導星の錬金術師   作:星見錬

14 / 22
最近前書きが長くなりすぎていたので、手短に。
いつも評価・感想・ここすきなどなどありがとうございます。
もちろん、読んでいただくだけでも嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。


第12話『はじまりの足音』

──1903年、某所

 

 豪華な調度品が揃う、書斎の如き部屋の中。

 執務用のデスクに肘をつきながら、男は一通の手紙を眺めて眉をひそめた。

 ダークブラウンの瞳が、差出人の名前を見て猜疑に染まる。

 

「兄さん? ……どうしたんだ?」

 

 デスクの前、来客用のソファーに座っていたもう一人の男が問いかける。

 彼らはまとう雰囲気こそ異なるが、その顔は鏡映しのように酷似していた。──双子である。

 

 手紙を持つ兄は、長髪を束ねた人を惹きつけそうな優男。

 問いかけた弟は、オールバックに黒縁眼鏡をかけた、いかにも堅実そうな人物だった。

 

 弟の疑問に、兄は呆れ顔で手紙を摘まんで答える。

 

「また悪ふざけだよ。しかも、今度はリゼンブールとかいう田舎から。

 大方、古い錬金術書から名前を引っ張ってきたんだろうさ。

 ……それで借りた名前が、よりにもよって『ヴァン・ホーエンハイム』とはね。

 まったく。初代の手記に出てくるような名前の奴が、今も生きているわけないだろうに」

 

「ああ……前回の議題にあった、『協会の威信欲しさに著名な錬金術師の名を騙る』事例か。

 まだそんなことをやる人間がいるなんてな。……処分しておこうか?」

 

 弟が立ち上がって手を伸ばすが、手紙はついとその手をすり抜けた。

 怪訝な顔をする弟を他所に、兄は渋々という表情を隠さないまま手紙の封を切る。

 

「いや、捨てる前に今回の馬鹿の言い分に目を通そうじゃないか。

 前の奴が住所を変えただけかもしれないが、リゼンブールからの手紙は初めてだしね。

 ま、誰だろうと……結局は、俺の羅針協会に縋りつきたいだけのクズ……だろう──……」

 

 文面を追う目の動きが緩慢になるにつれ、言葉が途切れていく。

 「ははっ」と軽く漏れた笑い声には、皮肉などではなく、驚きと興奮の色が滲んでいた。

 

「……まさか、こんなタイミングで見つかるなんてね」

 

「……兄さん?」

 

 再び尋ねる弟に、兄はにやりと笑って答えた。

 

 

「──喜べ、アルバート。父上の()()()()の行方がようやく分かったぞ」

 

 


 

 

──1903年、リゼンブール

 

 時間は風のように過ぎ、師匠(せんせい)との旅立ちまで半年を切った。

 秋が終わり、目覚めてから三度目の冬が近付いてくる。

 このままうかうかしていると、すぐに年が明けてしまうだろう。

 

 そんな中で、私が果たすべき目標の進捗はというと──

 

「駄目だこりゃ……」

 

 進捗駄目です。もう全然駄目。進捗の「し」の字もない駄目っぷり。

 三年ぶり二度目、己の不甲斐なさに再び溶けるステラちゃんであったとさ。

 

 ……ただまあ、何もせず落ち込むのは時間の浪費にしかならない。

 ここはとりあえず、振り返りも兼ねて旅に出る前にやるべきことをまとめてみよう。

 

 その一。クリスと和解して、旅立ちの許可を得ること。

 

 その二。トリシャさんの病死を回避するための予防法か解決策を探すこと。

 

 その三。エルリック兄弟に託す知識ノートの作成。

 

 あの日──師匠(せんせい)に誓った日に決めた目標は、以上の三つだった。

 

 このうち、順調に終わったのは最後のノート作成だけだった。とはいえ、これは当たり前。

 万が一原作通りに事が進んだ場合に必要になりそうな知識を、記憶引用を用いてまとめるだけだからね。

 内容は基本的なサバイバル技術、罠の作り方、食べるための獣の捌き方、革製品を食べる方法にモールス信号などなど。……こうして見ると、無人島対策にかなり偏っちゃったなあ。

 あと前世の私は、マジでどこでそんな知識仕入れてきてんの? こわ……。

 ま、これも一つの伏線ってことで。いつか役に立てば御の字だ。

 

 それはそうとして、進捗がダメダメなのは残りの二つである。

 

 そのうちトリシャさんの件については……正直、少し諦めかけている。

 そもそも、私はこの三年間ずっと、彼女を助ける手段を探し続けてきたんだ。

 既に手は尽くしたと言える。それでもなお、流行り病の正体すら掴めていない。

 

 ……まるで、原作(運命)に阻まれているように。

 

 誰かに殺されてしまうのなら、現場に居合わせて守ればいい。

 事故死してしまうのなら、その事故に遭わないように守ればいい。

 自殺してしまうのなら、それを止めて寄り添い守ればいい。

 

 ──だけど、病死はどうやって回避して、どう守ればいいの?

 

 ああ、自分の無力さに腹が立つ。

 最悪の場合は、ロックベル夫妻に全てを託すしかないのかもしれない。

 もしかしたら彼女が病気にならない場合もあるかもしれないけど──楽観視だけは、どうしてもできなかった。

 

 そして、最初にして最後の一つ。旅立つための最低条件。

 クリスとの和解と旅立ちの許可についてだが……こちらはもっと悲惨だ。

 

 何せ、あれから私とクリスは顔を合わせていない。

 同じ家に住んでいるのにも関わらず、だ。

 

 朝は相変わらず部屋から出ないし、夜もリビングに一人分の夕食が用意されているだけ。

 私が作った朝食はちゃんと食べているみたいだけど、食器はいつの間にか片付けられている。

 

 外で見かけることはあるものの、声をかけようとするとすぐにどこかへと行ってしまう。

 そのせいで、リゼンブール中に私達の不仲が広まってしまった。

 

 何度か直接部屋を訪ねたこともあるけど、完全に応答なし。

 鍵までかけられている徹底っぷりだ。

 

 何が彼女の逆鱗に触れたのか? ……おそらくは、羅針協会の件。

 彼女にとって、羅針協会は──私がそこに行くのは、それほどまでに受け入れがたいものだったのだろう。

 せめて、羅針協会に行くつもりはないことだけでも伝えられたらなあ……。

 

 最終手段として、鍵を分解して部屋に無理やり押し入ることも考えているけど……。

 これはあくまでも、本当にどうしようもない時にしよう。

 錬金術を嫌う彼女の前でそんなことをしたら、きっと私達は完全に断絶するに違いない。

 

 今日も日が落ちる。真っ赤な夕焼けが、たった一人しかいないリビングを染め上げる。

 その赤さはまるで、旅立ちの日に燃やされてしまったエルリック家のようだった。

 

 


 

 

──1903年、オルティーズ家

 

 あの子が家を出た音を聞いてから、一時間後。わたしはそっと部屋を出た。

 ……自分が意固地になっていることくらい、自分が一番分かっている。

 

 だけど、次に顔を合わせた時……何を言ってしまうのか。それが分からないのが怖い。

 より強く拒絶してしまうかもしれないし、──手を上げてしまうこともあるかもしれない。

 自分の衝動をコントロールできないことが、今のわたしには何よりも怖かった。

 

 一人であの子が作った朝食を食べてから、食器を片付ける。

 最後に、一緒にご飯を食べたのはいつだっただろう。もう思い出せなくなってしまった。

 

 リビングには沈黙が満ちている。明るいあの子はいない。

 

「……何してるんだろう、わたし」

 

 あの子を拒み続けたところで、何かが変わるわけでもないだろうに。

 きっと、わたしのことなんて無視して、いつかあの子は旅立つでしょう。

 わたしでは、あの子をここに縛り付けることなんてできないのだから。

 

 ……もしも、もしも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

ジリリリリリリン!

 

 沈黙を裂くように電話のベルが鳴って、思わずびくりと肩が跳ねた。

 

 この家の電話番号は、()しか知らないはず。

 でも、電話をかけるのはいつもわたしからだった。彼からかけてくるなんて……。

 

 嫌な予感に、汗が流れるのを感じる。体の震えは寒さではなく、恐怖から。

 

 おそるおそる受話器をとって、「もしもし?」と相手に呼びかける。

 

『突然すまない、クリス。時間はあるか?』

 

 彼はいつも、実直な物言いをする。

 彼の生真面目さがそうさせるんだろうけど、冷たく聞こえてしまうのが玉に瑕だ。

 

「……ええ。どうかしたの? アルバート」

 

 訊ねると、彼──アルバートが珍しく言葉に迷っているような吐息が聞こえた。

 その様子に、嫌な予感が加速していく。

 

『本当はもっと早く電話したかったんだが……こちらも色々と忙しくてね。

 ただ、もう時間がない。だから簡潔に伝えよう』

 

 焦りを感じる言い方に、わたしの心臓の鼓動もつられて早くなる。

 お願い、それ以上何も言わないで。そう懇願したくなる。

 

 けれども、わたしの口から言葉が出ることはなく。

 アルバートはそのまま、続けて話した。

 

『半年前に、ホーエンハイムという男から協会に手紙が来たんだ。

 ……『来年の春から、自分の弟子を協会に預けたい』という申し出が。

 そのせいで、彼女の存在が協会に──兄さんにバレてしまった』

 

「────っ!!」

 

 考える限りでも特に最悪な事実に、わたしは息を呑んだ。

 汗が止まらない。目の前が滲んでいく。

 

 協会に、あの子の存在がバレた? あの子の居場所も?

 

 ああ、あの男──忌々しい錬金術師! よくも手紙なんて余計な真似を……!!

 

 思わず歯噛みする。だけど、これはわたしのミス。

 こんなことになるなら、最初から弟子入りなんてさせるべきじゃなかった。

 徹底的に、錬金術から遠ざけるべきだったんだ。

 

『……クリス、大丈夫か?』

 

「っ、ええ。……手紙が半年前に来ていたのなら、どうして今になって電話したの?」

 

 半年前……あの子が「協会に行きたい」なんて言いだした時と一致する。

 きっと、その時にあの男が協会へ手紙を出したに違いない。

 

『しばらくは『向こうから来るのだから待てばいい』と、説得できていたんだがな。

 ……最近、父上の容体が悪くなっていてね。兄さんは彼女を身代わりにしたいらしい。

 曰く、『人柱を用意するのは一族の急務だ』と。()からも急かされているそうだ』

 

「人柱だなんて、そんな……」

 

 彼らが何をしようとしているのか、わたしは知らない。『上』が何を指すのかも分からない。

 でも、『人柱』という穏やかじゃない言葉からして、まともなものじゃないことは感じた。

 

『時間稼ぎができるのは、おそらく今年が限度。

 来年の春を待たずに、協会はリゼンブールへ迎えを寄越すだろう。

 ……どうにか私が行けるように立候補しておくから、今のうちに次の潜伏場所を考えよう。

 君には彼女の説得を──』

 

「無理よ」

 

『……クリス?』

 

 説得? あの子から──妹とは違うバケモノから逃げ回っている私が?

 できるわけがない。……いいえ、こう言うのが正しいのでしょうね。

 

 したくない、と。

 

「……わたし、もう限界なのよ。あの子はどう考えてもステラじゃない。

 なのに、これ以上逃げ続けて、隠し続けることに何の意味があるっていうの?

 協会があの子を欲しがるのなら勝手にすればいい。わたしは関与しないわ」

 

『なっ……そんなわけにはいかないだろう!? 君は彼女を見捨てるつもりなのか!?』

 

「ええ、そうよ! 悪い!? ……あなたには分からないでしょうね。

 妹とは似ても似つかない化物が、我が物顔で妹として生きている悪夢なんて!!

 何が『彼女にステラの魂が宿っているかもしれない』よ……全然違うじゃない……!

 あの子はあんなに活発には動けなかった! わたしを蔑ろにはしなかった!

 あんなものを──錬金術を好きになることさえなかったのに……!!」

 

 今も覚えているわ。あの子の全てを。

 愛しい妹。()()()()()()()()()()()()()()()()()()可愛いあの子。

 

 わたしの妹は、あんな人間離れした不気味なモノじゃない。

 

『……分かった。君にそこまで負担をかけてしまって、すまない。

 せめて、君だけでも逃げられるように手配するから……考えていてくれ。

 私は──僕だけは君の味方でいるから』

 

「……ありがとう、アルバート」

 

 嘘つき。その言葉を飲み込む。

 あなたはただ、憐憫からわたし達を拾って、罪悪感からわたし達を逃がしたくせに。

 今もどうせ、自分が協会を裏切ったと知られるのが怖いから、そう提案しただけでしょう?

 

「今更、どこへ逃げろって言うのよ……」

 

 電話を切って、そう呟く。

 

 協会はわたしのことなんて眼中にはないでしょう。

 お金につられて騙されて、まんまと妹を差し出した愚か者なんて。

 

 自分の愚かさにめまいがする。今すぐ消えて、あの子の──ステラの元に行けたなら。

 そんな叶わない願いが、浮かんで消えた。

 

 


 

 

──1904年、リゼンブール

 

 とうとう年が明けてしまったぜ! あけおめ*1!!

 ……ま、アメストリスにはお正月を祝う文化なんてないんですけどね。

 

 新年を祝うちょっとしたパーティーなどはあるものの、それだけだ。

 あくまでも家族間でこじんまりと祝う程度というか。

 未だに初詣がないことにムズムズしてしまう元日本人からすると、かなりシンプルに見える。

 

 そんな中、私は今年もエルリック家とロックベル家共同のパーティーにお邪魔させてもらった。

 ……だけど、そこにクリスの姿はない。毎年、一緒にお呼ばれしていたはずなのに。

 

 私達の間にある溝は、未だに埋まるきっかけすらない。

 彼女はずっと私を避け続けているし、私も彼女と話せずにいる。

 第三者を挟む方法も考えたけど、最近はリゼンブールの人々と話すことさえないらしい。

 

 しかし、刻一刻と旅立ちの時は迫っている。

 こうなったら一か八か、縁切り覚悟で部屋に突貫するしかないかと思い始めた頃。

 

 今度は、エドの五歳の誕生日パーティーに呼ばれた。

 

 新年パーティーからそんなに経っていないものの、CHRONICLEの年表によるとエドの誕生は1899年の初頭とされている。つまりエドは早生まれなんだよね。

 ……え、正確な日付はいつかって? それはちょっと……*2

 

 何はともあれ、お祝いの場に負のオーラを持ち込むのはNGだ。

 いつものように悩み事を隅に置いて、明るく元気な『ステラ(わたし)』の仮面を被る。

 

 今回用意した誕生日プレゼントは二つ。

 初心者向けの錬金術書と、私謹製(錬成)の万年筆だ。

 

 錬金術書を選んだ理由は、最近エドが錬金術に興味を示し始めたから。

 今は使ってないけど、昔はよくお世話になった物をチョイスした。要するにお下がりだ。

 ……師匠(せんせい)の書斎にある本を読める子に対して、適切かどうかは分からないけど……。

 ま、まだその段階には至ってないかもだし? うん、多分大丈夫。きっと。メイビー。

 

 万年筆については、「勉強頑張ってね」の念を込めた渾身の一本だ。

 錬成痕はできるかぎり消し、デザインはシンプルイズベスト。色は暗めの赤にした。

 五歳児へのプレゼントには少し渋いかもしれないけど、大人になっても使ってほしいからね。

 耐久性もかなりこだわったし、余程乱暴な使い方をしなければ五十年はもつだろう。

 ……あれ、もしかしてこのプレゼントって重いのでは? いや、まさかね。

 喧嘩しないようにアルの分も色違いで用意してあるし、これもお姉さんの気遣いってことで。

 

 丁寧にプレゼントをラッピングして、エルリック家へ。

 呼ばれた時間よりかなり早いけど、トリシャさんのお手伝いをしないとね。

 今頃、パーティーの準備にてんてこ舞いだろう。

 

 早歩きでエルリック家へと向かう。

 ちらほらと雪が降っているものの、多分積もるまではいかないはずだ。

 とはいえ、リゼンブールじゃ雪が降ること自体が珍しいんだけど。

 FA版33話でも、ノースシティへ辿り着いたエドがそんなことを言っていたっけ。

 

 空気は冷たいものの、期待感で心はかなり温まっていた。

 楽しいパーティーになるといいな。プレゼント、喜んでもらえるといいな。

 

 私はお祝いの空気にすっかり浮かれていた。

 

 ──数時間後に恐れていた悲劇が起こることなど、微塵も想定しなかったくらいに。

*1
ヤケクソ

*2
公式から明かされてないのでしょうがない

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。