妹が微笑う理由を、僕はまだ知らない   作:吉月和玖

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いつも読んでいただきありがとうございます。

今回は、いよいよ家庭教師としての勉強会が本格的に始まるお話です。

五つ子たちの現在地。
風太郎、聖奈、和樹それぞれの教え方。
そして、勉強を通して少しだけ変わっていく距離感。

派手な事件が起きる回ではありませんが、
「分からなかったことが少し分かるようになる」
「苦手だったものが少しだけ怖くなくなる」
そんな小さな変化を大事に書いてみました。

特に今回は、三玖と五月の心の動きにも注目してもらえると嬉しいです。

少しでも続きが気になると思っていただけたら、
感想・評価・お気に入りなどで応援していただけると励みになります。

それでは本編、どうぞ。


8.静かに近づく距離

「上杉風太郎だ。よろしく」

 

次の日のお昼休み。

いつもの五人に五つ子を加えた少し大所帯で昼食を取ることになった。

そこで、風太郎を五月以外の姉妹に紹介したのだが──

風太郎は、それだけ伝えると席に座り、今朝渡した今日使う僕手製のテストプリントを見ながら、聖奈特製の弁当をもぐもぐと食べ始めたのだ。

 

「いや!それだけかよ!」

 

当たり前の様にそれを政樹がツッコミを入れる。

 

ちなみに、今日の席順は交流も兼ねてお互いにバラバラに座っている。

僕の列は、右端から聖奈、三玖、僕、二乃、四葉。向かいが、聖奈の前から、風太郎、五月、政樹、一花、清治である。

 

「?他に言うこと無いだろ」

「まあ、風太郎さんだから仕方ありませんね」

 

政樹のツッコミも気にせず食べ続ける風太郎に、聖奈が頭を抱える。

 

「いいですか、風太郎さん。今後、大学であったり社会に出たりすれば、自己紹介は相手の評価に関わります。あれだけ兄さんのレクチャーがあったのですから、もう少し生かしてください」

「ぐっ……すまん…」

 

右人差し指を立てて説教をする聖奈。

この中で一番誕生日が遅いはずなのだが、そういうのは関係ないようである。

 

「あっはは♪でも面白い子だね、フータロー君って♪」

「まあ、基本他人と接する事は無く無愛想であるが、根は良い奴だ。俺達と変わらず付き合ってやってくれ」

 

一花が風太郎の自己紹介に笑うと、清治がフォローをいれる。

 

「大丈夫ですよ。上杉さんはきっと好い人です。私は人を見る目には自信がありますから!」

 

そこに四葉の太鼓判が入り何とか風太郎の紹介は無事に終わった様である。

それからは思い思いの人と会話をしながら昼食が進む。

左隣の二乃は、まだ政樹の前だと緊張しているのか、口数は少ない様である。

少ないといえば──

 

「三玖。昼ご飯それだけで足りるの?サンドイッチに飲み物だけだし」

「元々少食だから問題ない…」

「なら良いけど…」

 

右隣の三玖も、元々の性格からか口数もほぼ無く、自分の昼食に集中している。

しかし問題はそれだけではない。三玖が飲んでいる飲み物。それが"抹茶ソーダ"なのだ。

僕たちの間では罰ゲームで飲んでいるあの飲み物を、ゴクゴクと飲んでいる三玖。侮れない。

 

そして、これもお昼を一緒にして分かった事であるが、この五つ子はとことんバラバラなのだ。制服の着方から昼食の内容まで、全部揃っていない。

同じなのと言えば、顔ぐらいじゃないだろうかと思えてくる。

だから余計に面白い。

それは、彼女達それぞれに個性があるということだからである。

そう思っていた時──

 

「そういえば、一花。今日から家庭教師が来るだろ?」

「え!?何で知ってんの!?」

 

僕の発言に驚きの声をあげる一花。

 

「その家庭教師ってのが、僕と聖奈。それから、風太郎で行うんだよ。君達のお父さんに頼まれてね」

「は!?あんた達が!?」

 

それには二乃が流石に反応が出てるも、素も出ている。

まあ、目の前の政樹は気にしてないようだから良しとしよう。

 

「そ。君達のお父さんに頼まれたんだよ。で、今日早速君達の実力を計るためにテストをするから。後、政樹も勉強会に参加ね」

「へ!?俺もっすか!?」

 

テストの言葉にげんなりしてる五つ子を尻目に、目の前の政樹にも参加を委ねると、驚きと遠慮したい気持ちが伝わってきた。

 

「そ。もうすぐ中間試験でもあるし、ちゃんと僕と聖奈の言った通りに勉強してたか確かめるから」

「う…うっす…」

 

こりゃ駄目そうだな。

右からは、三玖がいるにも聖奈のため息が聞こえてきた。

 

「政樹君も参加するの!?じゃあ、クッキーでも焼いてお出迎えするわ♪」

「へぇ~、二乃はお菓子が作れるのかよ。すげえな、尊敬するぜ!」

 

政樹のサムズアップとウィンクに、二乃は顔を赤くしてまた僕の左腕に顔を埋める。

だから、何故僕なんだ!

 

「清治もホントは呼びたかったんだけど、部活だろ?」

「うむ。残念ながらな。だが、和樹に聞きたいところもあるしな。休みの日はいつものように教授願いたい」

 

僕の質問に清治は、腕を組んで賑やかに答える。

その姿に通りすがる女子生徒がキャーキャー言っている。

流石はファンクラブ持ちだ。

 

「ふえ!?加藤さんが和樹さんに勉強教わるんですか!?」

「あれ?キヨハル君の方が成績良かったよね?」

 

そんな清治の言葉に四葉と一花が疑問を持って投げかけた。

 

「ふむ。ここだけの話。この五人で一番頭が良いのが和樹だからな」

「成績が俺たちより悪いのはテストで点数を取ってないからだな」

「何せ、兄さんは難しい問題以外には手をつけず、白紙で出しますからね」

「それで、教師の間でついたあだ名が"教師泣かせ"って訳だ!」

 

四葉と一花の質問に、清治は姿勢を崩さず賑やかに話し、風太郎と聖奈は呆れ気味に話し、政樹に至っては尊敬の念を表に出しながら自慢気に話した。

 

『教師…泣かせ…』

 

そこは五つ子。揃った状態で、政樹の伝えたあだ名を声に出した。

 

「ちなみに、このあだ名は私たちしか知りません。発表されるのは、あくまでも点数ですからね」

「しかしなぜそのような行動を?」

 

聖奈の言葉に勿論の問いが五月からあった。

 

「ただ単に目立ちたくないだけだよ。目立ったところで良いこと無いからね」

「そこは同意…」

 

僕の発言に三玖が賛同してくれる。

 

「ふふっ♪ホント、カズキ君って面白いよね♪」

「それはどうも。て訳で、今日の放課後は中野家で勉強会だからね。サボりはなしだよ」

『は〜い…』

 

一花の言葉を軽く流しながら、今日の放課後のスケジュールを伝える。

案の定、教えられる側からはあまり良い反応はなかったのだった。

 


 

そして放課後。

清治以外の総勢九人で中野家マンションに向かう。

流石にエレベーターに全員は窮屈だろうと思い、男子と女子に別れて乗ることにした。

 

「まさかお前のうちの一つ上とはな」

「俺もびっくりしたぜ。昨日兄貴を待ってたらマンションから四葉が出てくるんだからな」

「ま、世の中狭いのかもしれないな」

 

などと話しているうちに最上階に到着する。

中野家の家の前では聖奈が待っていた。

 

「おまたせ」

「いえ。皆さんはそれぞれ着替えてくるそうですよ。二乃さんなんかは張り切ってました」

 

聖奈の案内で中に誘導されると信じられない光景が広がっていた。

 

「ここ。僕達と同じマンションなんだよね?」

「はい。私も最初はびっくりしたものです。まさか二階まであるほどの広さとは思いもしませんでした」

「すっげー!この窓一面窓だぞ!遠くまでよく見えるぜ!」

「ブルジョアってやつか」

 

中野家の部屋の広さに驚く僕達兄妹と、テンションマックスの状態で窓から景色を見る政樹。そして、興味なさそうにこれまた広いテーブルの近くに座る風太郎が腰を下ろす。

 

「まあ、病院の院長先生が親だからね。このくらい凄いんじゃない」

「それに黒薔薇女子に通われていたようですしね。経済面では私たちより更に上でしょうね。五人の娘を抱えていらっしゃるのに、しっかりと育てられていらっしゃるようですね。ただ……」

 

途中まで微笑んでいた聖奈であったが、徐々に表情が曇ってきた様に感じた。

 

「ん?」

「あ、いえ。中々お会い出来ないのが残念なだけです」

 

多分違う事を考えてたのは分かる。

だが、ここは突っ込むべきでは無いと肌で感じ、それ以上の追及はしなかった。

そこに──

 

「おっまたせ~♪」

 

一花を筆頭にそれぞれ個性溢れる私服姿の五つ子が降りてきた。

 

「てか、二乃は何故にエプロン姿?」

「学食でも言ったでしょ。クッキー焼いてあげるから。少しだけ待ってなさい」

 

僕の追及を予想してか、さっさとキッチンに行ってしまう二乃。

まあ、勉強をするだけましか…

 

「お、四葉の服428って刺繍されてる。良い感じじゃん!」

「この良さに気づくとは、さすがは和樹さんです!上杉さんはどうですか?」

「どうでもいい。さっさと勉強するぞ」

「風太郎さん。後で、女性とのコミュニケーションについてのお呼び出しです」

「げっ…!!」

 

僕の服の褒め方に喜んだ四葉がそのまま風太郎に聞くが、案の定ノーリアクション・ノーデリカシーであったので、笑顔と言う名の聖奈の呼び出しをくらい、風太郎は青ざめてしまった。

成長なしと…

 

「じゃ、他の姉妹と政樹は長テーブルでテストの準備でもしといてくれ。今のうちに聞きたいところがあれば言いなよ。こっちには三人いるんだし」

 

僕の言葉を機にゾロゾロと長テーブルに二乃以外の姉妹と政樹が座っていく。

 

「二乃は生地が出来たらこっちに合流だからね。採点してる間に続きやって良いから」

「はいはい」

 

キッチンに向かって二乃に指示を出すのだが、二乃は手際よく作業をしながら返事をする。

手元を見るに、四葉が言っていた通り二乃の料理は美味しいのかもしれない。

お菓子作りの基本でもある分量もきちんとしてるし、相当手馴れてるな。

そして──

 

「採点終わったよ…はぁ…」

「凄いぞ!百点だ!!────五人合わせてな!!」

 

テスト中と採点中に聖奈の説教を食らった風太郎は満面の笑みで百点という点数を伝える。

ただし、五つ子五人揃ってである。

ちなみに、一花が十二点。二乃が二十点。三玖が三十二点。四葉が八点。五月が二十八点である。

四葉……名前くらい漢字で書こうな。

政樹については、現在部屋の隅で正座をさせられ、聖奈の説教中である。

あいつも学習能力なしと…

 

「まさか、三玖と五月もここまで成績が悪いとは…」

「くぅーー…返す言葉もございません!」

「むぅぅ~…社会だけならいけたのに…」

 

ん?

三玖の言葉にもう一度テスト用紙を見直す。

これは──っ

 

「とにかく、二乃のクッキー食べ終わったら、班に分けて勉強な」

「くぅ~~…見てなさいよ!料理なら負けないんだから!」

 

そう宣言した二乃はそのままキッチンに向かいクッキー作成の続きを始める。

全く…負けず嫌いだな…

 

「よし!班は成績順にしよう!風太郎が、一花と四葉」

「げっ…!?」

「聖奈に二乃と政樹」

「マジ!?」

「で、残りの三玖と五月が僕ね」

「ちょっと安心です」「うん…」

 

僕の班の発表に、風太郎は嫌そうな顔をし、二乃からは喜びの声があがり、五月と三玖からは安堵の声がした。

 

「待て待て!!何故に俺が下二人なんだ!」

「ちょっとフーターロー君。失礼しちゃうぞ」

「そうです。酷いです!」

 

風太郎の不満に、一花と四葉も不満を露わにする。

 

「これも風太郎の為さ。人に教えることで得られるものがある」

「ぐぬぬぬ…この家庭教師は和樹がメインだからな。従おう」

 

クッキーが焼き上がったのは、それから十分ほど後だった。

 

「はい、お待たせ♪」

 

エプロン姿のまま二乃が運んできた皿の上には、綺麗に焼き色のついたクッキーが並んでいる。 ほんのりと甘い香りが部屋に広がり、自然と全員の視線がそこに集まった。

 

「おぉ……!めちゃくちゃ美味そうじゃん!」

「ふふん♪当然でしょ」

 

最初に手を伸ばしたのは政樹だった。

 

「いただきまーす!」

 

サクッ──

 

一口かじった瞬間、政樹の動きが止まる。

 

「……うっま!!!なにこれ、店出せるレベルじゃね!?」

「へっ!?」

 

思いっきり目を見開いて、全力で褒める政樹。 そのストレートすぎる反応に、二乃の顔が一気に赤くなる。

 

「な、なによ大げさね……!」

「いやマジで!今まで食ったクッキーで一番うまいって!」

 

親指を立ててニカッと笑う政樹。

 

「っ……!」

 

その瞬間、二乃はぷいっとそっぽを向いたが──

 

「……もっとあるから、食べなさいよ」

 

声は完全に上機嫌だった。

 

「よっしゃあ!」

「単純…」

「でも嬉しそうです…」

 

三玖と五月が小さく呟く。

 

「……料理で勝負するって言ってた意味、ちょっと分かったかもね」

「当然よ。勉強なんかじゃ負けても、これなら負けないわ」

 

腕を組んで誇らしげに言う二乃。 その表情はさっきまでの不機嫌さとは別人のようだった。

 

「よし、糖分補給も済んだし、勉強再開な」

 

軽く手を叩いて、空気を切り替える。

 

・・・・・

 

◆風太郎班(一花・四葉)

 

「まずは基礎からだ。公式は暗記しているか?」

「えーっと……なんとなく?」

「してないってことだな」

 

一花の答えに即断。

 

「いいか、理解は後だ。まずは“形”を叩き込め」

 

淡々と問題を出していく風太郎。

 

「うぅ~……難しいよぉ~」

「フータロー君、ちょっと優しく教えてよ~♪」

「甘えるな」

 

バッサリ。

 

だが──

 

「……ここはこう分解する。すると簡単になる」

 

意外にも説明は的確で分かりやすい。

 

「おぉ!分かった!」

「ほんとだ、さっきより簡単かも♪」

「……当然だ」

 

そっけないが、教え方自体はかなり上手い。

 

(あいつ、ちゃんと“教える側”やれてるな)

 

ふと気になった風太郎を見てそう思うのだった。

 

・・・・・

 

◆聖奈班(二乃・政樹)

 

「はい、ここ。何でこの答えになるか説明してください」

「えっと……こう、だから?」

「“こう”では分かりません。言語化してください」

 

ピシッとした空気。

 

「うっ……」

 

政樹が固まる。

 

「政樹さん。分からないことは恥ではありません。ただ、曖昧にするのは駄目です」

「う、うっす…!」

 

一方──

 

「二乃さんはここ、合っています。ただし途中式が不足しています」

「え?合ってるならいいじゃない」

「駄目です」

 

即答。

 

「数学の試験は“過程”も評価されます。満点を狙うなら詰めましょう」

「……っ、分かったわよ」

 

しかし、その指導は確実に二人の理解を底上げしていた。

 

・・・・・

 

◆和樹班(三玖・五月)

 

「じゃあ、うちは理科いくよ」

 

問題用紙を軽く叩く。

 

「この問題。なんでこの反応が起きるか分かる?」

「えっと……教科書通りなら、こう…?」

「それだと“覚えてるだけ”だね」

 

二人の視線が上がる。

 

「理科は“理由”が分かれば一気に楽になる」

 

ペンを走らせる。

 

「例えばこれ。実際はこういう流れで起きてる」

 

図を描きながら説明していく。

 

「……あ」

「そういうことですか…!」

 

三玖と五月の反応が変わる。

 

「丸暗記だと忘れる。でも“仕組み”で覚えれば応用が効く」

「じゃあ、この問題は?」

「……これなら分かる」

 

三玖がすぐに解き始める。

 

「正解。じゃあ次」

「え、もう!?」

「分かってるならどんどんいくよ」

 

少しテンポを上げる。

 

「五月も。さっきの理屈使ってみて」

「……はい!」

 

二人とも、さっきより明らかにペンが進んでいる。

 

(やっぱりな…)

 

さっきのテスト。

三玖は“理解すれば伸びるタイプ”

五月は“真面目に積み上げれば伸びるタイプ”

 

「いいね。その調子」

「……ちょっと楽しいかも」

「勉強が、ですか?」

「うん…今は」

 

三玖がほんの少しだけ、柔らかく笑った。

その横で、五月も真剣な表情のまま頷く。

 

「ふぅ……」

 

少し離れたところから全体を見る。

風太郎は実践型で引っ張り、聖奈は理詰めで底上げし、僕は理解で加速させる。

 

(悪くない布陣だな)

 

そんなことを考えていると──

 

「ねえ、和樹」

 

三玖が小さく袖を引いた。

 

「この問題……もう一回だけ、説明してほしい」

「いいよ」

 

自然と椅子を寄せる。

 

「ここはね──」

 

距離が少し近くなる。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

三玖の声は小さい。 けれど、さっきよりもほんの少しだけ柔らかかった。

 

「……ねえ」

 

ペンを持ったまま、三玖がこちらを見上げる。

 

「なんで、そんなに分かりやすいの?」

「ん?」

「今まで……何回もやった。でも、分からなかった」

 

視線が、少しだけ揺れる。

 

「覚えようとしても、すぐ抜けて……」

「うん」

「でも今は……分かる」

 

その言葉に、少しだけ間が空く。

 

「……なんで?」

 

その“なんで”は、ただの疑問じゃない。

“どうして私はできなかったのに、今はできるのか”

そんな、少し悔しさも混じった問いだった。

 

「別に特別なことはしてないよ」

 

軽くペンを回しながら答える。

 

「三玖が悪いんじゃなくて、やり方が合ってなかっただけ」

「……やり方」

「そう。“覚える”から入ると苦しくなるタイプだね、三玖は」

「……」

 

図を指でなぞる。

 

「さっき言った通り、三玖は“理解型”」

「理解型……」

「仕組みが分かれば、一気に進む。でも逆に、分からないまま進むと全部止まる。歴史と一緒」

「……それ、当たってる」

 

ぽつりと呟く三玖。

その表情は、少し驚いているようでもあった。

 

「だから、無理に覚えなくていい。分かるまで戻ればいい」

「戻る……」

「うん。遠回りに見えるけど、それが一番早い」

「……すごい」

 

小さく、でもはっきりとした声。

 

「ちゃんと……見てるんだね」

 

その言葉に、少しだけ手が止まる。

 

「何を?」

「人のこと」

 

一瞬、空気が静かになる。

 

「……そう見える?」

「うん」

 

三玖は、少しだけ目を細めた。

 

「私……あんまり、人に分かってもらえたことないから」

 

その一言は、軽くない。

今までの積み重ねが、少しだけ滲んでいた。

 

「……そっか」

 

短く返す。

余計な言葉は挟まない。

 

「でも、今は分かる」

 

三玖はそう言って、もう一度問題用紙に目を落とす。

 

「ちょっと……楽しい」

 

ペンが動く。

さっきまでよりも、明らかに迷いが少ない。

その横で、五月が静かにその様子を見ていた。

 

「……和樹さん」

「ん?」

「少し、よろしいでしょうか」

 

真面目な声。

けれど、その奥にほんの少しだけ迷いがある。

 

「この問題なのですが……」

 

差し出された用紙。

 

「私は、公式は覚えているのですが……応用になると途端に分からなくなってしまって……」

「うん」

「……正直に言います」

 

一呼吸。

 

「少し、自信を失っていました」

 

その言葉は、強がりのない本音だった。

 

「でも、さっきの説明を聞いて」

 

視線がこちらに向く。

 

「理解して進めば良いのだと……そう思えました」

「それで合ってるよ」

 

即答する。

 

「五月は“積み上げ型”だね」

「積み上げ型……」

「一つずつ丁寧にやれば、ちゃんと伸びるタイプ」

「……」

「だから焦らなくていい。今までやってきたことは、ちゃんと意味がある」

 

その言葉に、五月は少しだけ目を見開いた。

 

「……そう、でしょうか」

「うん」

「……」

 

数秒の沈黙。

そして──

 

「……ありがとうございます」

 

深く、丁寧に頭を下げる。

その仕草は、どこか安心したようにも見えた。

 

「……なんかさ」

 

ぽつりと三玖が呟く。

 

「さっきより……怖くない」

「怖い?」

「勉強」

 

少しだけ間があって、

 

「……前は、嫌いだった」

「今は?」

「……まだ嫌い。でも」

 

ほんの少しだけ、口元が緩む。

 

「ちょっとだけ……好きかも」

 

その言葉に、五月も小さく頷いた。

 

「……私もです」

「そっか」

 

軽く笑う。

 

「じゃあ成功だね」

「成功?」

「うん。“勉強できるようになる第一歩”」

 

少し離れた場所から、その様子を見ていた聖奈が小さく微笑んでいた事にその時気付いてなかった。

 

そして──

別の場所では。

 

「ちょ、フータロー君!それさっきと同じ説明!」

「基礎が出来ていないからだ!」

「うぅ~!!」

「政樹君、姿勢が崩れています」

「ひぃっ!!」

 

それぞれが、それぞれの形で苦戦しながらも前に進んでいた。

 

(……いい空気だな)

 

ふと、そう思う。

ただの勉強会だったはずなのに。

少しだけ距離が縮まって、少しだけ心が軽くなって、ほんの少しだけ前を向けるようになる。

そんな時間になっていた。

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。

今回は、家庭教師編の本格始動回でした。

五つ子五人合わせて百点という結果から始まりましたが、
ただ点数が悪いだけではなく、それぞれに「伸び方の違い」があることを意識して書いています。

三玖は理解型。
五月は積み上げ型。
一花と四葉は基礎固め。
二乃は負けず嫌いを上手く使えるタイプ。

そして教える側も、風太郎、聖奈、和樹でそれぞれ違う教え方になるようにしています。

個人的には、三玖が「勉強がちょっとだけ好きかも」と感じる場面と、五月が少し自信を取り戻す場面が今回のお気に入りです。

ここからは勉強だけでなく、関係性も少しずつ動いていきます。

「このやり取り好きだった」「このキャラの成長が楽しみ」などあれば、感想で教えていただけるととても嬉しいです。

お気に入り・評価も、続きを書く大きな力になります。

次回もよろしくお願いします。
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