前話では、それぞれの想いが“静かに灯り始めた夜”を描きましたが──
今回はその続きとして、
「距離が近づくことで、逆に見えてくるもの」
に焦点を当てています。
変わるものと、変わらないもの。
近づく距離と、まだ名前のつかない感情。
その“ズレ”がどう揺れていくのか、
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
今回の主軸は四葉と一花。
そして、その二人の間にある“温度差”にも注目して読んでいただけると、より面白く感じてもらえると思います。
それでは──
少しずつ動き始めた関係の続きを、どうぞ。
「和樹さーん!」
ランニングを終え、公園で小休止しているところに、元気な声が飛んできた。
「四葉?どうした、こんなところに?」
「はぁっ……部活の助っ人が終わって、グループチャット見たら和樹さんがここにいるって聞いて……来ちゃいました♪」
息を切らしながら、それでも笑顔。
どう見ても走ってきたのだろう。ウェアも髪も、汗でびっしょりだった。
「……とりあえず汗拭きな。風邪ひくよ」
「あっ、ありがとうございます!」
鞄からタオルを差し出すと、四葉は素直に受け取って顔を拭き始める。
その仕草を見ながら、ふと聞いた。
「それで?試合はどうだった?」
「しししし!バッチリですよ!」
満面の笑み。
「お二人とのトレーニングのおかげでスタミナも全然余裕でしたし、みんなの動きがちょっと遅く見えちゃって……すごくやりやすかったです!」
「それは何よりだ」
軽くストレッチをしながら頷く。
──その時。
「……っ、あの……」
少しだけ間を置いて、四葉が声を落とした。
「お邪魔……してもいいですか……?」
……珍しいな。
いつもの四葉なら、もう勝手に隣に来ているはずだ。
「もちろんいいよ。どうした、今日はやけに遠慮がちだね」
「べ、別にそんなことありません!」
慌てて否定する。
「それより!新しいの教えてください!」
……誤魔化したな。
けどまあ、いいか。
「じゃあ、今日は僕の動きを真似してもらおうか。分からないところはその都度直していくよ」
「了解です!」
四葉はドリンクを一口飲むと、ぱっと僕の隣に並んだ。
「よし……まずは
静かに腰を落とす。
大樹を抱くように、腕を丸く構える。
それだけで──周囲のざわめきが、ふっと遠のいた気がした。
「はいっ!」
四葉も隣で同じ構えを取る。
……だが。
これは──
違和感があった。
良い意味で。
「四葉、肩の力を抜いて。もっと重心を──」
「こうですか? ……あ、なんか……この姿勢、落ち着きます!」
……早い。
いや、早すぎる。
数分前まで走ってきたとは思えない安定感。
重心の乗せ方、膝の角度、腕の緩み。
すべてが、ほぼ完璧にトレースされていた。
……すごいな
ただの運動神経じゃない。
自分の体を“理解している”。
どこに力が入っていて、どこを抜けばいいのか。
それを感覚で掴んでいる。
「……四葉、いいよ。そのまま維持して」
「はい!」
まっすぐな返事。
そして──嬉しそうな顔。
それを見て、自然と口元が緩んだ。
立禅の後は、型の練習へと移る。
「次は少し動きをつける。
ゆっくりと腕を広げる。
馬のたてがみを分けるように、柔らかく。
続けて──
羽を広げるように、軽やかに。
「……」
四葉は、無言でそれを追ってくる。
遅れない。
乱れない。
むしろ──自然だ。
街灯の光の下、二人の影が芝生に映る。
重なって、離れて、また重なる。
「四葉、次は回転が入るぞ」
「はい!和樹さんの背中、ちゃんと見てます!」
……背中、か。
振り返ると、そこには真剣な瞳があった。
まっすぐで、迷いがない。
「……いいね。その感覚でいい」
気づけば、こちらも少しだけ楽しくなっていた。
一通り終えたところで、息を吐く。
「……参ったな」
思わず苦笑する。
「四葉、君は覚えが早すぎる。正直、僕が何年もかけて掴んだ感覚を、もう半分くらい理解してると思う」
「えへへ、本当ですか!?」
ぱっと顔が明るくなる。
「和樹さんに褒められると……なんか、その……」
少しだけ言葉を詰まらせて。
「部活で勝つより、嬉しいかも……です」
……おいおい。
それは流石に盛りすぎだろ。
「それは言い過ぎだな」
「えへへ……でも本当です!」
照れながらも、しっかり言い切る。
……ほんと、素直だな。
「教えてる側としてはありがたいよ。ここまで吸収が早いと、やりがいがある」
そう言うと、四葉はぱっと顔を上げた。
「じゃあ次も教えてください!もっと上手くなりたいです!」
……その目。
完全に“向かってきてる”な。
「いいよ。次は少し難しい
「やります!」
即答。
迷いなし。
「和樹さんのこと、もっと驚かせちゃいますからね!」
胸を張る四葉。
その姿が、妙に頼もしく見えた。
……だけど。
……なんだろうな。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
いつもより距離が近い気がした。
言葉じゃなく、空気が。
……まあ、気のせいか。
そう思いながら、次の構えへと入る。
四葉も、ぴたりと隣に並ぶ。
夜の公園。
静かな空気の中で。
二人の動きだけが、ゆっくりと流れていった。
トレーニングを終え、公園を後にする。
夜風は少し涼しく、さっきまで火照っていた体をゆっくりと冷ましていく。
並んで歩く足音が、静かに重なる。
「……ふぅ~~……今日はいっぱい動きましたね!」
両手を頭の後ろで組みながら、四葉が大きく伸びをした。
「急に来てあれだけ動けるのは大したもんだよ」
「えへへ……それ、和樹さんのおかげですから!」
屈託のない笑顔。
けれど──ほんの一瞬だけ、言葉が続かなかった。
「……でも」
ぽつりと、少しだけトーンが落ちる。
「やっぱり、すごいなって思いました」
「何が?」
「さっきの……動きです」
少しだけ前を歩きながら、振り返らずに言う。
「力を入れてるわけじゃないのに、ちゃんと相手をコントロールしてて……」
言葉を探すように、少し間を置いて。
「なんていうか……安心する強さ、って感じでした」
「……それは褒めすぎだな」
「そんなことありません!」
ぴたりと足を止める。
振り返った四葉の顔は、真剣だった。
「ちゃんと見てましたから」
そのまっすぐな視線に、思わず苦笑する。
「……そっか」
それ以上は、言葉にしなかった。
再び歩き出す。
少しだけ、間が空く。
その静けさを破ったのは、四葉だった。
「──でも」
さっきとは違う声音。
少しだけ、柔らかくて。
どこか、安心したような。
「やっぱり私……風太郎君の隣で頑張りたいなって、思いました」
「……」
足を止めずに、そのまま聞く。
「勉強も、ああいうのも……まだまだですけど」
小さく笑う。
「それでも、ちゃんと並べるようになりたいなって」
夜風が吹く。
その中で、四葉は続けた。
「だから、今日みたいに教えてもらえるの……すごく嬉しいです」
少しだけ、間を置いて。
「和樹さんのおかげで、出来ることが増えていくの、分かるから」
……なるほどな。
「つまり僕は、四葉を鍛えて風太郎に送り出す係ってわけか」
「えへへ、そうなりますね!」
即答だった。
迷いのない笑顔。
……ほんと、ブレないな。
「でも」
そのまま、少しだけ視線を逸らして。
「それだけじゃ、もったいない気もしますけどね」
「ん?」
「なんでもありません!」
ぱっといつもの調子に戻る。
「ほら!もうすぐマンションですよ!」
少しだけ早歩きになる四葉。
その背中を見ながら、思う。
……もったいない、か。
四葉にしては、珍しい言い方だな。
「和樹さん!」
振り返る四葉。
街灯の下で、その笑顔がやけに明るく見えた。
「今日はありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げる。
「また教えてくださいね!」
「ああ、いつでもいいぞ」
そう答えると、四葉は満足そうに頷いた。
「じゃあ、おやすみなさい!」
軽く手を振って、先にマンションへと入っていく。
その背中を見送りながら、少しだけ空を見上げた。
……変わってない。
あいつの軸は、ちゃんとそこにある。
でも──
ほんの少しだけ。
「……揺れてる、か」
小さく呟いて、歩き出す。
夜はまだ、静かに続いていた。
「て、さっきおやすみって言ったよね!?」
「いやー、一花が和樹さんの家で勉強するって言い出したので、これは乗らざるを得ないと思いまして」
今僕の部屋には、聖奈と風太郎にらいはちゃんだけでなく、一花に四葉までいる始末だ。
らいはちゃんは僕のベッドですやすや眠ってるので、そこまでの狭さは感じない。
「良い心がけだな!一花に四葉!ここまで勉強に力を入れるとは!」
風太郎だけは一人張り切っており、ウザさが拡大している。
「ホントは三玖と五月ちゃんが来たがってたんだけどね♪昼間は勉強してないからいいでしょって言ったら譲ってくれたんだ♪」
そこまでして勉強がしたいとは思えないんだが…
四葉はやる気があって信用出来るが、一花は何を考えてるんだ?
「それで一花さん。本当は何が目的なのですか?」
流石聖奈。僕と同じ考えでいるようで、正直に確認している。
「えぇー、ひどくない?本当に勉強の為に来たんだよ?あれでしょ。明日の花火大会は課題が終わらないと行けないって聞いたしね」
「……そうですか」
一花は笑いながら答える。
聖奈は一応納得した形で返事をするもまだ疑ってる様だ。
確かにあの笑顔は作り笑顔だからな…
「はい!上杉さん、ここ分かりません!」
「素直は良いことだが、そこはこの間教えただろ!」
「ひぃぃ~~...ごめんなさいぃぃ!」
いつもの四葉の間違いに、風太郎が四葉のリボンを引っ張る姿で場は和んできた。
「あ、お手洗い行きたいんだけど、カズキ君場所案内してよ」
「何故、男の僕に聞く」
「いいからいいから♪」
なし崩し的にトイレの案内をさせられることになり、トイレ前まで来たのだが──
「ここがトイレね──」
「ホントに誰にも話してなかったんだ」
トイレの前。
さっきまでの軽い調子とは違う声だった。
「言ってないよ」
短く返す。
「……ふーん」
一花は壁にもたれかかる。
腕を組んで、少しだけ視線を逸らした。
「信じてなかったわけじゃないんだけどね?」
「なら聞く必要あった?」
「あるよ」
即答だった。
「だってさ」
少しだけ笑う。
「“信じたい”のと、“確かめたい”のは別でしょ?」
……面倒なこと言うな。
「それに──」
言葉が続く。
ほんの少しだけ、間を置いて。
「カズキ君が、どこまで信用できる人かも見たかったし」
「テストかよ」
「そんな感じ♪」
悪びれもなく笑う
……ほんと、食えないな。
「で、結果は?」
「合格」
軽く言ってのける。
「満点じゃないけどね」
「減点理由は?」
「距離感」
即答。
「近くもないし、遠くもない」
「それの何が問題なの」
「問題っていうか──」
一花は少しだけ顔を上げた。
「もったいないなって思っただけ」
……またそれか。
「今日、四葉といたでしょ?」
「いたね」
「分かってるでしょ?」
「何が?」
「分かってて言ってるでしょ、それ」
小さく笑う。
「……あの子、揺れてるよ」
静かな声。
断定。
「でも軸はフータロー君」
「だろうね」
「だから厄介なの」
一花は目を細める。
「一番無自覚で、一番自然に距離詰めてくるタイプ」
「……」
否定はしない。
事実だからだ。
「で?」
「で?」
「一花はどうしたいの」
一花を見る。
すると──
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
表情が変わった。
「どう、って?」
「観察して終わり?」
「……」
沈黙。
そして。
「そんなわけないじゃん」
少しだけ低い声。
「せっかく面白くなってきたのに」
その目は、笑っていなかった。
「ねえ、カズキ君」
一歩、近づく。
さっきより、距離が近い。
「もしさ」
少しだけ首を傾げる。
「私が踏み込んだら、どうする?」
……直球だな。
「どうもしないよ」
「へぇ?」
「来るなら受ける。それだけ」
「それだけ?」
「それだけ」
一花は数秒、僕の顔を見た。
探るように。
測るように。
そして──
「……やっぱりずるいなぁ」
くすっと笑う。
さっきの空気とは違う、いつもの一花。
「でもいいや」
一歩、下がる。
「そういう人の方が、崩しがいあるし」
「物騒なこと言うな」
「褒めてるんだよ?」
にこっと笑う。
完全に、スイッチが入っている顔だった。
「ま、安心したのは本当だし」
トイレのドアに手をかける。
「これで遠慮なく動けるしね」
「……おい」
「なに?」
振り返る。
その目は、楽しそうだった。
「ほどほどにしときなよ」
「やだよ」
即答。
「だって──」
ほんの少しだけ、声を落として。
「こういうのって、気づいた人から動くものじゃない?」
ドアが閉まる。
静かな廊下に、一人残る。
「……」
小さく息を吐く。
──始まったな。
さっきまでとは違う意味で、
空気が、動き出していた。
~客間~
部屋の灯りを落とすと、客間は一気に静かになった。
遠くで聞こえるのは、かすかな生活音と、夜の空気。
布団に入って数分。
「……ねえ、四葉」
一花が、小さく声をかけた。
「起きてる?」
「うん、起きてるよ!」
間髪入れずの返事。
「元気だねぇ……」
くすっと笑う。
「今日あれだけ動いてたのに」
「えへへ……なんか、疲れてるはずなのに眠くなくて」
「分かるかも。変にテンション上がるよね、ああいう日って」
「うん!」
素直な相槌。
少しだけ間が空く。
「……トレーニング、楽しかった?」
「うん!」
即答。
「すっごく楽しかったよ!」
迷いのない声だった。
「そっか」
一花は天井を見つめたまま、ゆっくり息を吐く。
「どのへんが楽しかった?」
「えっと……」
少し考えてから。
「ちゃんと見てもらえてる感じがして」
「……見てもらえてる?」
「そう。ちゃんと“ここ違うよ”とか、“いいよ”とか言ってくれるから」
言葉を探しながら続ける。
「だから、出来てるかどうか分かって……それが嬉しくて」
「……ふーん」
一花は横目で四葉を見る。
暗がりの中でも、表情はなんとなく分かった。
嬉しそうで、少しだけ照れている。
「それってさ」
一花は軽い調子で言う。
「誰にでもそう思う?」
「え?」
「教えてくれる人がいたら、誰でも楽しい?」
「うーん……」
少しだけ考える四葉。
「……多分、違う」
「へぇ?」
「なんていうか……」
布団の中で、ごそっと動く気配。
「和樹さんだから、っていうのもあると思う」
「……へぇ~」
少しだけ、意味を含んだ声。
「どうして?」
「えっと……」
言葉に詰まる。
でも、逃げない。
「安心する……からかな…」
ぽつり。
「ちゃんと見てくれてる感じがして」
同じ言葉。
でも、さっきより少しだけ深い。
「それに……」
続けようとして、止まる。
「それに?」
一花が促す。
「……楽しいの」
小さな声。
「一緒にやってると」
「……そっか」
一花はそれ以上は追わなかった。
ただ。
少しだけ、間を置いてから。
「四葉ってさ」
「ん?」
「誰かの隣で頑張るの、好きだよね」
「……え?」
「なんかこう……誰かのために、っていうか」
「あー……そうかも」
納得したように頷く。
「その方が頑張れる気がするかな」
「ふーん」
一花は目を細める。
(やっぱり、そういうタイプか)
心の中で呟く。
「じゃあさ」
少しだけ、声のトーンを軽くする。
「もしその“隣”が変わったらどうする?」
「……え?」
「今までとは違う人の隣にいたら、どうなるのかなって」
少し遠回しな問い。
四葉はすぐには答えなかった。
「……分からないかな」
正直な答え。
「でも」
少しだけ続く。
「その時は、その時で頑張ると思うよ」
「……そっか」
(無自覚、か)
一花は小さく息を吐く。
「でも、いいんじゃない?」
軽く言う。
「そういうの、自然で」
「……そう?」
「うん」
少しだけ笑う。
「無理に決めるもんでもないし」
「うん!」
元気な返事。
それを聞いて、一花は天井に視線を戻した。
「……明日、花火だね」
「うん!」
声が少し明るくなる。
「楽しみだね!」
「だねぇ」
一花は、ゆっくり目を閉じた。
(さて、と)
心の中で、小さく呟く。
(どう動こうかな)
隣では、四葉がもう少しだけ起きている気配。
でも──
その距離は、さっきより少しだけ近くなっていた。
まだ、名前のない変化。
それを楽しむように、一花は静かに微笑んだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、
・四葉の「変わらない想い」と、わずかな揺れ
・一花の“気づいている側”としての立ち回り
・和樹の距離感の妙
この三つを軸に構成しました。
特に四葉は、まだ“恋が動いた”わけではありません。
ですが、
「同じままでいられないかもしれない違和感」
──そこを大事にしています。
そして一花。
この子はやっぱり“気づく側”であり、“動かす側”ですね。
ここから先、どう関わってくるかも楽しみにしてもらえたら嬉しいです。
次回は、いよいよ花火回。
それぞれの距離が、もう一段動く予定です。
もし「続きが気になる」と思っていただけたら、
お気に入りで応援していただけると、とても励みになります。
それではまた、次の話で。