導星の錬金術師 作:星見錬
最後にお知らせがあるので、そこまで読んでいただけると助かります。
「ふざけんな!! おかあさんはどうなるんだよ!?」
ロックベル家の玄関前。エドの怒声を、私は黙って受け入れた。
後ろでは、エドの怒気に気圧されたアルとデンが、不安げにこちらを見つめている。
エドの顔には、怒りと悲しみ……そして、大きな失望が滲んでいた。
──まるで、さっきまでの私を見ているようだ。
偶然ロックベル夫妻の会話を立ち聞きしてしまい、口止めされたにも関わらず。
治療薬の存在を二人に漏らしてしまったのは私の落ち度だ。
故に、私には『治療薬が届かなくなった』という事実を話す責任がある。
今更誤魔化したところで、賢い彼らならすぐに勘付いてしまうだろうから。
だから私は、兄弟に「薬は届いたの?」と聞かれた時、全てを伝えた。
薬は届かないことと、次はいつ届くか分からないことを。
……いや。一つだけ、嘘を吐いた。
薬が届かない理由を、『事故』ということにしたのだ。
今、イシュヴァール人の自爆テロについて話したところで。
彼らに余計な
──そんな思いをするのは、私だけでいい。
きっとこれも、ただの偽善に過ぎないのだろうけど。
その結果がこれだ。
無責任に期待させてしまった分、より深く二人を傷付けてしまった。
「なんで……事故なんて……」
視界の端で、デンに抱き着いたアルが泣いているのが見える。
エドも私を睨みつけながら、ボロボロと涙を流していた。
泣かせたのは私のせいなのに、それでも胸の奥が痛んで仕方なかった。
握り締めた手の平に爪が深く食い込む。指の隙間を、温い液体が流れていった。
「ずっとまってたのに……信じてたのに!!」
私もそうだったよ。
辛いよね、分かるよ。
どうして、こんなことになったんだろうね。
どれも、彼らを慰める言葉にすらならないだろう。ただの言い訳だ。
何を言うか迷った末に、
「……ごめんね」
私の口から出たのは謝罪だった。これこそ、意味のない言葉なのに。
足元からじわじわと侵食する罪悪感から逃れたいがために、そう言ってしまった。
エドは私の謝罪に一瞬戸惑うような素振りを見せて、「は、」と短く息を漏らした。
俯いた顔の影から、先程より鋭い眼光が私を射抜く。
「……本当は、ウソだったんだろ」
「エド?」
「薬があるなんて、ウソだったんだろ!?
だから、ごまかすために届かないなんて言ったんじゃないのか!?」
「しまった」と反射的に思った。不用意な謝罪のせいで誤解を生んでしまったと。
「ちが、薬は本当に──」
「だったらなんで、ウソつく時の顔してんだよ! ……バカにしやがって……!!」
エドは私を突き飛ばすと、そのままロックベル家へ入っていく。
玄関のドア越しに私を憎々しげに睨みつけ、
「もう二度とオレの前に出てくんな!
ステラなんか──ステラなんかっ、大ッ嫌いだ!!」
そう吐き捨てると、勢いよくドアを閉めてしまった。
ドアの向こう側で、アルと二人並んで、ただ立ち竦む。
「……ステラ。薬は、本当にあったんだよね?」
おそるおそる尋ねるアルに、黙って頷く。
「じゃあ、どれがウソだったの?」
「……ごめん、それは言えない」
「そっか」と呟くアルの隣で、デンがクゥンと鳴いた。
「おかあさん、助かるよね?」
「…………私は、助けたいと思ってるよ」
さっきは、ユーリ先生に対して「絶対に諦めない」と啖呵を切ったくせに。
いざアルに問われると、そんな不確かなことしか言えない自分が情けなく感じる。
力が欲しかった。どうして私はここまで無力なんだろう。
せめて、
ただの凡人の魂しか持ちえない自分が、悔しくてたまらなかった。
────1904年、某所 イシュヴァール人少年の自爆テロから四日後
ガラガラと音を立てながら、田舎道を一台の馬車が進んでいた。
手綱を操る恰幅の良い御者の背後、吹きさらしの荷台には一人の男が腰かけている。
後ろに流した淡い金髪と、四角い黒縁眼鏡。
皺一つないコートに、同じく寸分の隙もないスーツ。
几帳面に整えられた彼の身なりは、この鄙びた風景にはいささか異質だった。
目蓋を持ち上げ、男は静かに呟く。
「……腰が痛くなってきたな」
「へえ。乗り心地の悪ィオンボロで、すみませんなあ。
あっしも
男の呟きを苦情と解釈したのか、御者は申し訳なさそうに頭を下げた。
ただ、その口振りはどこか皮肉交じりだ。
汽車の代替手段に過ぎない現状への不満が、言葉の端々に滲んでいた。
男は御者の心情を察し、「ああ、いや」と首を横に振る。
「ここ数日、急ぎの用事で馬車を乗り継いでいてね。その分、負担が蓄積しているだけだ」
「なるほど、そりゃお疲れさまで。
しかもこの辺の道は、特にデコボコで腰にきますからな。
荷物を背にしてクッション代わりにすりゃ、ちったあマシになりますぜ」
「そうか。助言に感謝する」
横に置いた鞄を背に回し、男は軽く息を吐いた。
しばしの沈黙の後、御者は気遣うように口を開く。
「汽車が止まってから、こっちは忙しくなりやしたけどね。やっぱり不便でしょう?
こんな田舎じゃ、車すらねぇもんで」
「まあ、こんな時でなければ道中の風情を楽しめたかもしれないが……。
早く復旧してもらいたいものだ」
「確か──『薬の影響がどうの』とか、新聞に書いてありましたなぁ。
まずはそれをどうにかせんことには、復旧もクソもねぇって。
まったく、これだからイシュヴァールのクソ共は……余計なことしかしやがらねえ!
とっととこの国から追い出しゃいいんだ!」
怒りをあらわにする御者に、男は何も返さなかった。
ブラウンの瞳に憂いを宿しつつ、ただじっと己の手を見つめる。
(あと一つ間違っていたら、犠牲になっていたのは
彼らの行いは間違っている。だが……)
「旦那ぁ、そろそろ着きますぜ!」
御者の声に男が顔を上げると、目的地の村が見えた。
馬車を止め、荷台から降りて御者に金を支払う。
「ありがとう。ここからは歩いて行くよ」
「ちょっ……旦那! これじゃあ多すぎますよ!」
御者は相場の倍はある報酬にひどく慌て、差額を返そうとした。
だが、男は受け取らなかった。
僅かに仏頂面を崩して微笑み、返されかけた紙幣を御者の手に押し戻す。
「そいつはちょっとした礼だ。それに……次も君にお願いするだろうから。
その時は頼んだよ」
「へ、へえ!」
何度も何度も頭を下げる御者を背にして、男は歩き出した。
「……ここが……」
丘の上から、感慨深そうに目を細める。
「二人が暮らしているリゼンブールか」
遠く空の彼方から、暗雲が迫っていた。
────1904年、リゼンブール 男の到着と同時刻
穏やかな昼下がり。母親に呼ばれ、エルリック兄弟は彼女の部屋を訪れていた。
──すっかり瘦せ細った体に、呼吸さえ苦しそうな様子。
時折激しく咳き込むのを見るたびに、兄弟の胸は不安で張り裂けそうになる。
いつものように兄弟が自主的に来るのを待たず、わざわざ呼んだという事実が、その不安を助長していた。
ゆっくりと、引きずるようにして上体を起こし、母親は口を開いた。
「……エド、ピナコさんから聞いたわ。
ステラと喧嘩して、『大嫌い』って言っちゃったって。
最近あの子が来てくれないのも、そのせいなんでしょう? ……お母さん、寂しいわ」
「う……」
痛いところを突かれ、エドワードは呻くように声を漏らした。
隣のアルフォンスの視線すら、どこか責められているように感じる。
「でも……だって……それはステラがウソついたから……」
「兄ちゃん。ステラはウソなんかついてなかったって、もう分かってるじゃんか。
ロックベルのおじさんとおばさんだって、同じこと言ってたよ?」
どうにか捻り出した言い訳も、アルフォンスの言葉にあっさり打ち砕かれてしまった。
ステラとの言い争い──実際はエドワードの一方的な拒絶だが──の後、兄弟はロックベル夫妻に事の真偽を確かめに行ったのだ。
元々秘密を破って兄弟に話したのはステラの方なのだから、それくらい構わないだろうと。
その結果、ステラの話に偽りはないことが判明した。
夫妻も何か隠すような素振りはあったものの、薬の存在も、届かなくなってしまったことも全て真実だった。
しかし、生来の意地っ張りのせいで、エドワードは謝る機会を逃し続けていた。
エドワードの『二度とオレの前に出てくんな』という言葉を、ステラが真に受けてしまったのもあるが。
どうやらあれ以降、ステラは兄弟やその周囲を徹底的に避けているようなのだ。
覆水盆に返らずとはこのことだろう。
ともあれ。彼女を傷付けてしまった原因は、エドワードの短気にある。
故に、そろそろ謝りたいという気持ちもある。──ある、のだが。
「……だったら、あんなこと言わなきゃいいじゃんか……」
やはり、どうしても意地が邪魔をする。
エドワードは口を尖らせ、ぶつぶつと言い訳を繰り返した。
「あのね、エド」
そんなエドの意地っ張りを解すように、母親の優しい声が響く。
「一度ひどいことを言ってしまった相手に、謝るのは難しいわよね。
だけど、謝れないままなのはきっと苦しいし、悲しいことだと思うの。
……それにね? 私もそろそろ、あの子に会いたいわ」
母親からの、貴重なお願いごとだ。叶えてあげたい。応えたい。
「でも……」
「兄ちゃん! ボクもいっしょに行くよ」
否定しかけたエドワードの手を、アルフォンスが勇気づけるように握った。
「アル……」
「ふたりで行けばだいじょうぶだよ。──そうだよね、おかあさん!」
「ええ、そうね。……エド、お願い」
「…………わかった」
ここまでされたとなれば、折れるしかなかった。
若干渋りながら──だが、どこか嬉しそうに。
エドワードはアルフォンスと共にステラの元へと向かう。
二人の子供達の背を見送って、母親は安心したように微笑んだ。
「これで、あの子達は大丈夫。あとは──」
エルリック兄弟が、ステラがいるはずのオルティーズ家へ向かう最中。
「ううむ、また迷ってしまった……」
道の真ん中で、一人の男が難しそうな顔をして紙と睨めっこしていた。
口振りからして、どうやら道に迷っているようだ。
兄弟は足を止め、その様子を少し距離を取って観察する。
やけに整ったスーツとコートに、映画で見た役人のようなオールバックと四角い黒縁眼鏡。
リゼンブールでは一度も見たことのない顔だった。
周囲の光景に微塵も馴染んでおらず、異物感に溢れている。
「……兄ちゃん、あの人こまってるみたい。どうしよう?」
「無視しようぜ。なんかあやしいし」
兄弟は何食わぬ顔で通り過ぎようと試みたが、不運にも男に見つかってしまった。
こちらに駆け寄ってくる不審な男から弟を庇うように、エドワードは一歩前に出る。
「やあ、そこの君達。ちょっと道を聞いてもいいかな?」
子供相手にも丁寧な物腰だが、エドワードはそれを逆に胡散臭く感じた。
じっとりとした目で男を睨みつけ、威嚇するように問う。
「……おっさん、誰? 知らない人には付いてくなって言われてんだけど」
「おっ──ゴホン。失礼、突然話しかけて悪かったね。
私の名はアルバート・フォルカー・ファウスト。ここには知り合いを訪ねに来た。
別に怪しい者ではないから安心してくれ。
……あと、私はまだ二十代だから。せめて、『お兄さん』と呼んでもらえると助かる」
「ふーん」
エドワードは「やけに長い名前のおっさんだな」と思った。
後ろにいるアルフォンスは、兄の「おっさん」呼びにしょんぼりする彼の姿が面白かったのか、くすくすと笑っている。
「悪い人じゃなさそうだよ。案内してあげよう?」
「ケッ、それっぽいフリしてるだけかもしれねーじゃんか」
こそこそと兄弟で話しつつ、エドワードは男──アルバートに再度尋ねる。
「で? おっさんの知り合いって誰だよ」
「君なあ……。んんっ、私が会いに来たのは、『エステル・オルティーズ』という名の少女だ。
君達は、何か知っているかい?」
「えっ、お兄さんってステラの知り合いなんですか?
ボク達もちょうど、ステラの家に行くところだったんです!」
ステラの名を聞いた途端、アルフォンスは無邪気に目を輝かせた。
不用意に
「バカッ、何言ってんだよアル! コイツが悪いヤツだったらどーすんだ!?
……それに! 知り合いだって言うなら、なんで道に迷うんだよ? おかしいだろ!」
エドワードの鋭い指摘に、アルバートは「あー……」と気まずそうに視線を逸らした。
少しの逡巡を挟み、やがて観念したように白状する。
「……その、私はいわゆる『方向音痴』らしくてね。
予め地図は用意してきたんだが、さっきから同じところばかり回っているんだ」
アルバートが差し出してきた地図を見た兄弟は、思わず呆れ果ててしまった。
何故なら、彼の持つ手書きの地図は、東西南北が全て逆転して描かれていたからだ。
これでは目的地に辿り着けるはずもない。
あんまりな地図に、エドワードは警戒するのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。
子供を騙す演技にしても、もう少しまともなやり方があるに違いない。
深いため息を吐きつつ、やれやれといった態度で肩をすくめる。
「……仕方ねえな。いいよ、オレ達の用事のついでだし」
「そうか! 助かるよ、ありがとう。……その前に、君達の名を聞いても?」
「オレはエドワード・エルリック。で、こっちが弟の」
「アルフォンス・エルリックです」
「エドワードにアルフォンス、か。……うん、良い名前だ。よろしく頼むよ」
それぞれ握手を交わすと、三人はオルティーズ家へと歩き始めた。
──空が、どんよりと曇り始めている。
地平線の向こうから、ゆっくりと暗雲が広がってきていた。
嵐が、来る。
いつも拙作を読んでくださり、本当にありがとうございます。
少しだけお知らせです。
次回から、更新ペースを「隔週(2週間に1回)」に変更させていただきます。
今まで週一のペースを保てるように努力を重ねてきましたが、体調に無理がでてきてしまい、このままだとクオリティの維持が難しいと判断したからです。
エタらせる気は毛頭ないので、完結のために必要なものだとご理解いただけると幸いです。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。