Re:ToLoveる~第4世代トランス兵器の俺、デビルーク第2王女に恋をする~ 作:であであ
●彩南高校・1年教室
「ナナちゃ~ん!帰り道に新しいケーキ屋さんが出来たんだって~、一緒に行こうよ~!」
「ごめん、メア。今日はイオと買い物して帰る約束してるんだ。だから、また今度な」
「……そっか。うん、分かった」
鞄を抱えたナナは、そう言ってメアに手を振り教室を出て行った。
体育祭から、約二週間が経過した。イオとナナはその間に、交流を深めていった。一緒に弁当を食べたり、一緒に下校したり、その途中で買い物に寄ったり、休日も二人で近場に出かけたり。今日も、その内の一つだ。
しかしそれは、メアにとって、ナナと共に過ごす時間が減っていくということで—
「……」
教室からヒョイと顔を出すと、歩くナナの後ろ姿が見える。しかしその隣に、高身長な男子の背中が並んでいるのが見えた—イオだ。
笑顔のナナ、そしてこれまでで幾分か表情が柔らかくなり始めたイオとの談笑を、メアはただジッと見つめていた。
●彩南町・住宅街
それから、また数日後。
今日は、一人で帰路に付くイオ。薄らと夕陽が照らす彼の制服は、サイズが小さいのか、それとも彼が大きいのか、少し張っているような印象を受ける。
刹那、背後からタッタッタと足音が聞こえた。小学生がはしゃぐ音か、それともランニング中の誰かの足音か。イオは地球で暮らしてから、足音にも様々な種類があることを知った。
だがそれは、瞬きの間にイオの無防備な背中に迫る。イオの存在しか眼中にないかのように、明確な目的意識を持って迫ってくる。そして、夕陽を反射し橙色に輝く刃がその背中を貫こうとして—
「殺気が隠せていないぞ……?」
人差し指を小さな刃にトランスしそれを防いだイオが、淡々と口にする。
その相手は、メアだ。彼女は何も言わず、刃にトランスした腕をキラリと光らせ、そして飛び出す。イオも両腕を刃にトランスし、応戦。夕方の閑静な住宅街に、刃の劈く音と火花が散る。
やがて、戦いは空中戦へ。地上では通りかかった人間が巻き込まれるかもしれないため、こちらの方が幾分か安全—などと二人が考えているようには思えないが。
「珍しく感情的だな。いや、あの時以来か……」
刃を交えながら会話を試みるイオ。彼が想起したのは、体育祭でメアと、ナナの取り合いになった時のことだ。それ以降のことは、気絶していたイオには分からないが。
それに、これまで口を噤んでいたメアが静かに目を細めて―
「イオくんが地球に来た時、私戦ってなかったから丁度いいかなって」
「それは、元々俺を殺すつもりだった、と?」
「違うよ。違うけど、イオくんが悪いんだよ……。全部全部、イオくんのせいなんだから……!」
強く言い切ると同時に、メアは腕を銃にトランス、イオに向けて射出する。イオは、しかしそれを掌で受けて無力化した。
(……嘘、私のトランスを……!)
瞠目するメアに、今度はイオが両腕を銃にトランスし射出する。無数の光線とエネルギー弾がぶつかり合い、まるで花火のようだ。
刹那、背後に気配を感じたメアが振り返ると、イオにその横腹を蹴りつけられる。微かに吹き飛んだが、そこに苦しみや痛みがないことに気付いて―
「……手加減、したの?」
「メア、お前はナナの親友だ。傷付ければ、ナナが悲しむ」
「……そう、私はナナちゃんの親友。イオくんが入り込んでくる余地なんて、ないんだからっ!」
ギリッと歯を鳴らしたメアが、その髪を無数のレールガンにトランス。放たれる弾丸は、徐々に黒に染まってきた空を流れ星のように駆ける。
しかし、イオはその流星を、軽く身を翻すのみで全て避ける。剣で弾くでも、銃で相殺するでもない。縦に、横に、体を少し捻るだけで、弾丸はまるで自ら彼を避けているかのようにどこかへ飛んでいく。
(何で、何で当たらないの……!?殺し屋のクロでも、ここまでじゃなかった……!)
徐々に焦りが出てくる。苛立ちも出てくる。脳がグルグルと回転し、心臓の鼓動も速くなる。
赤毛のメアは強い、それは間違いない。地球に来るまで、ヤミの情報を集めるために数多の殺し屋を葬ってきた。
しかしそれが、イオには通じない。これまで実践で培ってきた技術も知識も、イオには通用しない。そこにはただ、圧倒的な実力差があるだけだった。
無表情で淡々と攻撃を受け流す彼を見ていると、まるで自分の今までが否定されたかのように感じる。今は地球で殺しとは縁遠い生活をしているが、それでも、殺し屋時代の記憶も経験も、確かに今の自分を形作る明確な要因であるのに。
焦りや苛立ちは、次第に攻撃の精度に現れる。力任せに振られる無数の刃は、威力こそあれどその剣筋は単調だ。イオは既に、その全てを見切っていた。
その余裕が、腹立たしい。舐められているようで、気に食わない。ただそれ以上に、イオとナナが二人でいるのを見ると—
「私のナナちゃんを、取らないでよっ!」
本音が胸を突き破り、夜空に木霊する。同時に、感情の爆発と共にトランスの解けた毛先がイオの額に接触。トランスダイブだ。彼の心の奥底が、流れ込んでくる。
× × × × ×
そこは、暗闇だった。
否、紛れもない“無”だ。
前にも後ろにも、上にも下にも、過去にも未来にも何もない。意識の奥へ奥へと進んでも、何も見えてこない。どこまでも冷たく、どこまでも何もない。
「何、ここ……」
思わず呟くメア。その呟きも、冷たい無の空間にどこへ行くともなく木霊するのだった。
× × × × ×
「なるほど、それが目的か」
「……イオくん、何もないんだね」
「何……?」
「空っぽなんだね、イオくん。そんなの、ナナちゃんに相応しくないよ」
違う、こんなことが言いたいわけではない。ただメアは、最早自分でも何を考え、口走っているのかさえ理解できないほど動揺していた。あまつさえ、自分の言葉によって誰かを傷付けているかもしれないということにも気づかないまま。
底知れぬ苛立ちと嫉妬は、メアに今まで味わったことのない感情を教える。それにイオは、挑発するでもなく純粋に答える。
「それでも、ナナは一緒にいてくれる。ナナは、優しいからな」
「あなたがナナちゃんを語らないでっ!」
「俺が憎くて殺したいなら……、トランス・ダークネスだったか?メアもそれを使えばいい。姉妹なんだろう、ヤミと?」
「バカにしないでっ!そんなのなくたって、全然平気だもん!」
「……そうか。ならば—」
そこで言葉を切ったイオが、そっと触れる。それは、彼の胸部に寄生するかのように埋め込まれた蒼色のパーツ。バチバチと青い火花を散らし、エネルギーの粒子を放出させながらゆっくりと引き抜かれ、イオの体と分離する。
そして、それが変形し一本の槍の形をとる。胸部に大きな凹みの空いたイオが、自身の身長より遥かに長い槍―その先端をメアに構える。
「俺も、それに応えるとしよう」
「何言って―」
そう言いかけたメアの頬を、槍の先端が掠めた。ツーと血が伝う頬も気にせず、メアはその槍を見つめてしまう。
その場からメアの遥か後ろまで伸びた槍の先端が、ゆっくりと元の位置に戻って行く。
形容し難い沈黙が訪れた時、イオがそれを破るように—
「来い、メア」
刹那、キッと目を見開いたメアが、髪を無数の刃に、無数の銃にトランス。全勢力を以って、イオに攻撃を与える。
しかし、イオはそこから一歩も動かない。否、動く必要がない。紺碧に照る槍が、全てを防いでくれる。イオに降りかかる無限の災いを、全て受け流してくれる。
(これが何かは分からない……。だが、どうすればいいのかは分かる。手に馴染んで、仕方がない)
斬りつけ、突き刺し、穿ち、防ぎ、受け流し―全ての攻撃に対して適切に変形するその槍は、メアの猛攻を物ともしない。まるで、それ自体が意思を持った一体のトランス兵器のようだ。
しかし負けじと—否、その事実を受け入れないためか、メアは攻撃の手を緩めない。もはや、どのような攻撃も無意味だというのに。
「……」
瞑目したイオは、刹那メアの背後に移動。風が起きたことに気付いたメアが振り向く間もなくその首を掴む。力は加減している、これはあくまで無力化のためだ。
(……せめて、トランスダイブで!)
まだ諦めていないメアが、最後の抵抗で紺碧の槍に毛先をつける。流れ込んでくる数多の意識の中で、メアが目にしたものは—
× × × × ×
「……ちょっと、離してよ」
「あぁ、悪い」
メアに言われて気づいたイオが、彼女の首から手を離す。グルグルと首を回す彼女は、イオを見つめて不愉快そうに—
「今日はこのくらいにしといてあげる。一応、目的も果たせたし……」
「目的?」
「イオくんには関係ない。じゃあね」
それだけ言い放ち、メアはどこかへ飛び立つ。その姿を、イオはただ見つめていたのだった。
●彩南町・河川敷
すっかり夜も暮れ、辺りは静まり返っている。
夜空の星を映す川が、キラキラと輝き流れているのを、メアは一人座りながら眺めていた。ぼんやりと、何を考えるでもなく、ただそこにいた。
その時、背後からザッザッザと足音と共に、聞き慣れた声がかかる。
「メア、こんなところにいた!」
「ナナちゃん……」
「中々帰って来ないから探したぞ?」
メアが思い悩む張本人の来訪に、口元が綻びそうになるが、そうはせずそっぽを向く。
何を意固地になっているのか。こんなもの、八つ当たりでしかないのに。もし仮に、先の戦闘中でイオが自分の気持ちを吐露すれば—果ては、ナナが好きだ、などと口にしても、ナナを譲る気はないし、この醜い気持ちが消える訳でもないのに。
メアのそれは、隣に腰を下ろしたナナにも伝わったようで—
「メア、怒ってるのか?」
「……別に。ただ最近、ナナちゃんイオくんとばっかり一緒にいて、私のこと忘れてるんじゃないかな~って」
こうも素直に胸中が口から出たことに、メアは内心驚いた。信用できる友達が相手だと、こうも違うものなのだろうか。
メアのその言葉に、ナナは僅かに狼狽えながら―
「わ、忘れてなんかないぞ!?今だって、こうしてメアのこと探してただろ?それに、夜はいつも一緒のベッドで寝てるし……」
「でもこの前、ナナちゃん誘ったら断られた……」
「それは、イオと約束してたからで……。って、メアはこれが嫌なのか……?」
「ナナちゃん、イオくんのことどう思ってるの?」
その言葉に、ナナは微かに瞠目する。予想外の質問だった、まさかそんなことを聞かれるなんて。
イオと出会い、共に過ごしてきて、近頃はそれも格段に増えてきた。今や、イオにとって一番の理解者はナナと言っても過言ではないのかもしれない。
傍から見れば、二人の距離は縮まっているように見える。ともすれば、恋人同士にも—
「……分からない。分からないけど—」
そこで言葉を切って、ナナはメアの両肩をガッと掴む。驚いて目を見開くメア、その瞳の奥をジッと覗き込んで―
「メアは、あたしの親友だから!それだけは、変わらないから!だから、その……、安心していいぞ……?」
ストレートに伝えるのがこそばゆいのか、言い切ったナナが微かに赤面する。
それを見て、メアはフフッと笑った。苛立ちや嫉妬—全ての負の感情が解消されたわけではないが、それでも今は安心と嬉しさが彼女の心を満たしていた。
(何だか、久しぶりに笑った気がする……)
ついに顔を背けてしまったナナに、メアはいつも通りの笑顔をその表情に宿し―
「じゃあ明日の放課後、新しく出来たケーキ屋さん、行こ?」
「あぁ、約束だ!」
「やった♪」
ささやかな約束を交わす二人の少女を、夜空に輝く三日月が包み込むように見守っていた。