Re:ToLoveる~第4世代トランス兵器の俺、デビルーク第2王女に恋をする~ 作:であであ
●彩南町・商店街
ザワザワと騒めく商店街。黒煙が立ち昇るその周りには、大勢の人々が集まり、混乱と好奇心交じりの視線を向けていた。Ⅹのタイムラインにも、既にその手のポストがちらほらと見え始めている。
やってきたナナとモモは、そんな群衆の間を割って黒煙の中心へと歩み寄る。左右を、連綿と立ち並ぶ店に囲まれた一本の道路。そこには、一つの大きな穴が開いていた。黒煙の発生源は、ここで間違いない。
「気を付けて、ナナ。誰かいる……」
「え?」
その言葉に、ナナは目を凝らす。煙の向こう、確かに人影が見える。背はスラッと高く、ガタイも良い―男性だろうか。ジッと目を細めながら、そんなことを考える。
刹那、背中に風を感じた。何だろう、振り返っt―
「ナナッ!」
直後、体が浮き、地面にドンッ倒れ込む。どう言うわけか、モモが飛びついてきたのだ。突然のことに、ナナは戸惑う。
「な、何すんだよ……!?」
「バカッ、気を付けなさいって言ったでしょ……!」
「え……?」
対して、モモの表情は深刻だ。ナナはそれに、より疑問を深めてしまう。しかし、その正体はすぐに分かった。
コトッコトッ、足音が響く。道路を踏みしめる靴の音が近づいてくる。やがて、黒煙から一人の男が姿を現した。
「……誰だ?」
端正な顔立ち、銀色の短髪が風に靡く。スラリと長い肢体を、黒色の戦闘服に包む。胸元に光る蒼い何かは、彼の体がまるで寄生生物に侵されているのでは、などという錯覚を起こさせる。
金色の瞳は、二人の少女を見下ろしたまま。こちらにスッと指をさす。否、それは指ではない。そもそも、手でさえない。それは、刃だ。手首から先が、巨大な刃に変質している。
「あなた、さっきあれに斬られかけたのよ……」
「え!?っていうか、あれトランs―」
ナナの言葉を待たずして、男は飛び出す。生身に刃を振るうことに、何の躊躇いもないようだ。避けていなければ、二人は確実に死んでいた。
「な、何なんだよ急に!?」
「今はそんなこと考えてる場合じゃないわ!敵意があるのは確か……、無力化しないと、私たちがやられる……!」
「くそっ、やるしかねぇか!」
そう言って、ナナはデダイヤルを構える。モニターの光と共に出てきたのは、一体のタコ。宇宙動物―キューオクトパスだ。
「いっけー!」
声を上げるナナ。それに呼応し、キューオクトパスも触手を振r―
「緩いよ、おねーちゃん」
その声は、耳元から聞こえた。
何故だ、さっきまで目の前にいたのに。
それより、キューオクトパスはどうした?
触手は、彼を捕らえられなかったのか?
否、キューオクトパスは確かにそれを試みていた。
だが、斬られたのだ。
刹那の間に、粉々に。
(……あぁ、これ、ヤバー)
「ナナから離れなさいっ!」
眼前に迫る、鋭く輝く刃。それを、巨大な砲弾が弾く。否、それは砲弾のように頑丈な植物の種だ。キャノンフラワーを構えるモモが、男に砲撃を加える。
しかしその男は、それを物ともしない。必要最低限の動きでかわし、刃で切り裂く。
「あはは、遅いなぁ」
男は息も切らさず、表情も変えない。それどころか、この状況で笑ってさえいた。何たる余裕か、この状況を楽しんでいるのか―モモは戦慄する。
「これ、あたしたちで何とかなる相手なのか……?」
「でも……、ここで逃げたって……」
「ナナさん、モモさん、何してるのー?」
緊張に息を詰めるナナとモモ。その耳に、聞き覚えのある声が届く。それは、地上からだ。半重力ウィングで空を飛ぶ二人に、地上から声をかけてくる。
そこにいたのは、買い物袋を持った美柑だ。小首を傾げ、こちらを見上げている。
「ねぇ、これ大丈夫なのー……?」
「美柑さん、危ないですっ!」
「そうだぞ!早く逃げ―」
遅かった。
鈍く光る刃は、既に美柑の首元へ。その動きは、速さは、ナナとモモが視認することを許さなかった。故に、もう遅い。今から飛んでも、間に合わない。後は、首が飛び、鮮血が散るのを待つだけ。
ナナは、思わず目を覆ってしまった。しかし、その鼓膜を金切り音が劈く。ふと目を開けると、そこには金髪を靡かせ、黒い戦闘服に身を纏う少女の姿があった。
「ヤミ!」
「……美柑の命を狙うなど、言語道断。あなたは、私が殺します……!」
控え目な声量で、しかし確かな熱量を込めて言い放つヤミ。その瞳には、圧倒的な殺気が宿っていた。
× × × × ×
上空―金髪の少女と、銀髪の青年が佇む。野次馬は消え去り、商店街は静寂に満ちていた。
赤い瞳を鋭く細めるヤミ。対照的に、男の口角はニヤニヤと歪んでいる。えへへ、などと聞こえてきそうだ。
(トランス兵器……?いや、あり得ない。生体兵器の開発は、組織の解体と共に終わっているはず……。故に、現存しているトランス兵器は私とメア、そしてネメシス……。でも、あの力はトランスそのもの……)
青年の手首から先は、鋭く湾曲する刃に変質している。それを見せられれば、ヤミもその結論を出す他ない。
「遊ぼうよ、おねーちゃん」
刹那、空を切り飛び出す。不気味な笑みを浮かべたまま、一足でこちらに迫る。そして、容赦ない一刀両断。斬られた空気がビリビリと揺れ、心臓に伝わるのが分かる。
しかし、ヤミも防戦一方ではない。蠢く無数の金髪、その毛先の一本一本を刃に変質させる。まるで意思を持ったかのように動くそれらが、男を一斉に襲撃する。文字通り、無数の斬撃。その速度は目で追えず、いつ終わるのかも分からない。それは、地上で美柑に寄り添うナナとモモからしても同様だ。その異次元さに、ただポカンと見つめてしまう。一介の地球人であるあの青年は、どうして毎度これを避けられるのだろうか。
しかし、眼前の青年はそれより一枚上手だった。必要最低限の動作でその全てを避け、片腕の刃で残りの刃の軌道を逸らす。と思えば刹那、その気配はヤミの背後へと移動する。
(速すぎる……!)
斬撃が来ると身構えるヤミ。しかし、そこに訪れたのは重い衝撃だ。いつの間にか鋼鉄の剛腕に変質した腕が、ヤミの華奢な体を容赦なく殴りつける。判断を誤った彼女は、弾丸の如き速さで飛んでいく。
「ヤミさん……!」
思わず声を上げる美柑。しかし、その叫びがヤミを助けるわけではない。
近くの建物に激突、凄まじい衝撃と煙を上げる。瓦礫の破片がパラパラと、地上に落ちてくる。それを見て、歪に口角を上げる青年。どうやら、勝ちを確信したようだ。
だが、その判断は早計だった。伝説の殺し屋と呼ばれるヤミがこの程度でくたばるわけがない―そう警鐘を鳴らせなかった彼の不覚だった。
「……っ!」
刹那、青年の周囲の空間が歪む。禍々しいオーラが発せられ、万華鏡のように滲んで蠢く。やがてそこから出てきたのは、無数の手だ。巨大な鉤爪を携えたそれが、男の体を、腕を、足を、ガッチリ掴んで離さない。
砂煙が消え、少女の気配が近づく。踏み出した足は肌を大きく露出させており、体を覆う布もその面積はあまりに小さい。ともすれば、恥部が一度に晒されてしまうのではないかと思うほど際どい。しかし、そんな滑稽ともいえる見た目とは裏腹に、内に秘める力は絶大だ。これまでの戦局を、瞬きの間に覆してしまうほどには。
「トランス・ダークネス……!」
「もう、完全に使いこなしてるわね……」
「いけーっ、ヤミーっ!」
(でも、そこまでの力をヤミさんに使わせるなんて……)
見上げる空に、膨大な金色のオーラが現れる。それは巨大な刃を模り、未だ身動きの取れない青年へと振り下ろされる。空気を震わし、大地を揺るがす。直に触れずとも、その凄まじさは肌に伝わってくる。これでも、街があるから、人がいるから、力は抑えられているのだ。
「……厄介だね、こっちの地球も」
青年のその囁きは、しかし誰に届くこともなく。金色の巨大な刃が、その身を穿つのだった。
●彩南町・河川敷
青年の不時着地点は、いつもの河川敷だ。大きな砂煙が上がったそこに、ナナとモモがやってくる。美柑は、ここに来る前に家に帰した。
そして、同じくやってきたヤミが、トランス・ダークネスを解除しないまま、再び刃を向ける。
砂煙の中、青年は座っていた。もう動けないと言わんばかりに、足には力が入っていない。もう諦めたと言わんばかりに、その顔は俯いている。
「事情は知りませんが、私はあなたを危険人物と認識しました。よって、この場で殺します」
容赦なく、冷酷に言い放つヤミに、青年はやはり反応しない。
だがふと、顔を上げた。
その顔は、ナナを見つめた。
涙を目にいっぱい浮かべながら、見つめた。
「……助け、て」
消え入るような声で囁く青年。
その姿が、先に見た子犬と重なってしまった。
だから―
「待て、ヤミ!」
ヤミは、振り下ろす刃を寸前で止めた。一国の王女を一刀両断するわけにはいかない。見ればナナは、青年を庇うようにヤミに立ち塞がっていた。
「……プリンセス・ナナ、何のつもりですか?」
「……危険なのは分かるけどさ、でもかわいそうだろ?事情も聞かないで、こんな一方的に……」
「事情も明かさず、一方的に斬りかかってきたのは彼です。危うく、美柑の命も落とすところだった……。プリンセス・ナナ、あなたも攻撃されたのではないのですか?」
「それは……、そうだけど……!」
ヤミは、正しいことしか言っていない。だからこそ、ナナは言葉に詰まる。そして、半分ヤケクソになり―
「なぁ、何か事情があるんだろ?教えてくれよ、何でいきなり襲ってきたんだ?空から落ちてきたのも、お前だよな?それが分かったら、きっとヤミも―」
「……分からない」
その言葉に、ナナは押し黙った。青年は、嘘をついているようには見えない。からかっているようにも見えない。
ただ、縋るようにナナを見つめて、こう呟いた。
「何も、分からないんだ……」
その言葉によって、この青年の命運はついに潰えたように思われるのだった。