けれど、変わったのは特別な何かではなく、一緒に歩く距離だったり、自然に交わす言葉だったり、そんな“小さな変化”ばかりです。
今回は、そんな彼らの日常回。
そして、避けては通れない中間試験編の始まりでもあります。
騒がしくて、少し温かい。
そんな時間を楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは──
『変わり始めた日常と、中間試験』
どうぞ。
花火大会が終わった翌週。
朝の空気は少しずつ冷たさを帯び始め、制服も夏服から冬服へと変わっていた。
ついこの前まで浴衣姿で花火を見上げていたはずなのに、気づけば季節は静かに移り変わっている。
祭りの夜。
はぐれて、探して、笑って。
それぞれの想いが動いたあの夜を境に、また“いつもの日常”へ戻る──
……そう思っていたのだが。
どうやら、そう簡単にはいかなかったらしい。
まず一つ目の変化。
それは──
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
中野家のリビングに響き渡る、四葉の驚愕の声から始まった。
「マジかよ!?本物の芸能人じゃねぇか!」
「映画とか出るの?」
「……サイン」
「凄いじゃないか、一花さん!」
「ええ。誇って良いと思いますよ」
政樹、四葉、三玖、清治、聖奈。
皆がそれぞれ驚きの反応を見せる。
──そう。
花火大会の日に起きた“急遽のオーディション”。
流石にあれだけの騒ぎを起こした以上、事情説明は避けられなかった。
結果として、一花は自分が芸能活動をしていることを、改めて皆へ説明することになったのである。
「いやぁ~、なんか照れるねぇ」
一花は苦笑しながら頭を掻く。
だが、その表情はどこか柔らかかった。
夢と皆との時間の間で揺れていた、あの夜とは違う。
迷いを吹っ切ったような顔。
「で?どんな仕事してるの?」
「ドラマとかか?雑誌はどうなんだ?」
「テレビに出たりもするの!?」
「まだそこまでは全然だよぉ。小さい仕事から少しずつって感じ」
四葉と政樹が興味津々に身を乗り出す。
一花は「まあまあ」と苦笑しながらそれを受け流していた。
「でも、一花らしいね……」
三玖がぽつりと呟く。
「……人前で何かをするの、上手いし」
「それ、褒めてる?」
「うん」
短いやり取り。
だが、その言葉に一花は少しだけ嬉しそうに笑った。
その一方で──
「……」
二乃だけは妙に静かだった。
スマホを片手に、真剣な顔で画面を見つめている。
「二乃?」
「んー?」
呼びかけられ、ようやく顔を上げる。
「何してるんだ?」
「別に?」
そう言いながらも、スマホを隠す動きが若干怪しい。
……恐らく。
SNSや芸能情報を調べていたのだろう。
「でも、凄いわよね」
ぽつりと、二乃が呟く。
「ちゃんと夢に向かってるってことじゃない」
その言葉に、一花が少しだけ目を丸くした。
「……ありがと、二乃」
「べ、別に!?変な意味じゃないし!」
即座に顔を逸らす。
……いつもの二乃だった。
けれど、耳は少し赤い。
素直に褒めるのが照れくさいのだろう。
「まあ、一花さんなら納得だな」
「うん。一花、演技うまい」
清治と三玖も自然に受け入れている。
それが、どこか中野家と僕達らしかった。
とはいえ。
「流石に大事になるのは避けたいねぇ」
一花自身がそう望んだこともあり、この件については僕たちの間だけの秘密ということになった。
それでも。
皆の視線は、少しだけ変わった気がした。
遠い世界の話ではなく。
すぐ隣にいる一花が、本当に夢へ向かって歩いている。
それを知ったことで、一花という存在が前より少しだけ眩しく見えたのかもしれない。
──そして。
変化は、それだけでは終わらない。
「おっはー!」
朝。
マンション前に響く、元気すぎる声。
「おはよ」
「……おはよう」
「おはようございます!」
「おはようございます」
次々と集まってくる五つ子たち。
そこへ。
「……お前たちは、本当に妙に目立つな」
心底嫌そうな顔をした風太郎が合流する。
現在。
僕たちの登校メンバーは──
僕、風太郎、五つ子、聖奈。
総勢八人。
どう考えても大所帯だった。
「いや、これだけ人数いればそりゃ目立つでしょ」
「それ以前の問題だ」
風太郎が即座に返す。
「同じ顔の女子が五人増えてる時点で終わってる」
「終わってるって何よ」
「事実だろ」
その瞬間。
周囲の男子たちの視線が、一斉にこちらへ向いた。
「あれ上杉じゃね?」
「最近マジでどうなってんだよ……」
「羨ましすぎるだろ……」
「しかも樋口まで一緒だし」
「なんだあの集団……」
ヒソヒソ声。
もはや日常茶飯事である。
「だから嫌なんだ……」
風太郎がげんなりした顔で呟いた。
けれど──
なんだかんだで、もう普通にこの輪の中へいる。
最初の頃みたいに全力で拒絶する様子もない。
「上杉さん、今日の小テスト大丈夫ですか?」
「お前はまず自分の心配をしろ」
「ひどい!?」
四葉が騒ぎ。
「ふふっ」
一花が笑い。
三玖と五月が静かにそのやり取りを見守る。
二乃は少し離れた場所で腕を組んでいたが、誰よりも自然にこの集団の流れに合わせて歩いている。
「……不思議だな」
思わず呟く。
「何がですか?」
聖奈が横から聞いてきた。
「少し前まで、ここまで自然な空気じゃなかった気がしてさ」
「そうですね」
聖奈は小さく頷く。
「関係というものは、些細な出来事を積み重ねて形を変えるものですから」
「……それ、妙に実感こもってるね」
「そうでしょうか」
聖奈は涼しい顔で前を向いた。
花火大会を経て。
皆、それぞれ距離が少しだけ近づいた。
そんな感覚がある。
……まあ。
僕の気のせいでなければ、だけど。
そして。
三つ目の変化。
それは──
「……ふぅ」
放課後の公園。
夕暮れの冷たい風を受けながら、一花が軽く汗を拭った。
「お疲れ、一花」
「いやぁ~、ランニングって地味にキツいねぇ……」
苦笑しながらベンチへ腰掛ける。
花火大会以降。
一花は、放課後の勉強会やトレーニングへ積極的に参加するようになっていた。
「でも、一花かなり体力ついてきたと思いますよ?」
「そう?」
「うん。前より息切れ減った」
五月と三玖が頷く。
「二人に言われると説得力あるんだかないんだか分かんないねぇ」
「……どういう意味」
「私は最近頑張っています!」
三玖が少し不満そうに、一方で五月はやけに真面目に反論する。
その少し離れた場所では──
「走れぇぇぇ四葉ぁぁぁ!!」
「うおおおおーー!!」
政樹と四葉が、今日も全力で公園を駆け回っていた。
「……元気だなぁ」
一花が遠い目をする。
「まあ、あの二人は別枠だからね」
苦笑しながら返す。
ちなみに、風太郎と清治はトレーニングには参加していない。
風太郎は勉強優先。
清治は部活優先である。
そのため、自然とトレーニング組は分かれることになった。
政樹&四葉組。
そして──
僕組。
……とは言っても。
「主に三玖組じゃない?」
ベンチに座った一花が、にやにやしながら言う。
「なんで」
「だって三玖、ほぼカズキ君の横固定じゃん」
「……」
三玖がぴたりと止まった。
「……だって、私だけ運動苦手だし」
ぽつりと漏らす。
「カズキのメニューが、一番合わせてくれるから」
それが理由。
僕のトレーニングは、無理に追い込むタイプではない。
呼吸。
姿勢。
重心。
身体の使い方。
一つずつ丁寧に積み重ねていく。
運動神経が特別良くない三玖でも、ちゃんと“出来る”と思わせてくれるやり方だった。
「なるほどねぇ」
一花が面白そうに笑う。
「つまり三玖専属コーチ?」
「違う」
「……でも、やりやすい」
三玖が小さく付け加える。
「無理しなくていいって言ってくれるから」
その言葉に、一花が一瞬だけ目を細めた。
「……ふーん」
どこか意味深な声。
「カズキ君って、そういうところ自然なんだよねぇ」
「何が?」
「無自覚なとこ♪」
そう言って笑う一花。
その横で──
「……」
五月が、じーっとこちらを見ていた。
「五月?」
「……いえ」
何か言いたげだったが、結局それ以上は言わなかった。
……なんだろう。
最近。
本当に。
皆との距離感が、少しずつ変わってきている気がする。
夕焼け空を見上げる。
秋の空気は夏に比べて冷たい。
けれど。
その冷たさとは裏腹に──
僕たちの関係は、少しずつ温かく変わり始めていた。
「来週から中間試験が始まります。念のためにお伝えしますが、今回も三十点以下は赤点とします。皆さん、しっかりと復習しておいてくださいね」
帰りのホームルーム。
文乃……いや、鷺浦先生の言葉に、教室のあちこちから小さな悲鳴が漏れた。
「うげぇ……」
「終わった……」
「赤点確定だろこれ……」
そんな声が飛び交う中──
「……いよいよだね……」
三玖が静かに話しかけてきた。
「ああ。来週から中間試験だ」
そして今日は、いつもより少し人数の多い勉強会になる予定だった。
清治は部活が休み。
そこへ政樹が当然のように参加し、政樹が参加するならと二乃も来る。
結果。
「……食堂じゃないと無理だな、これ」
自然とそういう結論になった。
人数が人数だ。
いつもの図書室では流石に入りきらない。
放課後。
食堂の長机。
各自が飲み物や参考書を持ち込み、それぞれ席についていく。
「じゃ、私はここね」
二乃が政樹の隣へ腰を下ろした。
「お、よろしくな!」
「……別に、アンタに教わる訳じゃないんだけど」
「?」
「なんでもない!」
……今日も通常運転らしい。
その少し離れた位置には、風太郎と四葉。
さらに奥に清治と聖奈。
そして──
「……ここ、いい?」
「ん、どうぞ」
気づけば、僕の右隣には三玖。
「では、私はこちらで」
左隣には五月が座っていた。
そして。
「えー?じゃあ私は向かいかな?」
一花が、にこっと笑いながら真正面へ座る。
……なんだこの配置。
「ふふっ。なんか面白い席順だねぇ」
「他人事みたいに言うなよ」
苦笑しながらノートを開く。
すると。
「て訳で、君たちのお父さんから“各自一教科は赤点回避”の約束をしてきた」
全員へ向けて声をかける。
「とは言え、最終目標は全教科赤点回避だ。そこは変わらない」
その瞬間。
「うっ……」
四葉が露骨に目を逸らした。
「逃げるな」
「う、上杉さん助けてください!」
「まず現実見ろ」
即座に切り捨てられる。
「あと、政樹」
「ウッス!」
「お前は全教科だから悪しからず」
「マジっすか!?」
「あら。出来ないとでも?」
「い、いえいえ!!そんなことはないっすよ……あはは……」
聖奈の笑顔が怖い。
「こりゃ結果は見えてんな」
「はぁぁ……相変わらず学習能力は上がらんのか……」
風太郎と清治が同時に呆れていた。
「うるせぇ!今回はやってやるから見てろ!」
政樹が謎に燃え始める。
……まあ。
成績自体は少しずつ上がっている。
努力はしているのだ。
方向性が怪しいだけで。
「じゃ、これは家庭教師って訳じゃないし、各々好きなように勉強していこう」
軽く手を叩く。
「分からないところは近くの人に聞いてくれ」
そうして。
少し騒がしくもある勉強会が始まった。
開始五分。
「カズキ、ここ分からない」
「和喜君、こちらも少し良いですか?」
「ねえねえカズキ君、これってどっちだと思う?」
……集中できない。
「順番!」
思わずツッコむ。
「むぅ……」
「すみません……」
「あはは、ごめんごめん♪」
反応は三者三様。
だが。
三人とも妙に引く気がない。
「……君ら絶対わざとでしょ」
「そんなことない」
「ありません」
「どうだろ?」
最後だけ認めてるな?
「じゃあまず三玖」
「……勝った」
「勝ち負けじゃない」
「では、私は次ですね」
「えー、じゃあ私は三番目かぁ」
一花が頬杖をつきながら、面白そうに笑う。
……なんだろう。
勉強会というより、順番待ちの受付みたいになっている気がする。
そんなやり取りをしていると──
「
少し離れた席から、政樹の大声が響いた。
視線を向ける。
そこでは、政樹が二乃へ数学を教えていた。
……のだが。
「政樹さん」
聖奈が静かに口を開く。
「その解き方ですと、途中式が成立していません」
「……へ?」
「ここ、符号が逆です」
指先で淡々と指摘する。
数秒の沈黙。
「……マジだ」
「マジですね」
「おいぃぃぃ!?」
政樹が頭を抱えた。
「危ねぇ!二乃を赤点街道に導くところだった!」
「最初から信用してないわよ!」
二乃が即座にツッコむ。
だが──
どこか少しだけ嬉しそうだった。
「ありがとう、聖奈」
「いえ。当然の指摘ですので」
相変わらず冷静である。
すると。
「聖奈さん、この英文なのだが」
今度は清治が自然な動きでノートを差し出した。
「関係代名詞の省略判断で迷っている」
「……ああ、こちらでしたら」
聖奈がすぐに視線を落とし、丁寧に説明を始める。
その距離感は自然だった。
あまりにも自然すぎて──
「……」
二乃が、じーっとその様子を見ている。
すると。
「
政樹が勢いよく割り込んだ。
「はいはい。順番です」
「ぐっ……!」
妙な対抗心を燃やしている。
その様子を見て。
「……何張り合ってんのよ、あいつ」
二乃が小さく眉をひそめるのだった。
一方その頃。
「上杉さん!ここ全然分かりません!」
「だからそこは昨日も教えただろ!」
四葉が今日も元気に爆散していた。
「ひぃぃぃ~~!」
「逃げるな!」
風太郎が四葉のノートを引き戻す。
その様子に、一花がくすっと笑った。
「なんだかんだ面倒見良いよねぇ、フータロー君」
「うるさい」
即答。
だが、否定はしない。
……ほんと、変わったな。
少し前までなら、ここまで自然に皆といることはなかったはずだ。
騒がしい。
集中しづらい。
面倒事も多い。
それなのに──
「……」
誰も、この時間を嫌がっていなかった。
むしろ。
どこか楽しそうですらある。
「……青春だなぁ」
ぽつりと呟く。
すると。
「カズキ君って時々おじさんみたいなこと言うよね」
「失礼な」
「ふふっ」
一花が笑う。
その横で。
「……でも」
三玖が小さく口を開いた。
「こういうの……嫌いじゃない」
「……私もです」
五月も静かに頷く。
その言葉に──
僕は小さく笑った。
秋の空気はどこか冷たい。
けれど。この食堂の空気だけは、不思議と温かかった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
今回は大きなイベント回というより、花火大会後の“余韻”を意識して書いたお話でした。
少しずつ変わっていく距離感。
無自覚な好意。
賑やかな勉強会。
そんな「日常の温度」を感じてもらえていたら嬉しいです。
そして次回からは、いよいよ中間試験編へ。
赤点回避を目指す五つ子たちと、それを支える和樹たち。
もちろん、勉強だけでは終わらない予定です。
誰が伸びるのか。
誰が苦戦するのか。
そして、少しずつ動き始めた想いたちはどうなるのか。
引き続き楽しんでいただければ幸いです!
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いつもありがとうございます!