Re:ToLoveる~第4世代トランス兵器の俺、デビルーク第2王女に恋をする~ 作:であであ
●彩南高校・校庭
「さぁ、玉入れ競争も終盤に差し掛かって来まs―。おっとトランス兵器組、髪の毛で玉を拾って入れ始めたー!これはズルい、ズルいぞー!」
実況というものは、ある程度のエンタメ性を以って、一種の盛り上げ役としてその機能を果たす。しかし、今の彼は素だ。
ゴールを囲ったヤミ、メア、イオが自在に操った髪の毛で玉を拾い、次々にゴールへと入れていく。そこに、他の生徒が介入する余地などない。イオに至っては、その短髪でどうやっているのか甚だ疑問ではあるが。
中盤に差し掛かった、彩南高校の体育祭。例の如くパンツ一丁で開会の挨拶をした校長を差し置いて印象的なのは、ヤミ、メア、そしてイオを交えたトランス兵器組のチート—否、目覚ましい活躍だ。彼らの成果により、所属する白組は他の赤青と大差をつけてトップに躍り出ている。
「トランス兵器はズルいだろー!」
「こっちにも一人よこせー!」
「ヤミちゃーん、俺の玉も掴んでー!」
などという野次が度々飛んでくることにも、もう慣れた。流石の白組の面子も、これには多少なりとも心を痛めている。しかし、どうすることもできない。三人のトランス兵器が同じクラスに所属し、そして同じ白組に属してしまったのが運の尽きだった。
結果として、体育祭は白組の圧勝で終わるのだが、そんな些細なことは隅に置いておくとしよう。
『どこから来たかはともかくとして、彼が第4世代なら、もう一つ分からないことがあるわ』
『分からないこと?』
『メアさんと彼の間……、第3世代トランス兵器のことよ』
とは、先日の御門の言葉だ。実に真っ当な疑問。彼が第4世代を名乗るならば、第2世代であるメアとの間—つまり第3世代の存在は必然的に疑問に上がる。しかし、彼女を以ってしても具体的なことは未だ何一つ分かっていない。
(第4世代トランス兵器……)
今一度その言葉を頭の中で反芻したヤミは、息一つ切らさず表情を変えないまま、目をハートにした女子たちに囲まれているイオを、遠くから一人見つめるのだった。
●彩南高校・中庭
昼休憩の時間になり、競技中よりは幾分か和気藹々とした雰囲気が広がっていた。校庭はもちろん中庭などの敷地内は、生徒やその家族でごった返している。
その中を、一人歩くイオ。彼が探しているのは、当然とでもいうべきか—
「ナナ、昼飯を一緒に食べよう」
青いレジャーシートの上でおにぎりを頬張るナナが、こちらに振り返る。イオの存在を認めると、微かに眉を寄せて―
「ごめんな、イオ。今、みんなと食べてるんだ。イオも、一緒にどうだ?」
そう言うナナの周りには、他にも何名かの女子生徒が弁当を囲んでいた。その中の誰一人として、イオの存在を拒むような素振りはない。むしろ、話題の転校生である彼と食事を共にしたいと、表情が物語っている。しかし、イオの眼中に彼女らの存在はなかった。
「なら、いい」
無愛想にそれだけ言い放ち、イオは踵を返してどこかへ歩き去るのだった。
× × × × ×
イオは、先日ナナを半ば無理矢理昼食に誘ったことを気に留めていた。むしろ、また同じことをしでかさなくてよかったと、頭ではそう思っていた。
しかし、心は違っていた。トランス兵器であるイオに心があるかは定かではないが、それに値するであろう部分—イオの体を蝕むように設置された胸部の青いコアの奥の奥、そこがチクチクとするような感覚を覚えた。
「……不具合でも起きたか」
などと呟くイオに、その胸の微かな痛みの正体はまだ—今後もしばらく分かりそうになかった。
「ナナにフラれてしまいましたか?」
その時、透き通るような優しい声がイオの鼓膜に届いた。振り向けば、ピンクの髪を風に揺らすモモが、こちらに淡く微笑んでいた。
「モモ、か。何か用か?」
小首を傾げて訊ねるイオ。それに、モモは手に持つ小袋を見せて—
「一緒にお弁当、いかがですか?」
× × × × ×
中庭のベンチに並んで腰かけるイオとモモ。
因みに、弁当は美柑のお手製だ。学校があるため見に来ることは叶わなかったが、それでも朝早くから全員分の弁当を作って持たせてくれた—当然、イオの分も。
器用に箸を使いながら唐揚げを口いっぱいに頬張るイオを見て、モモが徐に言葉を紡ぐ。
「地球のイベントは、お気に召しましたか?」
「……俺にとっては、すべてが新鮮だ。食事も、体育祭も……、誰かと過ごすということも」
「記憶がないから、ですか?」
「あぁ」
「ご自身が、どうやって生まれたのか、とか……」
「何も分からない。目覚めた時、俺はただそこにいただけだった。どうして生まれたのか、どうして地球にやって来たのか……。俺は、何も分からない」
どこか一点を見つめてそう言うイオ。決して思い詰めているようには見えないが、こんな話をしていると必然的に空気は重くなってくる。体育祭の喧騒の中でも、それは変わらなかった。
しかしモモは、意外にもイオに微笑んで―
「ですが、私からすればイオさんは、地球での暮らしを十分楽しんでいるように見えますよ」
「……そうか?」
「えぇ。ナナのことも、随分お気に入りみたいで」
「俺の記憶が戻るまで、一日一つ俺の願いを聞くと、ナナと約束したんだ」
「……あぁ、それでさっき」
そう言いかけて、モモはフフッと声を出して微笑んだ。その真意が分からず真顔でいるイオに、モモはまた笑いかけて—
「ナナと仲良くしていただいてありがとうございます。私も、何かあればお手伝いしますからね」
「あぁ、分かった」
その時、昼休憩の終わりを告げるアナウンスが流れ、それと同時にイオはモモの前から姿を消した。
微かに眉を上げるモモだったが、やがて何かを考えるように顎に手をやる。
(どれくらいかまだ分からないけど、イオさんがナナに好意を抱いているのは間違いない……。これは、恋愛関係に疎いナナの心を成長させるチャンスだわ!私はまだ、ハーレム計画を諦めたわけじゃないから。それに……、姉妹の恋愛は、誰だって応援したいものじゃない?)
そんなこと、当の本人に直接言うことは出来ない。揶揄われるだけだと分かっているし、何より小恥ずかしい。
姉妹への無償の愛と僅かな打算を胸に秘め、モモは校庭へと歩き出すのだった。
●彩南高校・校庭
「さぁ、続いての競技は借り物競争です!体育祭お約束の種目!もう説明は不要ですよね?」
ノリの良いアナウンスが響き、昼休憩後最初の競技が始まる。
スタートの白線にザッと砂煙を立てた足元はイオのものだ。実際に、トランス兵器であるイオの協議参加率はかなり高い。批判されることを覚悟しながらも、勝利に貪欲な白組面子が出した結論だ。
その時、イオの隣に再びザッと立ちはだかる足元がもう一つ。
「イオくん、同じ白組だけど私、負けないからね」
そう言ったのは、長い一本の三つ編みを揺らすメアだ。額に付けられた鉢巻の白が、彼女の赤髪に映える。口元は笑っていながら、その瞳は真剣そのもの。イオは、何故そんな感情をぶつけられているのか分からなかった。
そうして、スターターピストルが鳴り響くと同時に、イオは姿を消した。否、ピストルが鳴り止むより前に、お題の書かれた紙が置いてある長机に移動したのだ。
「早っ!」
思わず声を上げるメア。彼女も負けじと腕を銃にトランス、地面に射出しその勢いで長机へと飛んでいく。
「おっと、早速トランスを使ってきたー!イオ選手に至っては、フライングの疑惑がかけられているぞー!」
そんなこと、トランス兵器組が今更気にするようなことではない。
メアが、折り畳まれたお題の紙をバッと広げる。そこには『一番仲の良い友達』と書かれていた。
「こんなの、もう決まってるじゃん♪」
口元を綻ばせ、メアが飛び立つ。
その隣、お題の紙をジッと見つめるイオの姿があった。お題の紙には『好きな人』と書かれていた。それを見て、彼が脳裏に思い描いたのはナナだ。
どうしてナナなのか、イオには分からなかった。しかし、思い浮かんでしまったものは仕方がない。刹那、イオはナナの元へと駆け付け—
「ナナ、一緒に来い」
お題の内容は明かさず、ナナの右手を取る。しかし、彼女の左手を取るもう一つの手とバッティングしてしまった。相手は当然、メアだ。
「ちょっと、ナナちゃんは私のお題に必要なんだけど!」
「俺も、ナナが必要だ。その手を離せ」
「イオくんこそ離してよ!」
ルール上、お題の目的物が共通する複数人が、それを共有して同時にゴールすることは不可能だ。
故に、ナナの取り合いとなった二人が問答を始める。いつもニコニコしている印象だが、珍しく怒りの感情を露わにするメア。イオは変わらずのポーカーフェイスだが、それでもナナを譲る気はないようだ。
「ちょ、二人とも喧嘩は—」
そこにやって来たのはリトだ。様子のおかしい二人を見て、駆け付けてくれた。
仲裁をしようと二人に手を伸ばす。その瞬間、足元に落ちていたバナナの皮—きっと、誰かが昼休憩で食べたのだろう—に気付かず足を滑らせてしまった。
嫌な予感がする。
「どわっ!」
砂煙を立てて転んだのはリト、そしてナナとメアだ。いてて、と頭を摩るリト。そのもう片方の手はメアの体操着を大胆に捲り上げており、形の良い小ぶりな胸を丸出しにしていた。
両足は靴が脱げており、M字開脚で座り込むナナの恥部を両親指で器用に広げていた。それは、体操服の上からでも分かるほど、くっきりと形を取っていた。
「この……、ケダモノーッ!」
お約束の不可思議な現象に、これまた例の如くナナの拳が炸裂する。それと同時に、イオは鼻から大量の血液を噴出。砂煙を上げ、地面に倒れ込んでしまった。
「……もう」
気絶したイオをリトとナナが担ぎ上げる中、メアだけは不服そうにそう呟くのだった。
●彩南高校・保健室
まるで性能の良いパソコンが起動するかのように、何の滞りもなくイオはスッと目を覚ました。
見知らぬ天井、体には布団が掛けられている。
「ここは……」
「イオ、大丈夫か?」
傍らから聞こえた声に視線だけを向けると、そこにはナナが座っていた。心配そう、とまではいかないが、多少なりとも気にしていた様子だ。
「イオって、その……、ほんとハレンチ苦手だよな」
「……どうだろうな」
当のイオに、そのような自覚はない。だが、ハレンチが起きてそれを目撃した時、常に鼻血を出して気絶するイオを見れば、誰だってそう思うのも無理はない。特にナナには、これまでの気絶の全てを見られている。
「体育祭は?」
「もう終わって、みんな帰ったよ」
「……ナナは、ずっと残っていたのか?」
「当たり前だろ?気絶したやつを置いて帰れないって」
後頭部で手を組み、あっけらかんと言うナナ。直後、何かを思い出したように僅かに口籠って—
「そういや、イオの借り物競争のお題は何だったんだ?」
その問いかけに、イオはお題の紙が自身の体操着のポケットに入っていることを思い出す。クシャクシャになり、幾らか赤く染まっているそれをナナに見せる。そして、『好きな人』の文字を認識したナナが、激しく赤面した。
「す、すす、好きな人って……!?あ、あた、あたし……!?」
「何を驚くことがある。言っただろう、気に入ったと」
「いや、でもこういう場合の好きってのは……」
「他に何かあるのか?」
「……いや、何でもない。イオは知らなくていいよ」
顔の火照りは収まらぬまま、ナナはフイとそっぽを向いてしまう。
その横顔を見て、イオは再び自分の胸に何か違和感を抱いた。先程は、チクチクとした感覚に刺されていた胸の奥が、今はほんのりと温かい。
熱暴走でもしたか、とは今ばかりは呟かずその代わり、「そろそろ帰るか」と立ち上がりかけたナナを見やって―
「もう少し、こうしていよう」
「え?」
「俺が、そうしていたいんだ」
「……一緒にお弁当食べられなかったもんな。いいよ」
囁くイオに、ナナは一瞬ポカンとしたが、すぐに了承し椅子に座りなおした。そんなナナに視線をやることなく、イオは窓越しに、夕陽に照らされた校庭を見つめる。
確かに芽生え始めた“それ”に、しかしイオは気づかないまま、最初で最後の体育祭は幕を下ろすのだった。