【黒鳶会】根城、ゼンダーの部屋にて――
「…で?『最終兵器』を連れ出したと…?」
額に血管が浮き出るほどの怒りを持ちながら、【黒鳶会】のボス、ゼンダーは用心棒として雇っていずれは幹部として迎えようとしていた『レディ・ノワール』を睨みながらその報告を彼女から直接聞いた。
「はい、特異なエーテリアスとの対峙の後の高熱で息も絶え絶え、生命に異常をきたす恐れがあると判断しましたので」
納得のいかないゼンダーは腰掛けていた椅子の肘置きを拳で叩きつけながら怒鳴る。
「何を勝手なことを!!『アレ』はな!数時間もすれば元通り戦えるモノだ!今はどこにいる!?」
少女に対するゼンダーの『アレ』扱いにイラッとさせられるジェーンであったが、顔には出さず、冷静に対応する。
「…知り合いの腕の確かな闇医者の元です。今日1日はホロウの中に入れるなとの―」
「どこの藪医者か知らんがすぐに連れ戻せ!!『アレ』がいない間に何かあってはどうするというのだ!!」
その発言にジェーンは、爆弾の一件に【黒鳶会】の関係がおそらく無いということと、ゼンダーの怒りの中に怯えがあるのを感じ取った。確かにあの少女がいないことによる戦力の低下があるのは理解できる。だが2日前に「治安局と全面戦争だ」と言っていたのにもかかわらずここまでの狼狽はどういうことなのだろうか…ここはひとつカマをかけてみるべきだろうか。とジェーンは一芝居演じる。
「…恐れながらボス、エーテリアスと戦った時、あの子と共に戦いましたが…まるで役に立ちませんでしたよ?治安局が来ようともアタイ1人で充分かと?」
ふふん!と小馬鹿にするように、いかにも自分の方が役に立つでしょう?という態度を取ってあえて煽って見せた。
「違う!そんな奴らのことなどどうでもいいのだ!!」
(…でも『そんな奴ら』の内の一人であるアタイに潜入されてるのよねぇ…)
しかし、となると何に怯えているのだろうか?確かにあの変異種のエーテリアスは厄介であの少女がいなければ危うかっただろう。でも、今更エーテリアスに怯えるものだろうか?
「…?どういうことなのです?ボスが何を言ってるのか…」
「…っ…!お、お前は知らなくていい話だ!」
だんだんとボロが出始めそうなゼンダーだったが、ジェーンはそれ以上追求しなかった。明日の作戦前に信頼を落とすことは良くないと判断したということもあるが、何よりも…
(だって、明日には【黒鳶会】は無くなって、その後は治安局でたっぷりお話が聞けるもの、ね?)
と、考えていたからである。
「…ええい!『アレ』は明日には復帰できるのだな!?」
「ええ、医者もそう言っています」
イライラするゼンダーは親指の爪をガリガリと噛みながらしばし考えた後、「仕方がない」と答えを出した。
「チッ…!分かった、必ず明日元の倉庫の地下に戻せ!!分かったら倉庫の警護に戻れ!いいな!?」
「はい、分かりました」
一礼し、くるりと後ろを向いて部屋から出て扉を閉めた後ぐいっと背伸びをする。
(ふぅ…やっぱり堅苦しいのは性に合わないわね…さて、明日皆がここに来るにあたってもっと入りやすいようにしておかなくちゃね)
そこからジェーンは根城のあちこちを回り、時にドアのネジを緩めたり、時に武器庫の扉の隙間に接着剤を流し込んで開かなくしたり…食糧庫にある毎度食事で出る栄養食を食べた者が長くトイレとお友達になるためにとっておきの遅効性の下剤を盛ったものにすり替えたりと思いつく限りの嫌がらせをしておいた。
「我ながらいいイタズラだわ、今後も採用しましょ」
◆◆◆
作品たちの下準備の出来に満足したジェーンは次にポート・エルピス付近のホロウ内の倉庫に戻り、統括のナードを呼ぶ。
「ノワール先生!お疲れ様です!…ボ、ボスはなんと…?」
先に報告に行って散々怒鳴られたであろうこのビクビクしている男にジェーンはさらりと答える。
「あぁ、大丈夫よ。ボスにもちゃんと説明したら明日には地下に戻しとけってさ」
「さ、さっすがノワール先生…!俺なんてボスから灰皿を投げられましたよ…」
「そう、それはごめんなさいね?それで明日なんだけどあの子を地下に戻すのがお昼12時くらいになるのよ。あの子が戻り次第すぐに資材の搬出をするから明日は全員おとなしく時間まで倉庫前で待機しろ、とのことよ」
「了解です!アイツらに伝えてきます!」
もちろん偽の通達だったが、すぐに信じて「おい!野郎ども!」と声を掛けに行く。
根城と違ってこちらではしておくべきイタズラはないのだが、確かめないといけない事がある。
ジェーンは昨日この倉庫前でエーテリアスと戦ったところを確かめる。床や壁に複数の傷跡があるくらいで、他に目立ったものは無いように見られる。
(…ま、当然何も残ってないわよね…ん?)
ふと、戦った後の近くにあるエーテル結晶の影にナイロンの紐のようなものが見え、引っ張り出してみると、ビニールの名札の中に『第31研究部 研究員クロツ・アーバイン』と書かれた名札とカードキーが入ったものが出てくる。
(…少なくとも【黒鳶会】の物じゃないわね。少しでも証拠が欲しいし、関係なかったら持ち主に帰せばいいから今は貰っておきましょ……まぁ、持ち主が生きていれば、ね)
その他に目ぼしいものは無く、頼みの綱はどこかの研究員の名札のみだった。
(…これ以上は何もなさそうね‥この一件が終わったら青衣あたりに名札の持ち主の捜索をお願いしようかしら…さて次はっと…)
少し急ぎ足に歩きながら途中でナードに「ちょっと出かけるわ、医者に『最終兵器』ちゃんの容態を聞きに行くの」と声を掛けてホロウを出た。
◆◆◆
ちょうどその時、ジェーンのアパートにて――
「ん…」
優しい香りの布団に包まれていた少女はゆっくりと目を覚まし、ベッドから立ち上がって辺りを見渡す。だがそこにノワールの姿は無く、机の上の栄養バーが大量に入った箱の横の紙がおいてあり、
〈子猫ちゃんへ ちょっと出かけてくるからおとなしくベッドで帰りを待っててね〉
と丁寧な字で書かれていたのだが、少女は何かが書かれているということは分かるが、その内容を読み解くことが出来なかった。
「ノワール…」
眠りにつく前にした会話からおそらくどこかに出かけたのだろうということは理解でき、この部屋にノワールがいないことにチクリと胸が痛む。
「…!?」
一瞬どこからかの攻撃かと身構えたが、気配は無く、自分の中から発せられていることが分かる。
「な、んで…?」
次第にまた涙が込み上げてきてどうしていいか分からなくなり、ベッドに戻り、隠れるように布団をかぶる。すると、優しい香りがして胸の痛みを和らげる。
「……?」
これも初めての事で困惑する。もう一度ベッドから立ち上がり、離れると胸が痛み、もう一度ベッドで布団をかぶり優しい香りに包まれると痛みは消える。
「…ノワール…」
そのままノワールにされたようにぎゅっと布団を抱きしめると思わぬことが起きた。
「…ふへっ……………っ!?」
なんとよくわからない声が出て、気づけば両頬の口角が上がっていた。
「!!?!?」
今までで感じたことのない状況が多発し、ただでさえ戦闘時以外は思考がまとまらないはずなのに理解不能なことが頭にどんどん押し寄せてくる。
だが、理解不能でパンクしそうだというのに布団を放すことはおろか上がった口角でさえ1ミリも戻せない。次第に顔が熱くなってきて目を伏せたくなってくるし、無性に足をバタつかせたくなる。
気が付くとかなりの時間この現象と格闘していたようで、窓からは夕陽が部屋に差し込み始めていた。
しかしそんなことに気づいていない混乱する少女は虚ろな目で布団を直接嗅ごうと―――
「ハァイ、お楽しみね?子猫ちゃん?」
「ビャッ!!!!」
気配を察知するのを完全に忘れていた少女は家主が帰ってきたことを察知できず、初めて驚くということを知った。
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一方、ヤヌス区六分街 ビデオ屋『Random Play』裏手の駐車場――
オレンジマフラーに01と書かれた一匹のボンプが本日の井戸端会議の集会場である我が家の裏手の駐車場に急ぎ走りこむ。そこにはすでに複数のボンプが集まっていた。
「ンナー!ナナンナ!(ごめーん!遅れちゃった!)」
「ンナン、ンナナンンナ!(大丈夫、今から始まるとこだよ!)」
「ナンナァ…ンナ?ンナナンナンナ?(よかったぁ…あれ?あの子どうしたの?)」
見ると一匹のボンプが誰もいない方向を向いて百合の花を持って両手を合わせている。
「ンナー……ナナナン『ナンンナンナ…』ナナナンナン…(あー…なんか『いい百合の波動が…』ってさっきから…)」
「ンナ???(百合???)」
よく見るとそのボンプには雲の隙間から夕陽の光がピンポイントに天啓を受けるがごとく神々しく差し込んでいた。
「ンナァ……ナンナンナナ、ンナァナァ…(ええでぇ……お姉さんとロリ、最高やぁ…)」
のちにこのボンプが『ユリズキボンプ』と呼ばれるのは、また別のお話………。