楽しいはずの時間だからこそ、
少しのすれ違いで、不安にもなる。
けれど──
離れたからこそ見えるものもあるのかもしれません。
それぞれが別々の場所で、
別々の想いを抱えながら過ごす花火の夜。
そして今回、
少しだけ“一花の本音”にも触れる回になっています。
『途中からでも、きっと間に合う』
そんな夜を、楽しんで頂けたら嬉しいです。
参った……。
今、僕の周りには人の波しかない。
提灯の明かり。
屋台の呼び込み。
下駄の音。
笑い声。
花火大会特有の熱気。
その全部が、視界と耳を埋め尽くしている。
つまり──はぐれたのだ。
「マジかぁ……僕だけなら良いけど、全員がバラバラだとマズいなぁ……」
思わず、そんな独り言が漏れる。
多分スマホは使えない。
この人混みであれば、電波が乱れてしまう可能性が高い。
仮に繋がったとしても、着信音など聞こえないだろう。
そして何より問題なのは──
二乃に、予約した場所を聞けていないことだ。
「……これはマズったなぁ」
屋上を貸し切っているとは聞いた。
けれど、どこのビルかまでは知らない。
二乃なら当然のように案内するつもりだったのだろう。
こちらも、まさかこんな人混みで完全に分断されるとは思っていなかった。
どうする?
まずは人の流れから抜けるべきか。
それとも、この場に留まって誰かが来るのを待つべきか。
そう考えていた時だった。
くいっ。
服の後ろを、小さく引っ張られた。
「カズキ……」
振り返る。
そこにいたのは、三玖だった。
青い浴衣。
いつもより少し違う雰囲気。
けれど、こちらを見上げる目には、不安と安心が混じっていた。
「三玖!」
思わず声が明るくなる。
「良かった。一人かい?」
安心させるために微笑みかけると、三玖からも小さな微笑みが返ってきた。
だが、その表情には少しだけ苦しさが滲んでいる。
「三玖、どこか怪我した?」
「うん……左足、踏まれちゃって……」
視線を落とす。
よく見ると、三玖の左足の甲が赤くなっていた。
浴衣に合わせた下駄。
慣れない履物。
さらにこの人混み。
足を踏まれれば、かなり痛いはずだ。
「悪い、三玖。嫌だったら言って」
「え?ふわっ……!」
そう告げるや否や、僕は三玖を抱き上げた。
お姫様抱っこの形。
「ちょ、カズキ……」
「このままだと危ない。少し人波を抜ける」
一瞬、周囲の視線がこちらに集まる。
浴衣姿の女の子を抱き上げて人混みを抜けようとしているのだから、目立たないわけがない。
だが、それが逆に助かった。
人が少しだけ道を空ける。
その隙間を読む。
人の足の向き。
肩の動き。
視線。
体重の流れ。
普段から意識している“人を見る力”を使えば、流れを読むことはそこまで難しくない。
「す……すごい……」
三玖が小さく呟く。
嫌がるどころか、僕の服をきゅっと握っている。
その手の力が、少しだけ心細さを物語っていた。
「もう少しだけ我慢して」
「……うん」
三玖は小さく頷き、僕の胸元に顔を寄せる。
その距離の近さに、少しだけ意識が向きそうになるが、今はそれどころではない。
人波を抜ける。
あっという間に、少し開けた場所へ出た。
近くの段差に三玖を座らせ、すぐに足の状態を見る。
「……一時的なものだと思う。痕は残らないんじゃないかな」
赤くなってはいるが、腫れはそこまで酷くない。
「けど、今日は無理していつも通りに歩かないようにね」
「う……うん……」
三玖は少し恥ずかしそうに頷く。
持っていたハンカチを取り出し、簡単に足を保護するように巻いていく。
その時だった。
ヒューーー……
ドオォーーーン!
夜空に、最初の花火が上がった。
赤と金の光が空に広がり、遅れて低い音が胸に響く。
「……始まったね」
「うん……」
三玖と二人で夜空を見上げる。
本来なら、皆で見ているはずだった花火。
今は、二人だけで見ている。
「三玖は予約場所知ってる?」
「ううん……二乃しか知らない……」
「そうか……」
ドオォォン……ドオォォン……。
次々に花火が上がる。
花火の音が綺麗なのに、今は少しだけ焦りを煽る音にも聞こえた。
予約場所を知っているのは二乃だけ。
多分、こういう状況を予想できなかったのだろう。
「カズキ……」
考え込んでいると、心配そうな三玖の声がかかった。
「大丈夫」
僕はすぐに笑う。
「とりあえず、僕達は一人にはならなかった。それだけでも良しとしよう」
「うん……その……」
三玖は少しだけ視線を逸らす。
「カズキと一緒で、安心する……」
「ふふふ。ありがと」
自然と笑みが零れる。
「そんな三玖の気持ちに応えないとね」
そう返すと、三玖にも少しだけ笑顔が戻った。
さて。
僕達五人には
まさか、政樹の好奇心がここで役に立つとは思わなかった。
五人のうち誰かが二乃と一緒なら。
そして、他の五つ子と一緒なら。
揃ったも同然だ。
そんな考えを頭で巡らせていると――
人混みの中に、見覚えのあるアホ毛が見えた。
ぴょこぴょこ。
不安そうに揺れている。
「三玖。悪いけど、ここに座ってて!五月を見つけた」
「ホント……!?」
「ああ。ここに連れてくるから、心配せずいて」
「わかった……五月をお願い……」
三玖の了承を得た僕は、再度人波に潜る。
アホ毛はキョロキョロしているせいか、小刻みに動いていた。
つまり、一人か。
その考えを持った瞬間──
五月の左手首を握った。
「え!?」
五月が驚いて振り返る。
「五月、捕まえた」
安心させるために、笑ってそう伝える。
だが──
「うっ……」
「う?」
次の瞬間。
「うわあぁぁーーん!怖かったよぉ!寂しかったよぉ!」
「っと!」
五月は泣き叫びながら、僕の胸に飛び込んできた。
いつもの敬語が消えている。
その声は、普段の五月からは想像できないほど幼く、心細そうだった。
恐らく、緊張の糸が切れたのだろう。
一人で人混みに飲まれ、誰も見つけられず、怖かったに違いない。
「よしよし。頑張ったな」
五月の頭と背中を撫でる。
「うんっ……うんっ……」
泣きながら頷く五月。
普段は生真面目な女の子。
けれど、本当は甘えん坊で寂しがり屋なのかもしれない。
しばらくして、五月の呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
「落ち着いた?」
「……はい……」
敬語が戻った。
けれど、目元は赤い。
「三玖が近くにいる。戻ろう」
「三玖が……?」
「ああ。足を踏まれて少し怪我してるけど、大きな怪我じゃない」
「っ……!」
五月の表情が一気に変わる。
「行きます!」
その声には、姉妹を心配する気持ちがはっきりと滲んでいた。
僕は五月の手を握ったまま、人波を抜けて三玖の元に向かう。
その途中。
「あ、あの……!」
「ん?」
五月から声がかかった。
「さっきの事ですが……」
「誰にも言わないよ」
先に答える。
「安心しな。二人だけの秘密ね」
「……二人だけの……」
微かな声。
その言葉を繰り返した五月の手に、ほんの少しだけ力が込められたように思えた。
「三玖っ!」
「五月っ……!」
五月の手を握って人混みを抜けると、三玖が建物の窓に体を向けて何やらしていた。
それを見た五月は、たまらず三玖に抱きつく。
三玖も驚きながら、すぐに抱き返した。
「足を怪我したと聞きました!大丈夫なのですか!?」
「五月、大袈裟……そこまで酷くないよ……」
五月は三玖の両肩を掴み、本気で心配そうに確認する。
そんな五月の姿が微笑ましかったのか、三玖は『ふふふ』と笑いながら答えた。
姉妹っていいな。
そんなことを思いながら見ていると、ある変化に気づく。
「ん?三玖、髪型変えたんだ」
三玖がこちらを見る。
「五月と同じお団子ヘアで、似合ってて可愛いじゃん」
「そっかな……ありがとう……」
よく見ると、三玖はヘッドフォンを近くに置き、後ろ髪を上げて、五月と同じように団子ヘアにしていた。
窓に映った自分を見て、髪を整えていたのだろう。
素直に褒めると、三玖は嬉しそうな顔をしてから、ヘッドフォンをまたいつもの位置へ戻した。
「さて、これで三人になった訳だが」
「そうですね。しかし、私が一人になったように、皆さんの誰かも一人になっている可能性も……」
「だね。そこでこれさ」
五月が心配そうに考え込むところに、僕は鞄からあるものを取り出した。
「え……それって、トランシーバー……?」
「何故そのようなものを?」
僕が取り出したのはトランシーバー。
流石に二人は驚いた表情をしていた。
「あはは……政樹が前に面白がって、五人で持っておこうって言ったんだよ。携帯があるのにって、皆からは不評だったけどね」
そう説明した直後――
『あー!あー!誰か聞こえるか!?』
トランシーバーから、正にその政樹の声が聞こえてきた。
タイミングが良すぎる。
「お、政樹。聞こえてるよ、バッチリだ」
『おおっ!兄貴!マジで繋がった!』
『全く……まさかこんな時に役に立つとはな』
『ふむ。何があるか分からんものだ』
僕の声を皮切りに、風太郎と清治の声も聞こえてきた。
『あっはっは!ほらみろ、風太郎!役に立ったじゃないか!』
『分かったから、状況を整理するぞ。俺は今、らいはと四葉の三人で時計台の下にいる』
「お、そっちも三人か。僕も三玖と五月の三人で、人混みから離れたビルの近くで待機してるよ」
上機嫌な政樹の声を無視して、風太郎が状況整理に入る。
『おーー!凄えぇな!俺は
そうか。
聖奈は政樹と一緒で無事だったか。
とりあえず安心だな。
『ふむ。生憎と俺は一人だ。先ほど一花さんを見かけ、声をかけたのだが、反応もせずに人混みに消えてしまった』
一花が?
胸の奥に、引っかかりが生まれる。
「とりあえず、政樹。お前の場所を教えてくれ」
『ウッス!』
その後、政樹から場所を聞けたので、その場所に向かって動く事にした。
三玖は大袈裟と言ったが、念には念をという事で、僕がおんぶする形を取っている。
「……歩けるのに」
「今日は無理しないって言っただろ」
「……むぅ」
少し不満そうにする三玖だが、結局諦めたのか、僕の首にしっかりと両腕を巻いてきた。
「じゃあ、五月は僕の服でも握っててくれ。またはぐれるとは限らないしね」
「わかりました」
五月は素直に僕の服の後ろを掴んできた。
そのまま前へ進む。
「それにしても近くで助かりましたね。後、一花以外の皆さんがご無事で」
「だね」
「一花、なんでキヨハルの声に答えなかったんだろ……」
「……」
そこが確かに気になる。
一花の性格からして、清治を無視する事は考えにくい。
清治が見間違えたなら分かるが、その可能性も薄いだろう。
何かあったのか。
その疑問を抱えながらも、僕達は政樹に教わった場所に向かうのだった。
──屋上。
「おぉ!兄貴たちも来たか!」
政樹の大声が響く。
人混みを抜け、ようやく辿り着いたビル屋上。
そこには既に、二乃、政樹、聖奈だけでなく、風太郎、らいはちゃん、四葉たちの姿もあった。
「和喜さん!三玖!五月!」
四葉がぱっと駆け寄ってくる。
「良かったぁ~~!」
心底安心したような声だった。
「三玖、その足……!」
「……ちょっと踏まれただけ」
三玖が苦笑しながら答える。
だが、四葉は不安そうに眉を下げた。
「大丈夫なんですか!?」
「応急処置はしてあるよ。今日は無理させないようにする」
そう言いながら、背中の三玖を少し支え直す。
「和喜君が助けてくれました」
五月がそう付け加えると、四葉はぱっと表情を明るくした。
「流石和喜さんです!」
「いやいや、たまたまだよ」
苦笑しながら返す。
「しかし、和喜。三玖さんを背負ってるとは随分と大胆だな」
「足怪我してるからね」
清治の言葉にそう返すと、二乃が三玖の足元を見た。
「えっ、大丈夫なの!?」
「……そこまで酷くない」
「そういう問題じゃないでしょ!」
心配そうに眉を寄せる二乃。
「でも、カズキが助けてくれたから大丈夫」
三玖がぽつりと呟く。
その言葉に、二乃は少しだけ複雑そうな顔をした。
「……そう」
だが、それ以上は何も言わなかった。
ヒュゥゥゥ──……ドォォォン!!
夜空に、大輪の花が咲く。
「おぉ~!」
「綺麗ですね……!」
花火の光が、皆の浴衣を照らした。
黒、青、緑、赤、黄色、淡紫、ピンク。
それぞれ違う色が、夜の中で揺れている。
──けれど。
「……あれ?」
四葉が辺りを見回した。
「一花は?」
その瞬間。
場の空気が、少しだけ変わった。
「そういえば……」
「一花、まだ来てませんね……」
五月も不安そうに周囲を見る。
「ふむ」
清治が腕を組んだ。
「先程、中央通り付近で見かけたのだがな。声をかけたが、そのまま人混みへ消えてしまった」
「一花が……?」
五月が不安そうに呟く。
「見間違いじゃないんだな?」
「ああ。間違いなく一花さんだった」
清治は静かに頷いた。
「だが、何かを考え込んでいる様子だった。こちらに気付いていないようにも見えたな」
「……」
嫌な予感がした。
一花は基本的に空気を読む。
だからこそ、“わざと離れる”時は何か理由がある。
「和喜君……」
五月が不安そうにこちらを見る。
「僕、探してくるよ」
そう言うと、二乃がすぐに反応した。
「ちょっと、一人で!?」
「大丈夫。場所の目星はついてる」
軽く笑う。
「それに、ここで待ってる人がいた方がいいだろ?」
「……」
二乃は言い返せなかった。
「三玖のこともあるし、五月もまだ不安定だ。だから皆はここにいて」
そう言って三玖を見る。
「少し待っててくれる?」
「……うん」
三玖は小さく頷いた。
「一花、お願い……」
「任された」
五月も静かに頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「ああ」
そして僕は、再び夜の人混みへと駆け出した。
──数分後。
「……いた」
人波の隙間。
街灯の下。
黄色の浴衣姿が見えた。
「一花!」
呼びかける。
すると、一花はびくりと肩を震わせて振り返った。
「……カズキ君」
その顔は、どこか困ったような笑みだった。
「探したよ。清治が見つけたって言うから」
「そっか……」
一花はいつもの調子で笑おうとしている。
けれど、その笑みはどこかぎこちなかった。
「……何かあった?」
そう聞くと、一花の笑みが止まった。
「……」
沈黙。
その時だった。
「一花ちゃん!」
聞き覚えのある声。
振り向くと、織田社長が慌てた様子でこちらへ走ってきていた。
「社長……」
「やっと見つけたよぉ~!」
額に汗を浮かべながら、肩で息をしている。
「急遽オーディションが入ったんだ。今から向かえばギリギリ間に合う!」
「……オーディション?」
僕が呟くと、織田社長は「あっ」と口を押さえた。
「えーっと、その……」
「別にいいですよ。知ってますから」
前に会っている。
今さら隠す必要もない。
「そ、そうだったね!」
織田社長は苦笑した。
だが、一花は俯いたままだった。
「一花?」
声をかける。
すると──
「……今日、花火だったから」
ぽつりと零れる。
「みんなと、ちゃんと見たかったなぁって」
その声は小さかった。
けれど、間違いなく本音だった。
「でも、オーディションは急だし……チャンスだし……」
握った拳が、小さく震えている。
「夢、だから」
笑おうとする。
でも、上手く笑えていない。
姉としての一花。
女優を目指す一花。
皆との時間を大切にしたい一花。
その全部が、今ここでぶつかっている。
「……そっか」
僕は短く返した。
そして──
「行ってきなよ」
そう言った。
「……え?」
一花が顔を上げる。
「でも……」
「大丈夫」
言葉を重ねる。
「考えがあるから」
「……考え?」
不思議そうな顔。
「花火は逃げない。けどチャンスは逃げるかもしれない」
真っ直ぐ、一花を見る。
「だったら、今はそっちを掴みに行くべきだ」
「……」
一花の瞳が揺れる。
「それに」
少しだけ笑う。
「皆で見る花火なら、途中参加でも文句言われないだろ」
「……っ」
その瞬間、一花の表情が少しだけ崩れた。
「……ずるいなぁ、カズキ君」
困ったように笑う。
「そういうこと、サラッと言うんだから」
「褒め言葉?」
「半分だけね」
一花が小さく肩をすくめる。
すると。
「よし!車回してくるよ!」
空気を読んだのか、織田社長が慌てて離れていった。
その場に、一瞬だけ静かな時間が落ちる。
花火の音が、遠くで響いている。
「……ねえ、カズキ君」
一花がこちらを見る。
「少しだけ、付き合ってくれない?」
「ん?」
「オーディションの練習」
そう言って、台本を取り出した。
「急に来た役だから、まだ読み込み甘くてさ」
「なるほど」
少し考えてから頷く。
「いいよ。相手役やればいい?」
「助かる♪」
一花が、少しだけ嬉しそうに笑った。
花火の音が、夜空に響く。
その片隅で、僕と一花は街灯の下で向かい合っていた。
「じゃあ、ここからね」
一花が台本を開く。
「えーっと……幼馴染設定か」
「そうそう」
一花が深呼吸する。
そして──役に入った。
「……どうして、何も言わずにいなくなっちゃったの?」
声色が変わる。
表情も変わる。
さっきまでの一花とは別人みたいだった。
「心配、したんだから」
……すごいな。
自然と空気が引き込まれる。
「……ごめん」
僕も台本に目を落としながら返す。
「でも、離れた方がいいと思った」
「どうして?」
「君が夢を追うなら、僕は邪魔になる」
一花の瞳が揺れる。
そこで──ふっと、間が空いた。
「……一花?」
名前を呼ぶ。
すると、一花はハッとしたように瞬きをした。
「……ご、ごめん。ちょっと飛んだ」
「大丈夫?」
「……うん」
笑おうとする。
でも、その顔は少しだけ、役ではなかった。
「続けよっか」
一花が気を取り直すように、台本を握り直す。
「……私は、そんなの嫌」
小さな声。
でも、真っ直ぐだった。
「夢も、大事。でも……」
そこで、一花がこちらを見る。
その目が、一瞬だけ“役”じゃなくなった気がした。
「一緒にいたいって思うのは……ダメかな」
……ああ。
なるほど。
そういう役か。
いや。
もしかすると──それだけではないのかもしれない。
「ダメじゃないだろ」
自然に返す。
「夢を追うことと、誰かを大事にすることは別だよ」
「……」
一花の目が、少し見開かれる。
「両方欲張ればいい」
そう言うと──
一花が、ふっと笑った。
今までで一番、自然な笑顔だった。
演技じゃない。
作った顔でもない。
ただ、素直に零れたような笑み。
「……あ」
一花自身も気づいたのだろう。
少し驚いた顔をする。
「その笑顔」
僕は小さく笑った。
「それがあれば敵なしだな」
「……っ」
一花の頬が、わずかに赤くなる。
「もう……」
困ったように笑う。
「そういうとこだよ、カズキ君」
その時。
クラクションが鳴った。
「一花ちゃーん!準備できたよー!」
織田社長の声。
「……行ってきな」
そう言うと、一花は少しだけこちらを見つめて──
「……うん」
小さく頷いた。
そして。
「行ってきます」
今度は、迷いのない笑顔だった。
黄色の浴衣が、夜の中へ駆けていく。
花火の光に照らされながら。
その背中は、さっきよりずっと軽く見えた。
僕はそれを見送りながら、静かに息を吐く。
「……さて」
まだ花火は終わっていない。
それぞれの場所で、それぞれの想いが動いている。
僕も戻らないとな。
そう思い皆の待つ方へ振り返った。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!
今回は“はぐれる”というイベントを通して、
それぞれの距離感や関係性を描いてみました。
特に一花は、「皆といたい気持ち」と「夢を追いたい気持ち」の両方を抱えている子なので、今回の話はかなり彼女らしい回になったかなと思っています。
そしてタイトルにもある通り、“途中からでも、きっと間に合う”。
夢でも、想いでも、関係でも。
遅いと思った時こそ、本当はまだ間に合うのかもしれません。
そんな空気を少しでも感じてもらえていたら嬉しいです。
もし良ければ、感想・評価・お気に入りなどで応援して頂けると励みになります!
それでは、また次回もよろしくお願いします!