妹が微笑う理由を、僕はまだ知らない   作:吉月和玖

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花火大会を経て、少しずつ変わり始めた日常。

けれど、変わったのは特別な何かではなく、一緒に歩く距離だったり、自然に交わす言葉だったり、そんな“小さな変化”ばかりです。

今回は、そんな彼らの日常回。
そして、避けては通れない中間試験編の始まりでもあります。

騒がしくて、少し温かい。
そんな時間を楽しんでいただければ嬉しいです。

それでは──
『変わり始めた日常と、中間試験』
どうぞ。




22.変わり始めた日常と、中間試験

花火大会が終わった翌週。

朝の空気は少しずつ冷たさを帯び始め、制服も夏服から冬服へと変わっていた。

ついこの前まで浴衣姿で花火を見上げていたはずなのに、気づけば季節は静かに移り変わっている。

祭りの夜。

はぐれて、探して、笑って。

それぞれの想いが動いたあの夜を境に、また“いつもの日常”へ戻る──

 

……そう思っていたのだが。

 

どうやら、そう簡単にはいかなかったらしい。

 

まず一つ目の変化。

それは──

 

「えぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

中野家のリビングに響き渡る、四葉の驚愕の声から始まった。

 

「マジかよ!?本物の芸能人じゃねぇか!」

「映画とか出るの?」

「……サイン」

「凄いじゃないか、一花さん!」

「ええ。誇って良いと思いますよ」

 

政樹、四葉、三玖、清治、聖奈。

皆がそれぞれ驚きの反応を見せる。

──そう。

花火大会の日に起きた“急遽のオーディション”。

流石にあれだけの騒ぎを起こした以上、事情説明は避けられなかった。

結果として、一花は自分が芸能活動をしていることを、改めて皆へ説明することになったのである。

 

「いやぁ~、なんか照れるねぇ」

 

一花は苦笑しながら頭を掻く。

だが、その表情はどこか柔らかかった。

夢と皆との時間の間で揺れていた、あの夜とは違う。

迷いを吹っ切ったような顔。

 

「で?どんな仕事してるの?」

「ドラマとかか?雑誌はどうなんだ?」

「テレビに出たりもするの!?」

「まだそこまでは全然だよぉ。小さい仕事から少しずつって感じ」

 

四葉と政樹が興味津々に身を乗り出す。

一花は「まあまあ」と苦笑しながらそれを受け流していた。

 

「でも、一花らしいね……」

 

三玖がぽつりと呟く。

 

「……人前で何かをするの、上手いし」

「それ、褒めてる?」

「うん」

 

短いやり取り。

だが、その言葉に一花は少しだけ嬉しそうに笑った。

その一方で──

 

「……」

 

二乃だけは妙に静かだった。

スマホを片手に、真剣な顔で画面を見つめている。

 

「二乃?」

「んー?」

 

呼びかけられ、ようやく顔を上げる。

 

「何してるんだ?」

「別に?」

 

そう言いながらも、スマホを隠す動きが若干怪しい。

……恐らく。

SNSや芸能情報を調べていたのだろう。

 

「でも、凄いわよね」

 

ぽつりと、二乃が呟く。

 

「ちゃんと夢に向かってるってことじゃない」

 

その言葉に、一花が少しだけ目を丸くした。

 

「……ありがと、二乃」

「べ、別に!?変な意味じゃないし!」

 

即座に顔を逸らす。

……いつもの二乃だった。

けれど、耳は少し赤い。

素直に褒めるのが照れくさいのだろう。

 

「まあ、一花さんなら納得だな」

「うん。一花、演技うまい」

 

清治と三玖も自然に受け入れている。

それが、どこか中野家と僕達らしかった。

とはいえ。

 

「流石に大事になるのは避けたいねぇ」

 

一花自身がそう望んだこともあり、この件については僕たちの間だけの秘密ということになった。

それでも。

皆の視線は、少しだけ変わった気がした。

遠い世界の話ではなく。

すぐ隣にいる一花が、本当に夢へ向かって歩いている。

それを知ったことで、一花という存在が前より少しだけ眩しく見えたのかもしれない。

 

──そして。

変化は、それだけでは終わらない。

 

・・・・・

 

「おっはー!」

 

朝。

マンション前に響く、元気すぎる声。

 

「おはよ」

「……おはよう」

「おはようございます!」

「おはようございます」

 

次々と集まってくる五つ子たち。

そこへ。

 

「……お前たちは、本当に妙に目立つな」

 

心底嫌そうな顔をした風太郎が合流する。

現在。

僕たちの登校メンバーは──

 

僕、風太郎、五つ子、聖奈。

 

総勢八人。

どう考えても大所帯だった。

 

「いや、これだけ人数いればそりゃ目立つでしょ」

「それ以前の問題だ」

 

風太郎が即座に返す。

 

「同じ顔の女子が五人増えてる時点で終わってる」

「終わってるって何よ」

「事実だろ」

 

その瞬間。

周囲の男子たちの視線が、一斉にこちらへ向いた。

 

「あれ上杉じゃね?」

「最近マジでどうなってんだよ……」

「羨ましすぎるだろ……」

「しかも樋口まで一緒だし」

「なんだあの集団……」

 

ヒソヒソ声。

もはや日常茶飯事である。

 

「だから嫌なんだ……」

 

風太郎がげんなりした顔で呟いた。

けれど──

なんだかんだで、もう普通にこの輪の中へいる。

最初の頃みたいに全力で拒絶する様子もない。

 

「上杉さん、今日の小テスト大丈夫ですか?」

「お前はまず自分の心配をしろ」

「ひどい!?」

 

四葉が騒ぎ。

 

「ふふっ」

 

一花が笑い。

三玖と五月が静かにそのやり取りを見守る。

二乃は少し離れた場所で腕を組んでいたが、誰よりも自然にこの集団の流れに合わせて歩いている。

 

「……不思議だな」

 

思わず呟く。

 

「何がですか?」

 

聖奈が横から聞いてきた。

 

「少し前まで、ここまで自然な空気じゃなかった気がしてさ」

「そうですね」

 

聖奈は小さく頷く。

 

「関係というものは、些細な出来事を積み重ねて形を変えるものですから」

「……それ、妙に実感こもってるね」

「そうでしょうか」

 

聖奈は涼しい顔で前を向いた。

花火大会を経て。

皆、それぞれ距離が少しだけ近づいた。

そんな感覚がある。

……まあ。

僕の気のせいでなければ、だけど。

 

・・・・・

 

そして。

三つ目の変化。

それは──

 

「……ふぅ」

 

放課後の公園。

夕暮れの冷たい風を受けながら、一花が軽く汗を拭った。

 

「お疲れ、一花」

「いやぁ~、ランニングって地味にキツいねぇ……」

 

苦笑しながらベンチへ腰掛ける。

花火大会以降。

一花は、放課後の勉強会やトレーニングへ積極的に参加するようになっていた。

 

「でも、一花かなり体力ついてきたと思いますよ?」

「そう?」

「うん。前より息切れ減った」

 

五月と三玖が頷く。

 

「二人に言われると説得力あるんだかないんだか分かんないねぇ」

「……どういう意味」

「私は最近頑張っています!」

 

三玖が少し不満そうに、一方で五月はやけに真面目に反論する。

その少し離れた場所では──

 

「走れぇぇぇ四葉ぁぁぁ!!」

「うおおおおーー!!」

 

政樹と四葉が、今日も全力で公園を駆け回っていた。

 

「……元気だなぁ」

 

一花が遠い目をする。

 

「まあ、あの二人は別枠だからね」

 

苦笑しながら返す。

ちなみに、風太郎と清治はトレーニングには参加していない。

風太郎は勉強優先。

清治は部活優先である。

そのため、自然とトレーニング組は分かれることになった。

政樹&四葉組。

そして──

僕組。

……とは言っても。

 

「主に三玖組じゃない?」

 

ベンチに座った一花が、にやにやしながら言う。

 

「なんで」

「だって三玖、ほぼカズキ君の横固定じゃん」

「……」

 

三玖がぴたりと止まった。

 

「……だって、私だけ運動苦手だし」

 

ぽつりと漏らす。

 

「カズキのメニューが、一番合わせてくれるから」

 

それが理由。

僕のトレーニングは、無理に追い込むタイプではない。

 

呼吸。

姿勢。

重心。

身体の使い方。

 

一つずつ丁寧に積み重ねていく。

運動神経が特別良くない三玖でも、ちゃんと“出来る”と思わせてくれるやり方だった。

 

「なるほどねぇ」

 

一花が面白そうに笑う。

 

「つまり三玖専属コーチ?」

「違う」

「……でも、やりやすい」

 

三玖が小さく付け加える。

 

「無理しなくていいって言ってくれるから」

 

その言葉に、一花が一瞬だけ目を細めた。

 

「……ふーん」

 

どこか意味深な声。

 

「カズキ君って、そういうところ自然なんだよねぇ」

「何が?」

「無自覚なとこ♪」

 

そう言って笑う一花。

その横で──

 

「……」

 

五月が、じーっとこちらを見ていた。

 

「五月?」

「……いえ」

 

何か言いたげだったが、結局それ以上は言わなかった。

……なんだろう。

最近。

本当に。

皆との距離感が、少しずつ変わってきている気がする。

夕焼け空を見上げる。

秋の空気は夏に比べて冷たい。

けれど。

その冷たさとは裏腹に──

僕たちの関係は、少しずつ温かく変わり始めていた。

 


 

「来週から中間試験が始まります。念のためにお伝えしますが、今回も三十点以下は赤点とします。皆さん、しっかりと復習しておいてくださいね」

 

帰りのホームルーム。

 

文乃……いや、鷺浦先生の言葉に、教室のあちこちから小さな悲鳴が漏れた。

 

「うげぇ……」

「終わった……」

「赤点確定だろこれ……」

 

そんな声が飛び交う中──

 

「……いよいよだね……」

 

三玖が静かに話しかけてきた。

 

「ああ。来週から中間試験だ」

 

そして今日は、いつもより少し人数の多い勉強会になる予定だった。

清治は部活が休み。

そこへ政樹が当然のように参加し、政樹が参加するならと二乃も来る。

結果。

 

「……食堂じゃないと無理だな、これ」

 

自然とそういう結論になった。

人数が人数だ。

いつもの図書室では流石に入りきらない。

 

・・・・・

 

放課後。

食堂の長机。

各自が飲み物や参考書を持ち込み、それぞれ席についていく。

 

「じゃ、私はここね」

 

二乃が政樹の隣へ腰を下ろした。

 

「お、よろしくな!」

「……別に、アンタに教わる訳じゃないんだけど」

「?」

「なんでもない!」

 

……今日も通常運転らしい。

その少し離れた位置には、風太郎と四葉。

さらに奥に清治と聖奈。

そして──

 

「……ここ、いい?」

「ん、どうぞ」

 

気づけば、僕の右隣には三玖。

 

「では、私はこちらで」

 

左隣には五月が座っていた。

 

そして。

 

「えー?じゃあ私は向かいかな?」

 

一花が、にこっと笑いながら真正面へ座る。

……なんだこの配置。

 

「ふふっ。なんか面白い席順だねぇ」

「他人事みたいに言うなよ」

 

苦笑しながらノートを開く。

すると。

 

「て訳で、君たちのお父さんから“各自一教科は赤点回避”の約束をしてきた」

 

全員へ向けて声をかける。

 

「とは言え、最終目標は全教科赤点回避だ。そこは変わらない」

 

その瞬間。

 

「うっ……」

 

四葉が露骨に目を逸らした。

 

「逃げるな」

「う、上杉さん助けてください!」

「まず現実見ろ」

 

即座に切り捨てられる。

 

「あと、政樹」

「ウッス!」

「お前は全教科だから悪しからず」

「マジっすか!?」

「あら。出来ないとでも?」

「い、いえいえ!!そんなことはないっすよ……あはは……」

 

聖奈の笑顔が怖い。

 

「こりゃ結果は見えてんな」

「はぁぁ……相変わらず学習能力は上がらんのか……」

 

風太郎と清治が同時に呆れていた。

 

「うるせぇ!今回はやってやるから見てろ!」

 

政樹が謎に燃え始める。

……まあ。

成績自体は少しずつ上がっている。

努力はしているのだ。

方向性が怪しいだけで。

 

「じゃ、これは家庭教師って訳じゃないし、各々好きなように勉強していこう」

 

軽く手を叩く。

 

「分からないところは近くの人に聞いてくれ」

 

そうして。

少し騒がしくもある勉強会が始まった。

 

・・・・・

 

開始五分。

 

「カズキ、ここ分からない」

「和喜君、こちらも少し良いですか?」

「ねえねえカズキ君、これってどっちだと思う?」

 

……集中できない。

 

「順番!」

 

思わずツッコむ。

 

「むぅ……」

「すみません……」

「あはは、ごめんごめん♪」

 

反応は三者三様。

だが。

三人とも妙に引く気がない。

 

「……君ら絶対わざとでしょ」

「そんなことない」

「ありません」

「どうだろ?」

 

最後だけ認めてるな?

 

「じゃあまず三玖」

「……勝った」

「勝ち負けじゃない」

「では、私は次ですね」

「えー、じゃあ私は三番目かぁ」

 

一花が頬杖をつきながら、面白そうに笑う。

……なんだろう。

勉強会というより、順番待ちの受付みたいになっている気がする。

そんなやり取りをしていると──

 

(あね)さん!ここってこれで合ってるっすよね!?」

 

少し離れた席から、政樹の大声が響いた。

視線を向ける。

そこでは、政樹が二乃へ数学を教えていた。

……のだが。

 

「政樹さん」

 

聖奈が静かに口を開く。

 

「その解き方ですと、途中式が成立していません」

「……へ?」

「ここ、符号が逆です」

 

指先で淡々と指摘する。

数秒の沈黙。

 

「……マジだ」

「マジですね」

「おいぃぃぃ!?」

 

政樹が頭を抱えた。

 

「危ねぇ!二乃を赤点街道に導くところだった!」

「最初から信用してないわよ!」

 

二乃が即座にツッコむ。

だが──

どこか少しだけ嬉しそうだった。

 

「ありがとう、聖奈」

「いえ。当然の指摘ですので」

 

相変わらず冷静である。

すると。

 

「聖奈さん、この英文なのだが」

 

今度は清治が自然な動きでノートを差し出した。

 

「関係代名詞の省略判断で迷っている」

「……ああ、こちらでしたら」

 

聖奈がすぐに視線を落とし、丁寧に説明を始める。

その距離感は自然だった。

あまりにも自然すぎて──

 

「……」

 

二乃が、じーっとその様子を見ている。

すると。

 

(あね)さん!俺もここ分かんねぇ!」

 

政樹が勢いよく割り込んだ。

 

「はいはい。順番です」

「ぐっ……!」

 

妙な対抗心を燃やしている。

その様子を見て。

 

「……何張り合ってんのよ、あいつ」

 

二乃が小さく眉をひそめるのだった。

 

・・・・・

 

一方その頃。

 

「上杉さん!ここ全然分かりません!」

「だからそこは昨日も教えただろ!」

 

四葉が今日も元気に爆散していた。

 

「ひぃぃぃ~~!」

「逃げるな!」

 

風太郎が四葉のノートを引き戻す。

その様子に、一花がくすっと笑った。

 

「なんだかんだ面倒見良いよねぇ、フータロー君」

「うるさい」

 

即答。

だが、否定はしない。

……ほんと、変わったな。

少し前までなら、ここまで自然に皆といることはなかったはずだ。

 

騒がしい。

集中しづらい。

面倒事も多い。

 

それなのに──

 

「……」

 

誰も、この時間を嫌がっていなかった。

むしろ。

どこか楽しそうですらある。

 

「……青春だなぁ」

 

ぽつりと呟く。

すると。

 

「カズキ君って時々おじさんみたいなこと言うよね」

「失礼な」

「ふふっ」

 

一花が笑う。

その横で。

 

「……でも」

 

三玖が小さく口を開いた。

 

「こういうの……嫌いじゃない」

「……私もです」

 

五月も静かに頷く。

その言葉に──

僕は小さく笑った。

秋の空気はどこか冷たい。

けれど。この食堂の空気だけは、不思議と温かかった。

 

 




ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

今回は大きなイベント回というより、花火大会後の“余韻”を意識して書いたお話でした。

少しずつ変わっていく距離感。
無自覚な好意。
賑やかな勉強会。

そんな「日常の温度」を感じてもらえていたら嬉しいです。

そして次回からは、いよいよ中間試験編へ。
赤点回避を目指す五つ子たちと、それを支える和樹たち。
もちろん、勉強だけでは終わらない予定です。

誰が伸びるのか。
誰が苦戦するのか。
そして、少しずつ動き始めた想いたちはどうなるのか。

引き続き楽しんでいただければ幸いです!

感想・評価・ブックマーク、本当に励みになっています。
いつもありがとうございます!

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