今回は林間学校前夜のお話です。
買い物、仲間達との何気ない時間、そして少しだけ見えるそれぞれの想い。
大きな事件はありませんが、これから始まる林間学校編へ向けた大切な準備回となっています。
それでは本編をお楽しみください。
そして放課後。
明日からはいよいよ林間学校。
その準備のため、僕達は駅前の大型ショッピングモールへと来ていた。
修学旅行や林間学校の前日に買い物へ来る。
学生らしいと言えば学生らしい光景だろう。
もっとも──
「上杉さん! 次これ着てください!」
「まだあるのか!?」
数メートル先で行われている光景は、あまり学生らしくなかった。
現在。
風太郎は五つ子達による着せ替え人形と化している。
二乃が服を選び。
四葉が運び。
五月が真面目に評価し。
三玖が静かに眺める。
そんな構図だった。
「うん。似合ってません」
「五月!? もう少し言い方を!」
「事実です」
「ぐっ……!」
容赦がない。
「こっちはどうですか!?」
「前の方がマシね」
「二乃ぉぉぉ!!」
そして本人の意思はほぼ無視である。
「兄さん」
そんな風太郎達を少し離れた場所から眺めていた僕へ、聖奈が声を掛けてきた。
「ん?」
「それで? どうするのですか?」
「どうするって何が?」
首を傾げる。
すると。
聖奈は呆れたようにため息を吐いた。
「何を
「いや、だから何が?」
「林間学校のキャンプファイヤーのダンスですよ」
「ああ、それ」
思わず苦笑する。
昼休みにも話題になった例の伝説。
最終日のキャンプファイヤーで踊った男女は将来結ばれる。
そんな噂話だ。
「そうだねぇ」
僕は肩を竦める。
「一応、一花には連絡したけど」
「それで?」
「やる気満々だった」
容易に想像出来る。
『えー♪ カズキ君と踊れるなら楽しそうじゃん♪』
くらいは普通に言いそうだ。
実際似たような反応だった。
「でしょうね」
聖奈も納得したように頷く。
「ですが兄さん」
「何?」
「本当にそれで良いのですか?」
「何が?」
「何がではありません」
聖奈が額へ手を当てる。
「兄さん、今日だけで何人から誘われました?」
「覚えてない」
「お昼までで六人です。放課後は知りませんが──」
「数えてたの?」
「当然です」
当然なのか。
「兄さんへ近付く女子は把握しておかないと」
「その考え方はやめなさい」
怖いから。
すると。
「兄貴は誰とも踊らないに一票っす」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り返る。
そこには政樹が居た。
さらにその隣には清治もいる。
「何でだよ」
「だって兄貴っすよ?」
意味が分からない。
「自分から誘う姿が想像出来ないっす」
「それは同感だな」
清治が平然と頷いた。
「お前まで……」
「実際そうだろう」
「否定出来ないですね」
聖奈まで同意する。
「全員敵か」
思わず頭を抱えた。
「と言うか」
政樹がニヤニヤしながら肘で突いてくる。
「兄貴、気になる女子とか居ないんすか?」
「居ない」
即答だった。
「早っ!」
「そういうお前はどうなんだよ」
「俺っすか?」
政樹は一瞬だけ視線を泳がせる。
そして。
「……まあ、秘密っす」
珍しく歯切れが悪い。
「ほう」
清治が面白そうに眉を上げた。
「何だその反応」
「別に?」
「絶対何かあるだろ」
「気のせいだ」
どう見ても気のせいではなかった。
すると。
「兄さん」
聖奈がふと前方を見た。
「そろそろ助けなくて良いのですか?」
その視線の先。
「上杉さん! 次これです!」
「まだあるのかぁぁぁ!!」
風太郎が絶叫していた。
すでに五回以上は着替えさせられている。
「助ける?」
僕が聞く。
「俺は嫌だぞ」
清治が即答した。
「巻き込まれる未来しか見えない」
「同感だね」
政樹も真顔で頷く。
「絶対兄貴も着せ替え人形コースっすよ」
「だよねぇ」
僕も同意だった。
すると。
「和喜さん!」
四葉がこちらへ気付いた。
嫌な予感しかしない。
「ちょうど良かったです!」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「和喜さんも試着してください!」
「ほら来た」
清治が即座に言った。
「だから嫌だったんだ」
「逃げろ兄貴」
「無茶言うな」
そんな会話をしていると。
ブルルルル……
ポケットのスマホが震えた。
「ん?」
取り出す。
表示された名前を見て首を傾げた。
『母さん』
母さんだった。
珍しい。
僕はそのまま通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『あ、和喜?』
聞こえてきたのは母さんの声。
だが。
どこか慌ただしい。
「どうしたの?」
『今大丈夫?』
「大丈夫だけど」
『らいはちゃんのことで連絡』
その瞬間。
胸がざわついた。
隣に居た聖奈も僕の表情を見て何かを察したらしい。
真剣な顔になる。
「らいはちゃん?」
『うん』
母さんは続けた。
『学校で倒れちゃってね』
「えっ!?」
思わず声が大きくなる。
その一言で。
近くに居た全員がこちらを振り返った。
『熱と貧血みたい』
「大丈夫なの!?」
『落ち着いて』
母さんは冷静だった。
『病院で診察したけど、大事にはなってない』
「本当に?」
『本当』
その言葉に。
ようやく少しだけ肩の力が抜けた。
「良かった……」
『今は病院で休ませてる』
母さんが続ける。
『点滴も終わりそうだから、そのまま私が引き取る予定』
「そうなんだ」
『今日はうちで面倒見るわ』
母さんは病院勤務だ。
こういう時の判断は信頼している。
『風太郎君にはまだ連絡してないの』
「え?」
『林間学校前で色々あるでしょ』
確かに。
『だから先に和喜へ連絡した』
なるほど。
風太郎が聞いたら大騒ぎになるのは容易に想像出来た。
『とりあえず安心して』
「分かった」
電話が切れる。
そして。
全員の視線が僕へ集まった。
「兄さん?」
聖奈が尋ねる。
僕は小さく息を吐いた。
「らいはちゃんが学校で倒れたらしい」
その一言で。
場の空気が一変した。
「えっ!?」
最初に声を上げたのは四葉だった。
「らいはちゃんが!?」
「大丈夫なんですか!?」
五月も心配そうに身を乗り出す。
「病院で診てもらったらしい」
僕は皆へ説明した。
「熱と貧血だって」
その言葉に。
「あぁ……良かったぁ……」
四葉が胸を撫で下ろした。
「びっくりしたぜ……」
政樹も同じだった。
普段は騒がしいが、らいはのことは妹のように可愛がっている。
だからこそ、本気で心配したのだろう。
一方で。
「そうか」
清治は短く頷いた。
「なら今は休養が最優先だな」
冷静な判断だった。
だが。
風太郎だけは黙ったままだった。
「風太郎」
僕は静かに声を掛ける。
「らいはちゃんは大丈夫だ」
「……ああ」
返事はあった。
しかし。
その視線はどこか落ち着かない。
当然だろう。
たった一人の妹だ。
心配しない兄など居ない。
「風太郎」
政樹が珍しく真面目な顔をした。
「らいはちゃん元気になるって」
「……分かってる」
そう返しながらも。
風太郎は携帯を見つめていた。
恐らく今すぐにでも駆け付けたいのだろう。
その気持ちは痛いほど分かる。
だから。
「風太郎」
僕は少し考えてから口を開いた。
「今日うち来る?」
「……は?」
風太郎が顔を上げる。
「母さんが面倒見てくれるし」
「兄さんの部屋も空いています」
聖奈も続けた。
「必要であれば布団も用意しますよ」
風太郎はしばらく黙った。
数秒。
いや。
十秒近くだろうか。
そして。
「いや」
小さく首を振る。
「客間でいい」
「客間?」
「らいはが寝るんだろ」
当然のように言う。
「なら俺もそこに居る」
即答だった。
「何かあったらすぐ気付ける」
その言葉に。
五月が少しだけ微笑んだ。
「上杉君らしいですね」
「林間学校前にまた熱が上がったら困る」
風太郎は真剣だった。
すると。
「ふふっ」
聖奈が小さく笑う。
「本当に妹想いですね」
「うるさい」
風太郎はそっぽを向いた。
だが。
耳が少し赤い。
そんな様子を見て。
「風太郎シスコンだな」
政樹がニヤニヤした。
「黙れ」
即座に返される。
「へーい」
秒で敗北した。
すると。
「あの!」
四葉が勢いよく手を挙げた。
「わたし達もお見舞い行きたいです!」
「私も!」
五月も続く。
「らいはちゃん心配です」
「顔だけでも見たい」
三玖も小さく呟いた。
二乃も腕を組みながら頷く。
「病気の時って寂しいものね」
その言葉に。
皆が賛同する。
だが。
「却下です」
聖奈だった。
「えぇぇぇ!?」
四葉が悲鳴を上げる。
「何でですか!?」
「皆さんのお気持ちは分かります」
聖奈は落ち着いた声で言った。
「ですが、体調を崩した子の所へ大人数で押し掛けるのは迷惑です」
「うっ……」
誰も反論出来ない。
正論だった。
「病院から帰って来たばかりなら尚更です」
「それは……そうね」
二乃も納得する。
すると。
「じゃあ俺だけ行くぜ!」
政樹が元気よく手を挙げた。
「政樹さん」
「はい」
「却下です」
「何でぇ!?」
本日二度目だった。
「お前も大人数側だ」
清治が冷静に突っ込む。
「一人だぞ!?」
「お前が行くと騒がしくなる」
「ひどくね!?」
否定出来ないのが悲しいところだった。
その様子に。
「ふふっ」
三玖が小さく笑う。
少しだけ空気が和らいだ。
すると。
「大丈夫だよ」
僕は皆へ向かって言った。
「らいはちゃんも母さんが付いてるし」
「うん」
「元気になったら会いに行けばいい」
その言葉に。
四葉もようやく頷いた。
「そうですね!」
「その時はいっぱい遊びましょう」
五月も微笑む。
そして。
「じゃあ」
二乃が腕を組む。
「らいはちゃんの分もお土産買わないとね」
「賛成!」
四葉が即座に復活した。
「らいはちゃん喜びそう」
三玖も頷く。
「何が良いでしょうか」
五月が真剣に考え始める。
「お菓子!」
「いや、まだ体調悪いだろ」
「じゃあぬいぐるみ!」
「大きすぎる」
再び賑やかになる一同。
そんな様子を見ながら。
風太郎は小さく息を吐いた。
完全に安心したわけではない。
それでも。
一人で抱え込む必要は無い。
そう思えたのかもしれない。
「……悪いな」
風太郎がぽつりと呟く。
「何が?」
「世話になる」
その言葉に。
僕は笑った。
「今更だろ」
「そうですね」
聖奈も頷く。
「らいはちゃんもお兄さんが側に居た方が安心するでしょう」
「……ああ」
風太郎は静かに頷いた。
そして。
明日から始まる林間学校。
その前夜。
僕達はそれぞれの想いを胸に、買い物を続けるのだった。
──その頃。
樋口家の客間では。
「すぅ……すぅ……」
らいはが静かな寝息を立てていた。
その枕元には。
優しく額へ冷えピタを貼る藍華の姿。
「明日には元気になるわよ」
そう呟いた藍華は。
これからやって来る賑やかな客人達のことを思い、少しだけ苦笑するのだった。
買い物を終えた僕達は、それぞれ帰宅していた。
明日からはいよいよ林間学校。
荷物の確認。
着替えの準備。
充電器。
財布。
やることは意外と多い。
もっとも。
今夜の樋口家は、いつもより少しだけ賑やかだった。
「すぅ……すぅ……」
客間では、らいはちゃんが静かな寝息を立てている。
熱も下がり始めているらしく、顔色もかなり良くなっていた。
「良かった……」
客間に座る風太郎が小さく呟く。
その視線は、ずっと妹へ向けられていた。
「風太郎さん」
そこへ聖奈が顔を出す。
「夕食の準備が出来ました」
「ん」
風太郎は短く返事をする。
だが。
席を立とうとしない。
「風太郎さん」
聖奈が少しだけ苦笑した。
「らいはちゃんは逃げませんよ」
「分かってる」
即答だった。
「だったら来てください」
「……」
数秒。
風太郎はらいはを見つめる。
そして。
ようやく立ち上がった。
「行く」
「はい」
その様子を見ていた僕は思わず笑ってしまう。
「本当に心配なんだな」
「当たり前だ」
風太郎は即答した。
「妹だからな」
その言葉に嘘は無い。
だからこそ。
少しだけ安心した。
夕食後。
風呂も済ませ。
時刻は二十二時を回っていた。
リビングではテレビが小さく流れている。
聖奈は明日の準備。
母さんは仕事関係の書類。
父さんは夜勤。
そして。
僕はソファへ座りながらスポーツドリンクを飲んでいた。
すると。
「まだ起きてたのか」
客間から出てきた風太郎がそう言った。
「そっちこそ」
「見回りだ」
「病院か」
「妹だ」
即答だった。
「重症だな」
「うるさい」
風太郎は隣へ座った。
数秒。
沈黙。
テレビの音だけが流れる。
不思議と嫌な空気ではなかった。
「らいはちゃん」
僕が口を開く。
「元気になりそう?」
「ああ」
風太郎は頷いた。
「熱も下がってきた」
「なら良かった」
本心だった。
らいはちゃんは本当に良い子だ。
だから。
体調を崩したと聞いた時は驚いた。
すると。
「悪かったな」
風太郎がぽつりと言った。
「ん?」
「世話になった」
少しだけ照れ臭そうだった。
珍しい。
「何だよ急に」
「別に」
風太郎は視線を逸らす。
「礼くらい言う」
「律儀だねぇ」
「普通だ」
全然普通じゃない。
だが。
嫌いじゃなかった。
「そういや」
僕は思い出したように聞く。
「林間学校楽しみ?」
「別に」
即答だった。
「だと思った」
「だが」
風太郎は続ける。
「勉強時間が確保出来るなら悪くない」
「風太郎らしいね」
思わず笑う。
すると。
風太郎も少しだけ口元を緩めた。
本当に少しだけ。
だが。
確かに笑った。
「兄さん」
そこへ。
準備を終えた聖奈がやって来る。
「明日の集合時間、再確認しておいてください」
「はいはい」
「兄さんの場合、寝坊が心配です」
「そこまでしないよ」
「信用していません」
即答だった。
酷い。
「風太郎さんは大丈夫そうですね」
聖奈が風太郎を見る。
「ああ」
「兄さんよりは安心です」
「おい」
「事実です」
否定出来ないのが辛い。
すると。
クスクス。
不意に小さな笑い声が聞こえた。
全員が振り返る。
リビングの入口。
そこには。
目を擦りながら立つらいはちゃんの姿があった。
「あ」
「らいはちゃん!」
僕と風太郎が同時に立ち上がる。
すると。
「ふふっ」
らいはちゃんが少しだけ笑った。
「お兄ちゃん達、仲良しだね」
その一言で。
風太郎が固まる。
「違う」
「そうですか?」
「違う」
「二回言いましたね」
聖奈が即座に突っ込んだ。
「うるさい」
耳が少し赤い。
そんな風太郎を見て。
らいはちゃんは楽しそうに笑う。
どうやら。
かなり元気になったらしい。
その姿を見て。
僕達も自然と笑っていた。
そして。
夜は更けていく。
明日はいよいよ林間学校。
キャンプファイヤー。
肝試し。
飯盒炊飯。
そして──
まだ誰も知らない様々な出来事。
それぞれの期待と不安を胸に。
林間学校前夜は静かに過ぎていくのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回は林間学校前の準備回ということで、いつも以上に日常や人間関係に焦点を当ててみました。
風太郎とらいはの兄妹愛。
五つ子達との賑やかな買い物。
そして少しずつ近付いていく、それぞれの距離感。
特にキャンプファイヤーのダンスについては、今後の物語にも大きく関わってきます。
そして次回からはいよいよ林間学校編開幕です。
肝試し。
飯盒炊飯。
キャンプファイヤー。
楽しいイベントの裏で、それぞれの恋心も少しずつ動き始めます。
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次回もぜひお付き合いください。