妹が微笑う理由を、僕はまだ知らない   作:吉月和玖

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ご覧いただきありがとうございます。
五つ子がまだ出演もしていないので、それまではこちらを優先しようと思ってます。

今回は、転校初日の昼休みという、何気ない時間を描いたお話です。
日常の中で交わされる会話や、ささやかな仕草。
その一つ一つが、知らないうちに関係を変えていく──
そんな瞬間を意識して書きました。
新しい出会いが、誰の心を、どこまで揺らしたのか。
その空気感を楽しんでいただければ幸いです。




2.名前を呼ぶ距離

「今日の(あね)さんの弁当も旨そうっすね!」

「……前から申し上げていますが、私のことをそのように呼ばないでいただけますか」

 

昼食が始まると同時に、いつものやり取りが始まった。

向かいに座る政樹と、僕の右隣にいる聖奈。

政樹は場所を選ばず、彼女のことを「(あね)さん」と呼ぶ。

そのせいで、聖奈は一部の生徒から“影の番長”などと誤解されているらしい。

 

「いえいえ! 兄貴の妹であり、俺の勉強まで見てくれる人を、(あね)さんと呼ばずして何と呼べばいいんすか!」

「……普通に名前で呼んでいただければ、それで十分なのですが」

 

熱弁する政樹に、聖奈は淡々と返す。

結局、言っても無駄だと悟ったのか、それ以上は追及せず、弁当に視線を落とした。

──そして、もう一つの“いつもの光景”。

 

「おい風太郎、また飯食いながら勉強してんのかよ。相変わらず勉強の虫だな」

「五月蝿い。逆にお前は少しは勉強しろ。和喜と聖奈の労力を無駄にするな」

「あんだと!?」

 

政樹が勢いよく立ち上がり、風太郎の胸ぐらを掴もうとする。

 

「やめとけ、政樹」

 

短く告げると、政樹は舌打ち一つで腰を下ろした。

 

「まったく……毎度のことながら学習能力がないな」

「ぐっ……!」

 

清治の冷静な一言に、政樹は何も返せず、黙って箸を動かす。

 

「……そうだ、和喜。今度の日曜日は空いているか?」

「ん? 聖奈、何か予定あったっけ?」

「……私は兄さんのマネージャーではないのですが」

 

ため息混じりにスマホを操作する聖奈。

その動きは慣れたもので、もはや日常の一部だった。

 

「……私の知る限り、特に予定はありません」

「だってさ」

「……少しはご自身で管理してください」

「いいじゃん。どうせ、ほとんど一緒にいるんだし」

 

その言葉に、聖奈の指が一瞬、止まった。

 

「──っ……そういうところが、ずるいのですよ……」

 

小さく、吐息に紛れるような声。

彼女は視線を弁当に落とし、何事もなかったかのように食事を続ける。

……頬が、わずかに赤い。

僕はそれに気づかないふりをして、話を先に進めた。

 

「ふむ。ならば、他校との練習試合があるのだ」

 

清治は箸を止めることなく、淡々と続ける。

 

「和喜も、団体戦として参加しないか?」

「ふーん……まあ、いいけどさ」

 

軽く頷きながらも、疑問が浮かんだ。

 

「前から思ってたんだけど、正式な部員でもない僕が団体戦のメンバーに入って問題ないの?」

 

清治は一瞬も迷わず答える。

 

「問題ない。和喜の強さは、俺以上だからな……誰も文句は言わん。むしろ歓迎されるだろう」

 

あまりにあっさりと言い切られて、逆に言葉を失う。

 

「清治以上って……勝率、そんなに変わらないだろ」

「確かに大差はない」

 

そう前置きしてから、清治は味噌汁を一口飲んだ。

 

「だが、それでもお前の方が上だ」

 

口角が、わずかに上がる。

 

「……はいはい」

「うっし! じゃあ今度の日曜の予定は、これで決まりだな!」

 

政樹は嬉しそうに声を張り上げる。

 

「私も予定はありませんので、問題ありませんよ」

「俺は行かんぞ」

 

即答だった。

風太郎は、単語帳から目を離すことすらない。

 

「ったく! 相変わらず付き合い悪いぜ!」

「たまには気分転換も必要ではないですか?」

 

聖奈が、穏やかな声で続ける。

 

「外の空気を吸わなければ、体調を崩しますよ。それでは勉強もできず、本末転倒です」

 

正論だった。

あまりにも、逃げ道のない。

 

「むぅ……」

 

風太郎は言葉に詰まり、眉をひそめる。

 

「それに──」

 

聖奈は、畳みかけるように続けた。

 

「日曜日は移動時間も含めて、半日程度。その後に勉強時間を確保しても、効率は落ちません。むしろ、軽い運動は集中力向上に寄与すると、医学的にも……」

「わ、分かった! 分かったから!」

 

珍しく、風太郎が音を上げた。

 

「……検討はする」

 

そう言って、視線を単語帳に戻す。

その横顔を見て、聖奈は小さく息を吐いた。

 

「無理にとは言いません。ただ……倒れられては困りますので」

「……世話焼きだな」

「兄さんほどではありませんよ」

 

さらりと返され、僕は思わず苦笑する。

──論理で詰めて、感情で逃がす。

いつもの聖奈のやり方だ。

 

そのときだった。

視界の端に、見慣れない制服が映る。

黒のセーラー服。

長い髪に特徴的なアホ毛、星形のヘアピン。

昼食のトレイを持ったまま、落ち着かない様子で周囲を見回していた。

……迷っている?

 

「君。相席でもいいなら、ここどうぞ」

 

声をかけると、彼女は驚いたように目を見開き、すぐに安堵した表情を浮かべた。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

僕の左隣に腰を下ろした彼女は、ほっと息を吐く。

 

「午前中、校内を案内されて歩き回っていたので……助かりました」

「転校生かい?」

「はい。今日、こちらに」

 

なるほど、と腑に落ちる。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は樋口聖奈。二年生です」

「で、僕がその兄の和喜」

「……ご兄妹なんですね。では、樋口先輩と」

「あ、いや。同い年なら、名前で呼んでいいよ」

 

少し迷ってから、彼女は頷いた。

 

「中野五月です。よろしくお願いします、和喜君」

「うん、よろしくね、中野さん」

 

その一言に、五月の肩がぴくりと跳ねた。

 

「……男の人の名前を呼ぶの、初めてで。少し……緊張しますね」

 

そう言って、視線を逸らす。

その横顔を、聖奈が静かに見ていた。

 

「で、中野さんの向かいが加藤」

「うむ」

「その横が福島」

「よろしくな!」

「一番向こうが上杉ね」

「......」

 

清治と政樹はそれぞれ返事をしたが、風太郎だけは単語帳から目を離さずに頭だけ軽く下げた。

 

「風太郎さん?」

「──っ!よ、よろしくな」

 

そんな風太郎の態度にニッコリ笑顔で聖奈が話しかけると、風太郎は作り笑いで慌てて声をかけてきた。

あの聖奈の笑顔は笑っていないだろうからな...

 

「ふふっ……面白い方々なのですね。皆さん、仲が良いのですか?」

 

五月がそう尋ねると、清治が箸を進めながら頷いた。

 

「うむ。我々は全員クラスが違うが、毎日のようにこうして集まっている」

「だな! お陰で()()()()()なんて呼ばれてるしよ!俺としては名誉だがな!」

 

政樹は誇らしげだが──

 

「どこがだ。お陰で周囲から変な目で見られている」

 

風太郎は、はっきりと迷惑そうだった。

 

「……樋口四天王、ですか?」

 

うどんを噛み切りながら、五月が首を傾げる。

 

「あ~……まあ、簡単に言うとさ」

 

僕は軽く肩をすくめて説明を始めた。

 

「ここにいるメンバーが、それぞれ違う分野で目立ってる、ってだけだよ」

 

そう前置きしてから、まず一人。

 

「五月の向かいにいる加藤だけど、うちの高校の剣道部エースで、成績も優秀。いわゆる文武両道ってやつ。それに密かに非公認ではあるがファンクラブもあるくらいだよ」

「す、すごいです……!」

 

五月の目が、純粋な驚きに見開かれる。

 

「ふむ……ファンクラブの意味はよく分からんがな。剣道部エースと言っても、和喜には負けている」

「え?」

 

思わず、五月の視線がこちらに向いた。

 

「あ~……まあ、その辺はまた後で」

 

軽く誤魔化し、次へ。

 

「その横の福島は、喧嘩ではほぼ負けなしで通ってる」

「喧嘩……」

 

五月が、わずかに顔を曇らせた。

 

「ご安心ください、五月さん」

 

すぐに、聖奈が言葉を挟む。

 

「政樹さんは、誰彼構わず喧嘩をする方ではありません。むしろ、虐められている方や、弱い立場の人を助けている側です。その点が、あまり浸透していないのが少し残念ですが」

「ははは! まあ、そこはどうでもいいんだがな!」

 

政樹は気にした様子もなく笑った。

 

「他が俺をどう思っていようが、ここにいる奴らが変わらず接してくれりゃ十分だ!」

「……全く。お前は恥ずかしいことを、よくもまあ平然と言えるな」

 

そう言いながらも、清治はどこか楽しげだった。

 

「それに俺も、まだまだだからな。和喜の兄貴に鍛えてもらって、もっと強くなるぜ?」

「……?」

 

海老天を噛みながら微笑んでいた五月が、首を傾げる。

 

「和喜君の……()()()?」

「あはは……まあ、その辺も後で、ってことで」

 

苦笑しつつ、最後の一人を指す。

 

「で、一番向こうで勉強しながら飯食ってるのが上杉。定期試験じゃ、毎回満点取ってる天才だよ」

「ま、満点……!?」

 

五月は思わず、左手で口元を押さえた。

 

「ま……まあ……俺で分からんところは、和喜に教えてもらってるがな」

 

風太郎は少しだけ視線を逸らし、単語帳をめくる。

 

「え……?じゃあ、和喜君も……?」

「いやいや」

 

慌てて、両手を振る。

 

「僕はこの五人の中じゃ、成績は四番目。風太郎が聞いてくるところが、たまたま分かってただけだから」

「……()()()()、ねぇ……」

 

風太郎は、何か言いたげな表情のまま黙った。

 

「で、最後が妹の聖奈」

 

改めて紹介する。

 

「彼女も定期試験は毎回満点。それに学内で一番の美人だから、男子からの人気も高い」

「ははは!でも(あね)さん、ことごとく男子を振ってるよな!(あね)さんの好きな人って、兄貴なんだろ?」

「ええ」

 

聖奈は一切の迷いなく頷いた。

 

「兄さん以外の男性には、興味がありませんので」

「え……!?」

 

五月は、はっきりと動揺した様子でこちらを見る。

 

「いや、その……兄妹としてな?」

「……あら」

 

聖奈は、ほんの少しだけ口角を上げる。

 

「私は一人の男性として、兄さんを愛していますよ」

 

一瞬、音が消えたように感じた。

 

「……まあ、実際兄貴はモテモテなんだけどな!運動できるし、成績だって悪くねぇ」

「うむ」

 

清治も静かに続ける。

 

「それを自慢せず、謙虚な姿勢を崩さない。なおかつ気配りもできる。先ほどのように、迷っている人に自然と声をかける──な」

 

その言葉に、五月がはっとしたようにこちらを見る。

 

「……そういうわけでだな」

 

政樹が、まとめるように言った。

 

「学内でも有名な俺たち四人を、まとめる立ち位置に兄貴がいる。だから()()()()()なんて呼ばれてるってわけだ!」

「……なるほど……」

 

五月は、ゆっくりと頷き、再びうどんを啜った。

 

「しっかし、女子に言うのも何だが……お前、相当な量食べんだな」

 

政樹が、五月のトレイに視線を落として言った。

確かに、うどんに海老天が二つ。

イカ天、かしわ天、さつまいも天。

さらにデザートのプリンまで付いている。

女子にしては、かなりの量だ。

 

「えっ……!?」

 

五月は一瞬、目を見開いたあと、慌てて視線を落とす。

 

「こ、これは……その……午前中、歩き回ってお腹が空いてしまって……つい……」

 

そう言って、少し恥ずかしそうに箸を進めた。

 

「ふん。そんなに食べると、ふと──」

「風太郎さん?」

 

聖奈が、にこやかな笑顔で声をかける。

 

「……んんっ。何でもない。気にするな」

 

言葉を飲み込む風太郎に、聖奈はそれ以上何も言わなかった。

 

「まあ、食べる量なんて人それぞれでしょ」

 

そう言って、僕は肩をすくめる。

 

「五月って、見た目もスタイル良さそうだし。それに……普通に美人だしね」

「え~~~……!?」

 

五月の顔が、一気に赤くなる。

 

「あれ……?もしかして、失礼だった?」

「い、いえ……その……」

 

言葉を探すように視線を彷徨わせてから、五月は小さく首を振った。

 

「……どちらかと言えば……嬉しく……

はぁぁ……血は争えませんね……

「ん?」

 

聖奈の小さな呟きに、僕は首を傾げる。

 

「兄さんは……天然のたらしですからね」

「あははは! さすが兄貴だぜ!」

「……俺には真似できん」

「よく分からん……」

 

そんな反応が飛び交う中で。

五月は俯き、箸を持つ指に、そっと力を込めていた。

──胸の奥で何かが揺れたことを、まだ言葉にできないまま。

中野さんのツッコミの後に、何か中野さんと聖奈から呟きが聞こえたような...

 

「あの……皆さん。私のことは、普通に五月と名前で呼んでください」

 

突然の申し出に、政樹が目を丸くする。

 

「へ?いいのかよ?俺達、初対面だぜ?」

 

中野さん──改めて五月の提案に、素直な驚きが滲んでいた。

 

「ふふ……福島君は本当に生真面目な方なのですね」

 

くすりと微笑み、五月は続ける。

 

「実は、私にも他に姉妹がいまして。和喜君や聖奈さんのように、きっとお困りになると思うのです」

「ほぉぉ……それはそれは」

 

清治が感心したように頷く。

 

「では、五月さんと呼ばせていただこう」

「そういうことなら!五月、何かあれば俺に言えよ!すぐ駆けつけるからな!」

「ふふっ……ありがとうございます」

 

二人の言葉に、五月は嬉しそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、僕は五月で。これからよろしくね」

は……はい……

 

小さく返事をしながら、五月は視線を落とす。

……ん?

なぜだろう。

僕の挨拶だけ、やけに恥ずかしそうだ。

 

「これはこれは……」

「さすが兄貴だぜ!」

「はぁぁ……どうしたものか……」

「どうした?」

 

思わず聞き返す風太郎に、聖奈は静かに首を振る。

 

「いえ。風太郎さんは、そのまま勉強を続けていただいて構いませんよ」

「そ、そうか……」

 

心配そうに声をかけていた風太郎は、少し戸惑いながらも、再び単語帳と食事に戻った。

五月の反応に、

清治は感嘆の声を漏らし、

政樹は「さすが」と満足げに笑い、

聖奈だけが、静かに思案するような表情を浮かべていた。

 

「えっと……それで、五月は何人姉妹なの?二人とか?」

 

何気なく投げた問いに、五月は一瞬だけ間を置く。

 

「いえ。私たちは──」

 

続きを口にしかけて、言葉が途切れる。

その先に続く答えを、

この場にいる全員が、まだ知らない。

けれど確かに──

この昼休みは、少しだけ、元には戻らない場所へ踏み出していた。

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回は大きな出来事は起こらず、会話中心の回となりましたが、実はそれぞれの立場や感情が、少しずつズレ始めています。
特に五月と聖奈。
同じ場所にいながら、見ている景色はもう違い始めている──
そんな予感を感じ取っていただけたら嬉しいです。

引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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