導星の錬金術師   作:星見錬

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こちらは前後編の後編です。先に同時投稿の前編をお読みください。


第18話『メリッサ・後編』

 次の日。

 あれほどの嵐が嘘のように、空は雲一つなく晴れ渡っていた。

 

 けれど、私の心はまだ暗いままだった。

 

 私は今、ロックベル家の病室にいる。

 本来なら大部屋にいてもおかしくないはずなのに、わざわざ個室を用意してくれたらしい。

 

 窓の外を眺めながら、そっと頭の包帯に触れる。

 

「クリス……」

 

 呟いても、一人しかいない病室で返事があるはずもなく。

 ただ、静けさだけが残った。

 

 あの後、クリスは憲兵に連れて行かれたらしい。

 留置所のある町へ、今日の明朝に移送される予定だとか。今はもう馬車の中だろうか。

 

 一体、どうしてこうなったのか。私とクリスの間に何があったのか。

 事情聴取くらいはあると思っていたものの、誰も何も聞いてこなかった。

 

 怪我の処置をしてくれたユーリ先生も、「今はゆっくり休みなさい」としか言わなかった。

 そんな皆の気遣いに、どこか居心地の悪さを感じてしまう。

 

 頭の包帯こそ先生に任せたものの、首元の包帯は適当に理由を付けて自分で巻き直した。

 ……血印を、見られるわけにはいかないから。

 

「本当、隠しごとばかりだな……」

 

 クリス相手でもそうだった。

 彼女に全てを明かすのは怖かったし、彼女に何を知っているのか聞くのも怖かった。

 

 もしも、ちゃんとクリスと向き合っていれば。彼女と家族になろうと努力していれば……。

 ──いや、しようとはしていたんだ。ただそれが、足りなかっただけで。

 

「私は……」

 

 コンコン

 

 控えめなノック音が聞こえて、「どうぞ」と入室を促す。

 

「失礼する」

 

 入ってきたのは、昨日私を助けてくれた人だった。

 彼はコートを脱ぐと、丁寧に畳んでベッド脇のキャビネットの上に置き、椅子に腰かける。

 

「……その、怪我は大丈夫か?」

 

「はい。特に命に別状はないと。……えっと……」

 

「ああ、そうだよな。昨日はまともに会話できなかったものな。

 ……改めて、自己紹介をしてもいいか?」

 

「お願いします」

 

 軽く頭を下げると、彼は背筋を伸ばして襟元を正した。

 

「私の名は、アルバート・フォルカー・ファウスト。アルバートとでも呼んでくれ。

 今回は羅針協会の使者として、君を迎えに来た」

 

 少しだけ、気まずそうに視線を逸らされる。

 

「クリスチナとは、何と言うか……、古い知り合いでね。

 だからこそ、私が選ばれたんだが──まさか、こんなことになるとは思わなかったよ」

 

 ……アルバート・フォルカー・ファウスト。脳内で彼の名を復唱する。

 私の中にある『鋼の錬金術師の記憶』に、該当する名前はなかった。

 彼もクリスのように本来なら存在しないか、描かれなかった人物に違いない。

 

 一つだけ、気になる点があるとするのなら。

 彼の姓である『ファウスト』は、前世でも有名な錬金術師の名前だった。

 つまり、メタ的に考えるのなら彼も重要な立場にいる可能性が高い。

 

 師匠(せんせい)──『ヴァン・ホーエンハイム』の名が、伝説的な錬金術師であるパラケルススが由来であったように。

 

 気を引き締めて、改めて彼と対面する。

 自己紹介を終えたアルバートは、どこか落ち着かない様子で座り直していた。

 

 場にしばしの間、沈黙が流れる。

 

 その沈黙に痺れを切らして、今度はこちらから話しかけた。

 

「……あの。羅針協会って、どんな所ですか?」

 

 私の問いかけに、彼は優しく微笑んだ。

 

「羅針協会は、大衆に錬金術を伝えることを目的に作られた、この国唯一の錬金術師育成所だ。

 協会の中では貧富も、性別も、年齢も関係ない。全ての者に門戸が開かれているんだ。

 錬金術師にとって……いや。きっと君にとって、必ずや素晴らしい場所になると保証しよう」

 

 アルバートが、そっと私に手を差し出す。

 

「もちろん、決めるのは君自身だ。だが、もしも行く気になってくれるなら。

 羅針協会(われわれ)には君を迎える準備がある。……どうか、共に来てほしい」

 

「…………」

 

 すぐに、その手を取ることはできなかった。

 

 彼の語る理想は素晴らしい。本当にそんな場所があるのなら、喜んで行きたい。

 ……でも。

 

『あそこがどんな場所か……どんな奴らがいるのか分からないから、そんなことが言えるのよ!

 慈善団体なんてただの建前、あいつらはただの人でなしだわ!!

 あいつらのせいでっ、わたしが……()()()がどんな目に遭ったか知らないくせに……!!』

 

 いつかの、クリスの言葉が蘇る。

 

 もし、本当に彼女の言う通りだったら?

 本来のステラの血を搾取して、フラスコの中の小人(わたし)を造るような奴らの巣窟だったら?

 

 そう考えると、アルバートの手を取るのが躊躇われた。

 

 けれども、これ以上停滞もできない。

 この機会を逃せば、私は一生、前に進めない気がする。

 

 悩んで、悩んで、悩み抜いて。

 

 やがて、私は意を決して口を開いた。

 

「分かりました。私を羅針協会に連れていってください。

 ……だけど、二つ条件があります」

 

「条件?」

 

 どうせなら、この状況を利用してやろう。

 祈るように私は次の言葉を告げる。

 

「まず一つ目。旅立つ前に、どうしても話したい人がいます。

 その人と話す時間をください」

 

「もちろん構わない。むしろこちらから勧めるつもりだったよ。

 ……もう一つは?」

 

「あと一つは、貴方なら可能だと見込んでのお願いです。

 今、この国で流行している流行り病──その治療薬をリゼンブールまで用意してください。

 どうしても薬が必要な人がいるんです。……お願いします」

 

 床に頭を付ける勢いで頭を下げる。言い切った途端、心臓がひどく脈打った。

 ……『条件』と銘打ったものの、断られる可能性もある。もしもそうなったら──

 

 そんな私の杞憂を吹き飛ばすように、アルバートは迷わず頷いた。

 

「……分かった。できる限り尽力しよう。それで、君が来てくれると言うのなら」

 

「──っ! ありがとうっ、ありがとうございます……!!」

 

 アルバートの両手を握り締め、私はもう一度深く頭を下げた。

 今度こそ、この希望が途切れないでほしいと願いながら。

 

 こうして、二日後。

 私はリゼンブールを発つことになったのだった。

 

 


 

 

 次の日の朝。

 私は一人、エルリック家へと向かっていた。──トリシャさんと、話すためだ。

 

 アルバートはああ言ってくれたけど、薬が間に合わない可能性も十分にある。

 もしもそうなってしまったら、彼女と話せるのはこれが最後になるかもしれない。

 

 師匠(せんせい)の時みたいに、後悔しないためにも。

 彼女とだけは、ちゃんと面と向かって話しておきたかった。

 

 トリシャさんの部屋の前で、ノックしようとした瞬間。

 「どうぞ」と中から声がして、思わず肩が跳ねた。

 

「お、お邪魔します……」

 

 おそるおそるドアを開けると、トリシャさんは起き上がった姿勢で私を待っていた。

 ……きっと、起きているだけでも辛いだろうに。彼女の顔に、そんな素振りは少しもない。

 

「……トリシャさん、お久しぶりです」

 

「久しぶり、って言うほどの間じゃないでしょう? ……だけど、そうね。

 ずっと一緒にいたもの。たった数日会わないだけでも、そう感じてしまうわよね」

 

 くすりと笑う声が、弱々しくも温かい。

 私もつられて苦笑しながら、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。

 

 一息ついて、本題に入ろうとすると

 

「……あら? ステラ、その包帯はどうしたの? ……怪我?」

 

 トリシャさんに、頭の包帯を指摘された。

 

「あっ、これは──」

 

 「しまった」と咄嗟に目を逸らす。もう治っているだろうし、外して来ればよかった……。

 しかし後悔しても後の祭り。……彼女に、どう説明しようか?

 

 少し考えて、「余計な心労をかけてしまうのも良くない」と誤魔化すことに決める。

 安心させるように作り笑いを浮かべると、私は当たり障りのないカバーストーリーを語った。

 

「最近、派手に転んじゃって……思いっきり頭を打ったんです。

 あ、大怪我じゃないので大丈夫ですよ? 場所のせいで少し大げさに見えるだけですから。

 だから、心配しないでください」

 

 ちゃんと笑顔を作ったつもりだったけれど。

 トリシャさんは逆に、顔を曇らせてしまった。

 

 ……これは、誤魔化せなかったな。勘のいい人だ。

 

 少しの間、無言で見つめ合う。

 目を逸らそうとしても、彼女の視線がそれを許してはくれない。

 

 やがて、私が真実を話すつもりがないと悟ったのか。

 

「……そう。貴女が()()()()()()()、私もこれ以上何も聞かないわ」

 

「すみません。……ありがとう、ございます」

 

 諦めたように笑う彼女に、私はそっと頭を下げた。

 ──少しだけ、胸に棘のような痛みが走る。

 

 俯く私に、今度はトリシャさんさんの方から問いかけてきた。

 

「これから、どうするの?」

 

「そのことなんですが……。実は先日、羅針協会の人が来まして。

 話し合った結果、協会に行くことにしたんです。

 ……その、色々と投げ出すことになってしまって、申し訳ないんですけど──」

 

「いいえ」

 

 強く握りしめた私の拳の上に、彼女の白い手が重なる。

 

「貴女は投げ出すんじゃない。今、ようやく踏み出すのよ。

 新しい場所に行くのは、きっと怖いでしょう。不安だっていっぱいあるでしょう。

 でも──ずっと、一つの場所に縛られることはないの」

 

 目頭がじわじわと熱くなる。視界が揺らぐ。

 

「貴女には、たくさんの可能性がある。……気付いていないのは、貴女だけ。

 必要以上に責任を背負い込んで、自分を責めたりしないで。

 自分の限界を決めつけて、足を止めたりしないで。

 ──どうか、旅立つことを恐れないで。貴女は、最初から自由なのだから」

 

 ああ、この人は。どれくらい私のことを察して──いや、分かってくれているんだろう。

 彼女の言葉は、ずっと私が欲しかったものだった。

 

 零れ落ちた涙が私達の手を濡らす。

 「泣かないで」とトリシャさんが、もう片方の手で私の目元をそっと拭ってくれた。

 その優しい仕草が、心の奥まで沁みていく。

 

「……どうして、トリシャさんはそこまで分かってくれるんですか」

 

 震える声で尋ねる。

 

「だって、あの人にそっくりなんだもの。師弟というより、親子みたい。

 ……ふふ。実は娘も欲しかったのよ、私」

 

 いたずらっぽく笑う彼女の笑顔には、隠しようのない寂寥感が滲んでいた。

 溢れる気持ちを抑えきれずに、彼女の細い体に抱き着く。

 そして、私は小さな子供みたいにわんわんと声を上げて泣いた。

 

 泣きじゃくる私を、トリシャさんは静かに……けれど、しっかりと抱き返してくれた。

 あやすように、ゆっくりと私の背をさする。

 

「いってらっしゃい、ステラ。……元気でね」

 

「っ、はい。はい……!」

 

 涙が止まるまで、私はずっと彼女に縋っていた。

 ──きっとこれが、とうの昔に忘れてしまった、母の温もりなのだろうと思いながら。

 

 


 

 

 トリシャさんと話した次の日、出発の朝。

 ユーリ先生に貰ったトランクに荷物を詰める。中身は必要最低限の着替えと研究ノート。

 トランクひとつで準備が済んだことに、安心と共に少しの寂しさを感じた。

 

 いつもの服に着替えて、病室を後にする。

 

 アルバートの待つ玄関に行こうとすると、「待ちな」とピナコばっちゃんに呼び止められた。

 

「ばっちゃん?」

 

「朝飯も食わずに行く気かい? 用意してやるから食べて行きな」

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 相変わらず空腹はない。でも、ばっちゃんの厚意を無駄にしないために頷いた。

 

 いい匂いが漂うリビングで、私はばっちゃんの作った朝食を食べた。

 ベーコンとスクランブルエッグに、パンと牛乳のシンプルなメニューだ。

 だけど、どうしてかいつもより美味しく感じた。……これも、名残惜しいってやつかな。

 

「ごちそうさまでした。……ありがとう、ばっちゃん」

 

 食べ終わってお礼を言うと、ばっちゃんはいつものように「かっかっか」と笑った。

 

「別にいいってことさ。向こうでも元気でな。

 ……チビどもに、何か言っておくことはないかい?」

 

 ばっちゃんに問われて、「ふむ」と考え込む。

 事件以来エルリック兄弟とは顔を合わせていない。

 ……多分、酷いトラウマになっただろうから。顔を出すのは憚られた。

 

 それでも、何か残すとするのなら──。

 

「そうだな…………あ」

 

 一つ思い付いたので、ばっちゃんに伝言を頼むことにした。

 

「エドとアルに、『私の住んでいた家は自由に使っていいよ』って伝えといて。

 ……あんなことがあったから、あまり近付きたくないだろうけど。

 でも、私の部屋にある本や器具は、あの子達にも必要だと思うから」

 

「ああ、分かった。ちゃんと伝えとくさ。……なら、ついでに掃除も教えなきゃなんないねえ」

 

「……必要?」

 

「当たり前だ。あんただって、ガキどもに荒らされた家に帰りたくなんかないだろう?」

 

「ああ、確かに」

 

 冗談めかした言葉に笑うと、ばっちゃんは安心したように微笑んだ。

 

「やっと笑ったね。……肩の力は抜けたかい?」

 

「ばっちゃん……」

 

 言われて初めて、ちゃんと笑えていないことに気が付いた。

 ……まいったな。旅立つ時くらい、ちゃんと笑って行くつもりだったのに。

 それだけ緊張してたのかもしれない。

 

「うん。……今まで、お世話になりました」

 

 立ち上がって深々と頭を下げると、ばっちゃんは小さく鼻を鳴らした。

 

「まったく、変に律儀なところは変わらないねぇ。あんたは。

 ……辛くなったら、いつでも帰ってきな」

 

「そうする。──本当に、ありがとう」

 

 ばっちゃんに見送られながら玄関へ。

 扉を開けると、外のひんやりとした空気が頬を撫でた。

 

 まだ少し白い空は澄み渡っていて、雲一つない。絶好の旅立ち日和だ。

 

「うわっ」

 

 ひときわ強い風に煽られた髪を押さえて、少し目を閉じる。

 風が止んで目を開けると、階段下でアルバートが待っていた。

 

「おはよう、エステル。……もう、思い残すことはないか?」

 

 そう問う彼に、自信を持って答える。

 

「はい。お待たせしました。──もう、大丈夫です」

 

 一歩踏み出す。足取りに迷いはなかった。

 トントンと階段を降りて、彼の隣に立つ。

 

 歩き出す前に、少しだけ振り返って大きく手を振った。

 見ているかどうか分からないけど、皆に届くように。

 

 

「いってきます!」

 

 

 そして私は、アルバートと共に歩き出した。

 


 

 

 ──同時刻。羅針協会本部の執務室にて。

 

 高級デスクに足を乗せ、ワイングラスを回しながら、一人の男が電話越しに話していた。

 その語り口は軽快で、喜色を隠しきれていない。

 

「ええ。先程弟から連絡がありましてね。例の人造人間(ホムンクルス)の勧誘に成功したと。

 汽車がない分、少し時間はかかってしまいますが……こちらに来ることは間違いありません」

 

 男は上機嫌に話を続ける。

 もしも電話していなければ、鼻歌のひとつでも歌い出しそうな気配すらあった。

 

「ええ、もちろん。どんな手を使ってでも、奴を立派な『人柱』に仕立ててみせますよ」

 

 にやりと口元に弧を描き、彼は自信満々に言い切った。

 

「ご安心を、大総統閣下。貴方様からお寄せいただいた信頼には、必ずお答えしますとも」

 

 受話器を置く。すると、男は愉快で仕方ないと言うように高笑いを響かせた。

 彼の笑みは欲望に醜く歪み、最早他人に見せられないものになっている。

 

「──ああ。ようやくだ」

 

 

「これで俺も、不老不死になれる!!」




ちなみにサブタイトルですが、展開や好きな曲を優先するので全ては使わない予定です。
予めご了承ください。
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