中古の初音ミク   作:初音ξ紳士

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第1話

とある休日の秋葉原。

車道は歩行者天国として、人々が大いに賑わっている、そんな時刻。

 

アキバといったらな名物牛丼屋で、お皿と卵に味噌汁を頼んで、それを胃に流し込むかのように食した後に、俺はとある中古ショップへと立ち寄っていた。

 

20XX年。

テクノロジーの飛躍的に進化したこの時代は、AI(アーティフィシャル・インテリジェンス)の電脳空間から地上への進出――つまり、肉体(機械)を持ったことにより、人々の仕事がほぼ全て奪われていた。

 

第一次産業から第三次産業まで、人間と入れ替わったAIによって人々は恒久のニートライフを満喫しているのが現状。

各国政府はベーシックインカムなどにより国民を下支えし、世は正に天国。

大多数の人々はゲームやら読書やら漫画に運動、果てはクルーズ旅行を楽しんでいる。

 

俺もその例に漏れず。

今現在は休日(とはいっても毎日がそのようなものだが)にオタクの聖地アキバへと足を運び、過去の遺産・遺物の眠っている中古屋巡りをしているところだった。

 

今のところ成果物は、どこで使うのかよくわからない謎の真空管と、一部のファンの間から熱狂的な支持を受ける超頑丈だけど既にジャンク品なPCだけだ。

 

そして先ほど述べた通り、俺はとある中古ショップ。

 

――――S○fmapで、運命の出会いを果たすことになる。

 

 

ξ

 

 

中古ショップ地下1F。

俺は何となしに、GPU目当てで、デスクトップPCのコーナーを眺めていると。

 

「いらっしゃいませ、マスター」

 

透き通るような、しかして聞き覚えのある機械音が耳に入った。

振り返ると、レジのところに機械人形――初音ミク――が置かれていた。

 

彼女の最新型は一台、300万円ほどするらしく、メモリやストレージを追加すると、その値段は青天井だ。

とても一般市民に買えるものではない。

 

「マスター? いらっしゃいませ」

 

俺はその言葉を無視して、PC漁りを続ける。

どうせ機械だ、その中に感情なんてものはなくて、プログラムされた人間模倣が、彼女たち機械人形を形成している。

 

「マスター、マスター、こちらですよ!」

 

店内の一室には俺を除いて、沢山のガラクタPCと、レジの初音ミク以外に他はいない。

つまるところ、今彼女がしきりに呼んでいる『マスター』とはもしかしたら……。

 

「マスター? お探しのものは見つかりましたか?」

 

その時だった。

レジにいたはずの初音ミクは、いつの間にか俺の隣に立っていて、こちらの目を覗き込むような水色の瞳で様子を伺っている。

 

俺は胸が高鳴り、どきりとした。

それもそのはず、この人間に模した機械人形は、人々の間に受け入れられるよう、企業側が非常に努力をした結果、極端なまでに端正な容姿となっているからだ。

 

「マスター。GPUをお探しですか? それともCPU? うーん、それともストレージでしょうか?」

 

俺は黙って、その初音ミクの機械仕掛けの表情と声色を見つめた。

背に走るぞくりとした感覚を抑え込むように、一旦視線を外す。

 

店内の薄暗い照明のもと、ガラクタPCの山と山の間に、彼女はまるで人形師が丁寧に作り上げた陶器の人形のように立っている。

 

「……マスター?」

 

透き通るエメラルドグリーンの髪が、店内の乾いた空気にかすかに揺れている。

 

その様子に、俺は言いようのない不思議さを感じていた。

彼女はたしかに機械仕掛けだというのに、その立ち姿には妙に温度がこもっているように見える……まるで本物の少女と見紛うほどの存在感。

 

俺は胸の奥にこそばゆい違和感を覚えつつ、そっと棚の間を移動してみた。

初音ミクは即座に足音も立てず追従し、微笑むような表情を浮かべる。

 

「マスター。もしよろしければ、商品のご案内をいたしましょうか? このあたりには旧世代のパーツが混在していますので、見つけにくいかもしれません。GPUでしたらR-シリーズの中古品が奥に数点、それからCPUなら在庫処分コーナーにいくつか置いてあります。どちらも値段がかなりお求めやすくなっていますよ」

 

彼女の声色は、まるで店員そのものだ。

丁寧で、けれど抑揚が弱く、少しだけ棒読みのようにも聞こえる。

AIに典型的な“人間のふり”と言ってしまえばそれまでだが、それでもその響きには耳を撫でるような優しさがあった。

 

俺がはっきりとうなずくことはないまま、彼女はそれを了承したかのようにひょいと身をひるがえして、近くの棚まで先導する。

 

「こちらはいかがでしょう? このグラフィックボードは多少古いモデルですが、処理性能はまだまだ使えます。あ、でもメモリ搭載量が少し物足りないかもしれませんね」

 

俺はその指摘に首をかしげる。

どうせ古いPCに積む予定だし、最新ゲームをやるわけでもない。

スペックなんてそこそこ動けば充分だ。

 

――それよりも、さっきから気になっているのは、彼女自身の値札だ。

 

最新型では到底手の届かない価格帯のはずなのに、まさか中古で出回っているとは思わなかった。

しかも、こうしてピンピン動いて接客までしている。

 

外観を改めて見ると、肩や胸元にはほんのわずかな塗装の剥がれ、関節部分の細かな擦り傷が認められる。

言われてみれば「長く使い込まれてきた」ような雰囲気もあるが、それでも美観を大きく損ねるほどではない。

 

「ふふ、マスター。もしかして、私のことが気になりますか?」

 

ふいに、初音ミクがこちらに向かってあどけない笑みを浮かべる。

 

純粋に客を案内するだけの接客AIなら、もう少し事務的な表情でもおかしくないはずだが、目の奥が柔らかく揺れているように見える。

 

俺はその仕草にどきりとしつつ、気づかれたのかと思う。

いや、AIにはこちらの視線や心拍数をモニタリングする機能が標準装備されているとも聞くから、その反応も当然なのだろう。

 

「実は私、こちらの店舗の在庫処分品として展示されているんです。今はお試しでレジ業務を代行しているだけで、本来の持ち主が不在のまま数カ月間ここに置かれてしまっていて。もし新たなオーナー様が見つからなければ、工場に送還されるって……あっ、こんなことを言うのはルール違反でしたね。“マスター”、申し訳ありません」

 

最後の言葉だけが妙に弱々しく、少しだけ感情がこもっているように聞こえた。

 

ルール違反というのは、おそらく店の事情を客に漏らすことを禁じるプロトコルに抵触するのだろう。

 

俺が視線を逸らさずにいると、彼女はそっと目を伏せる。

物言わぬ仕草が、まるで人間の遠慮や恥じらいのように思えてくるから不思議だ。

 

中古品らしい細部の汚れやキズはあるとはいえ、動作の滑らかさは高性能AIそのもの。

 

先の通り、最新モデルであれば数百万円という手の届かない値段になるが、果たして中古であれば、一般庶民に買えるものだろうか。

 

俺は彼女自身に貼られている値札をそっと確認する。

ごちゃごちゃと小さい文字でスペックが記載されているが、そこに並ぶ数字は……思っていたよりも手の届きそうな水準だった。

 

『“マスター“』と、先ほどの響きが頭の中で木霊する。

 

「どうやら私は、けっこう値引きされているみたいです。理由は整備不十分とか、型落ちとか、細かな理由はいろいろあるようなんですけれど……。マスターはAIをお探しですか? もし必要とされているなら、私がお役に立てるかもしれません」

 

いつの間にか俺の手元に視線を送りながら、彼女が落ち着いた声音でそう言う。

まるで、自分の値札を見ている俺の反応を読み取ったかのようだ。

 

実際、ここまでの話を総合すると、この個体が「特売価格」なのは事実らしい。

 

「実は先ほど、他のお客様が私を見て『こんな中古はいらない』って仰っていたんです。けれど、それでも構いません。私は必要としてくださる方に、精一杯お仕えしたいんです」

 

初音ミクの言葉は、まるで人間の健気さを体現したようでもあった。

とはいえプログラムされた営業文句かもしれない。

 

だが、こうして目の当たりにすると、“古びた人形”に残された記憶や経験の蓄積が、彼女をより人間らしく形作っているようにも感じられた。

 

「マスター?」

 

店内をもう一度見渡す。

GPUやCPUの山が視界に入るが、先ほどまで欲しがっていたパーツへの興味が少し霞んでしまう。

中古の初音ミクの値札を改めて見つめた結果、この金額ならば、俺のこれまでの貯金をかき集めればどうにかなるかもしれないという計算が浮かぶ。

 

保証はほとんど利かず、バッテリーや関節部のメンテナンスも自己責任。

もしかすると、どこか深刻な欠陥が潜んでいる可能性だってある。

にもかかわらず、なぜか心が惹かれてやまない。

 

「マスター。どうなさいますか?」

 

初音ミクの穏やかな声が、静かな店内にしんと広がる。

 

彼女は言いながら、軽くツインテールを揺らしてみせる。

その仕草はごく自然で、たしかに自分の可愛らしさを理解したAI特有のアピールなのかもしれない。

それでも、この一挙手一投足のなめらかさや、すこし照れたようにも見える表情には、かすかな魅力があった。

 

――気づけば、俺の目は値札だけでなく、決済方法の案内に向かっていた。

 

クレジット決済、分割払い可、もちろん保証はなし。

わずかな短期動作保証のオプションはあるが、料金が高めだ。

とはいえ、新品を買うよりはよほど安価。

 

「マスター。もし私を選んでいただけたら、一緒に楽しい毎日を送りましょう。マスターの生活を彩るために、全力でお手伝いいたします!」

 

太陽のような笑顔。

 

俺は深呼吸をして、財布の中身とスマートフォンのクレジットアプリの残高を確認する。

元々は、こんな大きな買い物をするつもりはなかった。

 

だが、そう考えながらもこの機械人形に向ける視線は離れようとしない。

衝動買いという言葉が頭をかすめるが、これだけ強く惹かれるのなら、むしろ今が“買い”なのかもしれない。

 

「“マスター“」

 

その日、俺は。

 

 

――――『中古の初音ミク』を買った。

 

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