妹が微笑う理由を、僕はまだ知らない   作:吉月和玖

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いつも読んでいただきありがとうございます。

今回は、少しだけ静かな回です。
大きな出来事が起きるわけではありませんが、その分──それぞれの中で、確かに何かが動き始めています。

トレーニング、勉強会、そして夜。
同じ時間を過ごしながらも、それぞれが感じた“距離”や“想い”は、きっと少しずつ違っていて。

その小さな違いが、これからどう変わっていくのか。
そんな“始まりの一歩”として読んでいただけたら嬉しいです。

どうか、最後までお付き合いください。


16.夜に灯る、それぞれの想い

騒がしくもあり、どこか心地よい疲労の残るトレーニングを終えた後は、いつもの勉強会の時間だ。

今日は清治が部活で不参加。

さらに五つ子も、一花と四葉が別件で来ていない。

人数が少ない分、少しだけ静かな空間になる──

……そう思っていた。

 

「和樹さん、ここ合ってますか?」

「うん、正解だ。すごいね、らいはちゃん」

「えへへへ♪」

 

その中心には、小さな笑顔があった。

週末ということと、勇也さんは仕事で不在。

そのため今日は、風太郎とらいはちゃんがうちに泊まりに来ている。

その流れで、この勉強会にもらいはちゃんが参加していた。

 

「ら、らいは?勉強ならお兄ちゃんが見てやるぞ」

 

遠慮がちに声をかける風太郎。

だが──

 

「やだ!今日は和樹さんに教えてもらうの!」

 

ぴしゃり。

一切の迷いのない即答だった。

 

「らいはぁ~~……」

 

ぷいっと顔を逸らされ、風太郎はその場で崩れ落ちる。

……哀れである。

そのまま涙目でクッキーを頬張る姿には、どこか哀愁すら漂っていた。

 

「和樹君。ここなのですが……」

「ああ、ここはね──」

 

気を取り直し、五月の質問に答える。

本来なら三玖と五月は風太郎に任せるつもりだった。

だが──

 

『こんなノーデリカシーの人に教えを乞うことなどありません』

 

五月の一言で、その案は即座に却下された。

結果、三玖のみが風太郎担当となったが──

 

「……」

 

社会の教科書を開いたまま、静かに読み進めるだけ。

質問はほぼゼロ。

つまり──

 

「……あいつ、ほぼ自習だな」

 

ぽつりと呟くと、風太郎がちらりとこちらを睨んできた。

まあ、自分の勉強もできる分、悪くはないだろう。

 

「二乃さん、政樹さん!先程から居眠りが多い様ですよ!」

「仕方ないじゃない……さっきまで動いてたんだから……」

 

一方、二乃と政樹のペアは完全にエネルギー切れだった。

机に突っ伏しかけながら、なんとか耐えている状態だ。

それを見て、聖奈が小さくため息をつく。

 

「仕方ない。そろそろ休憩にしよう」

「「ふへえぇぇ~~……」」

 

同時に崩れ落ちる二人。

その拍子に──距離が一気に縮まった。

 

「──っ!!」

 

政樹の顔が、至近距離に来たのだろう。

 

「み、みんなの飲み物用意するわね!」

 

二乃は顔を真っ赤にして立ち上がると、そのままキッチンへと逃げていった。

……分かりやすい。

 

「私も手伝います!」

「ありがと、らいはちゃん」

 

らいはちゃんが後を追う。

その時、二乃が見せた柔らかい笑みは──さっきまでとは別人のようだった。

 

「……あんな顔もするんだな」

 

思わず、呟く。

 

「そういやー、明日って花火大会だったすよね?」

「ああ……もうそんな時期か」

 

机に突っ伏したままの政樹が言う。

 

パシンッ。

 

「いってぇぇ~~……!」

「姿勢!」

 

聖奈の一撃で、空気が引き締まる。

 

「カ……カズキも行くの……?花火……」

「そうだな。去年も行ったし」

 

少し思い出す。

 

「あれが、五人での最初のイベントだったけ?」

「ですね。政樹さんと清治さんとの出会いも夏休みですし」

 

聖奈が静かに補足する。

 

()ってことは……三玖たちも?」

「ええ。二乃が既に場所を取ってますので」

「場所取り?」

 

首を傾げるらいはちゃん。

そこへ、飲み物を持った二乃が戻ってきた。

 

「ふふん。ビルの屋上を貸し切ってるのよ」

 

誇らしげに言う。

 

「私たちにとって花火大会は特別だからね」

「特別?」

 

らいはちゃんの問いに──

一瞬だけ、空気が静まる。

 

「……お母さんとの思い出なの」

 

口を開いたのは三玖だった。

 

「毎年、一緒に見に行ってた。……いなくなってからも、ずっと」

 

穏やかな声。

だが、その奥には確かな重みがある。

 

「だから花火は……私たちにとって、そういうもの」

 

言い終え、三玖は小さく微笑む。

二乃と五月も、それに重なるように笑った。

……そういうことか。

深くは聞かない。

それが、今は正しい。

 

「なら、うちと同じだな」

 

軽く言う。

 

「聖奈も妙に花火好きでさ。ずっと二人で見てきたよ」

「へぇ……妙なところで被るのね」

「まあ、好きな人は多いですから」

 

何気ない会話。

だが──

同じ花火でも、見ているものはきっと違う。

そんな予感が、胸に残った。

 

「じゃあ、今年はみんなで行こうよ!」

 

らいはちゃんの一言。

やっぱり来たか。

 

「いいんじゃないかしら」

「大勢の方が楽しいだろ!」

「静かに見るのも風情ですが……」

 

それぞれの反応。

そして──

 

「俺は行かん!勉強だ!」

 

風太郎。

去年と同じ流れだ。

なら──

 

「お兄ちゃん、行かないの?」

 

うるうる。

 

「……分かった」

 

はい、今年も同じオチでした。

 

「では決まりですね」

「楽しみだな!」

 

だが。

 

「課題は終わらせてから、ですよね?」

 

絶対零度。

聖奈の一言で、全員が机に向き直った。

 


 

~四葉side~

 

「お疲れ様~、助かったよ」

「いえ!お役に立てたのなら何よりです!」

 

試合終了のホイッスルと共に、体育館には安堵の空気が広がった。

 

女バスの助っ人として出場していた四葉は、額の汗を拭いながら、いつものように満面の笑みを浮かべている。

 

(やったぁ~!勝てました~!)

 

心の中で小さくガッツポーズ。

 

(それに……前より動けてる気がする……!)

 

軽くジャンプしてみる。

身体がよく動く。

 

(やっぱり和樹さんとのトレーニングのおかげですね!)

 

最近取り入れている中国拳法の動きも、試合の中で自然と活きていた。

 

(あれ、すごく使えます……!後でちゃんとお礼言わないと!)

 

そんなことを考えながら帰り支度をしていると──

 

「中野さん、ちょっといいかな?」

 

部長に呼び止められた。

 

「はい!」

 

振り返る四葉。

少し真剣な空気。

 

「今後なんだけど……よかったら、うちの部に入らない?」

「……え?」

「正式に。掛け持ちでもいいからさ」

 

周囲の視線も、自然と集まる。

それもそのはずだ。

今日の四葉の動きは、それだけ目立っていた。

願ってもない話。

以前の学校なら、きっと迷わず受けていた。

──けれど。

 

「……ごめんなさい」

 

即答だった。

 

「私、部活には入れません」

 

頭を下げる。

 

「今の私には、大切な場所があるんです」

 

一瞬だけ、間を置いて──

 

「それに……必要としてくれてる人が、いますから」

 

顔を上げる。

その表情は、迷いのない笑顔だった。

部長は少し驚いたように目を丸くし、やがて苦笑する。

 

「そっか。……なら無理は言わないよ」

「すみません!」

「でも、気が変わったらいつでも来てね」

「はい!」

 

深く頭を下げる。

体育館を出た四葉の胸は、不思議と軽かった。

 

(……大切な場所。必要としてくれてる人)

 

その言葉の先に浮かぶのは──

 

姉妹の顔。

そして、風太郎。

……それだけじゃない。

 

(和樹さんも……かな)

 

胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。

ぽん、と胸に手を当てる。

少しだけ、温かい。

 

「よーし!帰りましょう!」

 

いつもの調子で、四葉は駆け出した。

 


 

「さてと……」

 

勉強会が終わり、風太郎とらいはちゃんを家に招き入れてしばらく。

僕は再び外に出ていた。

 

「……昼の分、ちょっと足りないな」

 

軽く肩を回す。

二乃たち三人が参加したトレーニングは楽しかったが、その分、負荷としては物足りなかった。

 

まあ、あれはあれで意味あったけどね。

 

ストレッチをしながら、空を見上げる。

夜風が、少し涼しい。

 

「よし……走るか」

 

踏み出そうとした、その時だった。

 

キーッ……

 

目の前の道路に、一台の車がゆっくりと停車した。

 

「ん?」

 

特に珍しいことではない。

……はずだった。

 

「今日はありがとうございました」

 

車のドアが開き、降りてきた人物に、思わず目を細める。

 

「……一花?」

 

見慣れた制服姿ではない。

私服。

それもどこか“大人びた”雰囲気。

 

「今日も最高だったよ、一花ちゃん。また次もよろしくね」

 

運転席から声がかかる。

 

「はい。本日はありがとうございました」

 

丁寧に頭を下げる一花。

その仕草は、いつもの彼女とは少し違って見えた。

 

……仕事モード、か。

 

そんな印象を受ける。

 

「……え!?か、カズキ君!?」

 

振り返った一花が、こちらに気づいた。

 

「ん?知り合いかね?」

 

運転席の男が興味深そうにこちらを見る。

 

「えっと……同級生です!」

 

少し慌てた様子で答える一花。

 

「どうも。樋口和樹といいます」

 

軽く頭を下げる。

 

「これはご丁寧に。私はこういう者です」

 

差し出された名刺を受け取る。

 

「……織田芸能事務所。代表取締役社長……?」

 

思わず声に出る。

 

「あはは、小さな事務所だけどね」

 

穏やかな笑み。

鼻の下の髭が特徴的で小太りな温厚そうな男性。

だが、只者ではない空気は感じる。

 

「この子は将来有望なんだよ。未来の大女優、間違いなしだ」

「ちょ、ちょっと社長……!」

 

一花が顔を赤くして俯く。

 

「なるほど……」

 

確かに、さっきの雰囲気はそれだった。

 

「……そうだ」

 

ふと、社長がこちらを見る。

 

「君、芸能界に興味ないかね?」

「「え?」」

 

一花と声が重なる。

 

「いや、そういうのは……」

 

軽く笑って返す。

 

「僕なんかじゃ無理ですよ」

「そんなことないよ」

 

じっと見られる。

 

「かなり鍛えてるだろう?その体、活かさないのはもったいない」

 

見抜くか……

 

「モデルでもいい。一花ちゃんと並んだら映えると思うけどね」

 

ぐいっと身を乗り出してくる勢い。

 

「……今すぐ決めなくていい」

 

名刺を軽く叩く。

 

「興味があったら連絡してくれ。一花ちゃんに聞いてもいい」

「は、はい……」

「じゃあ、今度こそ行くよ」

 

車はゆっくりと走り去っていった。

静寂。

 

「で?」

 

ちらりと一花を見る。

 

「うぐっ……」

 

分かりやすく視線を逸らす。

 

「このこと、他の姉妹は?」

「……知らない」

 

小さく答える。

 

「バイトってことにしてるから」

「そうか」

 

一拍。

 

「なら、僕も言わないよ」

「……え?」

 

顔を上げる一花。

 

「聞かれたくなさそうな顔してるし」

 

少しだけ目を見て、そう言う。

 

「……」

 

沈黙。

そして──

 

「……助かるぅ~~……」

 

力が抜けたように、両手を合わせる一花。

 

「ありがと、カズキ君……」

「別に」

 

軽く肩をすくめる。

 

「で、もうすぐマンションだろ?送る必要はないな」

「うん、大丈夫」

 

少し落ち着いた顔。

 

「カズキ君はトレーニング?」

「ああ。ちょっと消化不良でね」

 

昼間のことを思い出す。

 

「そっか」

 

一花が柔らかく笑う。

その顔は──さっきの“女優”じゃない。

いつもの、一花だった。

 

「……」

 

少しだけ見てから。

 

「その顔、いいと思うよ」

「え?」

「さっきのもすごかったけどさ」

 

背を向ける。

 

「そっちの方が好きな人、多いんじゃない?」

 

言い切って、走り出す。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

背後から声がするが、振り返らない。

 

……言い過ぎたかもな。

 

夜風が、心地いい。

走りながら、ふと思う。

──花火大会。

──一花の秘密。

──四葉の選択。

いろいろ動き出している。

 

……面白くなってきたな。

 

足を強く踏み込む。

そのまま、夜の中へと駆け出した。

 


 

~中野家~

 

それぞれの部屋に灯りがともる頃。

昼間の喧騒とは打って変わって、家の中は静けさに包まれていた。

 

──なのに。

 

「……はぁ」

 

ベッドの上で仰向けになりながら、二乃は大きく息を吐いた。

 

(なんなのよ、今日……)

 

目を閉じると、自然と思い出される。

 

──あの距離。

 

合気道の“入身”。

ぶつかる寸前、すり抜けるように入り込んできた和樹の身体。

胸が触れたわけでもない。

なのに、あの瞬間──妙に近かった。

 

「……近すぎるのよ」

 

ぽつりと零す。

顔が少し熱い。

 

(別に、あいつだからってわけじゃないし)

 

そう言い聞かせるように寝返りを打つ。

 

「……でも」

 

言葉が、続かない。

 

(なんで……あんなに意識しちゃうのよ……)

 

答えは出ないまま、天井を見つめ続けた。

 


 

「……」

 

三玖は、自分の部屋の床に座り込んでいた。

手には、スマホ。

開いているのは──今日撮った写真。

芝生の上。

少しだけ、和樹と近くに映っている自分。

 

「……」

 

指で、そっと画面をなぞる。

 

(……隣にいた)

 

ただ、それだけ。

それだけのはずなのに──

 

「……温かかった」

 

ぽつり。

思い出すのは、“転換”の瞬間。

腕を引いたはずなのに、気づけば隣にいた。

距離が、変わっていた。

 

「……少し、ずらしただけで……」

 

小さく呟く。

 

「……近くに、いられるんだ」

 

自分でもよく分からない感情。

だけど、不思議と嫌じゃない。

むしろ──

 

「……もっと」

 

その先を言葉にした瞬間、何かが変わってしまう気がして──飲み込んだ。

三玖はそっとスマホを胸に抱きしめる。

まるで、逃がさないように。

 


 

五月は机に向かい、ノートを開いていた。

……が。

 

「……」

 

ペンが止まったまま、動かない。

 

(集中できません……)

 

原因は、分かっている。

今日の出来事。

──小手返し。

手を掴んだ瞬間。

軽く返された、あの動き。

そして──

 

「……手」

 

思わず、自分の手を見つめる。

 

(しっかりと……包まれていた感覚が……)

 

力ではない。

安心感。

支えられているような、あの感触。

 

「……いけません」

 

小さく首を振る。

 

(あれはあくまで技の一環であって──)

 

理屈では、分かっている。

けれど。

 

「……不思議です」

 

ぽつりと零れる。

 

「痛かったはずなのに……嫌ではありませんでした」

 

むしろ、安心していた。

それが、どうしてなのか。

答えは出ない。

 

「……これは一体……」

 

言葉にしようとして──やめた。

まだ、名前をつけるには早すぎる気がしたから。

 


 

同じ夜。

同じ家。

同じ出来事を思い出しているはずなのに──

揺れ方は、それぞれ違う。

けれど確かに。

今日という一日は、ほんの少しだけ、彼女たちの中の“何か”を変えていた。

まだ誰も気づかない。

その感情に、名前がつく日が来ることを。

ただ──

静かに。

確かに。

その火は、灯り始めていた。

──まだ、誰にも見えない場所で。

 

 




ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

今回のお話は、いわば“前夜”のような位置づけでした。
大きく関係が動いたわけではないのに、なぜか少しだけ心に残る──そんな回を目指しています。

二乃、三玖、五月、それぞれの感じ方。
四葉の選択。
一花のもう一つの顔。

そして、まだ誰も名前をつけていない想い。

どれも小さな変化ですが、確かに積み重なっています。

もしよければ、いいね・感想などいただけると、とても励みになります。

それではまた、次のお話でお会いしましょう。
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