今回はいよいよ林間学校編のスタートです。
出発前の買い物や、らいはの体調不良騒動を経て、それぞれの想いが少しずつ動き始めました。
本人達はまだ自覚していませんが、三玖や五月、二乃達の中にも確かな変化が生まれています。
そして、キャンプファイヤーのダンスという伝説。
誰が誰と踊るのか。
そんな期待を抱えながら始まる林間学校ですが、どうやら順風満帆とはいかないようで……?
それでは『それぞれの想いを乗せて』をお楽しみください。
「行ってきます」
翌朝。
玄関で靴を履きながらそう声を掛ける。
「いってらっしゃい!」
元気な声が返ってきた。
振り返ると、そこにはパジャマ姿のらいはちゃんが立っていた。
昨日より顔色はかなり良い。
熱もほとんど下がったらしい。
「無理するなよ」
風太郎が真面目な顔で言う。
「大丈夫だよ」
らいはちゃんは笑った。
「お兄ちゃん心配しすぎ」
「心配するだろ」
即答だった。
「妹なんだから」
その言葉に。
らいはちゃんは少し嬉しそうに笑う。
すると。
「はいはい」
後ろから母さんが現れた。
「らいはちゃんは私が見てるから安心しなさい」
「お願いします」
風太郎が頭を下げる。
「真面目ねぇ」
母さんが苦笑した。
「でも、そのくらい妹想いの方が好感持てるわよ」
風太郎は何も言わず視線を逸らした。
少しだけ照れているらしい。
「兄さん」
聖奈が玄関へやって来る。
「そろそろ時間です」
「だね」
時計を見る。
確かに良い時間だった。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい!」
再び手を振るらいはちゃん。
その姿を見届けてから、僕達は家を後にした。
集合場所へ到着すると。
既に多くの生徒達が集まっていた。
クラスごとに固まり。
友人同士で話し。
出発前特有の賑やかな空気が広がっている。
すると。
「兄貴!」
聞き慣れた声が飛んできた。
政樹だった。
その後ろには清治もいる。
「おはようっす!」
「おはよう」
「らいはちゃん大丈夫だったんすか?」
政樹が真っ先に聞いてきた。
その表情は本気で心配している。
「大丈夫だよ」
僕は頷く。
「朝にはかなり元気になってた」
「良かったぁ……」
政樹が心底安心したように息を吐く。
「マジで心配したっす」
「熱も下がっていたなら問題無いだろう」
清治も頷いた。
「林間学校から帰る頃には元気になっているはずだ」
「だと良いね」
そう答えた時だった。
「和喜さーん!」
元気な声が響く。
四葉だった。
その後ろには五つ子達の姿。
「おはようございます」
五月が頭を下げる。
「おはよう」
「らいはちゃん大丈夫だった?」
二乃も少し心配そうに聞いてきた。
「大丈夫」
僕は頷く。
「朝にはかなり元気になってた」
その言葉に。
五つ子達も安心したようだった。
「良かったぁ~」
四葉が胸を撫で下ろす。
「本当に」
五月も微笑む。
すると。
「フータロー…」
三玖が風太郎を見る。
「昨日は眠れた…?」
「普通だ」
即答だった。
しかし。
「嘘ですね」
聖奈が言った。
風太郎が固まる。
「朝五時には起きていました」
「そんなに早くですか?」
五月が驚く。
「目が覚めただけだ」
風太郎はぶっきらぼうに答える。
だが。
「らいはちゃんの熱を確認していましたよね?」
聖奈が続けた。
「……」
沈黙。
図星だった。
「上杉君らしいですね」
五月が少しだけ笑う。
「妹想いなところ」
「そうか?」
「そうですよ」
すると。
「一組はこちらー!」
教師の声が響いた。
「二組も集合しろー!」
「三組ー!」
次々と呼ばれるクラス。
どうやら乗車時間らしい。
「じゃあ後でね」
一花が手を振る。
「うん」
三玖も頷いた。
そして。
それぞれ自分のクラスの列へ向かっていった。
バスへ乗り込む。
適当に空いた席へ向かい窓側へ腰を下ろすと。
「……」
当然のように隣へ誰かが座った。
三玖だった。
「おはよう」
「おはよう……」
小さな返事。
だが。
以前より自然だった。
前より少しだけ距離が近い。
そんな気がする。
「眠そうだね」
僕が言うと。
「少し」
三玖は素直に頷いた。
「昨日考え事してた」
「珍しい」
「そう?」
「三玖は悩むより先に調べるタイプだから」
すると。
三玖は少しだけ笑った。
「それはそうかも」
そんな会話をしていると。
バスがゆっくり動き出した。
林間学校の始まりである。
~二組バス~
「いやー!」
一花は大きく伸びをした。
「林間学校だぁ~♪」
テンションは高い。
隣には清治。
「元気だな」
「イベント好きだからね♪」
すると。
後ろの席から声が飛んできた。
「そういや中野さん!」
前田だった。
「あれ?」
一花が振り返る。
「何?」
「樋口と踊るんですよね?」
その瞬間。
二組の空気が止まった。
「え?」
「何?」
「マジ?」
周囲の生徒達が一斉に反応する。
「あー……」
一花は苦笑した。
思った以上に広まっている。
犯人は間違いなく前田だろう。
「前田君」
「ん?」
「広めた?」
「少しだけ」
絶対に少しではない。
すると。
「本当なの!?」
「樋口君とキャンプファイヤー!?」
女子達まで食いついてきた。
「あはは……」
一花は笑う。
否定はしない。
何故なら事実だからだ。
「まあ、そういうことになってるかな♪」
その瞬間。
車内は大盛り上がりとなった。
「マジかよ!」
「羨ましい!」
「いつの間に!」
そんな騒ぎを横目に。
清治は静かにスマホを取り出した。
そして短い文章を打つ。
送信先。
樋口和樹。
『二組が騒がしい』
数秒後。
さらに続ける。
『ダンスの件が広まった』
『犯人は前田』
『現在二組女子が盛り上がっている』
『一花さんは楽しそうだ』
送信。
そしてスマホをしまった。
「報告でもした?」
一花が聞く。
「ああ」
「律儀だねぇ」
「後で面倒になる」
清治は短く答えた。
その判断は。
恐らく正しかった。
ブルルッ…
スマホが震えた。
僕は画面を見る。
送信者は清治。
嫌な予感しかしない。
そして内容を読んで──
「何やってんだあいつ……」
思わず頭を抱えた。
「?」
隣の三玖が首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……」
どうせ隠せる話でもない。
僕はスマホを三玖へ見せた。
すると。
三玖はメッセージを読む。
『ダンスの件が広まった』
『犯人は前田』
『現在二組女子が盛り上がっている』
『一花さんは楽しそうだ』
「……」
三玖の動きが止まった。
「広まったんだ」
「みたいだね」
僕は苦笑する。
「前田も余計なことを……」
まさかクラス中に広めるとは思わなかった。
すると。
「一花らしい」
三玖がぽつりと言った。
「ん?」
「楽しそう」
確かにそうだ。
容易に想像出来る。
「否定出来ないね」
思わず笑う。
一花なら間違いなくその状況を楽しむだろう。
すると。
三玖は窓の外へ視線を向けた。
流れていく景色。
曇り空。
そして。
胸の奥に残る小さな違和感。
何故だろう。
少しだけ気になった。
一花とカズキ。
キャンプファイヤー。
ダンス。
その言葉が頭から離れない。
だが。
その理由は分からなかった。
「三玖?」
「え?」
「酔った?」
僕が心配そうに聞く。
「違う」
三玖は首を振った。
「少し考え事」
「珍しいね」
「そう?」
「うん」
僕は笑う。
「三玖は考える前に調べるタイプだから」
「それ、二回目」
「あれ?」
「さっきも言った」
少しだけ。
本当に少しだけ。
三玖は笑った。
~五組バス~
「それで?」
二乃が腕を組んだ。
「何ですか?」
隣の聖奈が首を傾げる。
「アンタ結局誰と踊るのよ」
直球だった。
聖奈は一瞬だけ考える。
そして。
「決めていません」
そう答えた。
「ふーん」
二乃は疑わしそうな顔をする。
「七人以上から誘われた女の余裕ね」
「二乃さんも似たようなものでは?」
「は?」
今度は二乃が固まる。
「何の話よ」
「政樹さんです」
即答だった。
「なっ!?」
顔が真っ赤になる。
「何でそこで政樹君が出てくるのよ!」
「違うのですか?」
「違うわよ!」
「そうですか」
全く信じていない顔だった。
「アンタねぇ……」
二乃が頭を抱える。
そんな様子を見ながら。
聖奈は小さく微笑んだ。
~三組バス~
「林間学校ですねー!」
四葉は朝から全開だった。
「そうだな」
隣の政樹も笑う。
「楽しみだ!」
「私もです!」
すると。
四葉がふと首を傾げた。
「そういえば」
「ん?」
「福島さんは誰と踊るんですか?」
直球だった。
「ぶっ!?」
政樹が吹き出した。
「な、何だよ急に!」
「気になったので!」
悪気は一切無い。
だからこそ強い。
「決まってねぇよ!」
「本当ですか?」
「本当だ!」
「良かったです!」
満面の笑顔だった。
政樹は一瞬固まる。
何が良かったのか。
全く分からない。
だが。
何故か少しだけ嬉しくなってしまうのだった。
~一組バス~
「上杉君」
五月が声を掛ける。
「何だ」
「林間学校のしおり、確認しましたか?」
「した」
即答だった。
「なら問題ありませんね」
五月は満足そうに頷く。
勉強会を続けてきたお陰で、こうした会話も以前より自然に出来るようになっていた。
すると。
「お前こそ確認したのか」
風太郎が聞く。
「もちろんです」
五月は胸を張る。
「持ち物も全て確認済みです」
「そうか」
短いやり取り。
しかし。
以前の二人なら考えられないくらい穏やかな空気だった。
すると。
五月は窓の外へ視線を向ける。
流れていく景色。
曇り空。
そして。
ふと昨夜のことを思い出した。
──らいはちゃんの看病をしていた和喜。
──朝も体調を気に掛けていた和喜。
──困っている人を見ると放っておけない和喜。
「……」
「どうした」
風太郎が聞く。
「いえ」
五月は慌てて首を振った。
「何でもありません」
そう答える。
だが。
頭の中には何故か和喜の顔が浮かんでいた。
理由は分からない。
ただ。
気付けば視線で探してしまう。
そんな自分に五月はまだ気付いていなかった。
暫くしてサービスエリアに到着した。
「休憩だぞー!」
教師の声と共にバスが停車する。
長時間座りっぱなしだった生徒達は一斉に立ち上がった。
「よっしゃぁぁ!」
真っ先に飛び出したのは政樹だった。
「ソフトクリームっ!!」
「朝から元気だな……」
呆れながらバスを降りる。
すると。
「和喜さん!」
四葉が駆け寄ってきた。
「見てください!」
「ん?」
「ご当地キャラです!」
指差した先にはゆるキャラのパネル。
「なるほど」
「写真撮りましょう!」
「何でだよ」
「記念です!」
断る間もなく腕を引かれる。
相変わらずだった。
「カズキ君発見~♪」
そこへ。
聞き慣れた声。
一花だった。
「おはよう」
「もう昼前だよ?」
「細かいな」
「それよりさ」
一花がニヤニヤしながら近付いてくる。
嫌な予感しかしない。
「二組大変だったんだよ?」
「らしいね」
「らしいねじゃないよー」
一花は肩を竦める。
「前田君が盛大に広めちゃってさ」
「聞いた」
「人気者だねぇ」
「一花がね」
すると。
一花は笑った。
「どうかなー?」
その表情は。
少しだけ楽しそうだった。
「そういえば」
一花が続ける。
「カズキ君は気にしてないの?」
「何を?」
「ダンス」
即答だった。
「別に」
「えー」
一花が不満そうな顔をする。
「もうちょっと特別感出してよー」
「ただ踊るだけでしょ?」
「それ言っちゃう?」
「言う」
すると。
「ふふっ」
一花は楽しそうに笑った。
少し離れた場所。
その様子を見ていた人物がいた。
三玖である。
「……」
隣には五月。
「どうしたんですか?」
五月が聞く。
「別に」
三玖は首を振った。
だが。
視線は無意識に向いてしまう。
一花と和喜。
楽しそうに話している二人。
そして。
昨日の放課後に前田から聞いた言葉。
──独占したいから。
不意に思い出す。
「……」
胸の奥が少しだけざわついた。
理由は分からない。
分からないのだが。
何故か視線を逸らせなかった。
一方で。
五月もまた。
少しだけ視線を向けていた。
和喜へ。
らいはの看病。
勉強会。
困っている人を放っておけない性格。
色々思い出す。
すると。
「五月?」
三玖が呼ぶ。
「え?」
「どうしたの?」
「な、何でもありません!」
慌てて首を振る五月。
三玖は首を傾げた。
そんな二人の様子を。
少し離れた場所から。
聖奈が見ていた。
「なるほど」
小さく呟く。
「面白くなってきましたね」
聖奈は微かに口元を緩めた。
もっとも。
その視線の先にいる三玖も五月も、自分が見られていることに気付いていない。
「聖奈ー!」
そこへ二乃が現れた。
手にはジュース。
「何一人で立ってるのよ」
「少し観察を」
「アンタ本当に観察好きよね……」
二乃が呆れたように言う。
すると。
「
遠くから政樹の声。
振り向くと。
両手にソフトクリームを持って走って来る。
「見てください!」
「何ですか?」
「期間限定っす!」
自慢げだった。
「一本余ったんでどうぞ!」
そう言って。
何の躊躇もなく聖奈へ差し出した。
「私にですか?」
「はい!」
政樹は満面の笑み。
「限定味なんで!」
深い意味など一切ない。
本当に一切ない。
ただ、余ったから渡しただけである。
「ありがとうございます」
聖奈は素直に受け取った。
「美味しそうですね」
「美味いっすよ!」
嬉しそうな政樹。
すると。
「……」
二乃が無言になる。
「どうしました?」
聖奈が聞く。
「別に」
即答だった。
しかし。
明らかに少し不機嫌そうである。
「二乃さんも食べますか?」
聖奈が差し出す。
「いらないわよ」
再び即答。
「そうですか」
聖奈は小さく微笑む。
その顔は。
全部分かっている顔だった。
「何よその顔」
「いえ?」
「絶対何か思ってるでしょ」
「気のせいでは?」
「気のせいじゃないわよ!」
二乃が声を上げる。
すると。
政樹が首を傾げた。
「?」
全く状況が分かっていない。
「何かあったのか?」
「何もないわよ!」
「そうか?」
本当に分かっていない。
だからこそ。
二乃は余計に調子が狂う。
「もう……」
思わず額を押さえた。
そんな様子を見て。
聖奈は小さく笑う。
「仲が良いですね」
「なっ!?」
二乃が反応する。
「違うわよ!」
「そうですか」
全く信じていない顔だった。
そして──
「兄貴ー!」
政樹は僕達の方へ走って来ていた。
「どうしたのさ」
「ソフトクリームどうっすか!」
「いらない」
即答だった。
「即答!?」
「朝からそんなに食べない」
「えぇー」
露骨に落ち込む。
すると。
「私食べます!」
四葉が元気よく手を挙げた。
「四葉ならそう言うと思ったぜ!」
即座に手渡される。
「やったー!」
満面の笑み。
本当に平和だった。
~サービスエリア~
その頃。
サービスエリアの外では。
ちらり。
白い雪が舞い始めていた。
最初は誰も気付かない。
だが。
数分後。
「……ん?」
清治が空を見上げた。
「どうしたの?」
一花が聞く。
「雪だ」
その一言で。
周囲も空を見る。
確かに。
白い雪が舞っていた。
「本当ですね」
五月が呟く。
「天気予報では曇りだったはずですが……」
「山だからじゃない?」
一花が気楽に答える。
だが。
清治は少しだけ眉をひそめていた。
「嫌な降り方だな」
経験則だった。
山の天気は変わりやすい。
そして。
こういう時の予感は当たる。
すると。
「集合だぞー!」
教師の声が響いた。
どうやら再出発らしい。
生徒達は次々とバスへ戻っていく。
「じゃあ後でねー♪」
一花が手を振る。
「ああ、また後で」
和喜も手を振り返した。
その様子を。
三玖は静かに見ていた。
胸の奥に残る小さな違和感。
まだ名前の付いていない感情。
それを抱えたまま。
再びバスは目的地へ向けて走り出す。
そして。
窓の外では。
雪が少しずつ強くなっていた。
誰もまだ知らない。
この数時間後。
吹雪によって予定が大きく狂うことになることを──
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回の話は、林間学校本編へ入る前の「それぞれの立ち位置確認回」といった内容でした。
一花は相変わらず積極的。
三玖はまだ恋心を理解しきれていない状態。
五月も少しずつ和喜を意識し始めています。
そして二乃と政樹。
本人達は隠しているつもりですが、周囲から見るとかなり分かりやすくなってきました。
また、らいはの体調不良を通して、風太郎の兄としての一面も改めて描いてみました。
そしてラストに降り始めた雪。
果たして林間学校は予定通り進むのか。
吹雪は彼らに何をもたらすのか。
もし面白いと思っていただけましたら、感想・評価・ブックマークをいただけると今後の執筆の励みになります。
それでは次回もよろしくお願いいたします。