導星の錬金術師   作:星見錬

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第13話『家族の祝日』

 エルリック家へ辿り着いた私は、トリシャさんに声をかけてから早速飾り付けを始めた。

 リビングのテーブルの上へ、ばさりと白いテーブルクロスを広げる。

 シワ一つ残さないようにピンと伸ばし、その上に食器を並べていく。

 

「そして、予め用意しておいたこれを……こう!」

 

 錬成陣を書いた紙と各種素材を床に置き、錬金術を発動。錬成したのは壁飾りだ。

 『HAPPYBIRTHDAY』の文字を一つずつ模ったブロックに、三角旗のガーランド。

 星のオーナメントにその他もろもろ。これだけあれば、ちょっとは賑やかしになるだろう。

 色やデザインにも配慮してあるので、エドとアルの二人とも使えるはずだ。

 兄弟喧嘩の元はキッチリ絶つ、配慮のできるステラちゃんなのであった。

 

 ──え、配慮できる奴はエドをあんな振り方しない? それについてはノーコメントで……。

 

 脳内で一人ノリツッコミしながら飾り付けていると、トリシャさんの「まあ!」という声が背後から聞こえた。

 どうやら、部屋の様子を見に来たらしい。

 

「そんなにたくさんの飾り付け……全部、貴女が作ったの?」

 

「ええ、先程錬成させていただきました。今までで一番派手にしてやろうかなって」

 

「そうね、きっとエドも喜ぶわ。……これ、アルの分は頼めるかしら?

 エドの分しかないって知ったら喧嘩しちゃいそう」

 

「ああ、その点についてはご心配なく。

 二人分は仕舞う場所がないと思ったので、裏表で色を変えてあるんですよ。

 これで喧嘩は大丈夫かと。こだわって作ったので、来年以降も使ってもらえると嬉しいです」

 

 去年までは、エドとアル、ウィンリィの三人と一緒に紙で手作りしてたっけ。

 あれはあれで楽しかったし、いい思い出になったけどね。

 ……今年は、より長く使える物を残してあげたかった。

 

 だって、今年は私とホーエンハイムさんが旅立つ年。

 いつ帰ってこられるか──あるいは、ずっと帰れないかもしれない旅路を行くんだ。

 だからこそ、形に残る思い出を一つでも多く残しておきたい。

 

「ありがとう、ステラ。……できれば、来年も皆で祝いたいけれどね」

 

「……そうですね」

 

 少しだけしんみりとした空気の中、私達は笑い合う。

 

 トリシャさんは、私と師匠(せんせい)が一緒に旅立つことを知っている。

 師匠(せんせい)本人から直接聞いたらしい。

 

 ……それを知った後、「正直なところ、夫が女性と旅立つことに何か不満とかありませんか?」と、おそるおそる訊ねたことがある。

 いや、別に不倫とかじゃないけど。純粋に世界と未来のためなんですけど。

 それはそうとして、妻としては複雑なのではないかと危惧したのだ。

 

 しかし、私の心配は全くの杞憂であった。

 トリシャさん曰く、

 

「やあね、それくらいで嫉妬なんかしないわよ。大事な旅だって分かってるもの。

 そうそう、貴女も分かってると思うけど──あの人、少し抜けてる所があるから。

 そういう部分は、貴女が支えてあげてね。……頼りにしてるわ、お弟子さん」

 

 とのこと。……ううむ、逆に師匠(せんせい)を託されてしまった。

 なるほど、これが人妻の余裕ってやつか……。

 

 話がズレたわ。

 

 部屋の飾り付けを終えて、次は料理のお手伝いに入る。

 今日はエルリック家とロックベル家が一堂に会すからね。いつもの倍の料理が必要だ。

 ピナコばっちゃんとサラさんも何品か持って行くと言ってくれているが、それに甘えるわけにもいかない。

 特に、エドの大好物のシチューと、メインのケーキはトリシャさんが作るからこそ意味があると言えよう。

 

 私の役割は飾り切りや盛り付け、ケーキのデコレーションなどの見栄えに直結する部分だ。

 シチューの人参を星型に切ったり、サラダのプチトマトを花っぽくしたり。

 盛り付けは映えを優先しつつ、取り分けのしやすさも忘れずに。

 ケーキのデコレーションは苺とクリームたっぷりの豪華仕様だ。

 

 ……毎回思うけど、前世の私はどこからこの技術力を手に入れたんだろうか。

 自分のことながら怖いよ。何、もしかして料理人でもしてた? 謎だ……。

 

 まあ、今こうして役立ってるから別にいいんだけど。

 トリシャさんにも「凄く素敵ね!」とお褒めの言葉をいただいてウハウハである。

 

 二人で料理をリビングへ運んでセッティング。

 途中で合流したロックベル家女性陣の分の料理も並べたら、立派なパーティー会場の完成だ。

 

「この飾り付け、全部ステラがやったの? 凄いわね……」

 

「まったく、器用なもんだね。あのチビにはもったいないくらいだよ。

 ……ところであんた、話は変わるけど機械鎧(オートメイル)技師に興味はないかい?

 錬金術師なんかよりよっぽど儲かるよ」

 

「……ばっちゃん、気持ちは嬉しいけどスカウトはちょっと……」

 

「かっかっか、冗談だよ!」

 

 話しているうちにすっかり時間は過ぎ、エドの誕生日パーティーが始まった。

 

 


 

 

『エド、誕生日おめでとう!!』

 

 何本ものクラッカーが一斉に弾ける。

 耳をつんざく、しかし不思議と嫌ではない破裂音と、微かに香る火薬の匂い。

 それらに少し遅れて、紙吹雪がひらひらと舞った。

 

 祝福の拍手に包まれながら、エドがケーキに立てられた五本の蝋燭を吹き消す。

 

 歓声が上がり、部屋の空気が一段と明るくなった。

 拍手と歓声が鳴り止むと同時に、皆思い思いにテーブルのご馳走へ手を伸ばす。

 

「今日はまた随分と豪華だなあ」

 

「え、これステラが作ったの? すごーい!!」

 

「私がやったのは、ちょっとした細工だけだよ。

 ウィンリィだって手先は器用なんだし、少し練習すればできるんじゃないかな?」

 

「ほんと!? じゃあ、今度教えて!」

 

「おーっ、このシチューのニンジン星型だ!」

 

「サラダのハムとプチトマトの花も、よくこんなの思い付いたな?」

 

「えーっと……この前本で読みまして。それを真似してみたんです」

 

「へえ、そんな本もあるのか」

 

「壁の飾りも君が作ったんだって? よくできているじゃないか」

 

「ありがとうございます、師匠(せんせい)!」

 

 盛り付けや部屋の飾り付けは大好評で、周りから褒められるたびに嬉しくなった。

 頑張った甲斐があるってもんだ。

 

 主役のエドは満面の笑みで、嬉しそうにシチューを頬張っている。

 

「エド、もっとゆっくり食べなよ。こんなに口周り汚しちゃって、もう」

 

「んむ、……こ、子供扱いするなーっ!」

 

 口を拭くと、エドが怒ってしまった。しまった、つい赤ちゃんの時の感覚で……。

 苦笑しながら謝っていると、後ろからピナコばっちゃんが鼻で笑った。

 

「何言ってんだい、五歳はまだまだガキだろうが」

 

「んだとばっちゃん!」

 

「ま、まあまあ……」

 

 少しの騒動はありつつ、パーティーは賑やかに、楽しく過ぎていく。

 

 私がプレゼントした錬金術書と万年筆は、エドにかなり喜んでもらえた。

 万年筆の出来は師匠(せんせい)からのお墨付き。

 隣で羨むアルにも色違いのお揃いをプレゼントしたので、兄弟喧嘩も回避できただろう。

 

「オレ、これでいっぱい勉強するから! 

 そんで、いつかステラよりすげー錬金術師になってやるよ!」

 

 なるでしょうね、未来の最年少国家錬金術師だもの。

 ──なんて、野暮なことは言わない。

 

「そっか。それじゃあ、エドに追い越されないように私も頑張らないとね」

 

 エドの宣言を、私は笑顔で受け止めた。

 

 ……ああ、とても()い光景だ。

 皆で笑い合って、未来への希望を語り、幸せを分かち合っている。

 その光景が、心が温かくなって、少し泣きそうになる程に尊く思える。

 

 ずっとこの時が続けばいいのにと、そう願ってしまうくらいに。

 

 


 

 

 とはいえ、楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまうものだ。

 夜になってパーティーはお開きとなり、静寂と少しだけ温もりのある余韻が部屋を包む。

 そんな中、私とトリシャさんは手分けして後片付けに取りかかっていた。

 

「ごめんなさいね、最後まで手伝ってもらっちゃって」

 

「いえ、大丈夫ですよ。いつもお世話になっていますし、これくらいはしないと。

 ……それに、この量を一人で片付けるのは、流石に大変でしょう?」

 

 エドとアルは既にベッドの中。師匠(せんせい)は兄弟の寝かしつけを担っている。

 だというのに、私一人だけ先に帰るなんてできるはずがない。

 

 ……家に帰っても気まずいだけ、っていうのもあるけれど。

 ま、これは言わぬが花というやつだ。

 

 私は脚立に上がり、壁の装飾を一つずつ丁寧に外していく。

 背後ではトリシャさんが食器を片付けている。

 二人で作業する中、ふと微かにトリシャさんの笑い声が聞こえた。

 

「今日は本当にいいパーティーになったわ。貴女のおかげよ、ステラ。

 あの子達にとっても、きっと良い思い出になったはず」

 

「そう言って貰えると嬉しいです。……私も、今日はずっと楽しかった」

 

「良かった。……貴女、ずっと悩んでいたものね。少しは気が晴れたのならいいんだけど」

 

 不意な一言に、思わず手が止まった。

 寄り添う優しさが心を満たす。少しだけ、視界の端が滲んだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 お礼の言葉を絞り出して、熱い目頭を冷ますために目を閉じる。

 言葉が途切れ、場を静寂が支配する。

 

 

ガチャンッ!

 

 

 その静寂を切り裂くように、背後で食器が割れる音が響いた。

 トリシャさんがお皿を落としてしまったんだろうか?

 ……そんなドジをするような人じゃないはずだけど……。

 

 それに、()()()()()()()()()()()()()()のが気がかりだ。

 

「トリシャさん? 大丈夫です、か──……」

 

 心配になって、問いかけながら振り向いた瞬間──ひゅ、と息が漏れた。

 倒れ伏すトリシャさんの姿が……恐れていた光景が、揺れた視界に映る。

 

 ……嘘だ、そんなはずない。原作よりも早すぎる。ありえない。

 

 『「ありえない」なんて事はありえない』

 

 ──何度も繰り返した言葉が頭を打って、思わず目眩がする。

 

「……っ、トリシャさん!!」

 

 いや、しっかりしろ私! 今はパニックになってる場合じゃない!!

 

 脚立から飛び降りてトリシャさんへ駆け寄る。

 脈はあるものの呼吸は荒く、汗が止まらない。……原作と同じだ。

 

師匠(せんせい)──ホーエンハイムさん! 来てください!!

 トリシャさんが……!!」

 

「ステラ!? どうし……トリシャ!!」

 

 私の叫びでホーエンハイムさんが駆け付け、倒れたトリシャさんを見て血相を変える。

 そのまま抱き起こして呼びかけるものの、トリシャさんはぐったりして動かないままだ。

 

 ホーエンハイムさんから見ても、今の彼女は重症なのだろう。

 トリシャさんを抱き上げると、私に指示を飛ばした。

 

「すまない、ステラ。今すぐユーリを呼んできてくれ! とにかく早く!!

 俺はトリシャをベッドまで運ぶ!」

 

「はい!」

 

 ホーエンハイムさんの指示に従って、私は暗い夜道の中、ロックベル家まで走る。

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう──

 

 ぐるぐると、そんな言葉ばかりが頭を巡っていた。

 

 一体何が原因だったのか。何が引き金になってしまったのか。

 

 ……私にできることは、あるのか。

 

 こみ上げる恐怖と焦燥感をどうにか抑え込んで、私はただ走った。

 そうでもしないと、気が狂ってしまいそうだった。

 

 


 

 

 まるで、夢のように楽しかったパーティーの夜。

 エドワードは、ステラから貰った錬金術書を抱きしめながらベッドに潜り込んだ。

 腕の中にある本の感触は固く、少し痛くも感じたが──それでも、手放したくなかった。

 

「……それ、抱き枕にするには固くないか?」

 

「べつに! オレの勝手だろ!」

 

 寝かしつけに来た父親の言葉に反目し、更に強く本を抱く。

 独特な紙の匂いが、ふわりと鼻を掠めた。

 

 今までステラから貰ったプレゼントは、ほとんどが彼女が考案したおもちゃばかりだった。

 もちろん、それが嬉しくなかったわけではない。

 貰ったおもちゃで遊ぶのは楽しかったし、ステラも本気で遊んでくれていたからだ。

 

 しかし、エドワードの胸中には上手く言葉にできない、モヤモヤとした感情がずっとあった。

 その感情が特に増えるのは、ステラが父親と錬金術の授業をしている時だ。

 

 ある日、興味に駆られてこっそりと二人の授業光景を覗いたことがある。

 本が無造作に積み上がる書斎の中で、彼らは楽しそうに錬金術の話をしていた。

 

 エドワードの幼い頭では、二人の会話を全て理解することはできない。

 だが、真剣に理論に向き合いつつ、「学ぶことが楽しくてたまらない」といった様子の二人は、脳裏に強く焼き付いた。

 

 ステラはいつも、自分達の前ではどこか芝居がかった、自信に満ち溢れた笑顔をする。

 少なくとも、錬金術を学ぶ時のような純粋な笑顔はしてくれないのだ。

 

 それを知った日から、エドワードは彼女と錬金術の話をしたいと思うようになった。

 今は父親が独占しているその笑顔を、自身にも向けてほしいと願ったのだ。

 

 だからこそ、今回のプレゼントはステラから手を差し出されたように感じた。

 「同じ景色を見よう」と誘われた気分だ。

 

 前々からそれとなく、「錬金術に興味がある」とアピールしていたおかげだろうか?

 でも、まさか錬金術書をくれるほど本気にするとは思わなかった。

 

 枕元に置いた万年筆をちらりと見る。

 落ち着いた赤色の万年筆は、市販品ではなくステラ自ら錬成したものらしい。

 「ずっと、大人になっても使えるからね」──そう言って微笑む彼女の顔が浮かぶ。

 

 貰った錬金術書と万年筆を使って、たくさん勉強しよう。

 そして一日でも早く、ステラと同じ場所へ行こう。

 

 ……自分にも、あの笑顔を向けてもらえるように。

 

 そんな未来を夢見ながら、エドワードは目を閉じた。

 眠気に身を任せ、意識が闇へ落ちる刹那。

 

 

師匠(せんせい)──ホーエンハイムさん! 来てください!!

 トリシャさんが……!!」

 

 

 ステラの絶叫がそれを引き戻した。

 

「ステラ……?」

 

 寝ぼけ眼を擦りつつ体を起こす。ただならぬ気配に、心臓が締め付けられるようだ。

 彼女の声は、今まで聞いたことがないほどに取り乱していた。

 

 側で兄弟を見守っていた父親が、険しい面持ちで立ち上がる。

 

「お前達はここにいろ。俺は様子を見に行く」

 

 兄弟にそう言い残し、父親は早足で部屋を出て行った。

 

 取り残されたエドワードは、暗闇の中でぎゅっとシャツの胸元を握った。

 胸騒ぎが止まらない。何か、とても悪いことが起こったのではないかと不安になる。

 

「……兄ちゃん。今の声、ステラだったよね……?」

 

 どうやら、それは弟のアルフォンスも同じだったらしい。

 二段ベッドの上から、落ち着かない様子で顔を出した。

 

「うん。……何があったんだろう」

 

 部屋の外から、何度か大きな声や往復する足音が聞こえる。

 その度に、心がざわついて仕方なかった。

 

 結局、その後兄弟の部屋を訪れる者はおらず。

 兄弟は襲いかかる不安を誤魔化すために、二人並んで眠りについた。

 

 どうか悪い夢であってほしいと願いながら。

 

 

 ──けれども、兄弟の願いが叶うことはなかった。

 

 

「君達のお母さんは、流行り病にかかってしまったんだ。

 今は体に負担をかけないように、ゆっくり休まないといけない。

 ……もちろん、私達も治療に全力を尽くすと約束しよう。だが──」

 

 ロックベルのおじさんの言葉が耳に入らない。

 ベッドに横たわる母親は眠っているものの、息は浅く、苦しそうだ。

 

 ステラも、父親も姿が見えない。

 どうやらそれぞれ別のことにかかりきりらしい。

 

 兄弟はただ、漠然とした恐れに身を竦めることしかできなかった。

 

 もう、あの楽しかった日々はどこにもなく。

 その日から、家族は離れ離れになっていった。




これから少し重めの展開が続きますが、お付き合いいただけると幸いです。
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