妹が微笑う理由を、僕はまだ知らない   作:吉月和玖

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今回は四葉とのトレーニング回になります。

これまでとは少し雰囲気を変えて、
「日常の中で距離が縮まる瞬間」を意識して書いてみました。

また、和樹の戦い方や考え方も少しだけ描写しています。
今後の展開にも関わってくる部分なので、楽しんでいただけたら嬉しいです。

少しでも面白いと感じていただけたら、
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5.音が繋ぐ、三人の時間

「はぁっ……はぁっ……!」

 

肺が焼けるように熱い。

玄関で聖奈に足止めを食らったせいで、完全に遅れた。

マンション前に着くと、案の定──

ガードレールに腰を乗せ、足を伸ばしながら空を見上げている政樹の姿があった。

 

「悪い政樹。待たせたよね」

「いえ!俺もちょうど今来たところっすから!それに、俺が兄貴を待たせては、師弟関係の意味がありやせん!」

「そういうの良いのに…」

 

苦笑しながら肩を竦める。

……と、その隣。

視界の端に、緑が揺れた。

 

「それで?えっと…四葉だったかな?何でこんなところに?」

「はい!私も日課のジョギングに出てきたのですが、ちょうど福島さんとお会いしまして!」

「で、どうせなら一緒に走ろうぜって話になったんすよ。いいっすよね?」

「別に構わないよ」

 

一度、三人の位置関係を見る。

 

(……この組み合わせ、ペース崩れるな)

 

「じゃあ政樹を先頭に、四葉、その後ろに僕で行こうか。三人並ぶと邪魔になるだろうし」

「うっす!」

「はい!」

「あと、スピードは七割くらいで。様子見ながら行く」

「なるほど!流石兄貴っす!何も言わなかったら、いつも通りかっ飛ばしてやした!」

 

……だと思ったよ。

 

「うっし!お待たせ。四葉は行ける?」

「はい!あのぉ……それより」

 

四葉が、少し首を傾げる。

 

「和喜さんが肩に背負ってるのって……何ですか?」

 

その視線の先には、僕の背中にある長い筒状の袋。

 

(ああ、そっちか)

 

「これ?」

 

軽く肩を揺らす。

 

「木刀が入ってるんだよ」

「木刀ですか!?」

 

ぱっと目が輝く。

 

「今度試合もあるし、素振りは毎日やってるからね」

「ほええぇぇ~……!」

 

興味津々といった様子で、僕の周りをくるくる回る。

袋を見上げ、距離を取って全体を見て、また近づいて──

 

(……分かりやすいな)

 

「あはは、後で見せてあげるよ」

「本当ですか!?」

「ああ」

 

一気に表情が明るくなる。

 

「それじゃ、行こうか二人とも」

「はい!」「ウッス!」

 

軽く準備運動を終えた僕は二人に声をかけ、ランニングを始めた。

そして走り始めて数分。

 

「……っ」

 

前方から聞こえる呼吸が、少しずつ乱れていく。

足元を確認すると、四葉の足取りがわずかに重くなっていた。

それでも──

 

「四葉?」

「だ、大丈夫です……!」

 

振り向いた表情は笑っている。

 

(……こりゃ、無理してるな)

 

「政樹、少し落とすぞ。クールダウンってやつだ」

「なるほど!了解っす!」

 

政樹が単純で良かったよ。

速度が緩む。

四葉がなんとかペースを戻していく。

 

「す、すみません……!」

「気にしなくていいよ。最初に飛ばしすぎたこっちが悪いんだから」

 

四葉は少しだけ安堵したように息を吐いた。

そして──

公園に到着。

 

「はぁぁ……!つ、着きましたぁ……!」

 

ベンチに倒れ込むように座る四葉。

 

「ほら、これ」

「え……?」

 

そんな四葉にボトルを差し出す。

 

「水だけじゃなくて、糖分と塩分、後レモンも少し入れてある特製ドリンクだよ」

 

そう説明すると四葉は一口飲み──

 

「……おいしいです!」

 

ぱあっと表情が輝く。

 

「ふっ…良かった。じゃ、僕らも何か買ってきますか」

「そうっすね」

 

返事をした政樹が財布を取り出す。

 

「今日は僕が出すよ。待たせたし」

「いえ!それは──」

「いいから」

 

一歩、距離を詰める。

 

「こういうのは、素直に奢られときなって」

「……っ、じゃあ、お言葉に甘えます!」

 

頭を下げている政樹に笑みを浮かべて飲み物を選んでいく。

戻ると、四葉はまだボトルを大事そうに持っていた。

 

「これ、本当に美味しいです!」

「気に入ったなら良かった」

「どうやって作るんですか?」

「配合はシンプルだよ」

 

少し考えて、

 

「中野家って料理上手な人いる?」

「二乃です!」

 

即答だった。

 

「すっごく美味しいんですよ!」

「へぇ……」

 

横で政樹が口を開く。

 

「料理上手な女って、それだけで尊敬できるっすよね」

「ほう?」

「しかも自信あるタイプならなおさらっす」

 

少しだけ口元を緩める。

 

「……そういう奴、嫌いじゃないっす」

 

さらに、ぽつりと。

 

「負けず嫌いな女って、いいっすよね」

 

(……分かりやすいな。まんま聖奈じゃないか。まあ、二乃も当てはまるから頑張ればいけるか…?)

 

「じゃあレシピ送るから、作ってもらうといい」

「本当ですか!?」

「ああ。そだ、四葉って好きな食べ物は?」

「みかんです!」

 

即答。

 

「……四葉っぽいな」

 

(見た目がね…)

 

「えっ!?やったー!」

 

冗談のつもりでつたえたが、空気が柔らかくなる。

 

(じゃあ、レシピは少しアレンジするか…)

 

「よし、ストレッチするぞ」

 

指導すると、四葉はすぐに真似をする。

 

(飲み込みが早いな)

 

そう考えながら袋から木刀を取り出す。

 

──ひゅん

 

木刀を振ると空気が裂ける。

 

「……すごい……」

 

四葉の声が震える。

 

「音が……違います……」

「へぇ~…四葉は耳がいいんだな。兄貴は“神影一刀流”っす」

「しんえい……一刀流?」

 

四葉が首を傾げる。

政樹が軽く笑う。

 

「無駄を削ぎ落とした剣っす。最短で、最速で、相手に届く軌道だけを通す」

 

僕は軽く構え直す。

 

「だから動きは小さい。でも──」

 

──ひゅん

 

もう一度振る。

 

「速くて、重い。しかも気配が薄いんすよ」

「気配が……?」

「踏み込みも振りも最小限。だから読みにくい」

 

一拍置いて、

 

「見えた時には、もう遅い」

 

四葉が息を呑む。

 

「だから……あんな澄んだ音になるんですね……」

「やるか」

「うっす……!」

 

一通り素振りをしたので政樹に声をかける。

そしてお互いに踏み込み。

 

カンッ!!

 

鋭い音が響く。

一撃、二撃──

だが──

 

(遅い)

 

「踏み込みが浅い」

「くっ……!」

「前に出ろ」

 

弾く。

間合いに入る。

 

「──ここ」

 

喉元で止まる木刀。

 

「……ッ!」

 

(うん。政樹は元々素手が得意な空手家みたいな感じだから、ここまで出来れば僕の練習相手としては御の字だね)

 

今の政樹の実力に満足した僕は、四葉に声をかける。

 

「四葉もやる?」

「はい!」

 

元気に返事をした四葉が木刀を握る。

振る──

 

──ひゅん

 

「……は?」

 

僕と同じ音。

ズレがない。

 

「もう一回」 

 

もう一度。

同じ。

 

「……嘘だろ」

「え?」

 

政樹の驚きに四葉が不思議そうにこちらを見てくる。

 

(……面白い)

 

「今後も一緒にやるかい?」

「はい!」

 

こうして三人のトレーニングは──

これからも続くことになった。

 


 

~中野家~

 

「たっだいまー!」

 

和樹とエレベーターで別れた四葉はいつも通り元気よく挨拶をして家のリビングに入っってきた。

 

「おかえり〜…ふわぁぁ〜…もうそんな時間かぁ〜」

「おかえりなさい、四葉。ちょっと遅かったんじゃない?」

 

ソファーで寝転がっていた一花はあくびをしながら、キッチンで夕食の準備をしていた二乃は注意するように迎えた。

 

「あはは…三玖と五月は?」

 

しかしそこは五つ子──

二乃の言葉には、心配の心が込められているのが四葉には分かっているので、いつもの様に接する。

 

「三玖と五月ちゃんならそれぞれの部屋だよ。三玖はまたゲームでもしてるんじゃない?五月ちゃんはわかんないけど」

 

起き上がりながら、眠そうな声で一花が答える。

 

「そっか。ねえねえ、二乃?これって作れる?」

 

いつもの事でもあるので、それほど気にしない四葉は二乃に、和樹に送ってもらったドリンクレシピをスマホをかざしながら見せた。

 

「?なにこれ?ドリンクのレシピ?どっかネットでも見つけたの?」

 

しかし二乃は、あまり気にならない様に夕食の準備を進める為に包丁で野菜を切り始める。

言ってしまえば、和樹の送ったレシビは二乃にとっては簡単なものなので、それほど興味を持たなかったのだ。

 

「違うよ。さっきまで和樹さんと福島さんのジョギングとトレーニングに付き合ってたんだ。そこで和樹さんのオリジナルドリンクが美味しかったから、レシピを──」

 

トンッ…!!

 

四葉の説明の途中で二乃の包丁の音が部屋に響く。

 

「へぇ~…四葉ったらマサキ君と一緒にいたのね?」

「「………」」

 

笑顔で話す二乃であったが、その顔は笑っていないと瞬時に理解した一花と四葉は、引きずった顔で二乃を見ていた。

 

トントン…

 

「?どうかしたのですか?」

「……二乃の様子がおかしい。あ、四葉おかえり…」

 

夕食の時間が近づいてきたからか、五月と三玖がそれぞれの部屋から出てきて()()()降りてきた。

 

中野家の部屋の凄いところは、マンションの一室にも関わらず、二階建ての様に、一階にリビング、ダイニングキッチン、洗面台などがあり、二階には六部屋用意されているのだ。

その六部屋のうち、五つを五つ子がそれぞれ使っているという事である。

 

「四葉がカズキ君とマサキ君の二人のジョギングとトレーニングに参加してきたんだって」

「「??」」

 

一花の答えに、三玖と五月は首を傾げるしかない。

それはこの二人に恋愛に関して疎すぎるからだ。

一花もそれが分かってて、二人の反応を面白がっている。

 

「二乃落ち着いて!ほら、和樹さんもいたんだし!」

「和樹ぃ~…?なんだそれを早く言いなさいよ。もう、焦ったじゃない♪」

 

四葉が慌てて弁明すると、あっけらかん機嫌を戻した二乃は夕食準備に戻った。

それを確認した四葉一息つく。

 

(最初に言ったんだけどなぁ~…)

 

勿論その言葉は口から出ることは無い。

 

「それで?そのレシピのドリンクを作ればいいわけ?」

「うん!和樹さんのオリジナルドリンクで凄く美味しかったから、二乃が料理出来るって言ったら教えてもらえたんだ~♪あ、二乃が料理できる事福島さんは凄いって言ってたよ」

「マジ!?」

 

オリジナルドリンクを作れば良いのか、料理の手を止めずに二乃は確認する。

すると、上機嫌に四葉は二乃の料理スキルについて政樹が褒めていた事を一緒に伝えると、二乃は手を止め四葉に詰め寄る。

それには流石の四葉も一歩引いた。

 

「う…うん。後、自信家で負けず嫌いな女の子が好き…みたいだよ…」

「ふーん♪さっすがマサキ君ね♪思った通りの素敵な男の子だわ♪」

 

満足そうに腕を組む二乃。

 

「いやいや、食いつくところそこなの……?」

 

一花が呆れたように笑う。

 

「当たり前でしょ?大事なところじゃない」

 

ふん、と鼻を鳴らしながらも、どこか機嫌は良い。

 

「で?そのドリンクって今から作るの?」

「うん!飲みたい!」

 

四葉が元気よく手を挙げる。

 

「……まあ、簡単そうだし、ついでに作ってあげるわよ」

 

二乃はスマホのレシピをちらりと確認すると、すぐに動き始めた。

 

「へぇ……結構ちゃんとしてるじゃない」

 

ぶつぶつと呟きながら、手際よく材料を揃えていく。

 

・・・・・

 

食後。

 

「はい、できたわよ」

 

グラスに注がれたドリンクがテーブルに並ぶ。

 

「いただきます!」

 

四葉が真っ先に口をつける。

 

「……っ!」

 

一瞬、目を見開き──

 

「……あっ!」

 

ぱっと顔が明るくなる。

 

「これ……みかんの味です!」

「……は?」

 

二乃が眉をひそめる。

 

「みかん?」

「はい!さっきトレーニングの時に、好きな食べ物聞かれて“みかんです!”って答えたんですけど……」

 

グラスを見つめながら、続ける。

 

「さっき飲んだドリンクとは違う感じの味がするんです!」

「……ちょっと待ちなさい」

 

二乃の手が止まる。

 

「その話、もう一回詳しく」

 

四葉は素直に説明する。

 

「ジョギングの後に聞かれて、それで……そのあとにレシピ送ってもらって……」

「……」

 

沈黙。

二乃の視線が、グラスへ落ちる。

 

(……まさか)

 

一口、飲む。

 

(……違う)

 

ただのスポーツドリンクじゃない。

ほんのわずかに調整された柑橘の風味。

後味の残し方。甘さの引き際。

 

(……四葉に合わせてる)

 

ゆっくりと顔を上げる。

 

「……あいつ」

 

ぽつりと漏れる。

 

(あの短時間で……?何なのよ……)

 

悔しさと、ほんの少しの興味が混ざる。

 

「え〜すごくない?」

 

一花がグラスを揺らしながら言う。

 

「普通そこまで考える?会話の一言だけでしょ?」

 

くすっと笑う。

 

「なんかさ〜……“見てる人”って感じ」

 

その言葉に、空気が少し変わる。

 

「……確かに」

 

三玖が小さく呟く。

 

「味……ちゃんと意味ある」

 

もう一口、ゆっくり飲む。

 

「ただ美味しいだけじゃない……」

 

ぽつりと。

 

「……すごい」

「たしかに。合理的ですね」

 

五月が真面目な顔で頷く。

 

「体力回復のための配合に加えて、個人の嗜好まで反映されている……」

 

少し考え込み、

 

「効率と満足度を両立しているのは見事です」

 

きっぱりと言い切った。

 

「でしょでしょ!」

 

四葉が嬉しそうに笑う。

 

「和樹さん、すごいんです!」

「……ふーん」

 

二乃がそっぽを向く。

だが──

グラスを持つ手は止まらない。

 

(……面白いじゃない)

 

ほんのわずかに、口元が緩む。

 

「しかもさ〜」

 

一花がにやっと笑う。

 

「四葉用に調整してるってことは……他の人にもやりそうじゃない?」

「……っ」

 

一瞬、空気が止まる。

 

「え?それって……」

 

四葉が首を傾げる。

 

「……別に」

 

二乃がそっぽを向く。

 

「そんな簡単に真似できるものじゃないわよ」

 

そう言いながら──

 

(……できるなら、やってみなさいよ)

 

心の中で、静かに闘志が灯る。

その時。

 

ピコン。

四葉のスマホが鳴る。

 

「ん?」

 

画面を見る。

 

「あ、和樹さんからだ」

「なに?」

 

二乃が即座に反応する。

 

「えっと……」

 

四葉が読み上げる。

 

「“ドリンクの件だけど、もし余裕あったら政樹の分も二乃に作ってあげてほしい”って」

「へぇ?」

 

一花が面白そうに口を挟む。

 

「“僕と聖奈が作っても、あいつ受け取らないからさ。二乃とか他の人が作ったのなら大丈夫だと思う”……だって」

「……は?」

 

二乃の眉がぴくりと動く。

 

「どういう意味よそれ」

「え、えっと……」

 

四葉が少し困ったように笑う。

 

「兄貴や(あね)さんからだと遠慮するっすよね、って言ってたよ」

 

一花がくすっと笑う。

 

「なるほどね〜」

「……ふーん」

 

二乃は腕を組む。

 

(……変なところで気を遣うんだから)

 

少しだけ口元が緩む。

 

(まあ……別にいいけど)

 

「作ってあげるわよ」

「えっ!いいの!?」

「当然でしょ」

 

ふん、とそっぽを向く。

 

「そこまで言われて、断る理由ないわ」

「ふふっ♪」

 

一花が意味深に笑う。

 

「二乃、なんか楽しそうだね?」

「うるさい」

 

即答だったが──

その声は、少しだけ柔らかかった。

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回は四葉を中心に、
和樹・政樹との関係性が少しずつ動き出す回になりました。

そして──
二乃や他の姉妹にも、小さな変化の“種”を置いています。

ここから先、それぞれの想いがどう交差していくのかを丁寧に描いていく予定です。

「続きが気になる」と思っていただけた方は、
ぜひお気に入り登録や評価をしていただけると嬉しいです。

一つ一つの反応が、本当に大きな力になっています。

次回も、よろしくお願いします。
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