妹が微笑う理由を、僕はまだ知らない   作:吉月和玖

33 / 33
いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は林間学校前夜のお話です。

買い物、仲間達との何気ない時間、そして少しだけ見えるそれぞれの想い。

大きな事件はありませんが、これから始まる林間学校編へ向けた大切な準備回となっています。

それでは本編をお楽しみください。




33.林間学校前夜

そして放課後。

 

明日からはいよいよ林間学校。

その準備のため、僕達は駅前の大型ショッピングモールへと来ていた。

修学旅行や林間学校の前日に買い物へ来る。

学生らしいと言えば学生らしい光景だろう。

 

もっとも──

 

「上杉さん! 次これ着てください!」

「まだあるのか!?」

 

数メートル先で行われている光景は、あまり学生らしくなかった。

現在。

風太郎は五つ子達による着せ替え人形と化している。

 

二乃が服を選び。

四葉が運び。

五月が真面目に評価し。

三玖が静かに眺める。

 

そんな構図だった。

 

「うん。似合ってません」

「五月!? もう少し言い方を!」

「事実です」

「ぐっ……!」

 

容赦がない。

 

「こっちはどうですか!?」

「前の方がマシね」

「二乃ぉぉぉ!!」

 

そして本人の意思はほぼ無視である。

 

「兄さん」

 

そんな風太郎達を少し離れた場所から眺めていた僕へ、聖奈が声を掛けてきた。

 

「ん?」

「それで? どうするのですか?」

「どうするって何が?」

 

首を傾げる。

すると。

聖奈は呆れたようにため息を吐いた。

 

「何を惚(とぼ)けているのですか」

「いや、だから何が?」

「林間学校のキャンプファイヤーのダンスですよ」

「ああ、それ」

 

思わず苦笑する。

昼休みにも話題になった例の伝説。

最終日のキャンプファイヤーで踊った男女は将来結ばれる。

そんな噂話だ。

 

「そうだねぇ」

 

僕は肩を竦める。

 

「一応、一花には連絡したけど」

「それで?」

「やる気満々だった」

 

容易に想像出来る。

 

『えー♪ カズキ君と踊れるなら楽しそうじゃん♪』

 

くらいは普通に言いそうだ。

実際似たような反応だった。

 

「でしょうね」

 

聖奈も納得したように頷く。

 

「ですが兄さん」

「何?」

「本当にそれで良いのですか?」

「何が?」

「何がではありません」

 

聖奈が額へ手を当てる。

 

「兄さん、今日だけで何人から誘われました?」

「覚えてない」

「お昼までで六人です。放課後は知りませんが──」

「数えてたの?」

「当然です」

 

当然なのか。

 

「兄さんへ近付く女子は把握しておかないと」

「その考え方はやめなさい」

 

怖いから。

すると。

 

「兄貴は誰とも踊らないに一票っす」

 

後ろから聞き慣れた声がした。

振り返る。

そこには政樹が居た。

さらにその隣には清治もいる。

 

「何でだよ」

「だって兄貴っすよ?」

 

意味が分からない。

 

「自分から誘う姿が想像出来ないっす」

「それは同感だな」

 

清治が平然と頷いた。

 

「お前まで……」

「実際そうだろう」

「否定出来ないですね」

 

聖奈まで同意する。

 

「全員敵か」

 

思わず頭を抱えた。

 

「と言うか」

 

政樹がニヤニヤしながら肘で突いてくる。

 

「兄貴、気になる女子とか居ないんすか?」

「居ない」

 

即答だった。

 

「早っ!」

「そういうお前はどうなんだよ」

「俺っすか?」

 

政樹は一瞬だけ視線を泳がせる。

そして。

 

「……まあ、秘密っす」

 

珍しく歯切れが悪い。

 

「ほう」

 

清治が面白そうに眉を上げた。

 

「何だその反応」

「別に?」

「絶対何かあるだろ」

「気のせいだ」

 

どう見ても気のせいではなかった。

すると。

 

「兄さん」

 

聖奈がふと前方を見た。

 

「そろそろ助けなくて良いのですか?」

 

その視線の先。

 

「上杉さん! 次これです!」

「まだあるのかぁぁぁ!!」

 

風太郎が絶叫していた。

すでに五回以上は着替えさせられている。

 

「助ける?」

 

僕が聞く。

 

「俺は嫌だぞ」

 

清治が即答した。

 

「巻き込まれる未来しか見えない」

「同感だね」

 

政樹も真顔で頷く。

 

「絶対兄貴も着せ替え人形コースっすよ」

「だよねぇ」

 

僕も同意だった。

すると。

 

「和喜さん!」

 

四葉がこちらへ気付いた。

嫌な予感しかしない。

 

「ちょうど良かったです!」

「嫌な予感しかしないんだけど」

「和喜さんも試着してください!」

「ほら来た」

 

清治が即座に言った。

 

「だから嫌だったんだ」

「逃げろ兄貴」

「無茶言うな」

 

そんな会話をしていると。

 

ブルルルル……

 

ポケットのスマホが震えた。

 

「ん?」

 

取り出す。

表示された名前を見て首を傾げた。

 

『母さん』

 

母さんだった。

珍しい。

僕はそのまま通話ボタンを押す。

 

「もしもし?」

『あ、和喜?』

 

聞こえてきたのは母さんの声。

だが。

どこか慌ただしい。

 

「どうしたの?」

『今大丈夫?』

「大丈夫だけど」

『らいはちゃんのことで連絡』

 

その瞬間。

胸がざわついた。

隣に居た聖奈も僕の表情を見て何かを察したらしい。

真剣な顔になる。

 

「らいはちゃん?」

『うん』

 

母さんは続けた。

 

『学校で倒れちゃってね』

「えっ!?」

 

思わず声が大きくなる。

その一言で。

近くに居た全員がこちらを振り返った。

 

『熱と貧血みたい』

「大丈夫なの!?」

『落ち着いて』

 

母さんは冷静だった。

 

『病院で診察したけど、大事にはなってない』

「本当に?」

『本当』

 

その言葉に。

ようやく少しだけ肩の力が抜けた。

 

「良かった……」

『今は病院で休ませてる』

 

母さんが続ける。

 

『点滴も終わりそうだから、そのまま私が引き取る予定』

「そうなんだ」

『今日はうちで面倒見るわ』

 

母さんは病院勤務だ。

こういう時の判断は信頼している。

 

『風太郎君にはまだ連絡してないの』

「え?」

『林間学校前で色々あるでしょ』

 

確かに。

 

『だから先に和喜へ連絡した』

 

なるほど。

風太郎が聞いたら大騒ぎになるのは容易に想像出来た。

 

『とりあえず安心して』

「分かった」

 

電話が切れる。

そして。

全員の視線が僕へ集まった。

 

「兄さん?」

 

聖奈が尋ねる。

僕は小さく息を吐いた。

 

「らいはちゃんが学校で倒れたらしい」

 

その一言で。

場の空気が一変した。

 

「えっ!?」

 

最初に声を上げたのは四葉だった。

 

「らいはちゃんが!?」

「大丈夫なんですか!?」

 

五月も心配そうに身を乗り出す。

 

「病院で診てもらったらしい」

 

僕は皆へ説明した。

 

「熱と貧血だって」

 

その言葉に。

 

「あぁ……良かったぁ……」

 

四葉が胸を撫で下ろした。

 

「びっくりしたぜ……」

 

政樹も同じだった。

普段は騒がしいが、らいはのことは妹のように可愛がっている。

だからこそ、本気で心配したのだろう。

一方で。

 

「そうか」

 

清治は短く頷いた。

 

「なら今は休養が最優先だな」

 

冷静な判断だった。

だが。

風太郎だけは黙ったままだった。

 

「風太郎」

 

僕は静かに声を掛ける。

 

「らいはちゃんは大丈夫だ」

「……ああ」

 

返事はあった。

しかし。

その視線はどこか落ち着かない。

当然だろう。

たった一人の妹だ。

心配しない兄など居ない。

 

「風太郎」

 

政樹が珍しく真面目な顔をした。

 

「らいはちゃん元気になるって」

「……分かってる」

 

そう返しながらも。

風太郎は携帯を見つめていた。

恐らく今すぐにでも駆け付けたいのだろう。

その気持ちは痛いほど分かる。

だから。

 

「風太郎」

 

僕は少し考えてから口を開いた。

 

「今日うち来る?」

「……は?」

 

風太郎が顔を上げる。

 

「母さんが面倒見てくれるし」

「兄さんの部屋も空いています」

 

聖奈も続けた。

 

「必要であれば布団も用意しますよ」

 

風太郎はしばらく黙った。

数秒。

いや。

十秒近くだろうか。

そして。

 

「いや」

 

小さく首を振る。

 

「客間でいい」

「客間?」

「らいはが寝るんだろ」

 

当然のように言う。

 

「なら俺もそこに居る」

 

即答だった。

 

「何かあったらすぐ気付ける」

 

その言葉に。

五月が少しだけ微笑んだ。

 

「上杉君らしいですね」

「林間学校前にまた熱が上がったら困る」

 

風太郎は真剣だった。

すると。

 

「ふふっ」

 

聖奈が小さく笑う。

 

「本当に妹想いですね」

「うるさい」

 

風太郎はそっぽを向いた。

だが。

耳が少し赤い。

そんな様子を見て。

 

「風太郎シスコンだな」

 

政樹がニヤニヤした。

 

「黙れ」

 

即座に返される。

 

「へーい」

 

秒で敗北した。

すると。

 

「あの!」

 

四葉が勢いよく手を挙げた。

 

「わたし達もお見舞い行きたいです!」

「私も!」

 

五月も続く。

 

「らいはちゃん心配です」

「顔だけでも見たい」

 

三玖も小さく呟いた。

二乃も腕を組みながら頷く。

 

「病気の時って寂しいものね」

 

その言葉に。

皆が賛同する。

だが。

 

「却下です」

 

聖奈だった。

 

「えぇぇぇ!?」

 

四葉が悲鳴を上げる。

 

「何でですか!?」

「皆さんのお気持ちは分かります」

 

聖奈は落ち着いた声で言った。

 

「ですが、体調を崩した子の所へ大人数で押し掛けるのは迷惑です」

「うっ……」

 

誰も反論出来ない。

正論だった。

 

「病院から帰って来たばかりなら尚更です」

「それは……そうね」

 

二乃も納得する。

すると。

 

「じゃあ俺だけ行くぜ!」

 

政樹が元気よく手を挙げた。

 

「政樹さん」

「はい」

「却下です」

「何でぇ!?」

 

本日二度目だった。

 

「お前も大人数側だ」

 

清治が冷静に突っ込む。

 

「一人だぞ!?」

「お前が行くと騒がしくなる」

「ひどくね!?」

 

否定出来ないのが悲しいところだった。

その様子に。

 

「ふふっ」

 

三玖が小さく笑う。

少しだけ空気が和らいだ。

すると。

 

「大丈夫だよ」

 

僕は皆へ向かって言った。

 

「らいはちゃんも母さんが付いてるし」

「うん」

「元気になったら会いに行けばいい」

 

その言葉に。

四葉もようやく頷いた。

 

「そうですね!」

「その時はいっぱい遊びましょう」

 

五月も微笑む。

そして。

 

「じゃあ」

 

二乃が腕を組む。

 

「らいはちゃんの分もお土産買わないとね」

「賛成!」

 

四葉が即座に復活した。

 

「らいはちゃん喜びそう」

 

三玖も頷く。

 

「何が良いでしょうか」

 

五月が真剣に考え始める。

 

「お菓子!」

「いや、まだ体調悪いだろ」

「じゃあぬいぐるみ!」

「大きすぎる」

 

再び賑やかになる一同。

そんな様子を見ながら。

風太郎は小さく息を吐いた。

完全に安心したわけではない。

それでも。

一人で抱え込む必要は無い。

そう思えたのかもしれない。

 

「……悪いな」

 

風太郎がぽつりと呟く。

 

「何が?」

「世話になる」

 

その言葉に。

僕は笑った。

 

「今更だろ」

「そうですね」

 

聖奈も頷く。

 

「らいはちゃんもお兄さんが側に居た方が安心するでしょう」

「……ああ」

 

風太郎は静かに頷いた。

そして。

明日から始まる林間学校。

その前夜。

僕達はそれぞれの想いを胸に、買い物を続けるのだった。

 


 

──その頃。

樋口家の客間では。

 

「すぅ……すぅ……」

 

らいはが静かな寝息を立てていた。

その枕元には。

優しく額へ冷えピタを貼る藍華の姿。

 

「明日には元気になるわよ」

 

そう呟いた藍華は。

 

これからやって来る賑やかな客人達のことを思い、少しだけ苦笑するのだった。

 

・・・・・

 

買い物を終えた僕達は、それぞれ帰宅していた。

明日からはいよいよ林間学校。

 

荷物の確認。

着替えの準備。

充電器。

財布。

 

やることは意外と多い。

もっとも。

今夜の樋口家は、いつもより少しだけ賑やかだった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

客間では、らいはちゃんが静かな寝息を立てている。

熱も下がり始めているらしく、顔色もかなり良くなっていた。

 

「良かった……」

 

客間に座る風太郎が小さく呟く。

その視線は、ずっと妹へ向けられていた。

 

「風太郎さん」

 

そこへ聖奈が顔を出す。

 

「夕食の準備が出来ました」

「ん」

 

風太郎は短く返事をする。

だが。

席を立とうとしない。

 

「風太郎さん」

 

聖奈が少しだけ苦笑した。

 

「らいはちゃんは逃げませんよ」

「分かってる」

 

即答だった。

 

「だったら来てください」

「……」

 

数秒。

風太郎はらいはを見つめる。

そして。

ようやく立ち上がった。

 

「行く」

「はい」

 

その様子を見ていた僕は思わず笑ってしまう。

 

「本当に心配なんだな」

「当たり前だ」

 

風太郎は即答した。

 

「妹だからな」

 

その言葉に嘘は無い。

だからこそ。

少しだけ安心した。

 

夕食後。

風呂も済ませ。

時刻は二十二時を回っていた。

リビングではテレビが小さく流れている。

聖奈は明日の準備。

母さんは仕事関係の書類。

父さんは夜勤。

そして。

僕はソファへ座りながらスポーツドリンクを飲んでいた。

すると。

 

「まだ起きてたのか」

 

客間から出てきた風太郎がそう言った。

 

「そっちこそ」

「見回りだ」

「病院か」

「妹だ」

 

即答だった。

 

「重症だな」

「うるさい」

 

風太郎は隣へ座った。

数秒。

沈黙。

テレビの音だけが流れる。

不思議と嫌な空気ではなかった。

 

「らいはちゃん」

 

僕が口を開く。

 

「元気になりそう?」

「ああ」

 

風太郎は頷いた。

 

「熱も下がってきた」

「なら良かった」

 

本心だった。

らいはちゃんは本当に良い子だ。

だから。

体調を崩したと聞いた時は驚いた。

すると。

 

「悪かったな」

 

風太郎がぽつりと言った。

 

「ん?」

「世話になった」

 

少しだけ照れ臭そうだった。

珍しい。

 

「何だよ急に」

「別に」

 

風太郎は視線を逸らす。

 

「礼くらい言う」

「律儀だねぇ」

「普通だ」

 

全然普通じゃない。

だが。

嫌いじゃなかった。

 

「そういや」

 

僕は思い出したように聞く。

 

「林間学校楽しみ?」

「別に」

 

即答だった。

 

「だと思った」

「だが」

 

風太郎は続ける。

 

「勉強時間が確保出来るなら悪くない」

「風太郎らしいね」

 

思わず笑う。

すると。

風太郎も少しだけ口元を緩めた。

本当に少しだけ。

だが。

確かに笑った。

 

「兄さん」

 

そこへ。

準備を終えた聖奈がやって来る。

 

「明日の集合時間、再確認しておいてください」

「はいはい」

「兄さんの場合、寝坊が心配です」

「そこまでしないよ」

「信用していません」

 

即答だった。

酷い。

 

「風太郎さんは大丈夫そうですね」

 

聖奈が風太郎を見る。

 

「ああ」

「兄さんよりは安心です」

「おい」

「事実です」

 

否定出来ないのが辛い。

すると。

 

クスクス。

 

不意に小さな笑い声が聞こえた。

全員が振り返る。

リビングの入口。

そこには。

目を擦りながら立つらいはちゃんの姿があった。

 

「あ」

「らいはちゃん!」

 

僕と風太郎が同時に立ち上がる。

すると。

 

「ふふっ」

 

らいはちゃんが少しだけ笑った。

 

「お兄ちゃん達、仲良しだね」

 

その一言で。

風太郎が固まる。

 

「違う」

「そうですか?」

「違う」

「二回言いましたね」

 

聖奈が即座に突っ込んだ。

 

「うるさい」

 

耳が少し赤い。

そんな風太郎を見て。

らいはちゃんは楽しそうに笑う。

どうやら。

かなり元気になったらしい。

その姿を見て。

僕達も自然と笑っていた。

 

そして。

夜は更けていく。

明日はいよいよ林間学校。

 

キャンプファイヤー。

肝試し。

飯盒炊飯。

そして──

まだ誰も知らない様々な出来事。

それぞれの期待と不安を胸に。

林間学校前夜は静かに過ぎていくのだった。

 

 




最後までお読みいただきありがとうございました。

今回は林間学校前の準備回ということで、いつも以上に日常や人間関係に焦点を当ててみました。

風太郎とらいはの兄妹愛。
五つ子達との賑やかな買い物。
そして少しずつ近付いていく、それぞれの距離感。

特にキャンプファイヤーのダンスについては、今後の物語にも大きく関わってきます。

そして次回からはいよいよ林間学校編開幕です。

肝試し。
飯盒炊飯。
キャンプファイヤー。

楽しいイベントの裏で、それぞれの恋心も少しずつ動き始めます。

もし面白かったと思っていただけましたら、評価・感想・ブックマーク・お気に入り登録などで応援していただけると励みになります。

次回もぜひお付き合いください。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。