五つ子がまだ出演もしていないので、それまではこちらを優先しようと思ってます。
今回は、転校初日の昼休みという、何気ない時間を描いたお話です。
日常の中で交わされる会話や、ささやかな仕草。
その一つ一つが、知らないうちに関係を変えていく──
そんな瞬間を意識して書きました。
新しい出会いが、誰の心を、どこまで揺らしたのか。
その空気感を楽しんでいただければ幸いです。
「今日の
「……前から申し上げていますが、私のことをそのように呼ばないでいただけますか」
昼食が始まると同時に、いつものやり取りが始まった。
向かいに座る政樹と、僕の右隣にいる聖奈。
政樹は場所を選ばず、彼女のことを「
そのせいで、聖奈は一部の生徒から“影の番長”などと誤解されているらしい。
「いえいえ! 兄貴の妹であり、俺の勉強まで見てくれる人を、
「……普通に名前で呼んでいただければ、それで十分なのですが」
熱弁する政樹に、聖奈は淡々と返す。
結局、言っても無駄だと悟ったのか、それ以上は追及せず、弁当に視線を落とした。
──そして、もう一つの“いつもの光景”。
「おい風太郎、また飯食いながら勉強してんのかよ。相変わらず勉強の虫だな」
「五月蝿い。逆にお前は少しは勉強しろ。和喜と聖奈の労力を無駄にするな」
「あんだと!?」
政樹が勢いよく立ち上がり、風太郎の胸ぐらを掴もうとする。
「やめとけ、政樹」
短く告げると、政樹は舌打ち一つで腰を下ろした。
「まったく……毎度のことながら学習能力がないな」
「ぐっ……!」
清治の冷静な一言に、政樹は何も返せず、黙って箸を動かす。
「……そうだ、和喜。今度の日曜日は空いているか?」
「ん? 聖奈、何か予定あったっけ?」
「……私は兄さんのマネージャーではないのですが」
ため息混じりにスマホを操作する聖奈。
その動きは慣れたもので、もはや日常の一部だった。
「……私の知る限り、特に予定はありません」
「だってさ」
「……少しはご自身で管理してください」
「いいじゃん。どうせ、ほとんど一緒にいるんだし」
その言葉に、聖奈の指が一瞬、止まった。
「──っ……そういうところが、ずるいのですよ……」
小さく、吐息に紛れるような声。
彼女は視線を弁当に落とし、何事もなかったかのように食事を続ける。
……頬が、わずかに赤い。
僕はそれに気づかないふりをして、話を先に進めた。
「ふむ。ならば、他校との練習試合があるのだ」
清治は箸を止めることなく、淡々と続ける。
「和喜も、団体戦として参加しないか?」
「ふーん……まあ、いいけどさ」
軽く頷きながらも、疑問が浮かんだ。
「前から思ってたんだけど、正式な部員でもない僕が団体戦のメンバーに入って問題ないの?」
清治は一瞬も迷わず答える。
「問題ない。和喜の強さは、俺以上だからな……誰も文句は言わん。むしろ歓迎されるだろう」
あまりにあっさりと言い切られて、逆に言葉を失う。
「清治以上って……勝率、そんなに変わらないだろ」
「確かに大差はない」
そう前置きしてから、清治は味噌汁を一口飲んだ。
「だが、それでもお前の方が上だ」
口角が、わずかに上がる。
「……はいはい」
「うっし! じゃあ今度の日曜の予定は、これで決まりだな!」
政樹は嬉しそうに声を張り上げる。
「私も予定はありませんので、問題ありませんよ」
「俺は行かんぞ」
即答だった。
風太郎は、単語帳から目を離すことすらない。
「ったく! 相変わらず付き合い悪いぜ!」
「たまには気分転換も必要ではないですか?」
聖奈が、穏やかな声で続ける。
「外の空気を吸わなければ、体調を崩しますよ。それでは勉強もできず、本末転倒です」
正論だった。
あまりにも、逃げ道のない。
「むぅ……」
風太郎は言葉に詰まり、眉をひそめる。
「それに──」
聖奈は、畳みかけるように続けた。
「日曜日は移動時間も含めて、半日程度。その後に勉強時間を確保しても、効率は落ちません。むしろ、軽い運動は集中力向上に寄与すると、医学的にも……」
「わ、分かった! 分かったから!」
珍しく、風太郎が音を上げた。
「……検討はする」
そう言って、視線を単語帳に戻す。
その横顔を見て、聖奈は小さく息を吐いた。
「無理にとは言いません。ただ……倒れられては困りますので」
「……世話焼きだな」
「兄さんほどではありませんよ」
さらりと返され、僕は思わず苦笑する。
──論理で詰めて、感情で逃がす。
いつもの聖奈のやり方だ。
そのときだった。
視界の端に、見慣れない制服が映る。
黒のセーラー服。
長い髪に特徴的なアホ毛、星形のヘアピン。
昼食のトレイを持ったまま、落ち着かない様子で周囲を見回していた。
……迷っている?
「君。相席でもいいなら、ここどうぞ」
声をかけると、彼女は驚いたように目を見開き、すぐに安堵した表情を浮かべた。
「あ、ありがとうございます……!」
僕の左隣に腰を下ろした彼女は、ほっと息を吐く。
「午前中、校内を案内されて歩き回っていたので……助かりました」
「転校生かい?」
「はい。今日、こちらに」
なるほど、と腑に落ちる。
「自己紹介がまだでしたね。私は樋口聖奈。二年生です」
「で、僕がその兄の和喜」
「……ご兄妹なんですね。では、樋口先輩と」
「あ、いや。同い年なら、名前で呼んでいいよ」
少し迷ってから、彼女は頷いた。
「中野五月です。よろしくお願いします、和喜君」
「うん、よろしくね、中野さん」
その一言に、五月の肩がぴくりと跳ねた。
「……男の人の名前を呼ぶの、初めてで。少し……緊張しますね」
そう言って、視線を逸らす。
その横顔を、聖奈が静かに見ていた。
「で、中野さんの向かいが加藤」
「うむ」
「その横が福島」
「よろしくな!」
「一番向こうが上杉ね」
「......」
清治と政樹はそれぞれ返事をしたが、風太郎だけは単語帳から目を離さずに頭だけ軽く下げた。
「風太郎さん?」
「──っ!よ、よろしくな」
そんな風太郎の態度にニッコリ笑顔で聖奈が話しかけると、風太郎は作り笑いで慌てて声をかけてきた。
あの聖奈の笑顔は笑っていないだろうからな...
「ふふっ……面白い方々なのですね。皆さん、仲が良いのですか?」
五月がそう尋ねると、清治が箸を進めながら頷いた。
「うむ。我々は全員クラスが違うが、毎日のようにこうして集まっている」
「だな! お陰で
政樹は誇らしげだが──
「どこがだ。お陰で周囲から変な目で見られている」
風太郎は、はっきりと迷惑そうだった。
「……樋口四天王、ですか?」
うどんを噛み切りながら、五月が首を傾げる。
「あ~……まあ、簡単に言うとさ」
僕は軽く肩をすくめて説明を始めた。
「ここにいるメンバーが、それぞれ違う分野で目立ってる、ってだけだよ」
そう前置きしてから、まず一人。
「五月の向かいにいる加藤だけど、うちの高校の剣道部エースで、成績も優秀。いわゆる文武両道ってやつ。それに密かに非公認ではあるがファンクラブもあるくらいだよ」
「す、すごいです……!」
五月の目が、純粋な驚きに見開かれる。
「ふむ……ファンクラブの意味はよく分からんがな。剣道部エースと言っても、和喜には負けている」
「え?」
思わず、五月の視線がこちらに向いた。
「あ~……まあ、その辺はまた後で」
軽く誤魔化し、次へ。
「その横の福島は、喧嘩ではほぼ負けなしで通ってる」
「喧嘩……」
五月が、わずかに顔を曇らせた。
「ご安心ください、五月さん」
すぐに、聖奈が言葉を挟む。
「政樹さんは、誰彼構わず喧嘩をする方ではありません。むしろ、虐められている方や、弱い立場の人を助けている側です。その点が、あまり浸透していないのが少し残念ですが」
「ははは! まあ、そこはどうでもいいんだがな!」
政樹は気にした様子もなく笑った。
「他が俺をどう思っていようが、ここにいる奴らが変わらず接してくれりゃ十分だ!」
「……全く。お前は恥ずかしいことを、よくもまあ平然と言えるな」
そう言いながらも、清治はどこか楽しげだった。
「それに俺も、まだまだだからな。和喜の兄貴に鍛えてもらって、もっと強くなるぜ?」
「……?」
海老天を噛みながら微笑んでいた五月が、首を傾げる。
「和喜君の……
「あはは……まあ、その辺も後で、ってことで」
苦笑しつつ、最後の一人を指す。
「で、一番向こうで勉強しながら飯食ってるのが上杉。定期試験じゃ、毎回満点取ってる天才だよ」
「ま、満点……!?」
五月は思わず、左手で口元を押さえた。
「ま……まあ……俺で分からんところは、和喜に教えてもらってるがな」
風太郎は少しだけ視線を逸らし、単語帳をめくる。
「え……?じゃあ、和喜君も……?」
「いやいや」
慌てて、両手を振る。
「僕はこの五人の中じゃ、成績は四番目。風太郎が聞いてくるところが、たまたま分かってただけだから」
「……
風太郎は、何か言いたげな表情のまま黙った。
「で、最後が妹の聖奈」
改めて紹介する。
「彼女も定期試験は毎回満点。それに学内で一番の美人だから、男子からの人気も高い」
「ははは!でも
「ええ」
聖奈は一切の迷いなく頷いた。
「兄さん以外の男性には、興味がありませんので」
「え……!?」
五月は、はっきりと動揺した様子でこちらを見る。
「いや、その……兄妹としてな?」
「……あら」
聖奈は、ほんの少しだけ口角を上げる。
「私は一人の男性として、兄さんを愛していますよ」
一瞬、音が消えたように感じた。
「……まあ、実際兄貴はモテモテなんだけどな!運動できるし、成績だって悪くねぇ」
「うむ」
清治も静かに続ける。
「それを自慢せず、謙虚な姿勢を崩さない。なおかつ気配りもできる。先ほどのように、迷っている人に自然と声をかける──な」
その言葉に、五月がはっとしたようにこちらを見る。
「……そういうわけでだな」
政樹が、まとめるように言った。
「学内でも有名な俺たち四人を、まとめる立ち位置に兄貴がいる。だから
「……なるほど……」
五月は、ゆっくりと頷き、再びうどんを啜った。
「しっかし、女子に言うのも何だが……お前、相当な量食べんだな」
政樹が、五月のトレイに視線を落として言った。
確かに、うどんに海老天が二つ。
イカ天、かしわ天、さつまいも天。
さらにデザートのプリンまで付いている。
女子にしては、かなりの量だ。
「えっ……!?」
五月は一瞬、目を見開いたあと、慌てて視線を落とす。
「こ、これは……その……午前中、歩き回ってお腹が空いてしまって……つい……」
そう言って、少し恥ずかしそうに箸を進めた。
「ふん。そんなに食べると、ふと──」
「風太郎さん?」
聖奈が、にこやかな笑顔で声をかける。
「……んんっ。何でもない。気にするな」
言葉を飲み込む風太郎に、聖奈はそれ以上何も言わなかった。
「まあ、食べる量なんて人それぞれでしょ」
そう言って、僕は肩をすくめる。
「五月って、見た目もスタイル良さそうだし。それに……普通に美人だしね」
「え~~~……!?」
五月の顔が、一気に赤くなる。
「あれ……?もしかして、失礼だった?」
「い、いえ……その……」
言葉を探すように視線を彷徨わせてから、五月は小さく首を振った。
「……どちらかと言えば……嬉しく……」
「はぁぁ……血は争えませんね……」
「ん?」
聖奈の小さな呟きに、僕は首を傾げる。
「兄さんは……天然のたらしですからね」
「あははは! さすが兄貴だぜ!」
「……俺には真似できん」
「よく分からん……」
そんな反応が飛び交う中で。
五月は俯き、箸を持つ指に、そっと力を込めていた。
──胸の奥で何かが揺れたことを、まだ言葉にできないまま。
中野さんのツッコミの後に、何か中野さんと聖奈から呟きが聞こえたような...
「あの……皆さん。私のことは、普通に五月と名前で呼んでください」
突然の申し出に、政樹が目を丸くする。
「へ?いいのかよ?俺達、初対面だぜ?」
中野さん──改めて五月の提案に、素直な驚きが滲んでいた。
「ふふ……福島君は本当に生真面目な方なのですね」
くすりと微笑み、五月は続ける。
「実は、私にも他に姉妹がいまして。和喜君や聖奈さんのように、きっとお困りになると思うのです」
「ほぉぉ……それはそれは」
清治が感心したように頷く。
「では、五月さんと呼ばせていただこう」
「そういうことなら!五月、何かあれば俺に言えよ!すぐ駆けつけるからな!」
「ふふっ……ありがとうございます」
二人の言葉に、五月は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、僕は五月で。これからよろしくね」
「は……はい……」
小さく返事をしながら、五月は視線を落とす。
……ん?
なぜだろう。
僕の挨拶だけ、やけに恥ずかしそうだ。
「これはこれは……」
「さすが兄貴だぜ!」
「はぁぁ……どうしたものか……」
「どうした?」
思わず聞き返す風太郎に、聖奈は静かに首を振る。
「いえ。風太郎さんは、そのまま勉強を続けていただいて構いませんよ」
「そ、そうか……」
心配そうに声をかけていた風太郎は、少し戸惑いながらも、再び単語帳と食事に戻った。
五月の反応に、
清治は感嘆の声を漏らし、
政樹は「さすが」と満足げに笑い、
聖奈だけが、静かに思案するような表情を浮かべていた。
「えっと……それで、五月は何人姉妹なの?二人とか?」
何気なく投げた問いに、五月は一瞬だけ間を置く。
「いえ。私たちは──」
続きを口にしかけて、言葉が途切れる。
その先に続く答えを、
この場にいる全員が、まだ知らない。
けれど確かに──
この昼休みは、少しだけ、元には戻らない場所へ踏み出していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は大きな出来事は起こらず、会話中心の回となりましたが、実はそれぞれの立場や感情が、少しずつズレ始めています。
特に五月と聖奈。
同じ場所にいながら、見ている景色はもう違い始めている──
そんな予感を感じ取っていただけたら嬉しいです。
引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。