そんな“いつもの日常”も、少しずつ形を変え始めています。
花火大会を経て、それぞれの距離感や関係性が少しだけ変わった今回。
派手な事件はありませんが、こういう何気ない時間こそ、この作品で大切にしたい部分だったりします。
勉強合宿という名の、ちょっと騒がしい青春回。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
中間試験前最後の週末。
この日は各自家に帰るなり、中野家に集合することになっていた。
この時期になると、僕達いつもの五人はあることをしているので、それを五つ子にも参加してもらうためだ。
それが──
「今日からお前たちには朝から晩まで勉強漬けにする!」
意気揚々と宣言する風太郎。
つまり、泊まりでの勉強合宿である。
この時期は政樹や部活で忙しい清治の為に、我が家で毎回勉強合宿を行っているのだ。
それの拡大版といったところである。
「ふへえぇ~……そうきましたか…」
「マジ無理…でも政樹君とずっといられるのも……ゴニョゴニョ…」
「…………」
最近になって勉強会に参加するようになった一花や二乃からは、既に疲れきった声が聞こえる。
いや、二乃からは政樹にお近づき出来るチャンスと思って、やる気はあるようだ。
ちなみに、毎回参加している政樹は既に灰になっている。
早ぇよ!
「まあ、全部の時間使って勉強する訳じゃないんだ。そう、身構えなくて良いよ」
僕の言葉に安堵の空気が漂う。
「とは言え、やる時には徹底的にやっていきます。覚悟しておくように」
『はい……』
聖奈の言葉に五つ子と政樹からは力ない返事が返ってくる。
「さて、清治の参加もあるし班分けというより各々勉強して分からないところを近くの人に聞いていこう。教科は、まずは一花は数学、二乃は英語、三玖は社会、四葉は国語、五月は理科をやっていこうか」
僕の指示にそれぞれが該当の教科書とノートを取り出す。
「それじゃ、席順は自由でいこう。ダイニングテーブルと普通のテーブルで別れようか。ダイニングテーブルは、僕と清治。テーブルには聖奈と風太郎を配置しようか」
そう伝えながらダイニングテーブルの上座から左側へ僕は座る。
すると、当たり前の様に左側へ三玖が座ってきた。
「ん?三玖は社会だから聖奈や風太郎でもいいんじゃない?」
「いいの。カズキの方が慣れてるから…」
「ならいいけど…」
僕の言葉を無視する様に、三玖はノートを広げて勉強を始めてしまった。
まあいいか。
ガタッ…
すると僕の向かいに五月が座り、こちらもすぐに勉強を始めてしまった。
これではいつもと変わらないのでは?
二人がどう考えてるのか分からないが、その場所が良いのなら二人の意思に任せよう。
「では、俺は五月さんの隣に座ろう」
「ああ」
「じゃあ、私はここ♪」
最後の開いた上座に一花が微笑みながら座る。
「い、一花。俺に兄貴の指導を──」
「政樹さん?貴方はこちらに。私と風太郎さんで徹底的に教え込みます」
「ひぃぃーーー……」
「ありゃりゃ」
テーブルへと連行された政樹は、聖奈と風太郎の間に座らされてしまった。
それを見た一花は、多少なりとも心配の声をあげたが気にせずノートなどを準備していく。
「それにしても政樹君も大変だねぇ~」
「あれは毎回の事だ。気にするな」
「てか、五人も成績次第では政樹みたいになるから、今からしっかりと基本を立てるんだよ」
「「は~い」」「うん…」「「はい!」」
清治は気にしない様に伝えるが、いつかは自分の身に乗りかかると注意するも、三者三様の返事が返ってきた。
一花は集中力がなく、二乃は政樹がいなかったら勉強をしない。三玖と五月はまだまだだが、伸び代を感じられる。四葉はやる気だけなら五人の中で一番だけど、成績がなぁ……
「カズキ。私がいなかった間のノート見せて」
「あ、私もお願いします」
「いいよ。読みにくかったら言ってね」
「じゃ、私も借りちゃおっかな♪」
三玖を筆頭に、五月と一花にそれぞれのノートを渡す。
「「「…………」」」
「ん?どうかした?」
ノートを見た三人は固まったまま、次々へとノートを捲っていく。
「これ。私が転入してきてからのノートと全然違います。私はしっかりと板書しているつもりだったのですが…」
「ああ。そゆこと」
五月の一言で理解した。
「例えば……一花、ちょっとノート借りるね」
「う、うん」
数学が一番分かりやすいと思って一花からノートを借りた。
「五月。この間の二次関数のノート出せる?」
「は、はい!」
五月はパラパラと捲り、該当の箇所を開いた。
そこには──
二次関数
y=ax²+bx+c
頂点
x=-b/2a
と書かれている。
「五月は、このノートを見直して、どう感じる?」
「えっと……どうして頂点がこうなるのかを教科書を使って読み返します」
「それだと時間の無駄」
「──っ!」
僕の言葉に五月は息を飲む。
「別にそのやり方で問題ない人は大勢いる。例えば風太郎。風太郎は板書を取りつつも。その日のうちに同じ問題を参考書を使って解きなおす。それが出来れば問題ない」
僕の言葉に「ふんっ…」と風太郎の声が聞こえる。どや顔をしてるのが想像出来る。
というか、いつの間にか二乃と四葉も僕のノートを覗き込んでいる。
「ならどうすればいいか……」
そこで、五月と同じ箇所のノートを見せてあげる。
そこには──
【二次関数】
◆まず見る場所
① aの符号 → グラフの向き
② 頂点 → 最大or最小
③ 判別式 → x軸と交わる数
────────────────
■頂点公式
x=-b/2a
※迷ったら「bだけ符号反転して割る」
例)
y=2x²-4x+1
→ x=1
────────────────
【四葉用メモ】
“平方完成”が苦手なら、
まず頂点だけ先に出す方が早い
「すごーい。わたしの名前が書いてます」
「ああ。これは最近始めたんだよ。家庭教師をするにあたって誰がどんな人物なのかをメモ取るようになったかな」
「板書するだけでも大変なのに、アンタこんな事までしてたの!?」
四葉用メモを見た、四葉と二乃は驚愕の声をあげる。
僕のノートは妙に見やすかった。
黒板を書き写しているだけじゃない。
“どこが重要か”
“何を間違えやすいか”
“どう覚えればいいか”
それらが、ひと目で分かる。
まるで、“読む教科書”みたいなノートなのだ。
「あ、こっちには上杉君と私の名前が…」
※ここ試験出やすい
※風太郎方式だとこっちが早い
※五月は暗記より理屈で覚えた方がいい
「ちなみに、皆さんは兄さんの様にノートを取らなくて良いですよ。そんな芸当が出来るのは兄さんくらいですし、今まで通りに板書をするだけで構いません」
パシンッ…
「いてぇっ…!」
「間違ってもこの男の様に白紙でなければ、後は兄さんが皆さんをカバーしてくれます。何と言っても、兄さんは皆さんの家庭教師ですから」
最初は冷たい声であったが、徐々に柔らかな声になり、五つ子も
──勉強開始から約二時間後。
カリカリ。
ペラッ。
カリカリ──
最初こそ騒がしかったものも、今ではシャーペンの音だけが静かに響いていた。
「…………」
「…………」
「…………」
そして。
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
ガンッ!
四葉が机へ突っ伏した。
「も、もう無理ですぅぅぅ~~!!」
「うるさい」
「上杉さん冷たいですぅぅ!!」
風太郎へ縋りつこうとするが、即座に額を押されて止められる。
「まだ二時間だぞ」
「二時間もです!」
「まだ夕方だ」
「うぅぅ……」
完全に魂が抜けている。
「ふむ……ちょっと根を詰めすぎたかもね」
その様子を見た僕は、小さく息を吐いた。
「一回休憩しようか」
「!!」
その瞬間。
「やったぁぁぁ!!」
四葉が復活した。
早いな。
「兄貴ぃぃ!神っす!」
「現金な奴だな……」
政樹まで蘇っている。
「ですが、確かに少し集中力が落ちていますね」
聖奈も静かに頷いた。
「適度な休憩は必要でしょう」
「うん。じゃあ1時間位休憩」
そう言った瞬間──
「なら、何か作るわ」
二乃が立ち上がった。
「え?」
「勉強中って甘いもの欲しくなるじゃない」
当然のようにキッチンへ向かう。
「五月、手伝いなさい」
「はい。では紅茶も淹れましょう」
五月もすぐに立ち上がった。
「えー?じゃあ私もやるー」
「一花は味見係でしょ」
「なんでバレたの!?」
図星らしい。
「……私も手伝う」
三玖も静かに立ち上がった。
そのまま五つ子たちがキッチンへ向かっていく。
「……なんか、普通に合宿っぽいね」
一花が笑う。
「普通に合宿だろ」
「それもそっか」
十分後。
「できたわよ」
机へ並べられたのは、簡単なおやつだった。
小さめのホットケーキ。
クッキー。
チョコレート。
そして、湯気の立つ紅茶。
「うっまそぉぉぉ!!」
政樹が目を輝かせる。
「まだ食べてないでしょ」
「見た目で分かる!」
しかし、二乃も政樹との話にだいぶ慣れてきた感じだな。
素も出てて、噛み合ってるし良い組み合わせかもしれないな。
まあ、後は政樹の気持ち次第なんだが……
「はい、カズキ」
三玖がお皿を差し出してくる。
「ありがと」
「……ん」
小さく頷く三玖。
その様子を見ていた一花が、にやっと笑った。
「おやおや~?」
「な、何」
「別にぃ?」
絶対何か言いたい顔である。
「ほら、アンタも食べなさいよ」
二乃が政樹の前へホットケーキを置いた。
「お、おう!」
政樹が嬉しそうに受け取る。
「……」
その顔を見ながら、二乃は少しだけ視線を逸らした。
「……冷める前に食べなさいよ」
「おう!いただきます!」
一口。
「うっっっっっま!!」
政樹が叫ぶ。
「店出せるだろこれ!」
「大袈裟なのよ!」
そう言いながらも、二乃の頬は少しだけ赤い。
「いやマジで美味ぇって!」
「はいはい」
素っ気なく返しているが、明らかに機嫌が良くなっていた。
「……分かりやす」
一花がぼそっと呟く。
「うるさい!!」
即座に反応。
「なんでもないし!」
「はいはい」
一花が肩をすくめる。
一方その頃。
「四葉さん、糖分だけ摂って満足しないでください」
「はっ!?」
聖奈の冷静な声。
「この後も勉強は続きます」
「わ、分かってますよぉ~!」
四葉が慌ててホットケーキを飲み込む。
「ほら、お茶」
風太郎が紙コップを差し出した。
「ありがとうございます!」
「火傷すんなよ」
「そこまで子供じゃ──あつっ!!」
「言ったそばから……」
風太郎が呆れた顔をする。
そのやり取りに、小さな笑いが零れた。
「……ん?」
ふと視線を向ける。
そこには。
「…………」
僕のノートを真剣に読み込んでいる五月の姿があった。
「五月?」
「……あ、すみません」
呼ばれてハッとする。
「いや、別にいいけど」
「……」
五月は少し迷うように視線を落とした。
そして。
「和喜君は……どうして、ここまで出来るんですか?」
ぽつりと呟く。
「ん?」
「ノートも、教え方も……皆のことをちゃんと見ています」
静かな声だった。
「普通は、ここまで出来ません」
すると。
「それ、私も思った」
今度は一花が会話へ入ってきた。
「カズキ君ってさ。“教える”の上手すぎるんだよねぇ」
「そう?」
「うん」
一花が僕のノートを軽く持ち上げる。
「これ、ただの勉強ノートじゃないもん」
ページをめくる。
「“相手がどうすれば理解できるか”まで書いてある」
その言葉に、三玖と五月も静かに頷いた。
「……カズキのノート、分かりやすい」
「はい。見ていると、頭の中が整理されていく感覚があります」
真正面から褒められると、流石に少し照れる。
「そこまで大したもんじゃないよ」
「いやいや。十分大したものだろう」
清治が静かに口を挟んだ。
「少なくとも、俺には真似できん」
「俺もっす……」
政樹が遠い目をする。
「俺なんか途中式どっか行くし」
「そこはちゃんとしなさいよ!」
二乃のツッコミが飛ぶ。
その空気に、小さな笑いが零れた。
──不思議だった。
少し前まで。
こんな空気になるなんて、想像もしていなかった。
騒がしくて。
集中しづらくて。
だけど、どこか居心地がいい。
そんな時間。
「……よし」
僕は軽く立ち上がった。
「休憩終わり。あと一時間だけ頑張ろうか」
『はーい……』
返事は弱々しい。
けれど。
さっきより、少しだけ楽しそうだった。
休憩を終えた後。
食堂には再び、シャーペンの走る音が響き始めていた。
カリカリ。
ペラッ。
コトッ──
だが、最初の頃とは空気が違う。
張り詰めすぎていた緊張感は薄れ、程よく力が抜けていた。
「……ふむ」
清治が英語の問題集を捲る。
「関係代名詞は大体理解した。次は長文か」
「切り替え早いなぁ……」
感心しながら呟く。
「お前が理解しやすく纏めてくれているからな」
「それでも吸収早い方だよ」
そう返しながら、視線を横へ向ける。
「……」
三玖が、僕のノートと教科書を交互に見つめながら問題を解いていた。
静かだ。
だが──
「カズキ」
不意に顔を上げる。
「ん?」
「この人物」
ノートをこちらへ向けてくる。
「“刀狩令”やった人」
「ああ。豊臣秀吉」
「……正解」
何故か少し満足そうだった。
「確認だけ?」
「うん。ちゃんと覚えてるか試した」
テストか。
「なら僕からも問題」
少しだけ笑う。
「楽市楽座を行った人物」
「織田信長」
「即答か」
「当然」
少しだけ胸を張る三玖。
「社会だけ無双してるなぁ」
「……好きだから」
ぽつり。
その横顔は、少しだけ誇らしげだった。
「上杉さん!ここ全然分かりません!」
少し離れた席から、四葉の悲鳴が響く。
「だからそこは昨日も教えただろ!」
風太郎が呆れた声を返した。
「えぇぇぇ~!?」
「“えぇぇ”じゃねぇ」
ノートを引き寄せながら、風太郎が問題文を指差す。
「この時の作者の気持ちを書きなさい……か」
すると。
「はいっ!」
四葉が勢いよく手を挙げた。
「寂しい!」
「雑!!」
即ツッコミ。
「えぇぇぇ!?」
「いや、方向性は間違ってねぇんだよ!」
風太郎が頭を抱える。
「でも“なんでそう思ったか”を書け!」
「え?」
「国語は感想文じゃねぇんだ」
その言葉に、四葉はきょとんと目を瞬かせた。
「例えば、この前の文章」
風太郎がノートを指差す。
「主人公が一人で帰り道歩いてて、“夕焼けがやけに赤かった”って描写があっただろ」
「ありました!」
「その前の会話で、友達と喧嘩してる」
「あー……」
四葉の表情が少し変わる。
「つまり、“寂しい”って感情自体は合ってる」
「おおっ!」
「でもテストは、“どうしてそう感じたか”を文章から探して書くんだよ」
「なるほどぉ~……!」
四葉が感心したように声を漏らす。
「じゃあ、“夕焼けが赤い”のは……」
「主人公が不安定だから、景色もそう見えてるってことだ」
「おおおぉぉぉ……!」
目を輝かせる四葉。
「すごいです上杉さん!国語ってそうやって読むんですね!」
「今さらかよ……」
風太郎が盛大にため息を吐いた。
だが。
「でも、四葉さんは感覚自体は悪くないな」
ぽつりと、清治が口を開く。
「むしろ文章の感情を掴むのは早い方だ」
「あー、それは分かるかも」
僕も頷く。
「四葉って、人の空気読むの得意だし」
「えへへ~♪」
褒められて嬉しいのか、四葉が照れ臭そうに笑う。
「だから後は、“なんとなく”を言葉に出来ればもっと伸びると思うよ」
「なるほどです!」
四葉は勢いよくノートへ何かを書き込み始めた。
その様子を見て。
「……意外と国語はいけるのかもしれませんね」
五月が感心したように呟く。
「ただし説明は壊滅的だがな」
「ひどいです!?」
風太郎の言葉に即座に抗議する四葉。
そのやり取りに、また小さな笑いが広がるのだった。
一方。
「…………」
「…………」
妙な静けさが流れている場所があった。
二乃と政樹である。
「えーっと……」
政樹が英単語帳を睨む。
「“important”……重要な」
「へぇ」
二乃が少し目を丸くした。
「ちゃんと覚えてんのね」
「舐めんな!」
政樹が胸を張る。
「俺だって最近は頑張ってんだよ!」
「……意外」
ぼそっと漏れる。
「おい」
「だ、だってアンタ馬鹿っぽいし!」
「っぽいってなんだよ!?」
騒がしい。
だが──
「……でも」
二乃が小さく視線を逸らした。
「前よりはマシになってるんじゃない」
「おっ、マジ?」
政樹の顔が明るくなる。
「へへっ、もっと褒めてもいいぜ?」
「調子乗るからやっぱ無し」
「理不尽!」
いつものようなやり取り。
けれど。
二乃の頬は、ほんの少しだけ赤かった。
その様子を。
「ふふっ」
一花が、頬杖をつきながら眺めていた。
「……青春してるねぇ」
「お前が言うな」
思わずツッコむ。
「えー?だって見てて面白いじゃん」
「趣味悪いぞ」
「観察って言ってほしいなぁ」
一花がくすっと笑う。
そして。
ちらり。
その視線が、こちらへ向いた。
「……?」
「いやぁ、カズキ君の周りも大概だなぁって」
「何が」
「なんでも?」
にやにやしている。
絶対何か気付いてる顔だった。
「……和喜君」
今度は五月が静かに声をかけてきた。
「ん?」
「こちらの問題なのですが……」
理科の問題集を見せてくる。
「この化学式変化が、どうしてこうなるのか理解できなくて……」
「ああ、これはね」
ノートへ簡単な図を書き込みながら説明する。
「ここで結びついてるものが、一回離れて」
「はい」
「こっちと新しく繋がる」
なるべく簡単に。
イメージで。
「つまり、“入れ替わり”みたいなもの」
「……あ」
五月の目が少し開かれる。
「そう考えると分かりやすいです……!」
「理科は暗記だけじゃなくて、流れで見ると覚えやすいよ」
「なるほど……」
五月が感心したようにノートを見つめる。
「……解けるかも」
そう呟いて、再び問題へ向き直った。
数分後。
「……できました!」
少しだけ弾んだ声。
「お、正解」
「……っ」
その瞬間。
五月の表情が、ぱっと明るくなった。
「やった……!」
珍しく感情が表に出ている。
「おめでとう」
「はい……!」
嬉しそうにノートを抱える五月。
その様子を見ていた一花が、小さく笑った。
「五月ちゃんってさぁ」
「?」
「最近、カズキ君に褒められると分かりやすく嬉しそうだよね」
「──っ!?」
五月が固まった。
「い、一花!?」
「え、違う?」
「そ、それは……!」
顔が赤い。
「……分かりやすい」
今度は三玖がぼそっと呟いた。
「三玖まで!?」
「ふふふっ」
そこへ笑い声が広がる。
気づけば。
窓の外は、すっかり夕焼け色へ変わっていた。
オレンジ色の光が、食堂を柔らかく照らしている。
「……ふぅ」
大きく伸びをする。
疲れはある。
けれど、不思議と嫌じゃない。
「そろそろ夕飯にするか?」
そう声をかけると──
『賛成ー……』
返ってきたのは、どこか疲れ切った声だった。
「完全にバテてるな」
「兄さん。政樹さんが瀕死です」
「もうダメっす……」
机へ突っ伏している。
「まだ一日目だぞ?」
「聞きたくねぇぇ……」
情けない声だった。
その様子に、また小さな笑いが零れる。
騒がしくて。
集中しづらくて。
だけど。
誰も、この時間を嫌だとは思っていなかった。
秋の空気は冷たい。
けれど。
この場所だけは、確かに温かかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回は“変わり始めた日常”というタイトル通り、花火大会以降の空気感の変化を中心に描いてみました。
以前より自然に隣へ座るようになったり、何気ない会話で笑い合ったり。
大きな告白や事件ではなくても、少しずつ距離が近づいていく──そんな関係性を書くのが個人的にかなり好きだったりします。
特に今回は、
・和喜のノート
・勉強合宿の空気感
・それぞれの距離感の変化
この辺りを意識して書いていました。
そして、少しずつですが“想い”も動き始めています。
まだ自覚していないものも含めて。
これから先、誰がどんな形で変わっていくのか。
引き続き楽しんでいただければ嬉しいです!
感想・ブクマ・評価など、本当に励みになっています!
いつもありがとうございます!