歓喜は悲鳴に代わり、他の4人は逃げ出そうとするも次々に撃たれて地に伏せていく。
「…すまないなぁ…これはなぁ…私の、私の復讐なのだよ…フ、ハ…ハハハハハ…」
「せん、せい…なぜ、ですか…!ゴホッ!」
「…さっきHE-Pは完成したと言ったな?まだだ、まだなんだよ…!!【%$’¥(#^】のコア…アレと融合させてやっと完成なのだよ!」
その言葉を聞いたなんとか息のある研究員は自身に走る激痛をも忘れて驚愕する。
「な…!?待って下さい!…HE-Pは!!アレと戦うために!来るべき時のために!!」
「ククク…君たちは優秀だというのに…まだ自分たちが何を『創っていた』のか分からないのか?」
「え…?」
ザインは笑った時にずり落ちた眼鏡を元の位置に戻し、再び銃を向ける。
「君たち…いいや、私が『創った』のはなぁ…!器にして神なんだよ…!軍なんかに渡さない!誰にも!ハ、ハハハハハ!!」
「先生…いや、あんたは…!じ、自分の娘まで使っ――――」
再び鳴らされた銃声は3度響いた。
「…」
苦しみもだえる少女の腕を掴んで引きずるように外に出ると、武装した兵士達や黒いスーツ姿に黒い長髪の女性が控えていた。
「お迎えに上がりました。ザイン教授…」
「…これはまだ未完成だ。知り合いのツテでこれにはしばらく傭兵や商品として渡り歩かせて身体をコアに耐えうるように鍛え上げる」
「存じておりますわ。引き続き教授にはその適合させるコアの研究に移っていただきたく…」
「…分かった」
…その後少女は戦闘の基礎を後天的に直接脳に植え付けられた。不要な部分は取り除いて、戦いに特化するように。
◆◆◆
嫌な夢…いや、過去を見た。
少女が目を覚ますとそこには見知らぬ天井が目の前にあり、聞いたことのない音声が流れていた。
『……―――今回の爆発で男性1人の死亡が確認され、部屋の中からは研究に使う器具や化学薬品などの残骸が見つかったことから治安局では化学反応による事故と―――……』
首を横に向けると、少女の知る『ノワール』という女性が険しい表情でテレビを見ている。
「…ノワー…ル?」
いつものように上手く声が出せなかったが、ノワールは少女の声を拾ってくれた。
「あら、起きた?ここはアタイのお家。フフッ、アンタをお持ち帰りしちゃったってワケ」
微笑みながらテレビをプツンと切った後、ベッドの横に座って少女の頭を撫でる。
「どう?具合は…?」
「…い、じょぶ…」
上手く声が出ず、「大丈夫」とも声が出せない。しかしノワールはもう一度その言葉を拾う。
「そ、よかったわ。でも今日はおとなしくしてましょうね」
コクリと頷くが、少女には不安があった。
あのゼンダーという男に「『その時』が来るまでお前はここからどこにもやらない!お前は『最終兵器』なのだからな!」と言われていたからだ。
「ゼン…ダー…」
頭では伝えたい事はハッキリしているのに、何故か戦闘時以外では言葉が上手く紡げず、今はそうでないが平時において思考にモヤがかかったように浮かばなくなる時がある。
そんな少女の思いを汲んでかは定かでないが、目の前のノワールは優しく頭を撫でながら「大丈夫よ」と語りかける。
「アタイもちょっとボスとお話ししなきゃならないことがあるの。だからアンタはここでゆっくり寝ててね…何か食べたかったら、この箱に入ってるもの、食べていいわよ」
目の前に栄養バーが大量に入った箱を置いた後、ノワールは少女と同じようにベッドに寝そべる。その顔は少し複雑そうな、悩んでいるような顔に見えた。
「…ねぇ、もし【黒鳶会】が明日にでも無くなったとしたら…アンタはどこかに行くあてはある?」
「…?」
少女はノワールの言っている意味が分からなかった。【黒鳶会】のことはただそこに売られてきた今回の組織かホロウレイダーかとしか思っていないので、無くなったらまた誰かにどこかへ戦力として売られていくのだろう。
今まで通りに………でも…
「…な、い」
何故か、どうしてなのか、そう答えてしまったのだ。
ノワールは「フフッ」と笑うと、「じゃあ」と少女の腰に手を当てて引き寄せてから手を絡ませるように握って一つの提案をする。
「アタイのところに来ない?」
それを聞いて少女は胸が温かくなった。ここ数日でノワールから与えられるこの温もりは、それまで自分になかったもので、とても心地が良くてずっと包まれていたくなる。そんな温もりだった。
「…ぁ」
「あら」
気づけば少女の目からは自分で止めることのできない涙がボロボロと溢れ出していた。
「ごめ…なさ…」
痛み以外で流す涙は初めてで、どうしていいか分からず思わず布団をかぶろうとするが、それよりも先にノワールが少女をぎゅっと胸に抱きよせ、優しい声で語りかける。
「…大丈夫よ。今すぐに答えを出さなくてもいいわ…アタイの元に来なくたって、子猫ちゃんのしたいように言ってくれたら全部手配するわ…それに、アタイ…まだ言ってないことがいっぱいあるの。それを聞いてから答えを出してくれて構わないわ」
ノワールのに抱かれたまま少女は涙を流しながらコクリと頷いた。
そして、いつしか少女はノワールのふわりとした優しい香りに包まれたまま、また眠りについた。その表情は穏やかで、年相応の少女のものだった。
◆◆◆
1時間後、ルミナスクエアから離れた路地裏奥の診療所付近――
ノワール、いやジェーンは眠っている少女に書置きを残して、『事件現場』の近くに来ていた。
ニュースの内容が本当か確かめる必要があるし、診療所に通っていた『複数のジェーン・ドゥ』の書類を処分する必要があったからだ。
だが、当然のように診療所周辺には治安官や野次馬がいて、隙をついて入ることは難しそうだ。
「…さぁて…どうしようかしら…カルテが全部燃えてればいいんだけど」
建物と建物の1メートルほどの隙間から様子を伺っていると、爆発で焼け焦げた診療所の中から見知った顔が2つ出てくる。
(…朱鳶と青衣……となれば…あの子も…)
と考えていると5メートルほど後ろから知っている気配を感じ、その正体が分かっているジェーンはあえて振り返らず、気づかないふりをした。少しして、その気配の正体は「動くな!」と武器である警棒を取ってこちらに向ける。
「【黒鳶会】のレディ・ノワールだな?ここで何をしている!」
予想通りの声に思わず笑ってしまいそうになったが、何とか抑えて演技を続ける。
「そうよ『レディ・ノワール』よ。って言ったらどうなっちゃうのかしら?」
「まずは武器を捨てて両手を上げろ、そして知っていることを話せ!」
背中を向けたまま言われた通りにいつものナイフを地面に落とし、両手を上げる。
「知ってること、ねぇ?アタイはたまたま用があって通っただけよ」
「ん?『アタイ』…?あぁいや気にするな、それよりもだ!この爆発にお前は…【黒鳶会】は関係あるのか?」
一瞬気づいたか?と思われたが、どうやら杞憂だったようだ。
「ないわよ。昨日この診療所で検査をしてもらったの…その検査結果を貰いに来たらこの騒動よ」
「そうか…具合でも悪いのか?」
「それをアンタに言ってどうするのよ、治安局都市秩序部捜査課・特務捜査班のセス・ローウェル巡査さん?」
「!?」
振り返ってその猫のシリオンの新米巡査の顔を見ると、とても驚いた顔をしていた。
「なんで、俺のことを…!」
「あら、アンタたちがアタイたちのことを調べて知ってるように、アンタたちのことだってアタイたちは調べるに決まってるでしょ?熱血で、正義感あふれる未来の優秀な治安官さん?ま、単純で素直すぎて空回りしちゃうこともあるみたいだけど?」
「ま、まて、最後のは余計だろう…!じゃなくて!」
セスは図星を付かれて耳を一瞬しょげさせたが、すぐに立ち直って警棒を握る手に力を込めなおす。
「レディ・ノワール!どうして【黒鳶会】に所属している!お前の境遇は資料で見た…お前は逆に【黒鳶会】みたいなやつらを憎んでいるはずだ!」
ジェーンは一瞬「ん?」と思ったが、そういえば『レディ・ノワール』はマフィア絡みのホロウレイダーたちに家族を殺されている設定だっけ、と思いだす。
「さぁてね?別にいいんじゃない?アタイは今の地位が大好きなのよ、お金にも困らないしね?」
「っ…!だ、だが!お前は戦いこそ強いが罪のない人たちを殺したり重傷を負わせることはしない…それはお前の中にまだ良心があるからだ!」
相変わらずのお説教に笑いを堪えるのが必死になってくるジェーンだったが、逆にそのセスの良心を利用する事にした。
「…ねぇ、あの診療所は完全に燃えちゃったワケ?」
「…それを聞いてどうする?」
「さっきも言ったじゃない、検査結果が知りたいのよ。今の侵蝕値と…そして侵蝕の許容範囲についてね」
「おま…っ!まさか侵蝕が!?」
「違うわよ、アタイじゃなくてもう一人の用心棒の子。昨日変異種のエーテリアスに襲われて、なんとか勝ったけど…その子がその戦いの後ひどい熱を出したのよ」
「そうだったのか…それでこの闇医者の診療所に?」
「そ、これで話せることは全部。カルテは燃えてる?燃えてない?検査結果が書かれてるんならそれが知りたいのよ…今も苦しんでるあの子のためにも…」
ジェーンは嘘とホントを混ぜた話をしながら最後にうつむきながら悲しい顔をして見せ、それを見てしまったセスは「ぐっ…」と気まずい顔をして警棒を下す。
「俺からは…何も言えない。その、捜査にかかわるかもしれないからな…」
「…っ、そう…」
「…うっ……ただ、そう、だな…これは俺の独り言なんだが…」
(案外チョロいわね、アタイみたいな悪ぅい人に騙されないか心配になるわ…)
「爆発したのは化学薬品なんかじゃない爆弾だ。その闇医者が作ったのかは分からないが、爆弾の中には可燃性の液体が入っていたらしく、爆発と同時にそれが飛び散って…どれが何の資料なのか読めないレベルで燃え尽きてる」
「やっぱり爆弾ね…しかも何らかの資料を残したくない場合の…」
「やっぱりって…何か知ってるのか?」
「あら、独り言じゃなかったの?」
「ぐっ…ず、ずるいぞ!」
再び身構え尻尾を膨らませるセスにジェーンは「まぁ待ちなさい」と諭す
「アタイも独り言を言ってあげる…何回か世話になったから覚えてるけど、あの先生、医療や裏社会の道具においては天才で薬品とかの扱いもミスしないわ。断言してあげる」
「そ、そうなのか…」
「えぇ、狙われたのよ誰かにね…。じゃ、アタイの独り言は終わり!じゃあね治安官さん」
「あ、おい待て!」
聞きたい情報を聞き出せたジェーンはいつの間にか尻尾で拾っておいたナイフをしまい、更にあらかじめ後ろに隠しておいたスモークグレネードを発煙させる。
「ゲホッ!ゴホッ!!クソッ!卑怯だぞ!」
「おあいにく様、アタイはズルや卑怯がだぁい好きなの」
「ゲホッ!ん?なんか似たようなフレーズを前にも聞いたような…?」
煙が晴れるころには、『レディ・ノワール』は忽然と姿を消していた。
「クッ…しまった…!とにかく班長や青衣先輩に報告しないと…!」
そう言って朱鳶の元に走るセスを屋根の上から見送ったジェーンは次に【黒鳶会】の根城へと向かった。