夏風轟く七月某日。
学園の片隅が生徒会戦挙で色めき立つ中、また別の片隅も全く異なった原因によって色めき立っていた。
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箱庭学園部活棟群文化部第三エリア、通称『
囲碁部、将棋部、チェス部、ポーカー部、麻雀部、バックギャモン部……数百人の生徒達が年がら年中日夜テーブルの上でカードを捲り、賽を振り、駒を動かし、勝敗を決める、熾烈な『マインドスポーツ』を全てとする勝負師達の空間。
そこにおいてはこの世の秩序に先んじた『
だが、『不運』なことに、その空間から丸4日もの間、全ての『決着』が姿を消していた。
「おい、今どうなってる!?」
「十五荘戦、南三局……もう四十時間は打ってる……!」
麻雀部部長、
麻雀部副部長、
麻雀部部員、代々々打ち、
無所属、幸神神楽、25000点。
「……っ、また流局……!?」
当然の如く流局し、当然の如く
虚ろな目で、震える手で全自動卓に牌を流し込む部員達と、穏やかな笑みを浮かべたままの彼女。
「好い勝負でした」
彼女が呟いたその時、ドタッ、ドッ、ドタッと、身体が3つ倒れる音が響く。
一瞬の静寂が流れた後、見守っていた部員や他の部活動の友人達が彼らの元へ駆け寄る。
「嗚呼、『不運』。また
「……見事ですね。『
一勝負終え、面白くもつまらなくもないといった、まさしく平静そのものの様子で微笑んでいる神楽に一人の少女が声を掛ける。
箱庭学園花札部副部長、2年12組
「まさか、本当に一勝もしないとは」
100時間の間一睡もせず、一食も取らず、一滴も口にせず、0戦0勝0敗0引き分け、無効8127試合を終えたばかりの神楽。
『盤上遊戯連盟』に挑戦した彼女の手法は至ってシンプルだった。
ひたすら引き分けを繰り返し、徹底的に精神的、肉体的疲労を蓄積させる、野球におけるカット打法のようなもの。
要は先に折れた方が負けの極限の耐久レース。
だが、数百人と数千試合を行ってなお、神楽に敵う者は一人もいなかった。
それが、この数字だった。
「私に、何か?」
そう首を傾げた彼女の手を御守は優しく掴む。
「一宮様への御目見の準備が整いましたのでご案内致します。この数日の
「其う、ですか。……ふふっ、其れは『幸運』ですね」
◇◇◇
「ようこそ。お目にかかれて光栄ですわ」
花札部部室、静寂に包まれた日本庭園の中心、畳の敷かれた浮島に振袖を纏った彼女は佇んでいた。
『盤上遊戯連盟』
通称、『
13組でありながらそれらの勢力争い及び『
「好い景色ですね。緑の葉に水面の青が好く映えています」
「そう言っていただけて何よりですわ。この空間は
そう答えると、彼女は何度か手を叩く。
一回叩くと紅葉が風に舞い上がり、二回叩くとしんしんと真っ白な雪が降り注ぎ、三回叩くと満開の桜が競い合うように乱れ咲き、四回叩くと景色は元に還った。
「これが私の力、私の『異常』。『
『机上の空間』。
空間を支配するのではなく、支配する空間を創り出すスキル。
その空間には任意の『
これこそが『盤上』が『現実』を上回る『盤上遊戯連盟』の本質であり、彼女がその盟主たる所以だった。
「其れで、何故私は貴方の『異常』へと招かれたのですか?」
「「何故」?面白いことを聞きますのね。決まっているでしょう?私は私の人生を最大限に謳歌する『
そう言って一宮は手品のような手付きで1枚の札を取り出す。
花札、六月、牡丹に蝶。
そして彼女は「一戦、私と勝負してくださらない?」と神楽に勝負を持ちかけた。
「シンプルな『規則』ですわ。私がこの札を落として、表と裏、どちらが上を向くか当てられたらあなたの勝ちとしましょう。……ああ、当然、表は牡丹に蝶。宣言は私の手を離れてからで構いませんわ」
「勝負ですか?でしたら、喜んで御受け致します」
傾いた狐面を撫でながら応じる神楽。
一宮は「あなたの『幸運』を祈りますわ」とだけ伝え、牡丹に蝶を放り投げる。
そして一瞬、彼女の息遣いが響いた。
「『向かない』」
その言葉と共に、風に煽られた札はどちらかに倒れることなく、畳の目へと突き刺さった。
「……ふふっ、結果は『不成立』。これが貴女の『異常』ですのね。『幸運』でも『不幸』でもない、完全な等価……本当に、面白い方」
「どうですか?此の様な形の『打消』も、悪くは無いでしょう?」
0戦、0勝、0敗、0引き分け。
無効、8128試合。
ただ一人勝つことなく、ただ一人負けることなく、その『異常』は遊戯盤を飲み込んでしまう。
それから、『高貴なる逸れ者』と『破戒僧』はゆっくりとお互いの手を握った。