「あ、あぁ…あ…」
少女は顔を耳まで真っ赤にした状態で家主のノワールを目の前にしていた。
「ち、ちが…」
「あら、何が違うのかしらぁ?」
慌てて布団を手から離すも、心臓の鼓動はますます高まっていく。ノワールの顔はニヤニヤととても楽しそうで、じりじりと距離を詰めて、次第に両手をわきわきとさせながら迫り、どんどん少女をベッドの隅に追い込んでいく。
「えい」
「ひぅ」
少女がノワールに額を人差し指で押されて、後ろにあった枕にポテンと転ぶとそのままノワールは少女に覆いかぶさり、馬乗りになる。
「ぁ…」
「ねぇ」
「…は、い」
軋むベッドの上で少女が見上げたノワールの顔は真剣な眼差しをしていた。
「…大事なお話、聞いてくれる?」
「…ん」
こくこくと頭を縦に振ると、ノワールはおもむろに自身の金色の髪を掴み引き剝がす。すると黒とアクセントに赤が入った色の長い髪があらわになる。
「…まず、ごめんね…実はアタイ…治安局の協力者なの名前も『レディ・ノワール』じゃない。……アタイは…『ジェーン・ドゥ』」
「ジェーン…ドゥ?」
「そう。【黒鳶会】には治安局からの協力要請を受けて潜入して、内部を調査、撹乱して本隊の突入作戦を支援して壊滅させるのがアタイのお仕事なの」
少女は黙ってジェーンの話を聞いた。そこからジェーンは明日の朝には【黒鳶会】の根城が治安局の突入を受ける事、そしてボスのゼンダーを逮捕して【黒鳶会】を壊滅させるという作戦を話した…今この話していることが一部の関係者以外には決して口外してはいけないということも。
しかし正直、少女としては【黒鳶会】や明日の作戦といった事よりも、ノワールがジェーンだったという事の方が重要だった。
「ノワー、ル、は…ジェーン?」
「っ…そうよ…アタイは身なりと身分と名前こそ偽った。けれど子猫ちゃん…アンタに…いえ貴女に対する気持ちは今だって偽って無いわ」
「気持、ち…?」
ジェーンは「そうよ」と言って少女の頬を指で撫でた後、顔を近づけていく。
「…放っておけない存在、守ってあげたい存在、そして何より…手に入れたい存在……だから…だからね?」
夕陽が傾いてお互いの横顔を照らして肌をオレンジに染めていく中でジェーンは優しく微笑みながら、少女という花を手に入れるためにもう一度あの質問をした。
「アタイのところに来ない?」
その質問の後、少女とジェーンの間に少しの沈黙が生まれた。
沈黙がジェーンの心を締め付け始め、その花に手が届かないと思い始めた時、口を開いたのは少女だった。
「わた、し…ジェーンと、一緒に…一緒が、いい」
それは、思考に霞がかかって言葉を見失いそうになっても諦めなかった少女の一生懸命の初めての答えだった。
「っ…ええ、一緒よ。アタイたちはずっと、ね」
ジェーンは少女を抱き起し、その花が壊れないように優しくも、どこかへ行ってしまわないようにしっかりとその腕と胸に抱きしめ、少女もまたどこかへ失くしてしまわないように、そしてこの温かさを二人の物にしようと抱き返した。
少しして二人は見つめ合った後、沈む夕陽を横に一言も発していないのにも関わらず、まるで示し合わせたようにお互いの唇を重ね合い、共にベッドに落ちていった。
◆◆◆
目を覚まし、暗くなった部屋の時計を見ると、まだ日付が変わっていないことが分かる。
あれから二人で抱き合ったまま眠ってしまい先に目覚めたジェーンが横を見ると少女もまた重い瞼を開ける。
「ハァイ、ハニー?起こしちゃった?」
「ジェーン…ん…」
頬をすり寄せられ、少女は目を細めて受け入れる。しばらく柔らかな頬を弄ばれた後は背後に回られ後ろからハグされる。
「ねぇ、ハニー、実はね?ハニーのお名前をずっと考えてたんだけど…2人目のアタイを名乗ってみない?」
「ふた、りめ?」
「そ、2人目。ツヴァイ・J・ドゥ。ツヴァイちゃん…あ、Jはアタイ。ジェーンって意味よ……どうかしら?」
少女は提案された名前にあっさりとコクリと頷く。
「あり、がとう」
「あら…ふふっ…こちらこそ。どういたしまして」
少女…ツヴァイとしてはジェーンから呼ばれるのであれば、どんな名前でもよかったが、自分の名前にもジェーンがいると考えると不思議な感じはするが、それも温かい気持ちになる。
「ツヴァイ」
「ん」
「ツ〜ヴァ〜イ」
「……ジェー、ン?」
「ふふっ…いい子ね…」
頭を撫でられ温かく心地の良い感覚が全身に伝わる。
しばらく抱き合ったり互いを呼び合ったりしていると、昨日のように部屋の時計が日付の変更の電子音を短く鳴らし、作戦当日であることを告げる。
「あら、もうこんな時間ね…楽しい時間はあっという間よね…明日、じゃなくて今日はちょっと早いから少し仮眠を取りましょう?」
「ん」
そのまま2人、同じ布団を被ってツヴァイはジェーンの抱き枕が如く抱かれて、微睡に落ちて行く。
その日から、ツヴァイという少女はジェーンの腕に抱かれて眠る時は悪夢を見ることがなくなった。
◆◆◆
朝日が昇る前、ジェーンは再び『レディ・ノワール』の姿をする為にウィッグとメイクを直していた。その後ろではツヴァイが蛇腹剣の手入れと、戦闘時に動きやすいように、そして汚したくないからとジェーンから貰った服でなく、あのつぎはぎの布を纏っていた。
「…ね、やっぱりそれ…着るの?」
「ん…動き、やすい…」
「…でも、ねぇ…?」
ジェーンはちょっと困った微笑み顔をしながらその布を尻尾で上までめくると…
「…布の下が下着って…なんか、えっちすぎない?」
「…?」
つぎはぎの布の下はジェーンが買ってきたランジェリーのみを身につけているだけだった。
「…ツヴァイ、このお仕事が終わったらアタイと戦闘用の服、買いに行きましょう…」
「ん…」
「あと、絶対アタイ以外には見せちゃダメよ?」
「ん、わかった」
「…………。やっぱりちょっと待って。確かここに…」
ジェーンはベッドの下から衣装バッグを取り出すと中から短い丈のスパッツとスポーツブラを取り出した。
「せめてこれを下着の上に着ておいて?ツヴァイの大事な部分をアタイ以外に見られるの…やっぱりイヤかなぁって」
「ん、わかった」
「で・も!さっきも言ったけど今度ちゃあんと買いに行くわよ?」
「ん」
着終わった後、『レディ・ノワール』になったジェーンに「おいで」と手招きされて抱きしめられ、額にキスされる。
「アタイとツヴァイの初めての悪者退治よ。まあ、大丈夫だと思うけど身の危険を感じたら直ぐにアタイに言うか、アタイがいないか話せない時は安全圏まで逃げる事。いいわね?」
「分かっ、た」
「じゃ、根城に行って治安局の突入を待ちましょうか」
「ん」
そう言って2人はアパートの部屋の扉を開けて、まだ少し肌寒い空の下を駆けて行った。
◆◆◆
1時間後、治安局【黒鳶会】突入作戦臨時ホロウ内ベースにて――
デジタル時計が5時半を示すと同時に朱鳶がベース中央のボードにプロジェクターで映し出された作戦概要資料をレーザーポインターで示す。
「作戦開始まであと30分…もう一度作戦の内容を確認した後、各員装備の最終チェックの上、それぞれのポイントへ向かいます」
それまで各自準備を整えていた治安官達は皆一斉にザッと整列する。
「改めて、今回の最終目標は【黒鳶会】のボスであるゼンダーを捕える事と【黒鳶会】の根城を無力化する事を目標とした作成です。突入部隊はA班、B班、C班…そして特殊行動班の4つでそれぞれABCの班で根城を囲い込む形で突入します」
朱鳶が合図すると資料は【黒鳶会】の内部の図面のようなものが映される。
「ボスのゼンダーはいつも2階の東部分の部屋にいるけれど、この部屋から直接1階への脱出路があるらしいの…ちょうどC班が突入して行く方角だから注意するように」
「ハッ!分かりました!」
その後の作戦手順を次々と説明し、朱鳶が「以上。質問のある人は?」と聞くと、セスから手が上がる。
「どうぞ」
「ハイ!先程班長はABCの班以外に特殊行動班と仰られましたが…昨日見た資料にはそんな班はいませんでした。この班には誰がいるのでしょうか?」
その質問を聞いて、内容を知っている青衣が「ンフッ…w」と笑いを堪えた。
「本作戦に急遽として参加してもらう治安局のチームよ。顔を合わせることは無いけど、根城内部の戦力ダウンなどの支援をしてもらうのよ」
「な、なるほど…そんなチームがあったんですね…」
「他に質問は?………無いみたいね。それでは装備チェック!始め!」
治安官達は2人1組で向かい合い、「防具良し!」「武器良し!」「靴の摩耗に異常無し!」などとお互いに確認し合う。
作戦開始の時は目と鼻の先まで迫っていた。