今回は、勉強合宿二日目の朝回です。
賑やかな朝食風景から始まり、河川敷でのランニング、軽い訓練、そして少しずつ変わっていく距離感など、“日常の中の特別”を意識して書いてみました。
特に今回は、一花視点での描写を多めにしています。 無自覚な和喜に振り回される一花を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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それでは、本編をどうぞ。
~樋口家・リビング~
「ふわあぁぁ~……おはようっす……」
欠伸を噛み殺しながら、政樹がリビングへ入ってくる。
寝癖は跳ね放題。目も半分閉じかけており、完全に寝起きである。
「あら、おはよう政樹君」
そんな政樹へ、朝食の準備をしていた藍華が優しく声をかけた。
キッチンには、藍華の隣でお手伝いをしているらいはの姿もある。
エプロン姿で小皿を並べている辺り、すっかり馴染んでいた。
「あれ?兄貴と清治は?」
政樹が辺りを見回す。
ダイニングテーブルでは、既に風太郎が朝食を食べていた。
その向かいには、一膳だけ追加で朝食が並べられている。
恐らく政樹の分だろう。
「兄さんと清治さんでしたら、朝から走りに行っていますよ」
ダイニングのソファーへ座り、雑誌を読んでいた聖奈が静かに答えた。
「げえぇぇ!!なんで起こしてくんなかったんすか!?」
政樹が悲鳴を上げる。
「お前の為だ」
味噌汁を飲みながら、風太郎が呆れたように返した。
「昨日は勉強で疲れてただろうっていう、和喜なりの優しさだ」
「ぐっ……」
図星だった。
「それを言われちゃーなぁ……」
言い返せなくなった政樹は、素直に席へ座る。
「おはようございます!はい、政樹さんのご飯ですよ」
らいはが笑顔で朝食を運んできた。
「お!ありがとな、らいはちゃん!」
政樹が嬉しそうに受け取る。
「偉いなぁ、藍華さんのお手伝いなんてよ」
「えへへ、花嫁修業です♪」
「ぶふっ……ごほっ……ごほっ!!」
その瞬間、風太郎が盛大に咳き込んだ。
「お、おいらいは!?」
「えー?」
らいははきょとんとしている。
「だって藍華さんも“良いお嫁さんになれる”って言ってくれたよ?」
「言いましたねぇ♪」
藍華が楽しそうに頷いた。
「らいはちゃん、本当に気が利くんですよ?」
「えへへ~♪」
褒められ、らいはが照れ臭そうに笑う。
「いやぁ~、将来が楽しみっすねぇ」
「政樹、お前は茶化すな」
「いてっ」
風太郎に軽く小突かれた。
そんな朝の賑やかな空気が流れていた。
~一花side~
「しかし、一花さんも参加するとは驚きだな」
清治が感心したように呟く。
「まあ~ね~♪ 女優業って意外と体力使うからねぇ」
一花はそう返しながらも、肩で軽く息をしていた。
「ふぅー……ありがとね三人とも。私に合わせてくれて」
現在は河川敷。
朝の冷たい空気の中を、四人でゆっくりとしたペースで走っていた。
本来なら、和樹と清治だけの朝ランニングの予定だった。
だが四葉へ軽く声をかけたところ、
『ちょうど私も走ろうと思ってました!』
と返ってきて──
さらに。
『えー?じゃあ私も行こっかな♪』
と、一花まで付いてきたのである。
「まあ、無理しても意味ないからね」
和喜が苦笑しながら答える。
「特に一花はまだ体力作り段階なんだし」
「むぅ~。地味にその言い方引っかかるなぁ」
一花が頬を膨らませる。
「事実だろ」
「キヨハル君、容赦ないねぇ!?」
そんなやり取りをしながらも、空気は穏やかだった。
すると。
「そろそろ休憩にするか」
和喜が足を止める。
「はぁぁぁ……助かったぁ……」
一花がその場で軽く前屈みになる。
「一花、体力落ちてる?」
「うぅ……否定できない……」
四葉の言葉に、一花が苦笑した。
すると。
「はい」
和喜がバッグからボトルを取り出した。
透明なボトル。
中には薄い琥珀色の液体が入っている。
「あ、カズキ君特製ドリンクだ」
以前四葉が飲ませてもらったことのある、和喜特製のスポーツドリンク。
スポドリベースに蜂蜜やレモンを混ぜたものだ。
「今日はちょっとレモン多め」
「へぇ~?」
一花はボトルを受け取り、そのまま一口飲む。
「……っ」
冷たい。
そして、走った後の身体へ驚くほど染み込んでくる。
「……美味しい」
自然と声が漏れた。
「でしょ?」
「うん。普通のスポドリより全然飲みやすい」
すると。
「じゃ、僕も貰うね」
和樹が、一花の手から自然にボトルを受け取る。
そして。
ごくっ──
当たり前のように、そのまま飲んだ。
「…………へ?」
一花の思考が止まる。
(え、今普通に飲んだよね?)
私が飲んだやつを。
(か、間接……)
一気に頬が熱くなる。
「……?」
和喜が不思議そうに首を傾げた。
「一花?」
「な、なんでもないっ!!」
慌てて視線を逸らす。
「?」
だが、和喜は本当に分かっていないらしい。
その様子を見て。
(うわぁ……無自覚だこの人……)
一花は思わず額へ手を当てた。
すると。
「一花、顔赤いよ!」
四葉が無邪気に指摘した。
「っ!?」
「え?マジ?」
「ち、違うってば!走ったから!!」
「でもさっきより赤いよ?」
追撃。
やめてほしい。
「……ふっ」
横で清治が小さく吹き出した。
「なるほど」
「キヨハル君まで何その顔!?」
完全に面白がられていた。
休憩後。
「そういえば、四葉って木刀振れるの?」
一花がふとそんな事を聞いた。
現在、和喜と清治は軽い素振りを始めていた。
ランニング後のルーティンらしい。
「え?見様見真似くらいなら!」
四葉が元気よく答える。
「ほう?」
清治が少し興味深そうに視線を向けた。
「和喜。一本借りてもいいか?」
「ん、どうぞ」
和喜がバッグから木刀を一本取り出して渡す。
すると四葉は、それを受け取って少し考え込むように構えた。
「確か和喜さんはこうやって……」
すっ──
静かに足を引く。
その瞬間。
「……あれ?」
一花が小さく目を瞬かせた。
四葉の構え。
どこか自然だったのだ。
完全な初心者特有のぎこちなさが無い。
「よっと……!」
ぶんっ──
空気を裂く音。
さらに。
ぶんっ。
ぶんっ。
四葉は記憶を辿るように木刀を振っていく。
「……ほう」
清治の目が細くなった。
「四葉さん、それ」
「はい?」
「和喜の真似か?」
「え?そうです!」
四葉がぱっと笑う。
「前に和喜さんが素振りしてるの見たことあって!」
「なるほどな……」
清治が納得したように呟く。
和喜の動きは、正式な剣道とは少し違う。
我流だ。
だが。
身体の軸。
踏み込み。
重心移動。
実戦的な合理性がある。
そして四葉は、それを感覚的に真似しているのだ。
「え、ちょっと待って」
一花が驚いたように声を漏らす。
「今のでそこまで分かるの?」
「分かる」
清治は静かに頷いた。
「型自体は粗い。だが、妙に無駄が少ない」
「へぇ~……」
一花が感心したように四葉を見る。
すると。
「四葉さん、ちょっと相手してみるか?」
清治が木刀を構えた。
「えっ!?」
「軽くだ。安心しろ」
その瞬間。
「やりますっ!!」
四葉の目が輝いた。
数分後。
「えぇぇぇぇい!!」
四葉が勢いよく踏み込む。
ぶんっ!!
その斬り込みは速かった。
「……っ」
一花が思わず目を見開く。
速い。
しかも、動きに迷いがない。
だが。
「甘い」
カンッ──
清治が最小限の動きで受け流した。
「わっ!?」
四葉の身体が僅かによろける。
「まだ力任せだ」
「むむむ……!」
悔しそうに唸りながら、再び踏み込む。
今度は横から。
ぶんっ!!
しかし。
カンッ。
カンッ。
全部いなされる。
「すご……」
一花が思わず声を漏らした。
清治はほとんど動いていない。
最低限の動きだけで、四葉の攻撃を捌いている。
だが。
「四葉さん」
清治が木刀を下ろしながら口を開いた。
「筋はかなり良い」
「ほんとですか!?」
「ああ。反応も速い」
珍しく素直な賞賛だった。
「それに、和喜の動きをちゃんと見ている」
「えへへ~♪」
四葉が嬉しそうに笑う。
すると。
「ただし」
清治が続けた。
「悪い癖まで真似しているな」
「えっ!?」
「我流特有の動きだ。隙も多い」
その瞬間。
「おい」
和喜は苦笑した。
「人の動き欠点込みで分析すな」
「事実だろう」
清治がさらりと返す。
「だが、実戦向きなのも事実だ」
「ん?」
「四葉さんのような反応型には合っている」
四葉は運動神経が良い。
だからこそ、“考える前に動く”タイプの和喜の我流と噛み合っていた。
「へぇ~……」
一花が感心したように呟く。
「四葉ってそういう才能あるんだ」
「えへへっ!」
褒められ、四葉は嬉しそうに木刀を握り直した。
「じゃあ次は一花ね」
今度は僕が声をかけた。
「え?私?」
「護身術。少し覚えとくと役立つよ。二乃と三玖と五月にも教えてるしね」
そう言いながら、僕は一花の前へ立つ。
「合気道ベースだから、力はあんま使わない」
「へぇ~……」
興味深そうに一花が近づく。
「まずは手首掴んでみ」
「こう?」
一花が僕の手首を握る。
すると。
「こうやって」
僕が軽く身体を捻った。
その瞬間。
「わっ!?」
一花の身体が自然と崩れる。
「え、なに今!?」
「力じゃなくて重心崩してる」
説明する。
「相手の力の流れ使う感じ」
「なるほどぉ……」
一花は感心しながら頷いた。
「じゃあ今度は逆」
「え?」
「俺の手首掴んでる状態から、この動き真似してみ」
一花は見様見真似で身体を動かす。
すると。
「……お」
少し目を見開いた。
「飲み込み早いね」
「えへへ♪ 女優ですから?」
得意げに笑う一花。
だが。
「いや普通に凄いよ」
「──っ」
真正面から褒められた、一花の動きが止まる。
「……そ、そう?」
少しだけ頬が熱くなる。
「一花、顔赤い」
「四葉うるさい!」
即ツッコミだった。
そして最後。
「和喜」
清治が木刀を構える。
「少しやるか」
「ん、軽くだぞ」
その瞬間。
空気が変わる。
さっきまでの和やかさとは違う。
静かな緊張感。
「え……?」
一花が思わず息を呑む。
僕と清治。
二人が向かい合っただけで、空気が張り詰めた。
「始め」
カンッ──!!
一瞬だった。
木刀同士がぶつかる。
速い。
「っ!?」
四葉が目を見開く。
踏み込み。
間合い。
反応。
全部がさっきまでと別次元だった。
カンッ!!
カカンッ!!
互いに最小限の動き。
だが。
一歩間違えれば、一瞬で決まりそうな鋭さがある。
「すご……」
一花が呆然と呟く。
派手じゃない。
なのに、目が離せなかった。
そして。
カンッ──
最後に木刀が弾かれ、二人が同時に距離を取る。
「……そこまで」
僕は苦笑する。
「朝から本気になるなよ」
「お前が乗るからだ」
清治も静かに木刀を下ろす。
すると。
「え、ちょっと待って」
一花が二人を見比べた。
「二人とも何者なの?」
「ただの趣味だよ」
「説得力が無いな」
清治が即座に返す。
「ほんとそれです!」
四葉まで全力で頷いた。
朝日が河川敷を照らしている。
冷たい秋の空気の中。
四人の笑い声だけが、静かに響いていた。
「でもさぁ」
木刀を抱えながら、一花がじーっと僕を見る。
「カズキ君って、本当に何でも出来るよねぇ」
「ん?」
「勉強出来て、料理出来て、運動も出来て、しかも護身術まで」
指を折りながら数えていく。
「普通ここまで揃わないって」
「別に万能じゃないよ」
僕は苦笑した。
「出来ないことも普通にあるし」
「例えば?」
「裁縫」
「意外すぎる」
即答だった。
「ボタン付けとか壊滅的」
「そういえばそうだったな……本当に酷いものだった」
清治が遠い目をしながら頷く。
「前にエプロンを直そうとしたんだが、凄かったぞ?」
「やめろ、思い出させるな」
「何したの?」
「糸絡まって諦めた」
「不器用っ!?」
一花が思わず吹き出した。
「なんか安心したかも」
「何がだよ」
「ちゃんと出来ないこともあるんだなぁって」
そう言って笑う一花の表情は、どこか柔らかかった。
すると。
「和喜」
清治がふと視線を向ける。
「時間は大丈夫か?」
「あー……そろそろ戻るか」
空を見上げる。
朝日もかなり高くなっていた。
「皆起きてる頃だろうし」
「確かに!」
四葉が元気よく頷く。
「五月とか絶対朝ご飯いっぱい食べてますよ!」
「昨日の食べっぷりをみたら、それは否定出来んな」
「うぅ……なんか想像出来る……」
一花が苦笑する。
すると。
ぐぅぅぅ……
「…………」
静寂。
「あ」
四葉が目を瞬かせた。
「一花のお腹鳴った」
「~~~~っ!!」
一花の顔が一気に赤くなる。
「ち、違うって!?」
「いや鳴ってたよ?」
「聞こえてない聞こえてない!!」
「めちゃくちゃ聞こえたぞ」
すかさず追撃する。
「カズキ君までぇぇぇ!!」
一花が恥ずかしそうにしゃがみ込む。
「だって走った後なんだもん……お腹空くでしょ普通……」
「まあ、それは分かる」
笑いながら木刀を片付ける。
「帰ったら朝飯だな」
「やったー!」
四葉が嬉しそうに声を上げた。
「二乃のご飯美味しいんですよねぇ♪」
「それは分かるよ」
「え、待って。急にお腹空いてきた」
一花が立ち上がりながら呟く。
「さっきから空いてただろ」
「うるさいなぁ!」
そんなやり取りをしながら、僕達四人は河川敷を歩き出した。
~一花side~
帰り道。
「しかし、少し意外だったな」
清治がぽつりと呟く。
「ん?」
「一花さんがここまで動けるとは思わなかった」
「ちょ、それ失礼じゃない!?」
即座に抗議する一花。
「いやいや、普段の一花ってインドア派っぽいし?」
「うっ……否定出来ない……」
四葉の言葉に、一花が肩を落とした。
「でも、走るの嫌いじゃないかも」
ふと、一花が空を見上げる。
「朝の空気って気持ち良いね」
「ああ」
和喜も小さく頷いた。
冷たい空気。
静かな河川敷。
遠くから聞こえる鳥の声。
朝特有の空気が、そこにはあった。
「なんかさ」
一花が少しだけ笑う。
「こういう時間も、悪くないかも」
「お、珍しいこと言う」
「何その反応~?」
和喜の言葉に、一花が頬を膨らませた。
「でも、本当にそう思ったんだもん」
そう言いながら、一花は少し前を歩く和喜の背中を見る。
勉強会。
料理。
朝ランニング。
昨日からずっと一緒に過ごしているのに、不思議と疲れるだけじゃない。
むしろ。
少しずつ、距離が近づいている気がした。
「……」
すると。
「一花?」
和喜が振り返る。
「またボーっとしてる」
「っ!?してないし!」
「いや、してたぞ」
「してません~!」
慌てて誤魔化す一花。
その様子を見て。
「ふふっ」
四葉が楽しそうに笑った。
「一花って最近、和喜さん相手だと分かりやすいよね」
「四葉?」
「なんでもないです!」
絶対何か分かってる顔だった。
「お前らなぁ……」
和喜が呆れたようにため息を吐く。
だが、その口元は少しだけ笑っている。
そんな何気ない空気が、妙に心地良かった。
朝日を浴びながら。
四人は、ゆっくりと家への道を歩いていく。
賑やかで。
騒がしくて。
でも、どこか穏やかな朝。
そんな時間が、まだ続いていくのだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
今回は“勉強”よりも、“皆で過ごす時間”そのものを重視した回になりました。
一花の間接キス反応。 四葉の和喜我流剣術コピー。 清治との模擬戦。 そして、少しずつ近づいていく距離感。
派手な展開ではありませんが、こういう何気ない積み重ねが、後々の関係性へ繋がっていくよう意識して書いています。
特に四葉の「見様見真似で覚える才能」は、和喜との相性も含めて個人的にかなりお気に入りです。
そして、一花はやっぱり書いていて楽しいですね。 大人っぽく振る舞おうとしつつ、ふとした瞬間に年相応の反応が出る感じが好きだったりします。
次回は、合宿二日目本編へ。 勉強会はもちろん、さらに賑やかになっていく予定です。
もし楽しんでいただけましたら、評価・感想・ブックマークなどで応援していただけると、今後の更新の大きな励みになります!
それでは、また次回もよろしくお願いします!