まだ、「少女と花嫁」を完結させておらず、次回投稿を滞っているにも関わらず新作を投稿してしまいました(;^_^A
今回は、学食での何気ない昼休みから始まるお話です。
大きな事件は起こりませんが、登場人物たちの距離感や、
言葉にされない感情を大切に描いてみました。
ゆっくりと関係が積み重なっていく物語がお好きな方に、
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「あ~……腹減ったぜぇ~……」
「うむ。我々は何か買ってくる。いつものように席を確保しておいてくれ」
「はいよ」
学食の喧騒の中、そう言い残して二人の男子が人波に消えていく。
その背中を見送りながら、僕は軽く肩を回した。
僕の名前は
黒髪短髪で、ほんの少しだけワックスを使っているが、見た目に強いこだわりがあるわけじゃない。
顔立ちも平均的。良くも悪くも、どこにでもいる普通の学生だ。
成績は上の方……らしい。
だが、周囲には化け物じみた秀才が多く、自分が本当に頭が良いのかどうか、正直よく分からなくなる。
運動は嫌いじゃない。むしろ好きな部類で、複数の格闘術を習っている関係もあり、日々の鍛錬は欠かさない。
身体を動かしている時だけは、余計なことを考えずにいられるからだ。
先ほど学食で別れたうちの一人──
同じ学年だが、なぜか僕のことを「兄貴」と呼んで慕ってくる。
きっかけは、以前彼が喧嘩をしていたところを助けに入ったことだった。
その後、成り行きで格闘術や勉強を教えるようになり、気づけばこの距離感である。
金髪のツンツン頭に、両耳のピアス。
どう見てもヤンキーだが、理由もなく喧嘩を売るタイプではない。
弱い者を虐げる存在を、どうしても許せない──そんな不器用な正義感の持ち主だ。
芯が強く、仲間想い。
助けた相手や近所の人間からも好かれている反面、職員室に呼び出される回数は人一倍。
……まあ、そこも含めて憎めない奴なのだが。
もう一人が、
我が校の剣道部エースにして、成績も優秀。
文武両道という言葉を、そのまま形にしたような男だ。
銀髪の短髪に、整った顔立ち。
本人非公式ながら、校内にはファンクラブまで存在している。
だが当の本人は「恋より剣」。
剣道以外に興味を示すことはほとんどなく、恋愛ごとには驚くほど無頓着だ。
僕が習っている格闘術の中に剣道も含まれているため、彼の部活に助っ人として顔を出すこともある。
互いに意識し合う、良きライバル……といったところだろう。
「……さて、席を探そうか」
「だな。この人数だと、確保するだけでも一苦労だ」
そして、僕の隣には二人がいる。
一人は、妹の
茶髪のセミロングに、小さな顔立ち。
兄である僕とは似ても似つかない、美人と呼ばれるタイプだ。
成績は学年二位。
運動は平均的だが、立ち居振る舞いには隙がない。
誰に対しても敬語で、感情を表に出すことは少なく、そのクールさから「高嶺の花」と評されている。
もちろん、男子からの人気は高い。
見た目の美しさだけでなく、制服越しでも分かるほどのスタイルの良さも相まって、告白される回数は数知れず。
そして、そのすべてを静かに断ってきた。
以前、ふとした拍子に聞いたことがある。
『気になる男はいないのか』、と。
すると──私は、兄さんが好きですから。
そう言って、彼女は微笑んだ。
あまりにも自然で、あまりにも迷いのない表情だった。
冗談だと受け取るには真っ直ぐすぎて、真実だと受け止めるには重すぎる。
彼女が何を思い、何を抱えてそんな言葉を口にしたのか。
未だに、僕には分からない。
ちなみに同学年だが、双子というわけではない。
もう一人が、親友の
黒髪短髪で、頭のてっぺんには草が生えたような跳ね毛が二本。
鋭い目つきのせいで誤解されがちだが、整った顔立ちをしている。
成績は学年一位。
満点以外を取ったことがないという、文字通りの天才だ。
その代わり、運動は壊滅的で、マラソンの授業では常に最下位を争っている。
他人への干渉を好まず、教室では一人黙々と勉強。
だが、冷たいわけではない。
必要以上に踏み込まないだけで、距離を許した相手には、意外なほど誠実だ。
そんな彼と仲良くなったきっかけは──
入学式の日の、ある出来事だった。
~一年前~
講堂に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
天井は高く、音がわずかに反響する。その広さに、思わず感嘆の息が漏れる。
「へえぇ……かなり広い講堂だね」
「そのようですね。席は自由と聞いています」
入学式のために集まった新入生たちのざわめきの中、僕──樋口和喜と、妹の聖奈は並んで席を探していた。
「そういや、新入生代表の挨拶って聖奈がやるんだよね?」
「ええ。もう一人候補の方がいらっしゃったそうですが、その方はすぐに辞退されたとか」
淡々と答える聖奈。その横顔は、年相応の緊張よりも、すでに覚悟を決めた人間の落ち着きを帯びている。
「ふ~ん。代表に選ばれるってことは、聖奈と同じくらい入試の成績が良かったってことか」
「そうなりますね。――時に兄さん?」
ぴたり、と。
鋭い視線が僕を射抜いた。
「
ああ、来たか。
「入学試験のこと? 別に手は抜いてないって」
「……はぁ。私が兄さんのことを分からないとでも?」
溜め息混じりの声。
逃げ道を探して視線を泳がせた、その時だった。
「あはは……あ、見て。あいつ、こんなところでも勉強してる」
視線の先。
すでに席に着き、単語帳と睨めっこしている男子が一人。
「隣、いい?」
「……ん? 別に構わんぞ」
目も上げず、短く返事をする。
二つ空いていた席に、僕と聖奈は並んで腰を下ろした。
「てか、入学式にまで勉強? 入試でやらかしたとか?」
「うるさい。気が散る。あと、試験は満点だった」
「……は?」
「満点だ。悪いわけないだろ」
思わず声が裏返る。
「マジで!? じゃあ、うちの妹と同じじゃん!」
「……妹?」
その一言に、男子が初めてこちらを見る。
「妹が同じ入試を?」
「まあ、早生まれと遅生まれってやつ。こっちが妹」
軽く親指で示した瞬間。
「兄さん。人を指で指さないでください」
不機嫌そうな声。
はいはい、悪かったです。
「僕は樋口和喜。で、妹が聖奈。君は?」
「……上杉風太郎だ」
名乗ると同時に、彼は再び単語帳へ視線を戻す。
「風太郎、ね……あ、そこ綴り間違ってる」
「何!?」
慌てて風太郎は確認し、目を見開く。
「……本当だ。お前、頭いいのか?」
「まっさかぁ。たまたま」
軽く笑って誤魔化すが──
「兄さんは頭が良いですよ。ただ、やる気がないだけです」
聖奈が、にこやかに補足した。
「……なぜだ? 成績が良ければ将来有利だろ」
「んー……頭使うより体動かす方が好きってのもあるけど、成績いいと色々面倒でさ」
“ここ教えて”とかね。
「無視すればいいだけだ」
「それが出来るなら苦労しないって」
風太郎は納得いかない顔で単語帳に戻る。
「悪かった。風太郎は何でそんなに勉強してるんだ?」
「……妹のためだ。不自由ない生活をさせたい」
その言葉に、聖奈の表情がわずかに和らぐ。
「あら……素敵ですね」
純粋な感嘆。
きっと、彼女なりに感じるものがあったのだろう。
「たださ、そのコミュ力じゃ会社で苦労しそうだけど?」
「ぐっ……!」
図星だったらしい。
「ふふ。じゃあ、僕が教えてあげようか」
「……何の得がある」
「友達になれる」
一瞬の沈黙の後──
「……変な奴だな」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
そうして、僕たちは握手を交わした。
それから自然と親しくなり、風太郎の家に招かれた。
「狭いが……」
「気にしないって」
風太郎が玄関のドアノブに手を掛け、ほんの一瞬だけ躊躇うような間を置いてから扉を開いた。
「ただいま」
「おかえりなさい、お兄ちゃん──」
弾むような声。
次の瞬間、ぱたぱたと足音が近づき、玄関に小さな影が飛び出してくる。
「……わっ!? お兄ちゃんが友達連れてきてる!」
大きく見開かれた瞳。
その瞳は、驚きと好奇心と、ほんの少しの警戒心が混じった、年相応に忙しい表情をしていた。
「妹のらいはだ。小学五年生になる」
「上杉らいはです。いつも兄がお世話になってます!」
深々と頭を下げる仕草は、少し背伸びをしているようで微笑ましい。
けれど、その声には無理がなく、自然体の礼儀正しさが滲んでいた。
黒く艶のあるロングヘアは、後ろで大胆にまとめられ、ちょんまげのようなハーフアップ。
ぱっつん気味の前髪から覗く額は広く、表情がとにかく分かりやすい。
オーバーオールに動きやすそうな服装――家事や学校生活に慣れていることが、一目で伝わってくる。
何より印象的なのは、その目だ。
人をよく見ていて、感情を隠さない。
けれど、兄を想う時だけ、ほんの少しだけ強くなる。
「……礼儀正しいですね」
聖奈が感心したように言い、すっとしゃがみ込む。
目線を合わせ、優しく頭を撫でるその仕草は、無意識のうちに“年上の安心感”を作っていた。
「私は樋口聖奈。こちらが兄の和喜です」
「えへへ……♪」
撫でられることに慣れているのか、らいはちゃんは一瞬で表情を崩し、嬉しそうに頬を緩めた。
「今、カレー作ってるんです! 良かったら食べていってください!」
「お、それはありがたい」
「では、私もお手伝いしますね」
台所へ向かう二人の背中は、不思議と“姉妹”のようにも見えた。
「わあぁ……聖奈さん、すごく手際いいですね!」
「家では私が料理の担当をしておりますので。ですが……らいはさんも、随分慣れていますね」
「えへへ! お兄ちゃん、忙しいから!」
その言葉に、胸を張るような誇らしさが混じる。
“やらされている”ではなく、“やりたい”のだと、すぐに分かった。
リビングでそれを聞いていた風太郎が、ぽつりと漏らす。
「……聖奈のやつ、無理してないといいが」
「大丈夫だよ。あれは“支えたい”顔だ」
そう答えると、風太郎は少しだけ目を伏せた。
壁に飾られた一枚の写真。
優しく微笑む女性。
「……母さんだ」
「綺麗な人だな」
言葉を選びながら、風太郎は静かに家の事情を語った。
借金。仕事。妹。
そのすべてが、“家族”という一本の軸で繋がっている。
夕食の席。
「いっぱい食べてください!」
「ありがとうございます、らいはさん」
「えへへ……聖奈さん、また来てくださいね!」
その言葉の裏に、ほんの少しだけ混じる期待。
そして──
「ねえねえ、聖奈さん! お兄ちゃんの彼女になりませんか!?」
遠慮も迷いもない、一直線な直球。
「ちょ、らいは!」
「あら……?」
風太郎は流石に驚き、聖奈は驚きつつも、どこか困ったように微笑んだ。
家族を想い、兄を信じ、だからこそ“良い人をそばに置きたい”。
上杉らいはという少女は、その小さな体に、驚くほどまっすぐな愛情を詰め込んでいた。
──そのことを、僕はこの時、はっきりと理解したのだった。
それから風太郎と僕達兄妹は親しくなり、風太郎の家に行くことになった。
「お、ここ空いてるじゃん」
「ええ。六人は座れそうですね。では──はい。こちらが風太郎さんの分です」
ちょうど都合のいい席を見つけ、腰を下ろすと、聖奈は当たり前の様に僕の隣に座り、鞄から手慣れた動作で弁当を取り出し、向かいの風太郎へ差し出した。
その所作に迷いはなく、もはや日常の一部になっている。
「……いつも悪いな」
「いえ。まさか、焼肉定食“焼肉抜き”を頼まれているとは思いませんでしたから」
淡々としながらも、どこか呆れと気遣いが混じった声。
「それに、毎週らいはさんの特製カレーをご馳走になっていますし。そのお礼も兼ねています」
弁当を受け取った風太郎は小さく息を吐き、言葉を飲み込むように視線を落とした。
遠慮と感謝が同時に胸に浮かぶのだろう。
焼肉定食の“焼肉抜き”を初めて見た時は、正直、目を疑った。
本人曰く、「ご飯・味噌汁・漬物が付いて一番安い」らしい。
合理的すぎて、少し切なくなる選択だ。
ちなみに、僕と聖奈の弁当も同じ中身だ。
違いがあるとすれば、それを受け取る側の生活事情くらいだろう。
「そういえば最近、
「ああ。忙しそうではあるが……毎日うるさいくらいだ」
「そうですか……」
勇也さん──風太郎の父親。
カメラマンとして不規則な生活を送りながらも、家族を第一に考える人だ。
何度か会ったが、あの人の笑顔には、不思議と周囲を安心させる力があった。
頭にかけたサングラスは、亡くなった奥さんの形見。
それを大切に扱う姿を見て、彼がどんな想いで日々を生きているのか、言葉にせずとも伝わってきた。
風太郎の言葉を聞いた瞬間、聖奈の表情がわずかに緩む。
その変化は一瞬で、気づく人の方が少ないだろう。
「……前から思ってたんだけどさ」
ふと、思いついたまま口に出した。
「聖奈って、勇也さんのこと好きなの?」
空気が一瞬止まる。
風太郎が驚いたように目を見開き、聖奈を見る。
「……はぁ」
小さな溜め息。
その中には呆れと、ほんの少しの諦観が混じっていた。
「何故そうなるのですか。私と勇也さんでは年が離れすぎています」
「いや、だってさ。勇也さんの話してる時、表情が優しいんだよ」
からかうつもりはなかった。
ただ、そう見えた。それだけだ。
「それは──」
一瞬、言葉を選ぶ間。
そして、はっきりとした声。
「風太郎さんや、らいはさんのお父様ですから。気になるのは当然でしょう」
そして少し間を置いて、こちらを見る。
「それに……前から言っているではないですか。私は兄さんが好きだと」
逃げ道のない、真っ直ぐな言葉。
躊躇も、照れも、誤魔化しもない。
「……ふっ」
そこで風太郎が鼻で笑う。
「妹にそこまで想われるとは、幸せ者だな」
「そういう風太郎だって、らいはちゃんに想われてるだろ」
「当然だ」
胸を張る風太郎に、思わず笑ってしまう。
もっとも、当のらいはは兄に対してかなり辛辣だったりするのだが。
「悪い、待たせたな」
「すいやせん兄貴! 兄貴を待たせるなど……!」「だから!公の場で兄貴って呼ぶなって言ってるだろ!」
そこへ、清治と政樹がトレイを持って合流する。
政樹が僕の向かいに、清治がその隣へ腰を下ろした。
「では、いただきましょう」
『いただきます』
聖奈の一声で、箸が一斉に動く。
特別なことは何もない。
けれど、この何気ない昼の時間が、確かに彼らの日常を形作っている。
──そんなことを、ふと考えながら。
いつもの五人での昼食が、静かに始まった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回は導入編ということで、
登場人物たちの関係性や日常を中心に描いています。
何気ない会話や仕草の中に、
それぞれが抱えている想いを少しずつ滲ませてみました。
この先、同じ言葉や同じ場面が、
違った意味を持つようになっていく予定です。
次回の投稿がいつになるか分かりませんが、
よろしければ、次回もお付き合いいただけると嬉しいです。