導星の錬金術師 作:星見錬
本当にありがとうございます! とても励みになります……!!
……はっ、危ない危ない。ついうっかりスレ立てするところだった。
実はハガレン以外にも、オタク用語と言うか……いわゆる『ネットミーム』の記憶もバッチリと残ってるんだよなあ、これが。なんでさ。
オタク的には正しいかもしれないけど、もっとこう……他に残しておく記憶があったはずだろ。
某語録が口を零れ落ちた日には私の社会的地位が終わるぞ。私の内心で。
と脳内で『再会したら書いた数だけ真理野郎ブン殴る罪状リスト』にこのことを書き連ねつつ、空を見上げてため息を吐く。
ちなみに今、私は自宅近くの草原で大の字になっている。
あのまま家の中にいたら気が滅入りそうだったからだ。……うん、結果としては正解だったな。
空は青く澄み渡り、雲もまばら。気温は暑くも寒くもない丁度いい塩梅で、風も心地よい。
草は柔らかくて寝転がってもチクチクしないし、風にそよぐ音は天然の癒しBGMになっている。
おかげで、一人の人生を犠牲にした罪悪感も、ハガレン世界に転生して浮足立っていた興奮も、すっかり落ち着いた。
……もう、どう足掻いたとしても私がこの罪を償うことはできないだろう。
誰にも──私自身にも私の罪は証明できないし、そもそも償う方法すら分からない。
でも、だからと言って開き直りたいわけじゃない。
作品の記憶を保ったまま、作中世界に転生──
こんな特異なことが起きた以上、私にはこの世界でやるべきことがあるはずだ。ないと困る。
それが何なのか確かめるためにも、今把握している情報をまとめようと思う。
まず、私の記憶について。何度も繰り返している通り、私には鋼の錬金術師の記憶がある。
しかし、その記憶が何と言うか……ちょっと
例えば、無作為に選んだハガレンオタク百人に対して「8巻103ページの6コマ目にいるカラスの羽数は?」と聞いても、大多数が「知らねえ~~」と答えるだろう。
無論、かつての私もそちら側だったはずだ。
だが、今の私なら「三羽」と即答できる。
ついでに脳裏にその場面をくっきり思い浮かべることも可能だ。
メイがユースウェル炭鉱の人々からエドの話を聞いて、汽車で旅立つシーンだね。
それ程までに詳細な記憶が、単行本にして27巻分、FAの話数にして64話分。
ついでにFAの劇場版であるミロ星やその特典だった11.5巻、実写版の特典である0巻、完結後のファンブックである鋼の錬金術師CHRONICLEの記憶も余すことなくある。
流石にどんな厄介オタクだろうとも、こんなに詳細な記憶は持ち得ないだろう。
そういう意味では、これが私の転生チートと言える気がしないでもない。……地味だけど。
次に、この村──リゼンブールについて。
エルリック兄弟及び、彼らの幼馴染であるウィンリィ・ロックベルの故郷だ。
アメストリスの東南部にあり、人口は千人にも満たない。
主な産業は羊の牧畜で、軍布用羊毛の産地であったためにテロの標的になったこともある。
ただ、今はまだテロには遭ってないようだ。
そして今は1900年。クリスとの会話の後、テーブルに置かれた新聞を見たら書いてあった。
これはエルリック兄弟の片割れ、弟であるアルフォンス・エルリックが誕生した年だ。
でも、ハガレンキャラって皆誕生日不明なんだよなあ……。まだ生まれてなかったらどうしよ。
これらの情報を踏まえた上での、目下の悩みと言えば──来年の1901年。
原作通りならイシュヴァール内乱が勃発する。
「……イシュヴァール、か」
ぽつりと呟けば、嫌な重さが胸にのしかかった。
イシュヴァール内乱及び、イシュヴァール殲滅戦。
南東部の少数民族・イシュヴァール人との長期的な内乱と、鎮圧を目的とした殲滅戦だ。
表では国家錬金術師の戦地投入が行われ、裏では賢者の石の作成を始めとした非道な人体実験が数多く行われていた。
更にその裏──
イシュヴァールでの出来事は、作中で大きな意味と傷を持つ。
主人公も、周囲の人間もそれからは逃げられなかった。……きっと私もそうなるだろう。
リゼンブールに、いや、アメストリスに住む以上、そこから逃げられはしない。
──だからこそ、そこにどう関わるのかが一番の問題だ。
別に、内乱を止められるとは思ってない。
それこそ、「実は人間賢者の石で錬成し放題!」みたいな特別な力があれば話は別だが。
今の私は『約束の日』までの出来事を知っているだけの、ただの無力な少女である。
錬金術は当たり前のように使えず。
他に体術に優れているわけでも、機械や武器の扱いに秀でているわけでも、大地や人の気の流れが読めるわけでもない。
なら、諦めて傍観するのか? もちろん『否』だ。
知っているくせに見て見ぬ振りするなんて人でなしになりたくない。
考えろ──今の私に何ができる? これから何のために動けばいい? 何を賭ける?
贖罪ができないのなら、せめて今世の人生に意味を持たせないと。
そうじゃないと、私は本当に
最初に、一番確実かつ安牌そうな案を取るなら。
一刻も早くクリスを説得して、他国へ亡命することだろう。
と言っても、この案はあまりも前途多難だ。
アメストリスは常に周辺国家へ次々と戦争をふっかけている、典型的な軍事国家だ。
そんな万年戦争状態なのだから国交はかなりボロボロだろう。
また、隣国のうちアエルゴ・クレタ・ドラクマは敵国なので、亡命はかなり危険な賭けになる。
残る隣国、東のシンとは戦争状態にないので一見安全な上に、原作でも亡命した人がいる。
しかしシンへ行くには、広大な砂漠地帯を越えなければならない。
協力者がいなければ途中で行き倒れてからの、そのまま砂に埋もれてジ・エンドだ。
更に、私にはクリスを説得できる材料もない。
記憶喪失であるはずの私が、いきなり国土錬成陣や『約束の日』のことを話し始めたら、彼女は一体どう思うだろうか?
おそらく別の病気か、昏睡状態の時に見た悪夢として片付けられて終わるだろう。
というわけでこの案は却下。
実際にやるにしても、本当に何もかも駄目だった時の最終手段としよう。
では、他の案は?
一つ目。エド達に協力して国土錬成陣の成立、もしくは発動を阻止する。
……私一人加わっただけで、原作でも不可能だったことができるのか?
もしもバタフライエフェクトで未来が大幅に変わってしまったら、その時点で詰むのでは?
二つ目。今すぐエルリック家に突撃し、ホーエンハイムさんに洗いざらい吐いて協力要請する。
……私の記憶が真実だと証明する方法はどうする? 奴隷23号のこととか言えば……?
駄目だ、あまりにも怪しすぎる。下手したらお父様の刺客だと疑われて敵対するかもしれない。
三つ目。あえてお父様側に行って、獅子身中の虫になる。
……そもそも、どうやってお父様側に取り入るつもりなのか? 無謀にも程がある。
万が一行けたとしても、散々利用されて最終的に捨て駒にされそう。
「……あ~~、ダメだこりゃ……」
どれも全然しっくりこない。
身の丈に合っていないような、高望みしすぎているような気がする。
どこかの漫画の台詞を引用するなら、「それができれば苦労はしねェ!!!」って感じだ。
もっと……そう、壮大じゃなくてもいい。小さな人間なりにできることを考えよう。
例えばイシュヴァール殲滅戦が終了した時、
「──あ。もしかして……。今から超頑張れば、ヒューズさんを助けられるのでは?」
ふと、あの名場面からの連想で、とあるキャラが思い浮かんだ。
マース・ヒューズ中佐。後に准将。
気さくで親バカ、もとい家族愛が強く聡明で──その聡明さが故に、殺されてしまった人。
作品の容赦なさとアメストリスの闇を示唆する、作中序盤の大事件の被害者だ。
彼の死は多くの人々、そして多くの読者に大きな影を落とした。
いや、何も彼だけではない。
作中の重要キャラから、名前すら出てこなかった人々まで。
最善と言える大団円の裏、結末まで辿り着けずに志半ばで倒れてしまった人は少なくない。
……でも、もしも結末を知る私が、先んじて彼らの死を阻止できれば?
分かっているとも。これは今まで考えたどの案よりも大それた計画だ。
バタフライエフェクトによる影響も、かなり大きなものになってしまうだろう。
最悪の場合、一人の死を阻むことで更に多くの人々を死なせてしまうかもしれない。
──だけど、そうだとしても。
どこかで確信があった。私がこの世界へ転生した意味はそこにあると。
目指すべきなのは
それに──先程思い浮かんだあの言葉が。
かつて若き
『一人の力など、たかが知れている』
『ならば、私は自分で守れるだけ……。ほんのわずかでいい、大切な者を守ろう』
『下の者が、更に下の者を守る──』
『小さな人間なりに、それくらいはできるはずだ』
まさしくその通り。私だって貴方達を守りたい。側で胸を張れる自分でいたい。
憧れるだけじゃない、並び立てる人間になりたい。──いや、なってみせる!
最初からできない言い訳ばかり探すな! 弱気に押し潰されるな!
死ぬ気で藻掻いて、絶対に最高のハッピーエンドを掴んでみせる!!
「やってやろうじゃん……!!」
──ああ、やっぱり鋼の錬金術師は最高の作品だ。
彼らの生き様や信念が、こうやって勇気をくれるのだから。
燃え上がった勢いそのままに立ち上がり、私は急いで家に戻ろうとした。
最初の一歩として、「錬金術師になりたい」とクリスに直談判するためだ。
まあ、流石に国家錬金術師までは……うん、正直めっちゃなりたいけど……。
いくら何でも高望みすぎだろう。あと最悪の場合人柱にされそうで怖いし。
それはそれとして、錬金術は使えるに越したことはない。
回復から戦闘まで色々できるし、取れる行動の幅がぐっと広がる。
何より──『錬金術師になる』という、昔からの夢を叶えるチャンスだ!
「確か、錬金術を学ぶには……」
早足で歩きながら、ぶつぶつと思考の海へ沈む。
そのせいで、前方の注意がおろそかになってしまい──
「ふぎゃんっ!!」
バインと高い壁に顔面からぶつかって、尻もちをついてしまった。
って、何で道のド真ん中に壁があるんだよ、おかしいだろ! さっきまで何もなかったじゃん!
……そうだ、おかしい。何か生暖かった気がするし。つまり、ぶつかったのは壁ではなく……
「す、すまない。大丈夫か? 立てそう?」
頭上から壁、もとい、うっかりぶつかってしまった人物の声がする。
……あれ。この少し頼りなさげだが芯の強さも感じさせ、ついでに何だかんだで良き父親っぽい声、どこかで聞いたような……?
「いえ。こちらこそ、前を確認せずにすみませんで──」
伸ばされた手を取る前に、せめて相手の目を見て謝ろうと思って顔を上げ、
「し、た……」
手を取ることもないまま、私は石のように固まった。
何故なら、そこにいたのは。
後ろで束ねられた長い金髪と、楕円形のレンズに隔てられた金の瞳。
立派な顎髭や体格、鋭い目付きは相手に威圧感を抱かせるには十分だ。
……それも、申し訳なそうな顔のせいで形無しになっているけど。
ああ、でも──迂闊にも程があるぞ、私。
「ホーエンハイム、さん……」
ほとんど無意識のうちに、彼の名前が口から出ていた。
彼こそは、主人公兄弟の父親にして、全ての元凶の片棒を意図せず担いでしまった人。
ある意味で、『鋼の錬金術師』という物語の、もう一人の主人公とも言える人。
今はもう遺跡と化した、古代国家クセルクセスの最後の生き残り。
──ヴァン・ホーエンハイムが、そこにいた。
主人公にネットミームの記憶がある理由?
魂に染み付いた汚れだからですね。