林間学校編スタートです。
原作でも大きなイベントだった林間学校ですが、本作では和喜達も交えながら少し違った形で描いていければと思っています。
そして今回は三玖回。
「好きって何だろう?」
そんな疑問から始まるお話です。
恋を知っている人。
恋を知らない人。
恋を自覚している人。
同じ言葉でも、人によって見え方は違うものですよね。
少しずつ変化していく三玖の心情を楽しんでいただければ幸いです。
それでは本編をどうぞ。
~三玖side~
一花と共に食堂を出た私は、そのまま校舎の端にある女子トイレへと向かっていた。
「はぁぁ……」
隣では一花が大きく息を吐いている。
「どうしたの?」
「いやぁ……」
一花は苦笑した。
「最近ちょっと忙しくてさ」
そう言いながら、肩を回す。
「学校終わって仕事行ってでしょ?」
「うん」
「さすがに疲れるよねぇ」
そう言いながらも、その顔はどこか楽しそうだった。
一花らしい。
「でも」
私は少しだけ首を傾げる。
「だったら断ればいいのに」
「それもそうなんだけどね」
一花は笑った。
「好きなんだよ」
「仕事が?」
「うん」
即答だった。
その笑顔を見ていると、本当に好きなのだと分かる。
だから私はそれ以上何も言わなかった。
やがてトイレへ到着する。
すると。
「じゃあお願いね」
一花は慣れた様子で鞄を開いた。
私も自分の鞄を開く。
中から取り出したのは、何度も使っているショートヘアーのウィッグ。
予備の制服用リボン。
五つ子だから出来る。
私達だけの秘密。
所謂──入れ替わりだ。
「はぁぁ……」
私は鏡の前に立つ。
「毎回思うけど」
「うん?」
「一花の真似って疲れる」
「ひどくない!?」
即座に抗議が飛んできた。
「だってテンション高いし」
「褒め言葉だよね?」
「違う」
即答だった。
「えぇぇぇ」
一花が大袈裟に肩を落とす。
そんなやり取りをしながらも準備を進める。
慣れたものだった。
数分後。
鏡の前には一花が二人。
いや。
正確には一花と、一花になった私。
「うんうん」
一花が満足そうに頷く。
「完璧♪」
「そう?」
「そうそう」
そして。
「じゃあ後は任せた!」
「うん」
私は頷いた。
一花は仕事へ。
私は二年二組へ。
それぞれ別方向へ歩き出す。
廊下を歩きながら、私はふと先程の会話を思い出していた。
──好きな人と付き合う意味。
一花は言った。
『好きで好きで仕方ないから』
『もっと一緒にいたいから』
『もっと知りたいから』
あの言葉。
何故だろう。
少しだけ胸に残っている。
「……」
私は首を振った。
考えても分からない。
分からないことを考えるのは苦手だ。
今は目の前のことだ。
そう思いながら二年二組へ向かう。
だが。
教室へ近付いた時。
私は違和感を覚えた。
「……あれ?」
静かだった。
一花の話では、林間学校について決めることがあると言っていた。
それなのに。
教室からほとんど人の気配がしない。
「終わったのかな……?」
少し不思議に思いながら。
私は教室の扉を開いた。
ガラッ──
そして。
「な、中野さん……!」
そこに居たのは。
男子生徒が一人だけだった。
「えっと……」
私は記憶を探る。
確か。
「前田君……だっけ?」
「お、覚えててくれたんだ!」
前田が顔を明るくする。
だが。
教室には本当に彼しか居なかった。
「クラスのみんなは?」
その瞬間。
前田の表情が固まる。
数秒の沈黙。
そして。
「ごめん」
小さな声。
「え?」
「林間学校の話っていうの、嘘なんだ」
「……え?」
私は目を瞬かせた。
前田は深呼吸をする。
まるで覚悟を決めるように。
そして。
真っ直ぐ私を見た。
「俺とキャンプファイヤーで踊ってください!」
頭が真っ白になった。
「え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
前田は顔を真っ赤にしながらも、真っ直ぐこちらを見ていた。
どうやら冗談ではないらしい。
「な、中野さんのことが好きなんだ」
「え……」
「ずっと前から気になってて」
「えっと……」
どうしよう。
何を言えばいいんだろう。
そもそも。
これは一花への告白だ。
私じゃない。
なのに。
目の前の前田は、それを知らない。
「だから!」
前田は一歩近付いた。
「キャンプファイヤー、一緒に踊ってほしい!」
「っ!」
三玖は反射的に半歩下がった。
近い。
というか怖い。
もちろん前田に悪気はない。
ただ必死なだけだ。
それは分かる。
分かるのだが。
こういう経験の無い三玖にとっては十分すぎる圧力だった。
「ありがとう……」
なんとか声を絞り出す。
「でも……」
「返事は今じゃなくていい!」
前田が慌てて言う。
「だけど可能性だけでも教えてほしいんだ!」
「可能性……」
三玖の思考が停止する。
そんなこと言われても困る。
私は一花じゃない。
勝手に答えるわけにもいかない。
「その……」
「中野さん!」
「ひっ」
さらに一歩近付かれた。
完全に涙目だった。
どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう。
すると。
前田がふと首を傾げる。
「……あれ?」
「え?」
三玖の心臓が跳ねる。
「なんか今日の中野さん」
前田は不思議そうな顔をした。
「いつもと少し雰囲気違う?」
「!」
ギクリとする。
まずい。
「そ、そうかな……」
「うん」
前田は真剣に考え始めた。
「何だろう」
嫌な汗が背中を伝う。
「髪型……じゃないよな」
「……」
「話し方?」
「……」
「いや、違う」
前田はじっと三玖を見る。
その視線が怖い。
「そういえば中野さんって五つ子だったよな」
「!!」
心臓が止まりそうになった。
まずい。
本当にまずい。
このままだとバレる。
前田はさらに近付いてくる。
「もしかして──」
三玖は思わず目を閉じた。
怖い。
バレる。
どうしよう。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
その時だった。
不意に。
脳裏へ一人の顔が浮かんだ。
勉強を教えてくれる人。
困った時に助けてくれる人。
一緒にいると安心する人。
「……助けて」
思わず漏れる。
「え?」
前田が聞き返す。
だが三玖は気付かない。
無意識だった。
「助けて……」
そして。
心の中で。
自然とその名前を呼んでいた。
(助けて……カズキ……!)
「あぁぁ~~……疲れたぁぁ……」
僕は大きく背伸びをした。
ようやく解放された。
放課後になってからも続いた勧誘ラッシュ。
正直もう勘弁してほしい。
「聖奈達が陰で動いてくれてたのには言いたいことがあるが……」
苦笑する。
「それで助かってたなら文句も言えないよな」
知らないところで守られていたらしい。
複雑な気分ではある。
だが。
今日みたいな状況が毎日続いていたのなら。
確かに感謝しかない。
「どうせ聖奈の独断だろうけど」
清治と政樹の顔が浮かぶ。
「あの二人も振り回されて大変だったろうな……」
少し同情しながら廊下を歩く。
その時だった。
ふと。
視界の端に見覚えのある後ろ姿が映る。
「あれ?」
思わず足を止めた。
二年二組。
教室の入口付近。
そこに居たのは。
見慣れたショートヘアーの髪。
「あれは……一花か?」
どうやら誰かと話しているらしい。
というか。
妙に距離が近い。
「何やってるんだ?」
どうせ食堂へ行けば会う。
そう思いながら教室へ向かう。
すると。
聞こえてきた。
「もしかして──」
男子生徒の声。
そして。
どこか怯えたような一花の姿。
和樹の眉が僅かにひそめられた。
「何やってんだ、前田」
教室へ足を踏み入れる。
「一花、怖がってるぞ」
「ひ、樋口!?」
突然の和樹の登場に前田が目を見開くのだった。
~三玖side~
「──っ!」
反射的に。
一花の姿をした三玖は和樹の腕へしがみついた。
「ひ、樋口……」
前田が目を見開く。
一方で。
「……?」
和喜は状況が理解出来ていなかった。
出来ていなかったが。
腕に伝わる震えで分かる。
今の一花は明らかに様子がおかしい。
そして。
「カズキ君……!」
一花が縋るように見上げてくる。
その瞳は必死だった。
助けて。
そう訴えているように見える。
「……ああ」
和喜は小さく頷いた。
そして。
「悪いな前田」
自然な口調で言う。
「一花とは先約なんだ」
「先約……?」
前田が固まる。
その横で。
三玖の脳内は真っ白だった。
先約?
何の?
どうしよう。
どうしよう。
そして。
口が勝手に動いた。
「そ、そうなの!」
「え?」
和樹が一瞬だけ固まる。
「わ、私とカズキ君、キャンプファイヤー一緒に踊る約束してるから!」
教室が静まり返る。
前田の顔から血の気が引いていく。
一方で。
和喜も内心かなり混乱していた。
(してないよな?)
した覚えがない。
というか。
誘われてもいない。
だが。
横を見る。
一花は必死な顔をしていた。
そして。
どこか。
普段の一花らしくない。
「……ああ」
和喜は小さく息を吐いた。
「そういうことだ」
合わせることにした。
「だから悪いな」
前田はしばらく呆然としていた。
やがて。
「そっか……」
小さく俯く。
「負けたなぁ……」
その姿を見て。
三玖の胸が少し痛んだ。
自分は一花じゃない。
だから。
前田は本当は何も悪くない。
むしろ。
勇気を出して気持ちを伝えたのだ。
だから。
ふと。
昼休みの疑問が頭を過った。
「あの……」
「え?」
前田が顔を上げる。
三玖は少し迷った。
けれど。
聞いてみたかった。
「なんで……好きな人と付き合いたいの?」
前田が目を瞬かせる。
予想外だったのだろう。
数秒考えて。
そして苦笑した。
「難しいな」
「……」
「でも」
前田は真っ直ぐ答えた。
「独占したいからかな」
「独占……?」
三玖が呟く。
「うん」
前田は頷いた。
「他の誰かじゃなくて。自分だけを見てほしい。自分だけと笑ってほしい。自分だけと特別になりたい」
少し照れながら。
でも真面目に続ける。
「だから付き合いたいんだと思う」
「……」
三玖は黙り込んだ。
その言葉は。
今まで考えたこともないものだった。
独占。
自分だけ。
特別。
理解出来ない。
はずなのに。
何故か。
胸の奥に小さな波紋が広がっていた。
隣では。
和喜が複雑そうな顔で前田を見ている。
そして。
三玖はまだ気付いていなかった。
その言葉が。
自分自身の恋心を少しずつ変えていくことになると。
前田が去った後。
「で?」
僕は状況把握に努めた。
「どういう状況なのかな、一花ちゃん」
「──っ!!バレてたか…」
僕のニヤリとする表情に、目の前の一花は観念したのかウィッグを外した。
ウィッグを外した一花は、特徴的な前髪とセミロングの髪をしていた。
「三玖だったのか。一花じゃないとは思ってたけど」
「やっぱりよく見てるね…」
笑みを浮かべながら鞄にウィッグをしまい、代わりにヘッドフォンを取り出して首にはめた。
「で?何があってこんなことに?」
そして聞かされる。
一花の仕事の事。
入れ替わりの事。
前田の告白の事。
「なるほどね。全く……これに懲りて入れ替わりはもうしないことだね」
「うん…ごめん…」
呆れ気味に伝えると、三玖は反省した表情で俯いてしまった。
「別に怒ってる訳じゃないさ。君達の事を考えて言ってるんだよ」
「え…?」
僕は近くの机に腰を下ろしながら優しく話した。
「前までは何とかやっていけたかもしれない。けど、君達は一人一人に個性があるんだ。例えば、さっきの場面だったら一花本人であれば難なくかわせる」
「うん……」
「三玖もそうだけど、二乃に四葉に五月が同じ状況になっても、恐らく上手く立ち回りが出来なかったと思う」
「───っ!!」
「それで入れ替わりがバレたりしたら、五人に対する皆の目が疑いに変わってくる。本当に目の前の中野さんは本物なのか、ってね」
僕の言葉に。
三玖は小さく俯いた。
「……うん」
流石に思うところがあったのだろう。
先程までの慌てた様子は消え、真剣な顔をしている。
「まあ」
僕は苦笑した。
「今回の件は前田も悪くないし、一花も悪くない」
「……」
「タイミングが悪かっただけさ」
そう言いながら立ち上がる。
「だからそんなに落ち込まなくていい」
その言葉に。
三玖は少しだけ安心したように息を吐いた。
すると。
「ねぇ」
不意に三玖が口を開く。
「ん?」
「前田君」
少し迷うように視線を落とす。
「好きな人を独占したいって言ってた」
「ああ」
さっきの話だろう。
「それが普通なのかな」
三玖は純粋な疑問として聞いていた。
恋愛相談というより。
本当に分からないから聞いている。
そんな感じだ。
「どうだろうね」
僕は少し考える。
「人によるんじゃないかな」
「人による?」
「独占したい人も居れば、ただ一緒に居たいだけの人も居る」
「……」
「守りたい人も居るし、支えたい人も居る」
三玖は静かに聞いていた。
「好きって感情は一つじゃないからね」
そう言うと。
三玖は小さく首を傾げた。
「カズキは?」
「ん?」
「好きな人が出来たら」
その言葉に。
今度は僕が少し考える番だった。
「そうだな」
窓の外へ視線を向ける。
「相手が笑っててくれたら嬉しいかな」
「……」
「後は困ってたら助けたい」
自然に答える。
すると。
三玖は何故か黙ってしまった。
「三玖?」
「……なんでもない」
慌てて三玖が首を振る。
「さて、じゃあ皆のところに行きますか」
「……そうだね」
いつもの空気。
いつもの距離感。
いつものやり取り。
そう思っていたのは、僕だけだったのかもしれない。
~三玖side~
食堂へ向かう廊下。
三玖は和喜の少し後ろを歩いていた。
だが。
気付けば。
いつもよりほんの少しだけ近い距離に居た。
本人ですら理由は分からない。
けれど。
今だけは。
その背中を見ていると不思議と安心出来た。
──そんな自分に戸惑いながら。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回は林間学校編の導入回でした。
キャンプファイヤーの伝説。
勧誘ラッシュ。
前田の告白。
そして三玖の疑問。
一見すると大きな事件は起きていませんが、個人的にはかなり重要な回だったりします。
特に三玖。
今までは「好き」という感情そのものをどこか遠くから見ていましたが、今回初めて真正面から向き合うことになります。
前田の『独占したい』という想い。
和喜の『笑っていてほしい』『助けたい』という想い。
同じ“好き”でも全く違う形。
果たして三玖はこれから何を感じ、何を知っていくのか。
原作の名シーンやイベントも交えながら、本作ならではの展開を書いていく予定ですので楽しみにしていただければ嬉しいです。
面白いと思っていただけましたら、
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それではまた次回お会いしましょう。