吹雪による予定変更。
まさかの旅館宿泊。
本来ならただのハプニングで終わるはずの出来事でしたが、少しずつ変わり始めた彼女達の心は、静かな雪景色の中でも確かに動き始めていました。
まだ誰も気付いていない。
けれど確かに芽吹き始めた想い。
そんな林間学校一日目の夜をお楽しみいただければ幸いです。
サービスエリアを出発してからしばらく。
車内は先程までの賑やかさを取り戻していた。
眠り始める者。
友人と話し続ける者。
景色を眺める者。
過ごし方は様々だった。
しかし。
窓の外だけは違った。
「……」
三玖が外を見ている。
白い雪。
先程より明らかに量が増えていた。
「結構降ってきたね」
僕も窓の外へ視線を向ける。
「そうだね」
三玖が小さく頷く。
山道は徐々に白く染まり始めていた。
~二組バス~
「うわぁ」
一花が窓に顔を近付ける。
「凄いね」
「そうだな」
清治も珍しく外を見ていた。
すると。
前方の教師達が慌ただしく動き始める。
「……?」
一花は首を傾げた。
その時だった。
キィィィッ――
バスが大きく減速した。
「きゃっ!」
車内から悲鳴が上がる。
一花の身体も大きく揺れた。
「危ない」
咄嗟に清治が肩を支える。
「あ、ありがと」
一花が礼を言う。
しかし、二人の視線は自然と前方へ向いていた。
何かがおかしい。
数分後。
鷺浦先生のアナウンスが流れる。
『生徒の皆さん、落ち着いて聞いてください』
その声だけで。
車内が静かになる。
『現在、吹雪の影響で道路状況が悪化しています』
ざわり。
空気が揺れた。
『この先へ進むことが困難と判断されました』
さらにざわつく生徒達。
そして。
『本日は近隣の旅館へ緊急宿泊します』
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
全車両から歓声が響いた。
~旅館前~
「でっか……」
政樹が思わず呟く。
目の前に現れたのは巨大な旅館だった。
雪景色の中に建つ和風建築。
歴史を感じさせる立派な門。
そして広大な敷地。
「凄いですね……」
五月も感心していた。
「こういう旅館とか初めてかも」
四葉も目を輝かせる。
「いやぁ」
一花は笑う。
「これはテンション上がるね♪」
大広間に全校生徒が集められる。
先生達の表情は真剣だった。
「まずは聞いてくれ」
学年主任が前へ出る。
「本来宿泊予定だった施設ではない」
生徒達も静かになる。
「急遽受け入れて頂いた旅館だ」
頷く教師達。
「そのため部屋数に余裕が無い」
嫌な予感。
「よって」
先生が続ける。
「クラス混合で部屋割りを行う」
ざわり。
大広間が騒がしくなる。
「えー!」
「マジか!」
「クラスバラバラ!?」
当然の反応だった。
だが、先生達も苦笑するしかない。
「非常事態だ。協力してくれ」
その説明に。
生徒達も納得するしかなかった。
そして部屋割りが発表される。
男子四人部屋
樋口和喜
上杉風太郎
加藤清治
福島政樹
「おぉぉぉ!」
政樹が真っ先に歓声を上げた。
「兄貴達と同じ部屋っす!」
「騒がしくなりそうだな」
清治が即座に言う。
「ひどくないか!?」
「否定出来るか?」
「……出来ねぇな」
即答だった。
~女子五人部屋~
中野一花
中野二乃
中野三玖
中野四葉
中野五月
「結局私達一緒なのね」
二乃が肩を竦める。
「安心します」
五月が微笑む。
「私も!」
四葉も元気よく手を挙げた。
三玖も小さく頷く。
そして一花だけは少し楽しそうだった。
「どうしたの?」
三玖が聞く。
「んー?」
一花は意味深に笑う。
「何か面白いこと起きそうだなって♪」
嫌な予感しかしなかった。
さらに。
「露天風呂だって!」
四葉が館内案内図を見ながら叫ぶ。
「本当です!」
五月も目を丸くする。
案内図にはしっかりと書かれていた。
『大浴場』
『露天風呂』
「やったー!」
四葉は飛び跳ねる。
「温泉だよ温泉!」
「はしゃぎ過ぎよ」
そう言う二乃も少し嬉しそうだった。
一方。
男子側。
「露天風呂あるらしいぞ」
政樹が言う。
「へぇ」
僕が頷く。
「温泉旅館だからな」
風太郎も答える。
すると。
「全員で入るか」
清治が言った。
「賛成だぜ!」
政樹即答。
「いや、まだ荷物置いてないだろ」
僕が呆れる。
「先に部屋行くぞ」
「ちぇー」
不満そうな政樹。
しかし誰の顔にも笑みがあった。
突然のトラブル。
本来なら困るはずだった。
だが学生達にとっては、それすらも特別な思い出になる。
そして誰もまだ知らない。
この旅館で過ごす一夜が。
それぞれの関係を少しずつ変えていくことになることを──
男子部屋──
「おぉぉぉぉ!」
部屋へ入った瞬間。
政樹が歓声を上げた。
「広っ!」
和室だった。
畳。
大きな窓。
整然と並べられた座布団。
そして四人分の布団。
「旅館って感じっすね!」
「旅館だからね」
僕が即座に返す。
「風情があるな」
風太郎も部屋を見回していた。
すると。
「まず荷物を置け」
清治が言う。
「温泉は逃げん」
「はーい」
返事だけは良かった。
荷物を整理していると、不意に政樹が思い出したように口を開く。
「そういや兄貴」
嫌な予感。
「何だ」
「一花さんと踊るんすよね?」
沈黙。
風太郎が顔を上げる。
清治も見る。
「……」
僕は無言。
「聞いたっすよ」
政樹は笑う。
「二組で大騒ぎらしいじゃないですか」
「前田が広めたらしいね」
「やるなー前田!」
やらなくていい。
「それで?」
政樹が続ける。
「どんな気分なんすか?」
「何が」
「好きな女の子と踊る気分っす」
「違う」
即答だった。
「違うんすか?」
「違う」
「本当に?」
「本当に」
政樹は疑いの目。
すると。
「政樹」
清治が口を開いた。
「何だよ?」
「お前は二乃さんと踊るのか」
「ぶっ!」
今度は政樹が吹き出した。
「な、何言ってるんだよ!」
見事な反応だった。
「なるほど」
清治が頷く。
「図星か」
「違う!」
部屋に笑いが広がる。
~五つ子部屋~
一歩その頃。
「わぁぁ~!」
四葉が部屋を走り回っていた。
「広ーーい!」
「転ぶわよ」
二乃が呆れる。
しかし、その顔はどこか楽しそうだった。
すると。
「ねぇねぇ」
一花が笑う。
嫌な予感しかしない声だった。
「何よ」
二乃が聞く。
「せっかくだし恋バナしない?」
沈黙。
三玖が固まる。
五月も固まる。
「何でよ」
二乃が言う。
「林間学校だから♪」
理由になっていない。
しかし一花は気にしない。
「そういえばさ」
そして爆弾を落とす。
「カズキ君と踊る話、二組で凄いことになってたよ♪」
「……」
三玖の肩が僅かに動いた。
「そうなんだ」
四葉が言う。
「人気者ですね」
五月も頷く。
「でしょー?」
一花は笑う。
「前田君なんて完全に広報担当だったもん」
「本人の許可取ってないでしょ」
二乃が呆れる。
「取ってない♪」
胸を張ることではない。
「でも」
一花は窓の外を見る。
そして少しだけ優しい顔で笑った。
「楽しみだな」
その一言に。
何故か三玖の胸が少しだけざわついた。
──楽しみ。
その言葉が頭に残る。
一花は楽しみにしている。
キャンプファイヤー。
ダンス。
和喜との時間。
「……」
三玖は窓の外を見る。
雪はまだ降り続いていた。
理由は分からない。
だが、胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。
すると。
「三玖?」
四葉が声を掛ける。
「どうかした?」
「ううん」
慌てて首を振る。
「何でもない」
そう答える。
だが、本当に何でもないのか。
三玖自身にも分からなかった。
その頃。
男子部屋では。
「さて」
清治が立ち上がる。
「露天風呂へ行くか」
「待ってました!」
政樹が飛び上がる。
「温泉っす!」
「騒ぐな」
「無理っす!」
こうして。
旅館での最初のイベント。
露天風呂へ向かうことになるのだった。
「うおぉぉぉぉ!」
政樹の声が響く。
「広っ!」
旅館自慢の露天風呂は想像以上だった。
湯気。
雪景色。
岩造りの浴槽。
そして山々を見渡せる絶景。
「温泉最高ぉぉ!」
「静かにしろ」
清治が即座に言う。
「無理!」
「だろうね」
僕は苦笑した。
すると。
「しかし」
風太郎が湯船に浸かりながら呟く。
「本当に予定外だな」
「だね」
僕も頷く。
本来なら今頃は予定通り施設へ到着していたはずだ。
「まあ」
僕は空を見上げる。
「これはこれで思い出になるんじゃないかな」
「そうっすね」
政樹も笑う。
「林間学校で旅館なんて普通無ぇからな」
「確かにな」
すると。
「そういや兄貴」
また嫌な予感。
「何だ」
「一花さん」
やっぱりそれだった。
「楽しみにしてるらしいっすよ」
「何を」
「ダンス」
即答だった。
「……」
僕は無言。
「人気者は大変っすね」
「別に人気者じゃない」
「いや」
今度は風太郎が口を開く。
「お前普通にモテてるだろ」
「どこが」
「昨日だけで何人誘われた」
「……八人」
「十分だ」
即答だった。
すると。
「兄貴」
政樹がニヤニヤしている。
「一花さん以外にも居るんじゃないっすか?」
「居ない」
「本当に?」
「本当に」
そのやり取りに。
清治が静かに湯船へ浸かりながら言う。
「和喜は気付かないからな」
「何が」
「全部だ」
意味が分からなかった。
~女子露天風呂~
一方その頃。
「はぁぁぁ~~……」
四葉が気持ち良さそうに声を漏らす。
「生き返ります~」
「大袈裟ね」
二乃が笑う。
しかし。
その顔もどこか柔らかい。
「雪見風呂なんて初めてです」
五月も景色を見上げる。
「綺麗……」
三玖もぽつりと呟いた。
静かな時間。
湯気の向こうでは雪が降っている。
すると。
「ねぇ」
一花が笑う。
嫌な予感しかしない。
「何よ」
二乃が即座に反応する。
「ダンスの話」
「またぁ?」
「また♪」
一花は悪びれない。
そして。
「二乃はマサキ君と踊らないの?」
「ぶっ!」
二乃が盛大に吹き出した。
「何言ってんのよ!」
顔が真っ赤だった。
「違うの?」
「違うわよ!」
「ふーん」
全然信じていない顔だった。
「アンタねぇ……」
二乃が頭を抱える。
すると今度は一花が視線を動かした。
「三玖は?」
「え?」
突然だった。
「誰かと踊りたい?」
三玖は少し考える。
そして。
「分からない」
正直に答えた。
「そう?」
「うん」
好きな人。
付き合う意味。
独占したい気持ち。
最近そんな事ばかり考えている。
だけど答えはまだ見つからない。
すると。
「五月ちゃんは?」
一花が聞く。
「わ、私ですか!?」
五月が慌てる。
「そう」
「私は……」
そこまで言って。
不意にある人物の顔が浮かんだ。
「……」
和喜。
何故だろう。
真っ先に思い浮かんだのは彼だった。
「五月ちゃん?」
「な、何でもありません!」
慌てて首を振る。
すると、一花が意味深に笑った。
「ふーん」
全部見透かされている気がした。
そして誰も気付いていない。
この旅館での一夜が少しずつ。それぞれの心を動かし始めていることに。
露天風呂から戻った僕達は、部屋で寛いでいた。
「いやぁ~」
政樹が畳へ大の字になる。
「温泉最高~~」
「まだ一日目だぞ」
清治が呆れる。
「もう満足したのか」
「そんな訳ないだろ」
政樹は即答した。
「明日の朝も入るぜ!」
元気である。
すると、隣で荷物を整理していた風太郎がふと手を止めた。
「……?」
何かを見つけたらしい。
手に取ったのは小さな袋だった。
「何それ」
僕が聞く。
「らいはだ」
短い返事。
袋を開く。
中から出てきたのは手作りのミサンガだった。
少し不揃いな編み目。
けれど丁寧に作られている。
一緒に小さなメモも入っていた。
『お兄ちゃんへ』
『林間学校楽しんできてね!』
『らいはより』
「……」
風太郎はしばらく黙っていた。
そして静かにミサンガを見つめる。
「良かったな」
僕が言う。
すると。
「当たり前だ」
ぶっきらぼうな返事。
だが、少しだけ嬉しそうだった。
「らいはちゃんらしいな」
政樹が笑う。
「風太郎」
清治も言った。
「大切にしろ」
「言われなくてもそうする」
風太郎はそう言いながらミサンガを腕へ結んだ。
コンコン…
その時、襖が叩かれる。
「夕食の時間だぞー!」
先生の声だった。
「十分後に大広間へ集合!」
「了解!」
政樹が元気良く返事をする。
そして、僕達は夕食会場へ向かった。
大広間。
「うわぁ……」
四葉が目を輝かせた。
長机の上には豪華な料理が並んでいる。
刺身。
天ぷら。
鍋。
焼き魚。
茶碗蒸し。
旅館らしい豪華な夕食だった。
「凄いですね……」
五月も感心する。
「ここの旅館ってこんな感じなんだ」
三玖も興味深そうに見ていた。
「これは当たりね」
二乃も満足そうだった。
「旅館イベントって感じだね~♪」
一花は上機嫌である。
そして。
当然のように、五つ子達の近くには僕達も居た。
「豪華だぜ!」
政樹は既にテンションが高い。
「食べ過ぎるなよ」
「無理っす!」
即答だった。
食事が始まってしばらく。
満腹になり始めた頃先生が立ち上がる。
「静かに聞いてくれ」
自然と会場が静まった。
「明日の予定だが」
先生は資料を確認する。
「天候次第ではあるが、飯盒炊飯は予定通り実施する」
おおーっ。
という歓声が上がる。
「なお」
先生は続ける。
「飯盒炊飯はクラスごとに行う」
その言葉に。
各クラスでざわめきが起きる。
「班分けは事前に決めてある」
~五つ子side~
そして一覧表が配られ始めた。
「どれどれ」
四葉が覗き込む。
「私は……あった!」
楽しそうに探している。
五月も自分の班を確認する。
すると、三玖が小さく声を漏らした。
「……あ」
「どうしたの?」
一花が聞く。
三玖は紙を見る。
そこには。
『樋口和喜』
という名前があった。
同じ班だった。
「へぇ」
一花が笑う。
「カズキ君と一緒なんだ」
「うん……」
三玖は小さく頷く。
「良かったじゃん」
「何が?」
「料理上手な人がいる」
確かにそうだった。
和喜は料理が出来る。
コロッケの時だってそうだった。
だから助かる。
そのはずなのに。
何故か少しだけ嬉しかった。
「……そうかも」
三玖は小さく呟く。
一方。
五月も班表を見ていた。
そこには和喜の名前は無い。
当たり前だった。
クラスが違うのだから。
「……」
少しだけ。
本当に少しだけ。
残念な気持ちになる。
だがその理由は自分でも分からない。
「五月?」
四葉が聞く。
「どうしたの?」
「な、何でもありません!」
慌てて首を振った。
そして。
二乃も班表を見ていた。
当然。
政樹の名前は無い。
クラスが違うのだから当たり前だ。
「……」
ほんの少しだけ肩を落とす。
すると。
「どうしました?」
隣の聖奈が聞いた。
「別に」
即答だった。
「政樹さんなら三組ですよ」
「だから何で政樹君が出てくるのよ!」
二乃が真っ赤になる。
「違うのですか?」
「違うわよ!」
「そうですか」
全く信じていない顔だった。
「アンタねぇ……」
二乃は頭を抱えた。
その様子を見ながら。
一花は小さく笑う。
三玖。
五月。
二乃。
それぞれ少しずつ変わってきている。
そして自分自身も。
キャンプファイヤー。
ダンス。
和喜との約束。
思い出すだけで少しだけ胸が高鳴る。
「……」
窓の外を見る。
雪はまだ降り続いていた。
明日。
何が起きるのだろう。
そんな期待を抱きながら、林間学校一日目の夜はゆっくりと更けていくのだった──
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回の旅館回では、それぞれの心の変化を少しずつ描いてみました。
三玖。
五月。
二乃。
本人達はまだ自覚していませんが、少しずつ和喜と政樹という存在が特別になり始めています。
そして一花もまた、キャンプファイヤーでの約束を楽しみにしている様子。
一方で当の和喜は相変わらずの鈍感ぶりです。
さて、次回はいよいよ飯盒炊飯。
料理上手な者もいれば、不安しかない者もいて……?
果たして無事にカレーは完成するのか。
そして三玖の恋心はどこへ向かうのか。
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