導星の錬金術師   作:星見錬

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本当にありがとうございます!!

これからも楽しんでもらえるよう精進してまいりますので、どうぞよろしくお願いします。


第14話『微かな光明』

 トリシャさんが倒れて、既に数日が経った。

 師匠(せんせい)はトリシャさんの看病に付きっきり。寝食すら、私に促されないとしてくれない。

 両親共に子供の世話まで手が回らないので、エルリック兄弟はロックベル家に預けられることになった。

 私は師匠(せんせい)と交代でトリシャさんの看病をしつつ、滞っている家事を代行したり、定期的に兄弟の様子を見に行ったりしていた。

 

 ……トリシャさんの容体は、今はまだ安定している。けれど、良くなる兆しはない。

 その事実が、私の心をキリキリと締め付ける。

 

 どうして、もっと早く気付けなかった?

 何故、こうなる可能性があると見落として──いや、見て見ぬ振りをしていたのか?

 

 何度も何度も自分を責め立てて、罪悪感に心が圧し潰されそうになる。

 

 あんなに平和で幸せに満ちていたエルリック家は、もう影も形もない。

 静かな家の中で響く秒針の音は、崩壊までのカウントダウンを刻んでいるようだった。

 

 


 

 

 別に、最初から今みたいな崩壊の先送りをしていたわけじゃない。

 思ったより早くその時が来てしまっただけで、私はずっと備えようとしてきたのだ。

 

 だからこそ、私がいち早く動くべきだと判断した。

 トリシャさんの病を突き止め、原作(運命)に定められた死を回避しようと。

 

 手始めに行ったのは、ウィンリィのお父さん──ユーリ先生に病名を尋ねること。

 目覚めてからの私の主治医でもあった彼との交流は、それなりに深い。

 私がホーエンハイムさんの弟子であることも加味して、他人でも病名を教えてもらえる可能性は十分にあると踏んだ。

 

 原作では明かされていなかった病気(てき)の名前を、今ならはっきりさせることができる。

 私の前世の知識には、様々な病名やその治療法の内容、あるいは治療薬の名前もある。

 おそらく、前世の私は知識欲が旺盛だったのだろう。それもジャンルを問わないタイプ。

 その知識欲のおかげで、今の私は誰かの役に立てるのだ。

 

 知っているのなら、きっと手立てはある。トリシャさんを助けることができる。

 

 

 ──けれど。そんな淡い希望は、すぐに打ち砕かれた。

 

 

 ユーリ先生が沈痛な面持ちで告げた病名は、今まで聞いたことのないものだった

 ……前世と今世、両方含めても、だ。

 

 それを認識した瞬間、絶望で目の前が暗くなって、思わずよろけたのを覚えている。

 

 ただ、これは結果論だけども……そういった可能性もまた、考えておくべきだった。

 トリシャさんの病気が、私の知らないものであるという可能性。

 もっと早く気付けたはずなのに。……本当に、自分の愚かさには呆れるよ。

 

 

 しかし、私はすぐに自分を立て直した。「こんなことで挫けてはいられない」と。

 

「病名が判明しているなら、治療法や治療薬についても分かっているんでしょう?」

 

 一縷(いちる)の望みに縋るため、私は続けて質問する。

 「あるから心配しなくてもいい」と答えてほしかった。それだけでいいと願った。

 

 でもそんな都合のいい現実は全くなかった

 

「……実は今、例の内乱の影響で、東部は医薬品が手に入りにくい状況にあるんだ。

 もちろん、なるべく早く治療薬が届くように働きかけているけど……。

 正直に言うと、難しいだろうね。……本当に、申し訳ない」

 

「な……」

 

「今の私達にできることは、ただ一つ。

 治療薬が手に入るまで、一日でも長く彼女を延命させること──それだけだ」

 

 ユーリ先生の表情は、医者として知人を救うことができない苦痛に満ちていた。

 カルテを握る手は微かに震えていて、その表情は本心からだと物語っている。

 

 私は絶句しかけて、それでも「治療薬がある」という事実に希望を見出した。

 原作で出てこなかった理由は気になるけど、今はそれどころじゃない。

 

 

 だって──手に入りにくいのなら、()()()()()のだから!

 

 

「だったら、その治療薬の原材料を教えてください!!

 いえ、成分だけでも構いません! それさえ分かれば、すぐに錬成して──」

 

「いや、駄目だ。許可できない」

 

「っ、どうして!?」

 

 突き放すような言葉に、思わずユーリ先生へ詰め寄った。

 

「錬金術なら──錬金術師(わたしたち)ならできるはずです!!」

 

「ああ。君かホーエンハイムさんなら、治療薬もちゃんと錬成できるだろうね。

 だけど、大人として、知人として──そして医者として、それを認めるわけにはいかない」

 

「え……?」

 

 予想外の言葉に呆然とする。……できるのに、認められない? どうして?

 そんな私を諭すように、ユーリ先生は冷静に説明してくれた。

 

「法律で『薬剤師の資格がない錬金術師は薬を錬成してはならない』と定められているんだよ。

 戦時下などの非常事態は例外だが……今回の場合は認められないだろう。

 それに私は医者として、素人が錬成した薬を患者へ投与するなんてことは許可できない。

 ……例え、君やホーエンハイムさんが、どんなに優れた錬金術師であったとしてもね」

 

 そう言うと、ユーリ先生は床にぶつけるんじゃないかと思うくらいに深く頭を下げた。

 

「……本当に、本当にすまない。

 何かしたいと焦る君の気持ちは理解できるし、私達も同じ気持ちだ。

 でも、分かってくれ……!!」

 

 その姿を見た私は、もう何も言えなくなってしまった。

 

 

 悔しいのも、悲しいのも──それでもなお、足掻いているのも。私だけじゃない。

 皆同じなんだ。なのに、私だけが駄々を捏ねるわけにはいかないだろう。

 

 かくして、私は今の生活を選んだ。

 「早く薬が来ますように」と、心の底から祈りながら。

 

 

 旅立ちのことなんて、頭からすっかり抜け落ちていた。

 こんな状況で、トリシャさんやエルリック兄弟を置いて旅立てるはずがない。

 多分それは師匠(せんせい)も同じはずだ。そんなことをする人じゃない。

 

 今はとにかく、トリシャさんが一日でも長く生きられるようにサポートすること。

 それだけを目標にしよう──そう自分に言い聞かせた。

 

 


 

 

──1904年、ロックベル家

 

 貸し出された一室には、二人分のベッドと机、椅子がある。

 その二つの机をくっ付けて椅子を寄せ合い、エルリック兄弟は肩を並べて勉強に励んでいた。

 と言っても、内容は一般的な科目ではなく、錬金術についてだ。

 

 ステラから貰った錬金術書を読み解きながら、二人は手元のノートへ術式を写していく。

 筆記には鉛筆ではなく、ステラ特製のお揃いの万年筆を使っていた。

 カリカリとペン先が紙を引っかく音が、静かな部屋を埋め尽くす。

 

 初心者用と銘打たれた錬金術書は、羅針協会という組織が発行しているものらしい。

 本来ならば、一般人への秘匿のために内容の複雑化や暗号化がされてしかるべき術理は、全てが詳らかに記されている。

 代わりに錬金術の最奥へ踏み入ることはなく、あくまでも表層をなぞっているだけだ。

 

 だが、錬金術を学び始めた者が足掛かりとするには、これ以上ない代物だろう。

 それこそ、読者が類稀なる天才でもない限り。

 

 ──だが、エルリック兄弟は確かに天才の側であった。

 

「さっきはここを省いてダメだったから……。つまり、錬成陣の最小構成要素はこれとこれ。

 この組み合わせで錬成陣を書けば……どうだ!」

 

 エドワードがノートから一枚ページを破って錬成陣を描き、錬金術を発動する。

 すると、錬成陣の上には立派な折り鶴が現れた。

 

「よし、今度は成功したぞ!」

 

 エドワードがガッツポーズをすると、アルフォンスも同調して笑顔を見せた。

 軽くハイタッチをしてから、反省点のまとめに入る。

 

「やったね、兄ちゃん! ……やっぱり、さっきの錬成陣に足りないのはここの図形だったんだ」

 

「そうだな。錬成陣の要素を省いてシンプルにするのは大事だけど、要素を省略しすぎても再構築の結果があやふやになっちまう。

 それが、理解が一番重要視されてる理由なんだろうな」

 

 また一つ課題を終え、チェックリストに印を付けた。

 

 そのチェックリストを用意したのも、またステラであった。

 病床の母の様子に塞ぎ込む兄弟を見かねて、一週間前に勉強の目標として定めたのである。

 

『これが全部埋まったら、次の錬金術書をあげよう。それより、もーっと難しい奴をね。

 そうだな……私がその本の内容を全部できるようになった期間を鑑みて──、一か月。

 それくらいで埋められたら上出来だね』

 

 不安の只中にいるはずなのに、兄弟を励ますように力強く笑うステラに、一体どれだけ救われただろうか。

 

 彼女のおかげで、兄弟は必要以上に母の死の影に怯えずに済む。

 錬金術という逃避先を、罪悪感を抱くことなく享受することができる。

 

 伸び伸びと自身の才覚を育てる小さな天才達は、既にチェックリストの八割を埋めていた。

 

 

───*───

 

 

 二日後、兄弟はチェックリストの項目を全てクリアした。

 

「結構簡単だったな」

 

「そうだね」

 

 終わってみれば、課題は驚くほどあっけなかった。

 二人は「錬金術ってこんなに簡単なものだったんだ」と互いに顔を見合わせ、拍子抜けしたような表情を浮かべる。

 もしも、一般的な錬金術師が兄弟の感想を知れば、途轍もなく怒り狂うであろう。

 ……そんな機会は無いに等しいが。

 

 何はともあれ、チェックリストは埋め終わったのだ。

 兄弟は意気揚々と、クリアした証の錬成物とリスト用紙を持ってステラを探しに部屋を出た。

 

 ちなみに錬成物は、紙から錬成した造花の花束である。

 造形は生花に負けずとも劣らぬ美しさがあり、一見だけで見抜くことは難しいだろう。

 モチーフに選んだ花は、いつしか母が好きだと語った花だった。

 これを枕元に飾れば、母も更に元気を出すに違いない。

 

 実は、兄弟はチェックリストを埋める傍ら、時々母へ勉強の成果を披露していたのだ。

 「ずっとベッドの中にいるのも退屈だろう」という子供なりの優しさと、「覚えたての錬金術を見せて驚かせたい」という子供らしい期待感から来る行動だった。

 

 果たして、母は兄弟の期待通り、錬金術を使用する様子を見て目を輝かせた。

 病気など忘れたように拍手を送り、愛おしそうに子供達を抱く。

 

『エドもアルもすごいわね。流石、父さんの子だわ。

 母さん、元気になったら皆に自慢しちゃおうかしら。……ふふっ、その時が楽しみね』

 

 母からの惜しみない賛辞は、兄弟にとって何よりの原動力になった。

 十日も経たずにリストを埋めることができたのも、母の笑顔があったからこそ。

 

 兄弟は次なる錬金術書への期待に胸を膨らませながら、ロックベル家の廊下を早足で駆ける。

 

 次の本の難易度はどれくらいかな? 次は何を錬成できるようになるだろう?

 ……また、おかあさんは褒めてくれるかな。

 

 兄弟の頭の中は、それだけでいっぱいだった。

 

 時間は正午を過ぎた辺り。この時間帯なら、ステラは兄弟の家にいるに違いない。

 

 エドワードが一足先に階段を駆け下りた瞬間。

 

「うわっ!?」

 

 丁度階段の先にある部屋のドアが開き、正面から激突してしまった。

 顔面を強打した勢いそのままに、エドワードは尻餅をつく。

 

「いっ……てェ~~~~~~~~!!」

 

「兄ちゃん! 大丈夫!?」

 

 後ろにいたアルフォンスは慌てて駆け寄り、顔を押さえて転げ回る兄の様子を確認する。

 手の隙間から覗く顔は真っ赤に腫れていたが、どうにか鼻血は出ていないようだった。

 とは言え、あれだけ勢いよくぶつかれば痛くて仕方ないだろう。

 

「誰かぶつか……って、うわ、エド!? あっちゃあ……ごめんね」

 

「エド君がドアにぶつかったって? ……どれ、顔を見せてごらん」

 

 ドアの向こう側から、ステラとウィンリィの父であるユーリが顔を出した。

 二人は事情を把握すると、歯が折れていないか、他に外傷はないか確認する。

 

「かなり強くぶつけてしまったようだけど、これなら冷やせば問題ないよ。

 はい、お大事に」

 

 医者であるユーリから氷嚢を渡され、エドワードはむっすりとした顔でそれを当てる。

 

「本当にごめんね、エド。……でも、あんまり廊下は走っちゃダメだよ?」

 

「走ってなんかねーし!」

 

「だけど早足だったじゃん。ちゃんと前見てない兄ちゃんが悪いと思うよ」

 

「お前はどっちの味方なんだよ、アル! それを言うならアルだって早足だったじゃんか!」

 

「ボクは花束持ってる分、兄ちゃんより遅かったもん。自分は楽な方持ってさ」

 

「何をー!」「何さ!」

 

「こら、喧嘩しない!」

 

 些細な言い合いからヒートアップしそうになった兄弟をステラが止めた。

 ……二人の脳天にチョップをかますという、いささか乱暴な方法で。

 

 

「それじゃあ、先生。失礼します」

 

 ステラに倣い、兄弟もぺこりと頭を下げて部屋を後にした。

 

「ま、今回はお互い様ってことにしておこうか。

 確認せず開けた私も悪いし、前見てなかったエドも悪いってね。次からは気を付けよう。

 ……ところで、二人ともなんで急いでたの?」

 

 ステラからの問いかけに、兄弟は「そう言えば!」と本題を思い出した。

 

「ステラに見せるつもりだったんだよ! ほら、これ!」

 

「ボク達、全部できたよ! だから、次の本ちょうだい!」

 

「……──は?」

 

 自慢気に兄弟が差し出したリストと造花の花束を見つめ、ステラはぽかんと口を開けた。

 目を擦ってはリストの項目を確認し、頬を抓っては造花の出来を確認する。

 それを何度も繰り返すこと、数分。

 

「天才ってこっわあ……」

 

 兄弟にも聞こえない声で、彼女はぼそりと呟いた。

 

「ステラ? どうしたの?」

 

「──いや、なんでもないよ。それにしても……凄いねえ、二人とも!

 まさか半月もかからなかったとは……本当に凄いなマジで……これだから天才はよ……

 

 ステラは半ば納得いかないといった様子でぶつくさ言っていたが、すぐに「そんなことより!」といつもの様子に戻った。

 

「約束通り、二人には新しい錬金術書をあげないとね。後で選んで持って行くから待っといて。

 ……それとも、トリシャさんに花束を渡しに行くのが先かな?

 そのお花、トリシャさんが好きなやつだもんね。きっと喜ぶと思うよ」

 

「おかあさんに花束渡してからにする! これ、オレ達のさいこーけっさくだもん!」

 

「色もかなりこだわったもんね。ステラのアドバイス、すごく参考になったよ。ありがとう!」

 

「うん、二人の役に立てたなら何よりだ。

 ……私も師匠(せんせい)と看病交代するタイミングだったし、一緒に行こうか」

 

 微笑むステラの顔は明るく、焦燥も絶望も見当たらない。

 いつぞやの彼女のような笑顔に、兄弟はふと疑問を抱いた。

 母が倒れた後の彼女は父同様、かなり憔悴しきっていたからだ。

 それはここ最近もそうで、ここまで明るい彼女を見たのは久々だった。

 

「……ステラ、何かいいことあった?」

 

 共に歩く道すがら、エドワードはステラにそう聞いてみた。

 

「……え、もしかして顔に出てた?」

 

「かなり」「とても」

 

「マジかぁ……」

 

 兄弟の指摘に「しまった」という表情を浮かべながらも、彼女の口は弧を描いている。

 

「んー……本当は言っちゃダメなんだけど……。君達にとっても他人事じゃないし、いいかな。

 いい? これはまだ決まったことじゃないから、まだ秘密にしなきゃいけないことだからね。

 ……私が言えたことじゃないけども──とにかく秘密だから。いいね?」

 

『分かった!』

 

 声を揃えて頷く兄弟の前にしゃがみ込み、ステラは内緒話の体勢を取った。

 察した兄弟は近くに歩み寄り、彼女の声に耳を傾ける。

 

「あのね……来週、トリシャさんの病気を治す薬が届くかもしれないんだって」

 

「え?」

 

「それって、つまり──」

 

「もしも薬が届けば、君達のお母さんの病気が治るんだよ。……エド、アル、おめでとう!」

 

 思いもよらぬ福音に、兄弟は喜びを爆発させた。

 手を取り合って飛び跳ね、歓喜の涙を流しながらステラと三人で笑い合う。

 

 青い空はどこまでも澄み渡っていて、まるで明るい未来を祝福しているようだった。




【お知らせ】
いつも作品をお読みいただき、誠にありがとうございます。
申し訳ございませんが、体調の都合により25日の更新はお休みとさせていただきます。

いつも読んでくださる皆様にご心配とご迷惑をおかけしますが、その代わりとして来週は久々に二話投稿を予定しています。

少々お時間をいただきますが、その分しっかりと読み応えのあるお話をお届けできるよう、全力で執筆に取り組みます。
どうか今しばらくお待ちいただけると幸いです。

5/28 追記
私事で恐縮ですが、親の入院で一時的に帰郷することになり、結果として今週の更新も断念せざるを得ない状況になってしまいました。
度重なるお休みとなってしまい、大変申し訳ございません。

未だにお待ちいただいている皆様には、感謝してもしきれません。
次回こそは物語の続きをしっかりとお届けできるよう努めてまいりますので、どうかよろしくお願いいたします。
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