Re:ToLoveる~第4世代トランス兵器の俺、デビルーク第2王女に恋をする~ 作:であであ
●彩南高校・1年教室
「イオ……。
ナナ、モモ、ヤミ、メアが見守る中、カツカツと黒板にチョークで漢字を書いたイオが自己紹介する。
宇宙人組は、総じてこのクラスに入れられるしきたりでもあるのだろうか。否、実はイオに関しては、モモとヤミが手を回してくれたのだ。目の届く範囲に置いておきたい、といった理由で。
「じゃあ~……、そこの空いてる席に座ってくれ」
そう言って担任が指さしたのは、ちょうど教室のど真ん中に位置する空席。それに従い、イオが着席する。
同時に聞こえたのは、歓声だ。女子の、歓声だ。美少女転校生が入ってきた時、男子が声を上げて喜ぶのと同じように、イオの存在を認識した女子たちが、男子にも引けを取らない程の黄色い声をワッと上げた。
突然の空気の振動に、ナナやモモは驚き、メアは興味深げに口元を綻ばせている。ヤミは、いつも通りのポーカーフェイスだ。ついでに、イオも無表情。まさに、これが何のための歓声なのか一切理解していないような。
そうして“高身長銀髪イケメンが転校してきた”という噂は、女子の情報ネットワークを以って二時間目が始まるより先に学校中に伝わるのだった。
●彩南高校・2年廊下
休み時間—生徒たちの雑談で廊下は賑わっている。リトと春菜が廊下で話していると、イオがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「結城リト」
「おぉ、イオ。どうしたんだ?」
「校内探索だ」
それだけ告げて、イオはリトと春菜の前を通り過ぎる。しかし、二人の視線を惹きつけたのはイオ以上に、その背後だった。
大勢の女子生徒たちが、隊列を成しながらイオの後を着いて行っている。その表情に締まりはなく、目は虚ろで涎を垂らしている者さえいる。足取りも、ヨロヨロと覚束ない。まるで催眠にでもかけられ、引き寄せられているかのようだ。
しかし、イオに夢中になる女子生徒たちの気持ちを、春菜も理解出来たようで—
「噂には聞いてたけど、本当にかっこいいんだね」
「ははっ、なんか解像度違いすぎて目移りしちゃうよな」
鼻を鳴らし、自嘲気味に言うリトが頭の後ろをポリポリと掻く。その仕草を横目で見て、春菜はたった今の自分の失言に気が付いた。
しかし、血相を変えて土下座をすればよい、というものでもない。気づけば頬を赤らめ、微かに俯きながら―
「……で、でも、私は、その……、結城くんだけ、だから……」
「あ、あぁ……。西連寺がそんな節操なしなんて思ってないよ」
見せつけてくれる。こんな飛び火の仕方は、誰だって予想できない。
そうして、リトと春菜がチラチラと視線を交わし二人だけの世界に浸っている間に、イオとそれを取り巻く女子生徒たち—さながらカルガモの親子は、自分たちの巣へと帰っていくのだった。
●彩南高校・1年教室
昼休みになり、教室は弁当を囲む生徒たちの雑談で満ちていた。
数名の女子生徒を交え、食事を共にするナナとメア。会話に相槌を打ち、ミニトマトを口に含んだ彼女の体に、その時ふと影が落ちる。
「ナナ、昼飯を一緒に食べよう」
まるで、その言葉しかインストールされていない人工知能のような口調、表情で告げるイオ。それにナナは、一瞬ポカンとしてから、一度メアたちを見回した。今は彼女たちと食べているんだけど、などと言いたげに「あ~」と喉を鳴らす。
それを察したメアが、ナナに微かに笑いかけて―
「私たちは食べてるから、行って上げなよ。ナナちゃんと一緒に食べたいんだよね~?」
揶揄うような笑顔で聞いてくるメアに、しかしイオは答えない。メアはそれに、僅かに頬を膨らませた。
ナナは刹那逡巡したが、食べかけの弁当箱の蓋を閉めると立ち上がり―
「よし、行くか。イオ」
「あぁ」
そう言って、二人は教室を後にした。
「イオくん、めっちゃかっこいいよね~」
「私も一緒にお昼食べた~い」
なんて会話はメアの耳に届かず、ただぼんやりと二人の出て行った扉を見つめるのだった。
× × × × ×
「あ、先に購買寄っていいか?」
「購買、とはなんだ?」
「パンとか飲み物とか売ってる場所だよ」
「……スーパーのようなものか」
「ん~……、まぁ、そんなとこ」
気の抜けた会話をするイオとナナの背中が、廊下の奥へと消えていく。
刹那、その背後にザッと足音が鳴った。それは、二人の女子生徒だ。一人はおかっぱの三つ編みで、ふくよかな顔に算用数字の『3』を二つくっつけたような顔をしている。
もう一人は長さの足りないツインテールで、口元は鳥の嘴のように尖っている。さながら、『ドラ○もん』に出てくるジャイ○ンとス○夫のようだ。
「私たちのイオくんに気安く話しかけるなんて、あのナナって子許せないわぁん」
「どうしてくれようかしらね~」
「ちょっと、恥ずかしい思いでもしてもらおうかしらぁん……」
歪に口角を上げる二人の呪詛は、しかしイオとナナに聞こえることなく、廊下に静かに反響するのだった。
●彩南高校・中庭
「……無理に誘ってしまっただろうか」
「いいよ、あたしもここ来たかったし」
「よく来るのか?」
「うん。なんか落ち着くんだ~」
そう言って、ナナはパックジュースのストローを薄い唇で挟む。
昼休みと言えど、中庭は人通りが少ない。教室の喧騒から一時的に逃れるには、うってつけの場所だ。
「ってか、あの名前どうしたんだよ。イオ、漢字知ってたのか?」
「一時的とはいえ、地球で過ごすのにこの名前では不便だろうと、結城リトが」
「あぁ、あの風呂入ってたときか……。あいつも、宇宙人慣れしてんな~」
「何か、気づかないか?」
「え?」
「俺の名前」
イオの問いに、ナナは瞳を傾けて考える。明日葉伊織の字面、音を頭の中で何度も反芻し、ようやくそれに気づいた時、何とも言えない不思議な気持ちになった。
「あたしの“アスタ”から取ったのか!?」
「そうだ。おかげで、良い名になった」
「そ、そっか。そりゃよかった……。ってことは、まだ学校のみんなには、イオがトランス兵器だって言ってないのか?」
「今のところ、必要性がないからな。前例があるとはいえ、不要な混乱を招く意味もない。いずれ自然と明らかになるまで、俺からは何もいうことは無いだろう」
「だとしたら、地球の勉強はもう少しできた方がいいぞ?イオ、今日当てられたやつ全部分かりませんって言ってたし……」
「だって……、分からないから」
「なんなら、あたしが勉強教えてやろうか?」
頭の後ろで腕を組み、ナナが得意満面にそう言う。見るからに頼って欲しそうな顔をしているのが、何とも愛らしい。
イオはそれに、ナナとの約束を思い出しながら―
「だがそうなると、願い事が一日一つを超過してしまう……」
「別に、あたしがやりたくてやることだからいいんd―」
「それ以前に、ナナは勉強が得意なのか?」
「ぇ、え?」
「ナナ、今日の授業中ほとんど寝ていただろう。それで、他人に勉強を教えられる程度に達しているのか?」
イオのこの言葉は、決してナナを貶めようとしているわけではない。純粋に、疑問なのである。
しかし、図星を突かれたナナはその問いに答えない。いつか、モモに指摘されたことを未だ直せないでいる自分に、微かな恥ずかしささえ感じた。イオからもそんな空気を察知して、ナナはプーッと頬を膨らませてから、話題を直角に転換させる。
「イ、 イオは購買で何買ったんだよっ!」
「食事とは良いものだな。先日の歓迎会で理解した」
ナナに指さされたビニール袋の中身を、イオは素直に開示する。
ナナが話題をはぐらかしたなど、イオには分からない。ただ、聞かれたことを答えているだけだ。
「そっか。楽しんでくれたみたいで、あたしも嬉しいよ。何か、気に入った食べ物できたか?」
「あぁ、この刺身というやつだ」
「購買に売ってなかっただろ……」
そう、売っていなかった。しかし、イオはビニール袋からサーモンのさくの入ったパックを取り出す。まごうことなき刺身のパックに、ナナは呆れ半分に言葉を失った。
「だがやはり、人の手料理というものがいいな」
「分かるぞ、美柑の料理美味いもんな~」
「ナナ、お前の手料理が食べてみたい」
「それこそ、歓迎会でみんなで作っただろ」
「そうではない。ナナが一人で作る、ナナだけの手料理だ。俺は、それを食べてみたい」
「……ま、まぁ、時間があったらな」
真っ直ぐに見つめてくるイオ。こうもストレートに言葉にされてしまうとむず痒い。ナナは誤魔化すように視線を外し、膝に置いたビニール袋から食べ物を取り出す。
「それは何だ?」
「焼きそばパンだよ」
袋を一息にビリッと開け、中身を取り出す。大きく口を開けて、豪快に頬張る。景気の良い、ゴリゴリ、ボリボリという音が口内に反響して—
「うわっ、何だこれ……!?ぺっぺっ……!」
想像とあまりに乖離した食感、味にナナの体が拒否反応を起こす。口から吐き出したそれは、地面をゴロゴロと転がった。どこからどう見てもそれは―
「……石?」
イオが呟いたのと同時に、花壇の向こうから笑い声が聞こえる。出てきたのは、ジャイ○ンとス○夫似の女子たちだ。太い指でナナを差し、嘲笑っている。
「引っかかった、引っかかった~!」
「私たちが昼休みを返上して削った、彫刻焼きそばパンは美味しかったかしらぁん?」
「購買に忍ばせておいたのを気づかず買っちゃうなんて、恥ずかしい~」
豚の様な笑い声と、掠れて鳴る笑い声が止まらない。それに、流石にムッとしたナナが立ち上がろうとしたその刹那、辺りを突風が薙いだ。
「貴様らか……」
その速度は、たかだか人間には視認など不可能だった。瞬きが始まるよりも早く、イオは二人に詰め寄った。
余計な言葉は発さない、それで十分だ。もし言葉まで発してしまえば、内臓を突き刺すような殺気と相まって、常人なら殺してしまうだろう。
白銀の陽炎が揺らぐイオの瞳が、二人の女子生徒の口を塞ぐ。先程までの笑い声はどこへやら、今はただこちらを睥睨する瞳に恐怖するしかない。目さえ逸らせない。逸らして、背中を見せて無様に逃げられればなんと楽なことか。しかし、その刹那に命が奪われるイメージを本能が脳裏に焼き付ける。
やがて、重く痺れる地獄のような空気にトドメを刺すように—
「二度と邪魔をするな……」
その言葉に、女子生徒はペタンと地面に座り込んだ。腰が抜けてしまったのだろう、失禁が地面にジワリと広がっていく。その口は何かを言うでもなく、しかし何かに応えるようにパクパクと動いている。
その殺気の凄まじさは、矛先を向けられていないはずのナナであっても、十分すぎるほどに感じていた。
(何だよ、これ……。ヤミとかメアの比じゃない……。父上にだって……)
思わず身震いし、腕を摩ってしまう。
刹那、再び空気が震えた。今度は、イオではない。
「……何だ?」
イオが見上げた先にあったのは、巨大な黒の塊。それが突風を起こし、人を、木々を、校舎を吸い込もうとしている。ナナは、この状況に見覚えがあった。
「これ、『ごーごーばきゅーむくん』のブラックホール!?姉上、また発明品壊したのか!?」
凄まじい風は全てを吸い寄せるように、中央の黒点に向かって吹き荒んでいる。それに耐えられなかったのが、まず二人。
「ママ~ッ!」
「心の友よ~ッ!」
何の抵抗もなく吸い寄せられる二人の女子生徒。ただの人間に、それから逃れる術などありはしない。どこまでも黒い暗闇が眼前を覆うその直前、ガッと体を掴まれる感覚を覚えた。イオだ、二人を抱き抱え、校舎裏に避難させた。
「逃げろ」
それだけ告げ、イオはまだ飛び立つ。その後ろ姿に、二人はただうっとりと見惚れるしかなかった。どこまでも、怖いもの知らずな女たちだ。
●彩南高校・2年教室
一枚、また一枚―校舎の窓が割れていくたび、異常を感じた生徒たちが騒ぎ立てる。
「おいララ、お前またあの危ない発明品作ったのか~!?」
「え~、私『ごーごーばきゅーむくん』はあれ以来なにもしてないけどな~」
「じゃあ、あれは何なんだよ~!」
そのブラックホールは、かつてララの発明品に搭載されていたものより遥かに強力だった。改良品でも作ったのではと踏んだリトだったが、当のララに覚えはないらしい。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。以前のブラックホールが町を一つ消し去るほどのものであれば、今のこれがそれより甚大な被害を生むことは確実だった。
●彩南高校・保健室
「また、私とメアさんで何とか—」
「待ってください」
以前のブラックホール騒動を鎮静化したのは、お静の念力とメアのトランスだった。それによって、メアがトランス兵器だということが学校中に知れ渡ったのだが。
今回も同様に解決しようと走り出したお静を、しかしそこに居合わせたヤミが止めた。
「ヤミさん……?」
疑問と、抗議の目を向けるお静。しかしヤミは、それに一切の反応を示さず、まるで何かを待っているかのようにただ黙っていた。
●彩南高校・中庭
依然、止む気配のないブラックホールの猛襲。ナナは、いつかの記憶を頼りに走り出した。
「そうだ、またメアとお静に……!」
そう言って一歩踏み出した時、全ては終わった。最悪の結末を迎えた、という意味ではない。文字通りすべて解決したのだ、一瞬の間に。
「え……?」
思わず呆けた声を出すナナ。振り返ると、そこには刃を構えるイオの姿があった。刃からは、エネルギーが蒸発するようにジリジリと火花が散っている。見れば、上空を支配していたブラックホールは、跡形もなく消えていた。まるで、初めからそこには何もなかったかのように。
イオが、斬ったのだ。
「トランス兵器だーっ!」
「うぉ~、かっけぇ~!」
「男のトランス兵器初めて見た~!」
直後、校舎全体が歓声に包まれる。黄色い声の方が多いかと思ったが、意外にも男子からの歓声も多く聞こえる。
言うまでもないが、イオがトランス兵器だと知って嫌悪する人間は、この高校にはいない。むしろ、ヤミとメアという前例がある分、受け入れられるのは容易だった。
「イオ!」
「ナナ、大丈夫か?」
「あたしは平気だけど、イオは?」
「……少し、刃こぼれしてしまったな」
そう言って、イオは刃に変質した自身の腕にそっと触れる。いまいち状況の呑み込めないナナだったが、とりあえず安堵の溜息をついた。
瞬間、イタズラな風がナナのスカートに吹く。いや、もしかしたらブラックホールの残り香だったのかもしれない。もしくは、一刀両断されたことへの怨念の矛先が、誤ってナナに向いたか。
「……っ!」
スカートがブワッと捲れ上がり、ナナの小ぶりな下腹部を包み隠す薄黄色のパンツが露わになる。色艶の良い太ももを伝う水滴は汗か、それとも―。咄嗟に押さえて隠したが、この位置ではイオには丸見えだろう。頬を赤らめ、微かに目の端に涙を浮かべながら、ナナはイオを見やる。
その直後、イオが大量の鼻血を天に向かって噴き上げ、倒れた。その姿は、さながら豪邸に設置された噴水の様だった。
「ちょ、イオ!?パンツで!?」
そのナナの反応も間違えているような気はする。これまで、リトに何度も見られ触られているうちに、感覚がバグってしまったのだろう。そんなこと露も自覚せず、ナナはイオの体を抱き上げた。
そして、そんな二人の姿を、校舎窓越しに見つめる人物が四人。
「もう一人の、トランス兵器……」
「ヤミちゃんは、何も知らないの?」
「はい」
お静の呟きに呼応するように、ティアーユがヤミに問いかける。ヤミの答えは冷ややかにも感じられたが、事実彼女はそれ以外答えようがない。
「確かに、謎ね。第4世代トランス兵器……、どこから来たのかしら……」
御門のその神妙な呟きは、しかしイオ本人に届くことはなく、昼休みの終わりを告げるチャイムに掻き消されるのだった。