和樹の周囲に、少しずつ人が集まり始めてきました。
それぞれの距離感や空気感が、まだぎこちないながらも交わっていく──そんな“静かな変化”を楽しんでいただければと思います。
また、今回は三玖と五月の心情にも少し踏み込んでいます。
大きな事件はありませんが、その分「関係の始まり」を丁寧に描いた回です。
ここから、少しずつ物語が動いていきます。
「え? 家庭教師?」
四葉と政樹と別れた後、お風呂に入って上がると、両親が帰ってきたので、そのまま四人で夕食を食べることになった。
ちなみに、お風呂で聖奈に求められたのは言うまでもない。
何度も甘えるように求められて、もうくたくたである。
そんな夕食時、僕の向かいに座る父さんが、僕に頼みがあると切り出してきた。
僕の父さんこと
黒髪でボリューム感のある髪をしており、顔も若く見える。僕と違ってどちらかと言えばインドア派の為、体はそこまでがっしりとしておらず、背も今では僕の方が高い。
優しい性格で人当たりも良く、職場でも信頼を持たれているそうだ。
その職場と言うのがこの街にある総合病院での外科医で、腕も良いことから院長を始めとした他の医師や看護師などからも期待の声がかかっているとか。
「しかし、突然ですね。何かあったのですか?」
父さんの僕に家庭教師をしてほしいという話に対して、聖奈も突然のことだと驚きの声をあげた。
「ああ。父さんが勤めてる病院知ってるだろ?そこの院長先生に頼まれてな。
娘達? 同じ年齢?
何となく嫌な予感がする。
僕の左に座る聖奈の方を見ると、聖奈も同じ考えだったのか、小さくコクンと頷いてきた。
「今日、あなた達の通う学校に転入してきたでしょ?中野さんって言うのだけど」
そこへ父さんの右に座っていた
母さんは父さんの三つ下の今年で四十。
外見は童顔の為よく若く見られる方だ。髪は黒く肩より下まで伸ばしているロングヘアで、普段は黒いリボンを使ってポニーテールをしている。
背は聖奈よりは低く、多分五つ子達より高いといった感じで、胸は聖奈ほど大きくなく標準サイズだろう。
毎回、下着を聖奈と買いに行った後なんかは、僕のところに慰めてと言いに来るくらいショックを受けているようではある。何故父さんのところに行かないのかは不明ではあるが……
と言っても
その時によく、聖奈が母さんのお姉さんと間違われてしまうらしく、聖奈も聖奈でショックを受けているとか。
そんな母さんは、看護師として父さんと同じ病院で働いている。
「やっぱそうか。でも、聖奈ならともかく何で僕も?」
母さんの言葉に、予想通り五つ子の事だと理解した僕は、夕食を食べ続けながら両親に疑問を投げかけた。
「それは。成績表に載せてある数字では測れないですからね、兄さんの実力は」
「そうよね。和喜ったら教師泣かせでも有名ですものね」
「うぐっ……!」
「はっははは……!そう言うことだ。中野院長もお前の実力を見抜いていたぞ」
そんな僕の疑問に、聖奈を筆頭に両親は笑いながら答えてきた。
母さんの言う教師泣かせというのは、毎回試験の一番難しい問題は正解して解くのに、他の問題には興味がないように白紙で出すことから付けられたあだ名だ。
このあだ名は生徒間には広がっておらず、政樹や清治、風太郎といった極僅かな人間にしか知られていない。
「と、言う訳だ。粗相の無いようにな」
「はいはい」
「ふふっ、大丈夫ですよ。兄さんは既に五人の中から心を奪っている方がいらっしゃいますから」
父さんの言葉に、聖奈は僕に笑みを浮かべて答えた。
……これは、本気で笑ってないやつだな。
「あら♪流石ね。今度私もご挨拶しておこうかしら。未来の母親になるかもなんだし♪」
「おお! そうだな。では、俺も挨拶しておくか」
「二人とも気が早すぎだっての!」
そんな感じで、今日の樋口家の夕食も笑いの絶えない時間であった。
『は? バイト?』
夕食後に部屋へと戻った僕は、夕食の時に話が出たバイトの話で父さんに一つの提案をしたのだが、二つ返事で了承が取れたので、その話の為に風太郎へ電話をしていた。
「そうそう。アットホームで楽しい職場。相場の五倍の給料が出る家庭教師のバイトさ。風太郎には僕の補佐としてどうかなって」
『裏の仕事の匂いしかせんのだが……』
僕のバイト内容の説明をすると、風太郎からは怪しさしかないという返答がきた。
まあ、条件が良すぎてそう思うのも仕方がないだろう。
「大丈夫だって。父さんの勤めてる病院の院長先生の
『……っ!孝則さんの!?それに、そうか……聖奈も参加するのか……』
風太郎やらいはちゃんは、うちの両親とは何度か会っているし、うちで夕食をご馳走したり、勇也さんが帰らない日などはうちに泊まっていくくらいなのだ。
なので、父さんの名前が出たら信じられるのだろう。そこに聖奈が参加することも伝えると、風太郎の心も揺れ動いた様だ。
風太郎の持論では、学生時代の恋など不要。どうせ別れるのだから、その時間が勿体無い──とのことらしい。
これを聞いた時は、流石に僕も聖奈も呆れたが、清治は同意し、政樹は可笑しく笑っていた。
とは言え、時々風太郎の視線が聖奈に向けられていることは、僕も聖奈も気づいている。
後は本人の心次第ではあるんだけどね。
「そうそう。ほら、今日の昼に一緒に食べた女の子がいただろ? 風太郎のクラスの五月。覚えてる?」
『あ……ああ。──っ!?まさかっ……家庭教師の相手って……』
「ふふっ……そのまさかだよ。五月を含めた五つ子が相手。今日、風太郎以外の聖奈に政樹に清治とはお互いに挨拶したから、早速明日から始めるにあたって昼休みに他の姉妹も紹介するよ」
ある程度問題ないと理解した風太郎に五月のことを覚えているか聞くと、察しの良い風太郎は家庭教師の相手が誰か想像できたようだ。
なので僕は、そのまま家庭教師の相手が五つ子であり、明日の昼休みに他の姉妹も紹介することを風太郎に伝えた。
『そうなのか。しかし、孝則さんも五人の家庭教師をお前達二人にさせようとする辺り、中々豪気な人だな』
「本当だよ。それで風太郎にもお願いしようって訳。父さんから相手側には許可取ってくれるみたいだから。明日はとりあえず五人の今の実力を見ようかと思って、総合問題を作ってるんだけど、明日の朝には風太郎にも渡すから見といて」
『はぁぁ……わかった。給料が貰えるんなら問題ない』
僕の説明に、給料が貰えるならと風太郎から了承を得られた。
「サンキュー。じゃ、また明日」
『ああ』
そこで風太郎との電話を終えてスマホを机の上に置き、目の前のノートパソコンへと視線を移した。
さてと……
父さんが言うには成績は五人とも芳しくないそうではあったが、今日会った感じだと三玖と五月はそこまで成績が悪いようには見えないんだよなぁ……
ただ、四葉は何となく政樹と同じ匂いがする。つまり、体を動かすのは好きそうだが勉強は苦手。一花と二乃に至っては、あれは勉強してないな。勉強よりも恋愛や友人との交流など、学生時代を謳歌していそうだし。
「恋愛か……」
聖奈は僕が好きだと言う。
「お、そうだ。政樹を一緒の勉強会に呼べば、二乃が来るんじゃないか?やり方に問題があるかもしれないけどね」
二乃の政樹を想う気持ちを利用するのは少し気が引ける。
だが、これも仕事だ。そこは割り切るしかない。二乃には一応、借りを作ったつもりでもあるしね。
先ほど夕食後辺りに四葉へ送ったメッセージ。
あれで少しは、政樹の中での二乃の印象も良くなっているとは思うのだ。
そんな時──
ヴー……ヴー……ヴー……
机の上に置いてあったスマホが震える。
着信?しかも五月?
「はい。どうした、こんな時間に?」
着信相手は五月。
何も気にすることなく、いつも通り応対する。
『夜分にすみません。今日の授業で宿題が出てしまって……分からないところがあるのです』
「なるほどね。てか、何で僕?上杉や聖奈は?二人の方が成績良いのに」
今日の昼休みにそう説明したつもりだったので、不思議に思って問いかけた。
『上杉君は……その……話しかけにくいと言いますか。教室でも改めて挨拶したのですが、“ああ”と一言返答するや、自分の勉強にのめり込みまして……』
……あいつらしいと言えば、あいつらしいな。
『後、聖奈さんは和樹君の方が実は頭が良いと教えていただきまして、上杉君みたいに話しにくい事もありませんし……やはりご迷惑でしたでしょうか……』
五月の声が段々と心細そうに小さくなっていく。
「いや。問題ないさ」
なので、明るく返事をするよう努めた。
実際に五月の実力を知っておくのも得だしね。
「で? えっと、たしか五月のクラス担任は数学だっけ?」
『そうです!教科書の通りに解いているのですが、どうしても分からなくて』
数学を電話で教えるのもなぁ……。
ビデオ通話でも良いけど、それならいっそ――
そこで、ふと思いついたことがあった。
「五月の家って門限何時まで?」
『? 特に決まってはいませんが、あまり遅くなると姉妹に心配させてしまいますので……それが何か?』
当たり前だが、五月は不思議そうにたずねてきた。
「いや、まだそこまで遅い時間でもないし、五月さえ良ければうちに来て教えてあげようと思ってね。数学だと電話で教えるにも限界があるし……」
『え!? えええええぇぇぇーーーーー!!』
鼓膜が破れるかと思う程の五月の声が聞こえる。
『し、ししし、しかし! 女子が男子の部屋に行くのは、学生としてあるまじき事で──』
「ああ。そこは大丈夫だって、聖奈も部屋に呼ぶし。家には両親がいる。ただ、友達を部屋に招くだけだよ」
『友達……』
焦る五月の声に被せるように、僕が冷静に伝えると、五月は落ち着きを取り戻したようである。
「ふふっ……五月が想像したような事は無いって、ここで宣言するから安心していいよ」
『──っ!! 和樹君、意地悪です! すぐに行くので待っててください!』
ガチャ……!
「ちょっとからかい過ぎたようだな。素直というか、生真面目というか」
切れたスマホを見ながら、自然と笑みがこぼれる。
さて……来るまでに軽く準備しておくか。
ノートと筆記用具を広げ、問題の確認を始めるのだった。
~中野家~
「五月、どこ行くの?」
部屋から出て階段を降りようとしていた荷物を持った五月に、後ろから声がかかった。
振り返ると、そこには三玖が立っていた。
「……少し、勉強を教えていただきに行ってきます」
「……カズキのところ?」
ぴたりと、五月の動きが止まる。
「な、なぜそれを……」
「さっき、電話してたでしょ」
三玖は静かに言う。
「……聞こえてた」
「うっ……」
ほんの少しだけ頬を赤らめる五月。
「……ですが、これはあくまで勉強です。決してやましいことでは──」
「私も行く」
「え?」
五月が目を瞬かせる。
三玖は、迷いなく続ける。
「私も、聞きたいところある」
「で、ですが……急に押しかけるのは失礼では……」
「……大丈夫」
短く答える。
「カズキなら、嫌がらない」
その言葉には、不思議と確信があった。
「……それは」
五月が少しだけ考え込む。
確かに──今日の昼の様子を思い返せば、断るような人物ではない。
むしろ、こちらの事情を汲んでくれる方だ。
「……わかりました。一緒に行きましょう」
「うん」
三玖が小さく頷く。
「二乃〜、ちょっと出かけてきますね!」
五月が声をかける。
「は? こんな時間に?」
キッチンから顔を出す二乃。
「勉強を教えていただきに──」
「……誰に?」
少し鋭い声。
「……和樹君に」
一瞬の沈黙。
「……へぇ」
二乃の目が細くなる。
ソファーでは、一花がにやにやと笑っている。
「いいじゃんいいじゃん♪青春って感じ〜」
「うるさいわよ」
二乃は腕を組む。
「……変なことされたら、すぐ連絡しなさいよ」
「されません!」
五月が即答する。
「……あっそ」
そっぽを向く二乃。
だが──
その横顔は、あまり穏やかではなかった。
「行こ」
「はい」
靴に履き替え、玄関を出る二人。
夜の空気が、少しひんやりと肌に触れる。
廊下は静かで、さっきまで家の中にあった賑やかさが嘘みたいだった。
エレベーターの到着を待つ間も、どこか音が遠い。
「……三玖」
「なに?」
「あなたは本当に勉強のためだけですか?」
少しだけ、探るような声。
三玖は少しだけ間を置いて──
「……半分」
「半分?」
「……もう半分は」
小さく息を吸う。
「ちょっと、気になるから」
五月の足が、一瞬だけ止まる。
静かな夜の中、その短い言葉だけが妙にはっきりと残った。
「……そうですか」
それ以上は何も言わなかった。
やがて、エレベーターが静かな音を立てて到着する。
開いた扉の向こうへ、二人は並んで乗り込んだ。
それぞれ違う想いを胸に抱えながら──
和樹の家へと向かっていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は「動き出す前の静けさ」を意識して書いてみました。
三玖と五月、それぞれの“気になる”の違いや、和樹の距離感が今後どう影響していくのか、少しでも感じていただけていたら嬉しいです。
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