「嗚呼、好い
全く知らない道を悠然と往く彼女の歩みは、”しゃなりしゃなり”、なんて擬音が良く似合っている。
いや、本来の意味のように、特段女性らしさが目立つ訳でも、気取っている様でもない。
ただ、巫女が神楽舞にて鳴らす神楽鈴のような、そんな音色がよく似合う少女に幸神神楽は育っていた。
カチューシャのような編み込みの入った茶髪は腰の下程まで伸びていて、その上からはそれと同じほどの裾丈の白黒のヴェールを重ねて被り、風に靡かせるその様子は、どこか斜に構えて斜に構えた狐面を差し引いてなお聖職の如き気品を漂わせる。
手漕ぎ舟が苔のむした石橋を潜る隣、彼女はメトロノームのような足取りで学校へと向かった。
「楽しみ、ですね。
自分が『異常』であると知ったあの日から、あるいはそれよりも遥か前から、彼女の人生を定めるものは
そこに在る現実がどうであれ、神楽にとってはそれこそが万理万物万象の本質であり、目の前に広がる景色は一つの結果でしかない。
つまりは、実際がどうであろうと、彼女の賽がそう示した限り、彼女にとっての『入学式』はその日に明確に定められる。
某年五月、不自然なまでに凪いだ日のことだった。
◇◇◇
「……成程。随分と大仰な歓迎ですね。同級生の皆様に、先輩方に、教職員の皆々様」
顔色一つ変えずに体育館の中心に正座した彼女は「真逆、此うも『不運』から始まるなんて」と口を開く。
その周囲を取り囲むのは100人は優に越えるであろう屈強な生徒や教員達。
彼女の賽が示した『私立鉄檻中学校』は厳しい上下関係と規律によって知られる全国屈指のスポーツ強豪校。
その裏には「強豪」という名の下に隠された、規律と一言で片付けるのは不可能な程の暴力と汚濁の山が築かれている。
その一つが、今神楽の晒されているような、生徒指導部主導の集団尋問、集団折檻であった。
罪状を聞かれた彼女はたおやかに首を傾げる。
一ヶ月以上の無断欠席、先輩や教職員への挨拶回りの無視、寄付の拒否……。
苛立ったように、生徒指導部の教員の持つ竹刀が床を打った。
鉄檻中学校校則には「争いはスポーツの結果を以て鎮めること」という一文がある。
耳触りは良い言葉だが、実際には集団リンチなどを本人達が「スポーツ」だと言い張れば黙認されるという、極めて歪な実力主義を大きく推し進めるためのものだった。
「何故、其れ程迄に『スポヲツ』に拘るのですか?」
斜に構えた狐面を触りながら、神楽は尋ねる。
誰かが「公平だから」と言った。
誰かが「平等だから」と言った。
その声が膨れ上がると、彼女は納得したように頷いた。
「嗚呼、道理で道理が噛み合わない」
彼女はそんなことを呟きながら、被ったヴェールの内側から賽を取り出す。
それが平等なはずがない。
体格、才能、努力……『公平』『平等』なんてものを名乗るには、いささか不純物が多過ぎる。
其れへの冒涜は賽への冒涜だと、神楽は僅かな苛立ちを覚えていた。
全く反省の色を見せない彼女に生徒指導部長は合図をする。
その周囲に、男女問わず上下社会に支配され切った生徒と教員達が迫る。
「では、実際に『
そう言って、彼女は賽を転がした。
次の瞬間、体育館に無数の悲鳴、139人の叫びが響き渡った。
138本の右腕、138本の左腕、138本の左脚、138本の右脚、138本の背骨、276本の親指、276本の人差し指、276本の中指、276本の薬指、276本の小指……。
誰もが、各々たった1つの無事な部位を除いた全身を粉々に打ち砕かれる。
生徒達、教員達が各々の無事な部位を寄せ集めれば、丁度一人分になるだろうか。
そして彼女は倒れ伏した生徒指導部長の顔を覗き込んだ。
「二度と『公平』『平等』と云う言葉を使わない事。約束が出来るのなら、もう一度賽を振っても構いません」
「約束しますか?」と彼女が尋ねると、男は首を激しく振った。
「では、参りましょうか」
そう言って振られた二つ賽の目は5のゾロ目。
「嗚呼、『幸運』ですね」
彼女が呟いた次の瞬間、体育館は悪い夢から目覚めた。
誰もが何事もなかったかのように立ち上がり、痛みがしたはずの部位を押さえ直す。
彼女の姿は、まるで蜃気楼のように消えていた。
それ以来、鉄檻中学校には彼女を知る者も、彼女さえもいなくなった。