導星の錬金術師   作:星見錬

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第17話『星は黙する』

「ふざけんな!! おかあさんはどうなるんだよ!?」

 

 ロックベル家の玄関前。エドの怒声を、私は黙って受け入れた。

 後ろでは、エドの怒気に気圧されたアルとデンが、不安げにこちらを見つめている。

 

 エドの顔には、怒りと悲しみ……そして、大きな失望が滲んでいた。

 ──まるで、さっきまでの私を見ているようだ。

 

 偶然ロックベル夫妻の会話を立ち聞きしてしまい、口止めされたにも関わらず。

 治療薬の存在を二人に漏らしてしまったのは私の落ち度だ。

 

 故に、私には『治療薬が届かなくなった』という事実を話す責任がある。

 今更誤魔化したところで、賢い彼らならすぐに勘付いてしまうだろうから。

 

 だから私は、兄弟に「薬は届いたの?」と聞かれた時、全てを伝えた。

 薬は届かないことと、次はいつ届くか分からないことを。

 

 ……いや。一つだけ、嘘を吐いた。

 薬が届かない理由を、『事故』ということにしたのだ。

 

 今、イシュヴァール人の自爆テロについて話したところで。

 彼らに余計な復讐心(もの)を背負わせるだけだろう。

 

 ──そんな思いをするのは、私だけでいい。

 

 きっとこれも、ただの偽善に過ぎないのだろうけど。

 

 その結果がこれだ。

 無責任に期待させてしまった分、より深く二人を傷付けてしまった。

 

「なんで……事故なんて……」

 

 視界の端で、デンに抱き着いたアルが泣いているのが見える。

 エドも私を睨みつけながら、ボロボロと涙を流していた。

 

 泣かせたのは私のせいなのに、それでも胸の奥が痛んで仕方なかった。

 握り締めた手の平に爪が深く食い込む。指の隙間を、温い液体が流れていった。

 

「ずっとまってたのに……信じてたのに!!」

 

 私もそうだったよ。

 

 辛いよね、分かるよ。

 

 どうして、こんなことになったんだろうね。

 

 どれも、彼らを慰める言葉にすらならないだろう。ただの言い訳だ。

 

 何を言うか迷った末に、

 

「……ごめんね」

 

 私の口から出たのは謝罪だった。これこそ、意味のない言葉なのに。

 足元からじわじわと侵食する罪悪感から逃れたいがために、そう言ってしまった。

 

 エドは私の謝罪に一瞬戸惑うような素振りを見せて、「は、」と短く息を漏らした。

 俯いた顔の影から、先程より鋭い眼光が私を射抜く。

 

「……本当は、ウソだったんだろ」

 

「エド?」

 

「薬があるなんて、ウソだったんだろ!?

 だから、ごまかすために届かないなんて言ったんじゃないのか!?」

 

 「しまった」と反射的に思った。不用意な謝罪のせいで誤解を生んでしまったと。

 

「ちが、薬は本当に──」

 

「だったらなんで、ウソつく時の顔してんだよ! ……バカにしやがって……!!」

 

 エドは私を突き飛ばすと、そのままロックベル家へ入っていく。

 玄関のドア越しに私を憎々しげに睨みつけ、

 

「もう二度とオレの前に出てくんな!

 ステラなんか──ステラなんかっ、大ッ嫌いだ!!」

 

 そう吐き捨てると、勢いよくドアを閉めてしまった。

 ドアの向こう側で、アルと二人並んで、ただ立ち竦む。

 

「……ステラ。薬は、本当にあったんだよね?」

 

 おそるおそる尋ねるアルに、黙って頷く。

 

「じゃあ、どれがウソだったの?」

 

「……ごめん、それは言えない」

 

 「そっか」と呟くアルの隣で、デンがクゥンと鳴いた。

 

「おかあさん、助かるよね?」

 

「…………私は、助けたいと思ってるよ」

 

 さっきは、ユーリ先生に対して「絶対に諦めない」と啖呵を切ったくせに。

 いざアルに問われると、そんな不確かなことしか言えない自分が情けなく感じる。

 

 力が欲しかった。どうして私はここまで無力なんだろう。

 せめて、フラスコの中の小人(ホムンクルス)みたいな無限の知識さえあれば、もっと違う未来があったかもしれないのに。

 

 ただの凡人の魂しか持ちえない自分が、悔しくてたまらなかった。

 

 


 

 

────1904年、某所 イシュヴァール人少年の自爆テロから四日後

 

 ガラガラと音を立てながら、田舎道を一台の馬車が進んでいた。

 手綱を操る恰幅の良い御者の背後、吹きさらしの荷台には一人の男が腰かけている。

 

 後ろに流した淡い金髪と、四角い黒縁眼鏡。

 皺一つないコートに、同じく寸分の隙もないスーツ。

 几帳面に整えられた彼の身なりは、この鄙びた風景にはいささか異質だった。

 

 目蓋を持ち上げ、男は静かに呟く。

 

「……腰が痛くなってきたな」

 

「へえ。乗り心地の悪ィオンボロで、すみませんなあ。

 あっしも馬車(コイツ)も、汽車の快適さにはとても敵いませんで」

 

 男の呟きを苦情と解釈したのか、御者は申し訳なさそうに頭を下げた。

 ただ、その口振りはどこか皮肉交じりだ。

 汽車の代替手段に過ぎない現状への不満が、言葉の端々に滲んでいた。

 

 男は御者の心情を察し、「ああ、いや」と首を横に振る。

 

「ここ数日、急ぎの用事で馬車を乗り継いでいてね。その分、負担が蓄積しているだけだ」

 

「なるほど、そりゃお疲れさまで。

 しかもこの辺の道は、特にデコボコで腰にきますからな。

 荷物を背にしてクッション代わりにすりゃ、ちったあマシになりますぜ」

 

「そうか。助言に感謝する」

 

 横に置いた鞄を背に回し、男は軽く息を吐いた。

 しばしの沈黙の後、御者は気遣うように口を開く。

 

「汽車が止まってから、こっちは忙しくなりやしたけどね。やっぱり不便でしょう?

 こんな田舎じゃ、車すらねぇもんで」

 

「まあ、こんな時でなければ道中の風情を楽しめたかもしれないが……。

 早く復旧してもらいたいものだ」

 

「確か──『薬の影響がどうの』とか、新聞に書いてありましたなぁ。

 まずはそれをどうにかせんことには、復旧もクソもねぇって。

 まったく、これだからイシュヴァールのクソ共は……余計なことしかしやがらねえ!

 とっととこの国から追い出しゃいいんだ!」

 

 怒りをあらわにする御者に、男は何も返さなかった。

 ブラウンの瞳に憂いを宿しつつ、ただじっと己の手を見つめる。

 

(あと一つ間違っていたら、犠牲になっていたのはミルトス(私の町)だったかもしれない。

 彼らの行いは間違っている。だが……)

 

「旦那ぁ、そろそろ着きますぜ!」

 

 御者の声に男が顔を上げると、目的地の村が見えた。

 馬車を止め、荷台から降りて御者に金を支払う。

 

「ありがとう。ここからは歩いて行くよ」

 

「ちょっ……旦那! これじゃあ多すぎますよ!」

 

 御者は相場の倍はある報酬にひどく慌て、差額を返そうとした。

 だが、男は受け取らなかった。

 僅かに仏頂面を崩して微笑み、返されかけた紙幣を御者の手に押し戻す。

 

「そいつはちょっとした礼だ。それに……次も君にお願いするだろうから。

 その時は頼んだよ」

 

「へ、へえ!」

 

 何度も何度も頭を下げる御者を背にして、男は歩き出した。

 

「……ここが……」

 

 丘の上から、感慨深そうに目を細める。

 

「二人が暮らしているリゼンブールか」

 

 遠く空の彼方から、暗雲が迫っていた。

 

 


 

 

────1904年、リゼンブール 男の到着と同時刻

 

 穏やかな昼下がり。母親に呼ばれ、エルリック兄弟は彼女の部屋を訪れていた。

 

 ──すっかり瘦せ細った体に、呼吸さえ苦しそうな様子。

 時折激しく咳き込むのを見るたびに、兄弟の胸は不安で張り裂けそうになる。

 

 いつものように兄弟が自主的に来るのを待たず、わざわざ呼んだという事実が、その不安を助長していた。

 ゆっくりと、引きずるようにして上体を起こし、母親は口を開いた。

 

「……エド、ピナコさんから聞いたわ。

 ステラと喧嘩して、『大嫌い』って言っちゃったって。

 最近あの子が来てくれないのも、そのせいなんでしょう? ……お母さん、寂しいわ」

 

「う……」

 

 痛いところを突かれ、エドワードは呻くように声を漏らした。

 隣のアルフォンスの視線すら、どこか責められているように感じる。

 

「でも……だって……それはステラがウソついたから……」

 

「兄ちゃん。ステラはウソなんかついてなかったって、もう分かってるじゃんか。

 ロックベルのおじさんとおばさんだって、同じこと言ってたよ?」

 

 どうにか捻り出した言い訳も、アルフォンスの言葉にあっさり打ち砕かれてしまった。

 

 ステラとの言い争い──実際はエドワードの一方的な拒絶だが──の後、兄弟はロックベル夫妻に事の真偽を確かめに行ったのだ。

 元々秘密を破って兄弟に話したのはステラの方なのだから、それくらい構わないだろうと。

 

 その結果、ステラの話に偽りはないことが判明した。

 夫妻も何か隠すような素振りはあったものの、薬の存在も、届かなくなってしまったことも全て真実だった。

 

 しかし、生来の意地っ張りのせいで、エドワードは謝る機会を逃し続けていた。

 エドワードの『二度とオレの前に出てくんな』という言葉を、ステラが真に受けてしまったのもあるが。

 どうやらあれ以降、ステラは兄弟やその周囲を徹底的に避けているようなのだ。

 覆水盆に返らずとはこのことだろう。

 

 ともあれ。彼女を傷付けてしまった原因は、エドワードの短気にある。

 故に、そろそろ謝りたいという気持ちもある。──ある、のだが。

 

「……だったら、あんなこと言わなきゃいいじゃんか……」

 

 やはり、どうしても意地が邪魔をする。

 エドワードは口を尖らせ、ぶつぶつと言い訳を繰り返した。

 

「あのね、エド」

 

 そんなエドの意地っ張りを解すように、母親の優しい声が響く。

 

「一度ひどいことを言ってしまった相手に、謝るのは難しいわよね。

 だけど、謝れないままなのはきっと苦しいし、悲しいことだと思うの。

 ……それにね? 私もそろそろ、あの子に会いたいわ」

 

 母親からの、貴重なお願いごとだ。叶えてあげたい。応えたい。

 

「でも……」

 

「兄ちゃん! ボクもいっしょに行くよ」

 

 否定しかけたエドワードの手を、アルフォンスが勇気づけるように握った。

 

「アル……」

 

「ふたりで行けばだいじょうぶだよ。──そうだよね、おかあさん!」

 

「ええ、そうね。……エド、お願い」

 

「…………わかった」

 

 ここまでされたとなれば、折れるしかなかった。

 若干渋りながら──だが、どこか嬉しそうに。

 エドワードはアルフォンスと共にステラの元へと向かう。

 

 二人の子供達の背を見送って、母親は安心したように微笑んだ。

 

「これで、あの子達は大丈夫。あとは──」

 

 


 

 

 エルリック兄弟が、ステラがいるはずのオルティーズ家へ向かう最中。

 

「ううむ、また迷ってしまった……」

 

 道の真ん中で、一人の男が難しそうな顔をして紙と睨めっこしていた。

 口振りからして、どうやら道に迷っているようだ。

 

 兄弟は足を止め、その様子を少し距離を取って観察する。

 

 やけに整ったスーツとコートに、映画で見た役人のようなオールバックと四角い黒縁眼鏡。

 リゼンブールでは一度も見たことのない顔だった。

 周囲の光景に微塵も馴染んでおらず、異物感に溢れている。

 

「……兄ちゃん、あの人こまってるみたい。どうしよう?」

 

「無視しようぜ。なんかあやしいし」

 

 兄弟は何食わぬ顔で通り過ぎようと試みたが、不運にも男に見つかってしまった。

 こちらに駆け寄ってくる不審な男から弟を庇うように、エドワードは一歩前に出る。

 

「やあ、そこの君達。ちょっと道を聞いてもいいかな?」

 

 子供相手にも丁寧な物腰だが、エドワードはそれを逆に胡散臭く感じた。

 じっとりとした目で男を睨みつけ、威嚇するように問う。

 

「……おっさん、誰? 知らない人には付いてくなって言われてんだけど」

 

おっ──ゴホン。失礼、突然話しかけて悪かったね。

 私の名はアルバート・フォルカー・ファウスト。ここには知り合いを訪ねに来た。

 別に怪しい者ではないから安心してくれ。

 ……あと、私はまだ二十代だから。せめて、『お兄さん』と呼んでもらえると助かる」

 

「ふーん」

 

 エドワードは「やけに長い名前のおっさんだな」と思った。

 後ろにいるアルフォンスは、兄の「おっさん」呼びにしょんぼりする彼の姿が面白かったのか、くすくすと笑っている。

 

「悪い人じゃなさそうだよ。案内してあげよう?」

 

「ケッ、それっぽいフリしてるだけかもしれねーじゃんか」

 

 こそこそと兄弟で話しつつ、エドワードは男──アルバートに再度尋ねる。

 

「で? おっさんの知り合いって誰だよ」

 

「君なあ……。んんっ、私が会いに来たのは、『エステル・オルティーズ』という名の少女だ。

 君達は、何か知っているかい?」

 

「えっ、お兄さんってステラの知り合いなんですか?

 ボク達もちょうど、ステラの家に行くところだったんです!」

 

 ステラの名を聞いた途端、アルフォンスは無邪気に目を輝かせた。

 不用意に不審人物(アルバート)へ近付こうとする弟を、エドワードは手で制す。

 

「バカッ、何言ってんだよアル! コイツが悪いヤツだったらどーすんだ!?

 ……それに! 知り合いだって言うなら、なんで道に迷うんだよ? おかしいだろ!」

 

 エドワードの鋭い指摘に、アルバートは「あー……」と気まずそうに視線を逸らした。

 少しの逡巡を挟み、やがて観念したように白状する。

 

「……その、私はいわゆる『方向音痴』らしくてね。

 予め地図は用意してきたんだが、さっきから同じところばかり回っているんだ」

 

 アルバートが差し出してきた地図を見た兄弟は、思わず呆れ果ててしまった。

 何故なら、彼の持つ手書きの地図は、東西南北が全て逆転して描かれていたからだ。

 これでは目的地に辿り着けるはずもない。

 

 あんまりな地図に、エドワードは警戒するのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。

 子供を騙す演技にしても、もう少しまともなやり方があるに違いない。

 

 深いため息を吐きつつ、やれやれといった態度で肩をすくめる。

 

「……仕方ねえな。いいよ、オレ達の用事のついでだし」

 

「そうか! 助かるよ、ありがとう。……その前に、君達の名を聞いても?」

 

「オレはエドワード・エルリック。で、こっちが弟の」

 

「アルフォンス・エルリックです」

 

「エドワードにアルフォンス、か。……うん、良い名前だ。よろしく頼むよ」

 

 それぞれ握手を交わすと、三人はオルティーズ家へと歩き始めた。

 

 ──空が、どんよりと曇り始めている。

 地平線の向こうから、ゆっくりと暗雲が広がってきていた。

 

 

 嵐が、来る。

 




いつも拙作を読んでくださり、本当にありがとうございます。

少しだけお知らせです。
次回から、更新ペースを「隔週(2週間に1回)」に変更させていただきます。

今まで週一のペースを保てるように努力を重ねてきましたが、体調に無理がでてきてしまい、このままだとクオリティの維持が難しいと判断したからです。
エタらせる気は毛頭ないので、完結のために必要なものだとご理解いただけると幸いです。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
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