汽車に揺られることほんとに半日くらい。
最初こそ好奇の視線が多かったものの、飽きたのか慣れたのかは分かんないけどちょっとずつそういう視線とか声も減ってきたくらいで降りることになった。逆に半日もよくあんなヒソヒソできたなあの人達。
で、降車駅からだいたい10分くらいで目的地…グラウヴ公領の領主さんのいるところに着くとのこと。
それにしても…教会の近くの事か工業帝国の事しか知らないから基準が分かんないけど…
「ここ…はってん、してる?」
「んー?そうだねぇ…どちらかというとそこまでかなぁ。まあでも少なくともうちの教会の近くよりはよっぽど発展してるよ。一応中央地だからね」
街並み的には…中世。うん。そういやそっか、工業帝国がおかしいだけで本来なら肉塊の影響で文明の発展にまで気を回す余裕がないもんね。あそこは逆に基本的に発展のことしか考えてないからさ…肉塊の処理はほとんど人工天使任せでやってるから自由にやってるっぽかったからね。
そんな街の中を歩くこと10分くらい、先導してくれてたセリシアさんが足を止めた。どうやら着いたらしい。
………着いた、と思うんだけど…
「…ここ?」
「ここだよ」
ここらしい。
領主っていうくらいなんだから、でかい家に使用人さんが何人もいて…みたいなのを想像してたんだけど…
…これ普通の教会じゃない?あのセリシアさんがいた教会とそんなに変わらないよこれ。
『んー…強いて特筆するような事も無いし、人の気配は一人分。今は領主しか居ないみたいだね』
え、使用人さんとかも無し?何か…色々と思ってたのと違うな…
そういや領主さんの事なんにも聞いてないや。性別も知らなきゃどんな人なのかも…あ、すごい優しいって言ってたっけ?でもそれくらいしか知らないや。
けど、教会所属っていうことは…聖女さんか牧師さんかな。
と、セリシアさんが木製の扉をノックすると、内側からバリトン調の、男の人の声がしてドアが開いた。どうやら領主さんは牧師さんだったらしい。
「や、遠いところをわざわざすま、な……」
ドアの向こうにいたのは、跳ね回った白髪で革製っぽい焦げ茶のローブを羽織った、見た感じ20代中盤くらいの糸目の男性。なおドアを開けた格好のまま固まってるものとする。
…結構深めに深呼吸する音がした。
「…なるほど、これはちょっと想定外だねぇ…まあいっか、ほら入って入って。外に立たせておくのも忍びないしさ」
まあでもすぐに再起動したらしく、一瞬考える素振りをした後で中に招き入れてくれた。
教会の中もほぼ同じ…この人ほんとに領主さんなんだよね?
いやまあセリシアさんが良い人とは言ってたし、悪い人ってわけじゃないんだろうけど…こう、何ていうかな…若そうに見えるのもあって寝起きの大学生みたいに見えちゃう。覇気もなければ威厳もない…なんて私が言っちゃったらダメなんだろうけどもさ。
…なんていうか、あんなに肩肘張って来たのに随分と拍子抜けしちゃった感じが…
そのまま入って…聖堂の前から二番目の椅子に座るように促された。領主さんは…背もたれに両腕を置いた、俗に言う「逆座り」の姿勢でこっちを向いた。
…一応もっかい聞くけど領主さんなんですよね?
「お久しぶりです、アインさん」
「あー久しぶり、セリシア君。そして…はじめましてだねぇ、僕はアイン、聞いてると思うけど一応グラウヴ公領の領主をさせてもらってるよ〜、ま、成り行きってやつ?」
いやその姿勢のまま進めるんですか。え、これセリシアさんも反応しない感じ?
…あれ、これ私がおかしい?え?
『少なくとも私もこれはなんか変とは思ってるよ』
(あ、よ、良かった…カラがいて良かった…)
もうちょっとで私がおかしいんじゃないかと本気で思うところだった。
「…じんこうてんしぱっけーじ、エナス、シスカラム、です」
『おー、35点。ギリ赤点って感じかなぁ』
(だから酷くない?)
もしかしてこれ自己紹介のたびに点数つけられる感じ?口すらまともに動かないのに?
と、領主さん──アインさんは右手で口元をさすった。
「…なーるほどねぇ…まあ何がどうなってこうなったのかは聞かないでおこっか。しっかし……」
じっ、と、細く緩そうな目から鋭い視線が飛んだ…気がした。気のせいかも知れないけど、得体のしれない気配が体を貫いた気配を感じた。
無意識的に、背筋が伸びた。
「…実物を見るのは初めてだねぇ。人工天使、か…こりゃあ参ったなぁ…」
「!あ、あの、シスちゃんは悪い子じゃ…」
「あいや、それは分かってるよ」
アインさんは慌てた様子のセリシアさんの言葉を遮ってため息をついたあと、少し上を見上げた。
「なんでも、来月辺りに年一回の各国代表聖人会議が前倒しで開かれる事になったらしいんだよ。お偉いさんたちも暇じゃないでしょうに好きだよねぇ、ああいうの。…ま、エレボスの巣穴が破壊された、なんてビッグニュースを話さない手はないって事だろうけ、ど…」
と、アインさんはローブの胸元をゴソゴソ探って一枚の便箋を取り出し、セリシアさんに渡した。
「それに、セリシア君が呼ばれたんだよーパチパチ〜」
「っ!?せ、聖人会議の各国代表はそれぞれの国が決めるものでは…!?」
「それだけ、エレボスの巣穴っていう名前とそれを押さえ込んでた君の名前が出回ってた、ってことでしょ。大出世だねぇ」
「い、言ってる場合ですかそれ…」
薄くけらけらと笑うアインさん。やっぱこの人やばい類の人でしょ。大丈夫?
「ま、セリシア君に関しては心配は要らないよ…どうせなんだかんだ言えば僕も行けるだろうしね。だけど、問題は…君の方」
パチ、と指を鳴らしてアインさんは私の方を指差した。
「知ってるか知らないかは分かんないけど…教会所属の聖人の中には工業帝国なんか邪道だー、なんて思ってる人も一定数いるんだよね。いや、むしろ僕やセリシア君みたいなのの方が少数派の例外。そんな場所に君の存在が知れ渡りでもしたら…」
「っ…!」
(ねえねえカラ、これやばくない?)
『今更?とっくにやばいよ?』
(うへぇ…)
これ詰んでない?しかもさっき手紙の内容さらっと見えちゃったよ。
なんかエレボスの巣穴を破壊に至らしめた御業を是非とも披露して欲しいみたいなこと書いてなかった?
「流石の僕でも対処する方法が四つくらいしか思いつかない」
そうか…四つ……いや四つもあるんかい。
…ちなみに一応だけどそれ、会場ごと吹っ飛ばすとかそんな感じのやつは入ってないよね?流石にね?
「ま、そこら辺はおいおい考えることにしよっか。どうせ一月も先だし、今すぐどうにかしなきゃいけないわけじゃない。それより今は…よっ、と」
と、アインさんは反動をつけて立ち上がってこっちを向いた。そして…
「君に、お礼を言いたくてね。領民たちを守ってくれて、本当にありがとう」
片膝をついて頭を下げた。
…!?へ?うえぇっ!?
「あ、え、や、べつに、そんな、セリシアさん、が、がんばっ、やって、くれた、から…!」
「いいや?彼女の話によればあの巣の中で一番の問題だった蝶型の異教徒、あれを単独で撃破したと聞いてるよ。それに、異教徒たちの進軍を察知したのも、それを食い止める作戦を考えたのも、大多数を一撃で撃破したのも君だと」
ほとんど伝わってるじゃん!あともはや誰ですかあなた!?
それと蝶型は単独撃破してない!セリシアさんが居なかったら多分普通に負けてた!
「そして、こんなのでも僕は一応領主だ。領民を守る義務があるし、君には守る必要どころか守られる権利すらあった。そんな君に多くを任せた上、こうして面倒事に絡ませてしまったのは此方の失態だ。それについては許してほしい」
『何この人。さっきと変わり過ぎじゃない?二重人格?』
(ほ、ほんとにそれ!頭の中が混乱してる…!)
さっきまでそんな真面目なこと言う人じゃなかったでしょうがぁ…!
…ん?っていうか…
「まもら、れる、けんり…わたし、ある?」
「?あぁもちろん。うちは領内の人達に認められた人は皆領民として受け入れてるよ。まああんまり問題を起こしたりするなら僕から注意とかもするけどね」
つまり、君もここにいる間はうちの領民だ、とアインさんは付け加えた。
……む、むず痒い…こんな扱いされたのは初めてだし、なんとなく背中がムズムズする。
「…さて、重苦しい雰囲気はここらへんで終わり!二人ともお昼は食べたかな?」
と、どう返したものかと脳内であたふたしているとアインさんがへら、と表情を崩して手を叩いた。
「あ…そういえば」
「…ん」
汽車の中の雰囲気から全力で目をそらすのに必死で思考に入ってなかったや。私と違ってセリシアさんはちゃんと何か食べないといけないんだった。…人間としての感覚すら薄れてきてる今日このごろ。別に悪いわけじゃない気もするけど…振り返ってみると違和感が出てくるね。
そんな事を考えていると、アインさんは体を反転させながら顔だけこっちに向けた。
「よし、じゃあ簡単なものでよければ作ろうか!君は…少し少なめが良いかな?」
「…あ、わたし、は、いい…じんこうてんし、は、もの…たべれ、ない」
と、アインさんがまたピシリ、と固まった。
「……帝国め…」
「?」
なんかボソボソ言った…けど聞こえなかった。まあこの聴力で聞こえないってことはほんとに独り言だったんだろうけど。
「それじゃ、セリシア君の分だけでいいかな?」
「あ、はい…いや、て、手伝いますよ!流石にアインさんにそんなにご迷惑をおかけするわけにはっ」
「いーからいーから。今はお客さんなんだし、ゆっくりしててよー」
セリシアさんが引き留めて自分も協力しようとしたけど、アインさんはひらひらと手を振りながらそう言って奥の方に引っ込んでいった。
「…ん、その……とくちょう、てき、な…ひと」
「あ、あはは…まあ一見するとね」
アインさんが見えなくなってからこそっとセリシアさんに言ってみたところ、苦笑いしながら答えられた。
…?
「本人はあんなふうに言ってたけど、実際シスちゃんが来てくれるまで私が耐えられてたのはアインさんのおかげなんだよ。救援物資や戦闘補助…直接は来れなかったらしいけど、それでもよく力になってもらっててね。教会の補修物資とか救急用具とかも揃えてくれたのはアインさんなんだ。それに…よく人を見て人を理解しようとする人だから、シスちゃんも受け入れてくれるはずだと思ってね」
…わお。ちゃんと領主さんしてる人だった。
確かに言われてみれば、あんなところでいつまでも一人で戦い続けるとか正気の沙汰じゃないとは思ってたけど、アインさんの助力があってのことだったのか。
他にも、聞いてたことだけど火の聖石を配ってお湯につかれるようにしたり、可能な限りの手の届く領民は助けようとしたり…彼自身が住んでるところがごく普通な教会なのも、自分のお金を使って領民たちに還元してるかららしい。
…なーんだ、普通に良い人じゃん。
『どうかなぁ』
(?なんで?)
『いや…そこまで根拠はないけど、なーんか引っかかる。悪い人じゃなさそうってのは同意するけど…んー?こう…なんか、うまく表現できないけど…』
?
カラは時々思ってることが表に出せないことがある。
まあこれに関しては単純に語彙の不足かな…前にも言ったと思うけど本来生まれてまだ二年強とかだからね、この子。むしろここまでスムーズに会話できてる方がおかしい。
…まあ確かに、話してる途中に時々こっち見てる目が鋭かったり考える時とか真面目な時とかの雰囲気がガラッと変わってたりと、アインさんがただただ陽気なだけの人じゃないだろうってのは私も感じてるけど。
まあでもなぁ……糸目なんだよなぁ……!どうにも胡散臭さが抜けないせいで、なんか企んでそうな雰囲気を感じ取っちゃうんだよ…!
見た目で人を判断するのは良くないとは思いつつ、どうしてもこう、
『確かに胡散臭いよね…ローブだし』
(いやローブはあんまり関係ないかも)
『…そう?』
何でローブが胡散臭いの。…いやまあ確かに不審者とかはローブ羽織ってるイメージあるけど…
糸目で短い白髪、革のローブを羽織った成人男性……いや字面ですら怪しいなこれ。ローブも大事な一因だわ。